ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第367話 三人のアルバイト

 例の薔薇が倒れた日の朝、和人は千佳からの頼みを快諾し、

アルバイトの為にフラワーショップ『ナカマチック』に来ていた。

 

「仲町さん、約束通り来たよ」

「桐ヶ谷君、今日は本当にありがとう!」

「いやいや、女性の為ならこれくらいはなんでもないさ。

とか、八幡だったら言ったりするのかな?」

 

 和人はまったく似ていないのだが、八幡の真似をしたつもりでそう言った。

 

「あは、比企谷君なら多分しれっと、『たまたま近くに来たからついでに手伝いに来たわ』

とか言うんじゃないかな?」

「あー、あいつなら言いそうだな!」

「あはははは」

 

 そして和人は、先に来ていた他のアルバイトの人に紹介された。

 

「俺は山田風太、宜しく!」

「長崎大善です、今日は宜しくお願いします!」

「桐ヶ谷和人です、宜しくな!」

「あはっ、三人とも元気だね、今日は台車を使って植木を運んでもらうだけなんだけど、

結構数が多いからちょっと大変かも。みんな宜しくね」

 

 そして千佳の運転で、四人はソレイユへと向かった。

ソレイユに着くと、ビルの前には沢山の植木が並んでいた。

朝のうちに業者に頼んで置いておいてもらったものだ。

 

「うわお、見ろよ、植木が蟻のようだぜ!」

「これはやり甲斐があるな……」

「でもまあ台車があるから、労力はそれほどでもないよな」

「俺としては、社食の内容が気になる……」

「ソレイユの社食って豪華な事で有名なんじゃなかったか?」

「まじで?それは楽しみだわぁ」

「休憩は五個運ぶごとにとる事にするね、そろそろ暑くなってきたし、

まめに水分補給しないとね、それじゃ始めましょっか」

 

 そして千佳は、あらかじめ用意してきた地図と、

背中に店の名前の入った上着を三人に配った。

その地図は五ヶ所にマークがついた物が複数用意されており、

そんな所に千佳の気遣いが感じられた。

 

「それじゃ私は受付に挨拶に行ってくるね」

 

 千佳はそう言って受付に向かった。丁度そこにキットが入ってきたが、

全員植木の方を見ていた為、誰もそれに気付かなかった。

ちなみにもうお分かりだと思うが、今日のバイトは八幡が手配していた。

わざわざ募集をかけてもらうのも面倒だろうと思ったのだろう。

ちなみに風太と大膳は和人の素性は知らず、和人も二人の素性は知らされていない。

 

 

 

「比企谷く~ん!」

「お、仲町さん、来てたのか」

「うん、早速植木の配達にね!」

「あいつらはちゃんと来てるか?」

「うん、バイトの手配までしてもらっちゃって本当にありがとね」

 

 

 

 そして千佳は八幡とかおりに挨拶した後、庭に戻って軽めの植木を一人で運び始めた。

千佳は今日は八幡の為に精一杯頑張るつもりでおり、

全部をバイト任せにするつもりはまったく無いようだった。

 

「よいしょ、よいしょっと」

「仲町さん、大丈夫か?手伝おうか?」

 

 千佳が廊下で植木を下ろしていた時、丁度そこに八幡が通りかかった。

 

「あ、うん、これは軽いから大丈夫だよ」

「そうなのか、重いものはあいつらに全部任せちまっていいからな」

「あは、みんなには悪いけどそのつもり。

私の力じゃ持ち上がらないのが結構多いんだよね……」

「まあ気にせずじゃんじゃんあいつらを酷使してやってくれよ」

「もう、うちはそんなブラック企業じゃないから!」

「ははっ、それじゃあまた後でな」

「うん、またね!」

 

 

 

「失礼しまっす、植木をお持ちしました~」

 

 そう言いながら風太は社長室のドアをノックした。

 

「はいはいどうぞ~」

 

 中からそんな返事が聞こえ、ドアを開けると陽乃がきょとんとした顔で風太の方を見た。

 

「あら、風太君じゃない、何その格好?あ、もしかして花屋のバイト?」

「そうなんですよ、八幡からいきなり電話があって、手伝ってくれないかって」

「あは、それで引き受けた訳なのね」

「まあ友達なんで!それに暇だったんで!」

「風太君っていつも元気よね」

「いやぁ、それだけが取り柄ですしね」

 

 そして陽乃は、何となく風太にこう尋ねてきた。

 

「もううちのバイトには慣れた?」

「ええ、実際に体を動かしてる訳でも無いのに疲れたりする事もありますけどね」

「ああ、まああれは思ったよりきつかったりするものね」

「でも面白いですよ、あ、自分にこんな動きが出来るんだ、とか色々気付けたりしますしね」

 

 その言葉に陽乃は頷きながらこう聞いた。

 

「そっか、バイトは続けられそう?」

 

 風太はその言葉に即答した。

 

「もちろんですよ、ここのバイトは凄く楽しいですよ!

特に直接ここに来て働くのは大好きです!」

「あ、そうなんだ?でも家でやるのとそんなに違う?」

「ここは社長を筆頭に美人が多いですからね!」

「あはははは、風太君は正直だね」

「それじゃあ俺は次の植木を運んできます!」

「頑張ってね、風太君」

 

 

 

「失礼します、植木をお持ちしました」

「あれ?大善君じゃない」

「ああ、今日は別口のバイトなんだよ、もっとも八幡に頼まれたんだけどな」

「そうなんだ」

「そういえばアルゴさんは?」

「あそこで今仮眠中だけど、何か用事?」

 

 そう言いながら舞衣は、仮眠室の方を指差した。

 

「いや、いるなら挨拶だけしようと思ってただけだから寝てるなら別に大丈夫だ。

ところで舞衣ちゃん、前から思ってたけど、どこかで俺と会った事無い?」

 

 その大善の言葉に、大善の素性を知る舞衣は自分がイヴだと言おうとした。

八幡がここに連れてきた以上、問題ないだろうと考えたからだった。

ちなみに大善には、八幡はイヴの素性を伝えていない。単に面倒臭かったからだ。

そして舞衣は茶目っ気を出し、自分の事を伝える前に大善にこう言った。

 

「何それ、私を口説いてるの?」

「へ?あ、いやいやいや違う違う、そ、そんなやましい気持ちじゃなく、

純粋にどこかで会った気がしたからさ……」

「ふ~ん、口説かないんだ」

「そんなハードルの高い事、俺に出来る訳無いって!」

「あ~……まあそうだよね、たらおとヤミヤミにはそういうのは無理だよね」

 

 その舞衣の言い方に、大善は目を大きく見開いた。

 

「な、何でその呼び方を……」

「ピトさんの真似?」

「え、まじかよ、舞衣さんって……誰?」

「私はイヴ、G女連のイヴよ」

「あ、ああ~!言われてみればそんな感じだ!

あれ、でも戦争の時は八幡と初対面ぽくなかったか?前からここの社員だったのか?」

「ううん、あの時に自分を八幡様に売り込んだの。あとここでは私の事は舞衣って呼んでね」

 

 そう言われた大膳は、すまなそうな顔で言った。

 

「すまん、悪かった」

「あ、ううん、別に他人がいなければいいんだけど、

私も一応訳ありだからさ、その名前が外に出るのはあまり都合が良くないんだよね」

「そうなのか……まあ下手に呼び分けてつい言っちまっても困るし、

これからは舞衣ちゃんとだけ呼ぶ事にするよ」

「大善君は真面目だね、本当に何でモテないんだろうね」

「う、うるさいな、一言余計だ!」

「あははははは」

 

 

 

「植木をお持ちしました」

「あ、はいご苦労様、中へどうぞ」

「失礼します」

 

 薔薇は部屋の外からそう声を掛けられ、秘書室のドアを開けた。

その日はたまたま南とクルスも居り、その場には八幡の秘書候補が勢揃いしていた。

 

「それじゃあお願いします」

「あ、はい、それじゃあ今運びま…………お前、ロザリアか?」

「えっ……?あ……キ、キリトさん」

 

 それはSAOのクリア以降、初めての二人の邂逅であった。

薔薇は和人を見ておどおどしたような姿を見せ、それを見た和人は笑顔で言った。

 

「おいおいそんなにびびるなって、もしかして八幡と再会した時もそんな感じだったのか?」

「あ…………う、うん、正直もっと怖かったかも」

「まじかよ、そこまでか……」

 

 そして和人は、改めて笑顔で薔薇に言った。

 

「まあ昔の事はもういいって、今はここで頑張ってるんだろ?

八幡が許したならもうそれでいいだろ、気にするなって」

「あ、うん……でも私のした事は許される事じゃないから……」

 

 そう目を伏せる薔薇の肩を、和人はぽんと叩きながら言った。

 

「その分これからは人の役にたつような仕事をしていけばいい、

そんな事を言ったら俺だってお前と一緒なんだからな、

あの頃の事は絶対に忘れちゃいけないが、かといってそれに縛られすぎるのも良くないさ」

「う、うん……」

「しかし今のお前、まるで別人かと思うくらいいい顔をしてるな。

昔は見てるだけで不愉快にさせられたもんだが」

 

 そんな和人に、薔薇は困ったような顔で抗議した。

 

「い、言わないでよ!自分でも分かってるんだから!」

「ははははは、ちょっとは元気が出たみたいじゃないか。

俺に対しても、八幡に接するように普通にしていいからな、俺は和人、桐ヶ谷和人だ」

「う、うん、ありがとう…………和人」

 

 そして和人は、南とクルスを見ながら言った。

 

「で、そちらの二人は?」

「あ、うちは相模南、比企谷の元同級生で、彼の秘書予定かな」

「私は間宮クルス、八幡様の…………何?」

「え、うちに振らないでよ、えっと、普通に部下でいいんじゃない?」

「それだと物足りない……う~ん、下僕?可能なら愛人?」

「ちょ、ちょっとクルス、それはぶっちゃけすぎだから!」

「これでもまだ適切な言葉だとは言えないと思うんだけど」

「いいから普通に部下って言っておきなって!」

「うぅ…………部下です」

 

 そんな二人の会話を聞いた和人は、乾いた笑いを浮かべながら南に言った。

 

「相模さんはこれから苦労しそうだな……」

「あ、うん、薔薇さんもクルスも比企谷の事が好きすぎだからさ……」

「わ、私は別に……」

「八幡様は我が神、それは間違いない」

 

 和人はそれを聞いて、南を励ました。

 

「心から思う、本当に頑張れ」

「あ……ありがとう」

 

 そして和人は改めて薔薇に向き直りながら言った。

 

「まあいずれ俺もここに入る事になると思うから、その時は宜しくな、ロザリア」

「う、うん、待ってるわ」

「だからそんなにかしこまるなって、せっかくそんなに美人でスタイルもいいんだから、

堂々と胸を張ってればいいんだって」

「び、美人?あ……ありがと」

 

 薔薇はその言葉に顔を赤くした。だがその顔色に不自然なものを感じた和人は、

いぶかしげな表情で薔薇にこう尋ねた。

 

「あれ、褒められただけにしちゃ、ちょっと顔色がおかしくないか?

ちょっと赤すぎるっていうか……」

「あ、う、うん、朝からなんか調子が……」

「そうか、あまり無理すんなよ、休む時はしっかり休め」

「でもこれから学校見学の案内をしないといけないの」

「そっか、一応八幡には俺からも言っておくから、それが終わったら帰って寝るといい」

「あ、ありがと」

「おう、それじゃあ頑張ってな」

 

 

 

 そして和人がその事を八幡に告げた直後に、薔薇は倒れる事になるのであった。


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