ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第370話 這い寄る悪意

 戦争が終わり、GGOのプレイヤー達は、弛緩した空気に包まれていた。

だが全てのプレイヤーがのんびりしていた訳ではない。

逆にのびのびと活動を開始するプレイヤーもいるのだ。

 

「ふう、やっとダルい戦争とやらが終わったか、

お前は勝ち組に所属していたらしいな、シュピーゲル」

「うんノワールさん、一応そういう事になるのかな」

「まあ良かったじゃねえか、負けるよりはよ」

「まあそれはそうなんですけどね」

 

 そう苦笑するシュピーゲルに、ステルベンが尋ねた。

 

「シャナってのはどんな奴だ?」

「シャナさんはそうだねぇ……正直何をしても勝てる気がしない、壁みたいなものかな、

まあその…………色々な意味で」

 

 その言葉にノワールが茶化すように言った。

 

「色々な、ねぇ……例えば女とかか?」

「あ、いや、はは…………まあ色々だよ」

 

 次にステルベンが、シュピーゲルに話し掛けた。

 

「お前はそれでいいのか?」

「良くはない、良くはないけど、あの壁を超えるのはどう考えても無理じゃないかな」

「何で超える必要があるんだ?」

「……どういう事?」

 

 その疑問に答えたのはノワールだった。

 

「シャナがいなくなったらその女はお前のものになるんじゃないのかって、

ステルベンはそう言ってるんだよ」

「えっ?」

 

 シュピーゲルはそんな事は想像すらした事が無かった為、きょとんとした顔をした。

そして少し考え込んだ後にこう言った。

 

「無理ですよ、リアルでも繋がりがあるらしいですからね」

「……リアルでも?」

「うん、前そういう話を聞いたんだよ、ステルベン」

「そうか」

 

 そしてシュピーゲルがモブを釣りに行っている間に、

ステルベンとノワールは今の話題について話をしていた。

 

「今の話だが」

「ああ、もしかしたらハチマンを殺れるんじゃないかってお前も思ったんだろ?」

「……どう思う?」

「あいつが一人暮らしだとは思えん、それにあいつとガチでやりあっても、

今はまだ銃弾を撃ち込める気がまったくしない。

俺達は銃の扱いに精通してるとはまだ言えないからな」

 

 ノワールはそう言って、お手上げというゼスチャーをした。

 

「せめて何か、対抗出来る手段が手に入ればな」

「そうか」

「だから狙うとすれば……」

 

 ステルベンはそう言い掛けたノワールの意図を読み、続けて言った。

 

「女の方か?」

「ああ、それなら間接的にハチマンにダメージを与えられるだろ?

もっとも女子高生で一人暮らしの奴なんて滅多にいないだろうがな」

「あの女は一人暮らしだと昔恭二が言っていた記憶がある」

「まじかよ、それなら可能性があるな。でもいいのか?弟の想い人だろ?」

「……俺達じゃなくあいつが殺る分には問題ないだろ?」

「ああそういう事か、痴情のもつれって奴だな、でもそこまで相手を憎めるか?

さっきの態度だと、もう諦めが入ってるように見えたんだが」

 

 そう言われたステルベンは、少し考えた後にこう言った。

 

「あらかじめ誰か一人関係ない奴を殺させてハードルを下げる」

「おお、その後煽れば可能性は出てくるかもしれないな、

出来ればその最初の生贄も、ハチマンに関係する奴なら理想的なんだがな」

「……戦争の後から、恭二がたまにいい目をするようになった」

 

 ステルベンが突然そう言い、ノワールはきょとんとした。

 

「何の事だ?」

「俺達好みの目だ」

「相変わらずお前は言葉が足りないんだよ、要するにあれか、

戦争で誰かを恨むようになったって事か?」

「ああ」

「それじゃあ先ずはそいつが誰か調べてみるか」

「地道だがそこから始めよう」

 

 ノワールは頷き、続けて言った。

 

「薬品の手配はどんな感じだ?」

「少し難航しているが、当たりは付けた、問題ない」

「そうか、こっちの調査だと今直ぐにでも殺れるのは、ギャレット、ペイルライダー、

薄塩たらこ、サクリファイスの四人だな」

「……サクリファイス?」

「おう、最近ログインしてないが、例の戦争初期で、

ロザリアって奴を拉致った時にその見張りをしていた奴だ」

「なるほど」

「シノンはシュピーゲルに調べさせればいいか?招き入れてもらえれば鍵も問題ないしな」

「ああ」

 

 丁度その時シュピーゲルがモブを釣って戻ってきた為、二人は銃を構えた。

 

「お待たせしました」

「おう、それじゃ攻撃開始っと」

 

 そしてしばらくは殺しの話題も出ず、そんな事が何回か繰り返された。

そして街に戻った後、休憩がてら酒場に入ろうという事になり、

その入り口を潜った瞬間にシュピーゲルの目付きが変わった。

いわゆるステルベンとノワール好みの目という目付きにだ。

当然二人はそれを見逃さず、アイコンタクトをすると、ノワールがシュピーゲルに聞いた。

 

「どうした?誰か嫌いな奴でもいたのか?」

「あ、あはは、分かっちゃいましたか?」

「まあな、で、どいつだ?」

「……ゼクシードです」

「ほうほう、なるほどなるほど、ゼクシードな」

「殺したいのか?」

 

 ステルベンが、あくまでゲーム内での話を装った風にぽつりとそう言った。

 

そしてシュピーゲルは、ステルベンの方に振り返って言った。

 

「……いつかね」

 

 その目が憎しみに燃えており、ステルベンとノワールは、内心で快哉を叫んだ。

 

「そうか」

 

 ステルベンは短くそう言っただけだったが、

内心では、ゼクシードを何とか殺しのリストに入れられないか算段していた。

 

「とりあえず場所を変えるか?」

 

 ノワールが空気を読んでそう発言し、シュピーゲルが頷いた為、

三人はそのまま酒場を出た。

 

「お、シュピーゲルじゃないか」

 

 その時シュピーゲルに話し掛ける者がいた、薄塩たらこである。

ステルベンとノワールは、自分達の顔がよく見えないように上手く調整しながら、

一歩下がって薄塩たらこに軽く頭を下げた。

薄塩たらこも深く詮索はしてこず、会釈しただけだったのが彼らには幸いだった。

何せターゲットの一人なのだ、二人は馴れ合うつもりはまったく無かった。

 

「たらこさん、お久しぶりです」

「おう、最近シャナ達もあんまり来ないから中々集まる機会も無いが、元気だったか?」

「はい!」

「そうかそうか、お、言った傍からシャナから通信だ、ちょっと待っててくれ」

「あ、シャナさんが来たんですか」

 

 その言葉にステルベンとノワールは身を固くし、素早く囁き合った。

 

「……何があろうと殺気を出すのは禁止な」

「分かってる」

 

 そしてシャナとの通信を終えた薄塩たらこが、

パッと明るい顔をしながらシュピーゲルに言った。

 

「シュピ-ゲル喜べ、もうすぐ世界樹要塞で、次の拠点防衛イベントが発生しそうらしい」

「本当ですか?レアアイテムゲットのチャンスですね!」

 

 その言葉を聞いたステルベンとノワールは、

先ほど自分達が交わした会話の事を思い出していた。

 

『せめて何か、対抗出来る手段が手に入ればな』

 

 そして二人は、興味津々で二人の会話を黙って聞き続けた。

 

「おう、楽しみだな!ダイン経由でまた連絡が行くと思うから、お互い頑張ろうぜ!」

「はい、楽しみにしていますね!」

「早速準備しないとな、またな、シュピーゲル」

「はい、またです!」

 

 そして薄塩たらこは去っていき、三人は別の酒場に入った。

そしてノワールが、先ほどのイベントについてシュピーゲルに質問した。

 

「なぁ、さっきのイベントって何の事だ?」

「ああ、それはですね……」

 

 二人はシュピーゲルから詳しい話を聞き、直ぐにこう言った。

 

「そのイベント、俺達も参加出来ないか?」

「あ、ダインさんにお願いしてみますけど、多分大丈夫ですよ。

でもお二人がそんな事を言うなんて珍しいですね」

「まあ俺達も、まともにゲームを楽しみたいからな」

「そうですか、そっちの方は任せて下さい!

あ、早速ダインさんから召集がかかりました、ちょっと行っていきますね」

「おう、頼むな」

「はい!」

 

 そしてシュピーゲルが去った後、二人はひそひそを会話を続けた。

 

「イベント当日は、とにかく他のプレイヤーに埋没するように気をつけないと駄目だな」

「殺気を出すのは絶対に禁止だな、考えるだけでも危ない」

「でも色々と情報収集もしたいよな」

「リスクはあるが上手くやるしかない」

 

 ノワールはその言葉に頷き、続けてこう言った。

 

「それにしても、こんなに簡単に対抗手段を手に入れられるチャンスが得られるとはな」

「外れかもしれないけどな」

「まあゼロとそうじゃないのとじゃ雲泥の差があるから、いいんじゃないか」

「違いない」

「要塞を一つ所持とか、あの野郎は本当に何なんだろうな」

「化け物め」

「いつか殺してやりたいよなぁ」

「まったくだ」

 

 そして二人はシュピーゲルから正式に参加可能との連絡を受け、

自分達も準備する為にショップへと向かった。

とにかく多くの敵に弾を当てる事が大事と言われ、

二人は臨時でそういった感じの銃と弾を用意し、当日に向けて備える事にした。

一方その頃シュピーゲルは、ダイン達が拠点にしている酒場で、憤りを感じていた。

 

「ゼクシード達も参加するって本当ですか?」

「ああ、何人かは平家軍から参加させるらしい。

戦争は終わったから、今後はいがみ合わないようにってシャナの配慮だろうな」

「……そうですか、でもよりによって何でゼクシードなんですか?」

「俺も納得はしてないし、シャナも凄く嫌そうだったんだがな、

お互いのトップが参加しないと意味が無いってニャンゴローさんが言ったらしくてな」

「ニャンゴローさんが……そうですか、それじゃあ仕方ないですね」

 

 二人はニャンゴローがシャナのブレインだと理解しており、

ニャンゴローの事を高く評価している事もあって、それで納得した。感情はともかく、

確かに正論でもある為、納得せざるを得なかったというのが正確な表現である。

 

(まあいいか、表面上は仲良くしておけば。でも絶対にいずれ……)

 

 シュピーゲルはそんな事を考えながらステルベンとノワールに連絡し、

自らも準備を進める事にした。波乱含みの要塞防衛イベントが始まる。


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