「よし、それじゃあいつも通り始めるか」
シャナはやや離れた所にいるシノンに手で合図をし、二人は狙撃体制をとった。
そして拠点にいる者からは目視出来ない距離で、敵がどんどん消滅していった。
そしてある程度敵が接近し、他の狙撃が得意な者達も攻撃を開始した。
その中に妙に命中率の高い者がおり、シャナはその狙撃手に注目した。
「あの緑の髪のプレイヤー、いい腕だな……ん?あれは女性プレイヤーか?珍しいな」
「あの人、北の国ハンターズクラブってスコードロンの人らしいよ、現役のハンターみたい」
そう呟いたシャナに、シズカがそう声を掛けた。
「知り合いか?」
「ううん、同じ女性同士って事で話し掛けたら教えてくれたの。
対人は一切やらず、完全にモブ狩り専門のスコードロンらしいよ」
「ほうほう、プロだけに、逆に人を撃つのに忌避感があるのかな」
「うん、そんな感じの事を言ってた」
「人柄はどんな感じだ?」
「シノノンに似てるかな、クールっぽいけど多分凄く負けず嫌いだと思う」
「ふうん、名前は?」
「シャーリー」
それを聞いた八幡は、少し考えた後にこう言った。
「俺は斬り込むから、あのシャーリーって人にM82を貸してくるわ」
「えっ?……まあ確かにシャナの体は一つしかないし、
資源の有効活用と考えればいいのかな」
「持ち逃げするような人じゃないんだろう?」
「うん、もちろん」
「じゃあちょっと行ってくるわ」
「うん」
シャーリーは、こんな安全な場所からモブを狙撃するのは初めての経験だった。
この状態だと自分の持つ技術をフルに活用する事が出来る。
(狩猟感はやや減るけど、たまにはこういうのもいいものよね、
ああ、これだけでもここで待ってた甲斐があったわね)
丁度その時弾が切れ、シャーリーは新しい弾を出す為にその手を止めた。
そのシャーリーの眼前に、自分が使っている物よりかなり大きなサイズの弾が置かれ、
シャーリーは驚いてその顔を上げた。
「いい腕だな」
「あ、ど、どうも」
そこには、一度くらいは話してみたいと熱望していたシャナの顔があり、
シャーリーは驚きつつも、その弾を持って立ち上がった。
「残念ながら、この弾は私の銃には合わないわね」
「まあそうだな、そこでこれだ」
シャナはそう言いながらM82をシャーリーに向けて差し出し、
その行為に周囲のプレイヤーがどよめいた。
「え、えっと……これは?」
「俺は今から斬り込むんでな、そうするとこれを使う奴がいなくなっちまう。
どうだ、試しに撃ってみないか?」
その望外の申し出に、シャーリーは前のめりにこう答えた。
「い、いいの?是非お願い!」
「おう、出来るだけ腕がいい奴に使って欲しかったからな、ほら」
そう言いながら差し出されたM82を、シャーリーは興奮しながら受け取った。
「あ、ありがとう、戦闘が終わった後、直ぐに返しに行くわ」
「使い方は分かるか?」
「うん、大丈夫」
「そうか、弾は全部置いていくから楽しんでな、それじゃあまた後で」
「う、うん、また後で!」
そしてシャナは去っていき、シャーリーはわくわくしながらM82を構えた。
「私の人生で、こんな銃が撃てる機会なんて最初で最後かもしれないわね」
シャーリーはそう呟くと、早速敵に狙いをつけ、攻撃を開始した。
スコープの中から見える敵に大穴が開き、一撃でその敵が消滅したのを見たシャーリーは、
とても楽しそうに次々と敵を屠っていった。
それを遠目に見ていたシャナは、やっぱりいい腕だなと呟くと、
そろそろ敵に斬り込む事を仲間達に告げた。
今回はプレイヤーの数が多めなので、敵の殲滅速度もその分早い。
それが関係あるのかどうかは分からないが、明らかに敵の進軍速度が上がっていた。
「左右はきっちりと弾幕が張られているみたいだし、正面の敵をきっちり片付けるぞ」
「お、シャナが出るみたいだぞ」
「出た、ビームナギナタ!」
「よくあんなのを振り回せるよなぁ」
「正面の敵はシャナに任せて、俺達はきっちりと左右の敵を殲滅するぞ!」
その弾幕を張るプレイヤーの中にいたシノハラは、
大好きなマシンガンをとにかく撃って撃って撃ちまくっていた。
「ヒャッハー、おらおらおらおら」
「お、お前もマシンガンか、俺もだ!」
「俺も俺も、やっぱりマシンガンは最高だよな!」
「撃て!とにかく撃て!」
シノハラは同好の士に囲まれ、幸せな気分に包まれながらひたすら攻撃していた。
そしてここで意気投合した彼らは、後に『ZEMAL(全日本マシンガンラバーズ)』
というスコードロンを結成する事となる。
「シャナと一緒にあいつも出るのか……」
仲間と共に左翼の守りを担当していたデヴィッドは、
シャナと共に出撃しようとしているピトフーイを苦々しい目で見つめていた。
噂だと、シャナと一緒の時は多少まともになったという話だが、
かつての頭がおかしいとしか思えないピトフーイの姿が脳に焼き付いていたデヴィッドは、
どうしてもそのイメージを消す事が出来ないでいた。
「それにしてもあの赤い光剣……禍々しさがあいつらしいといえばそうだが……だが……」
そしてデヴィッドは、まるで子供のように言った。
「くそっ、なんて羨ましい……俺もいつかあれを振り回してみたい……」
そのデヴィッドの望みが叶うのはかなり後、第三回スクワッド・ジャムの直前となる。
クラレンスは、つまらなそうに銃を撃っていた。
「はぁ、やっぱり何かしら伝手が無いと、シャナに接触するのは無理か……」
クラレンスは、祝勝会ならあるいはと考え、この場は大人しく稼ぐ事に専念する事にした。
「なあユッコ、ハルカ、これは楽すぎないか?」
「今まで苦労して稼いできたのは何だったんですかね……」
「さすがはシャナさんですね」
「チッ、それはちょっと面白くねえな」
「まあ事実ですしね」
「だから余計面白くねえ……」
そう言いながらも、ゼクシードはひたすらモブを撃ちまくっていた。
稼げる時に稼ぐのはGGOの基本である。なんだかんだ言いながらもせっかく参加した以上、
ゼクシードはしっかり稼いで帰るつもりなのであった。
そんなゼクシードに話し掛ける者がいた、ノワールである。
ノワールは、世間話を装いながらゼクシードにこう言った。
「さすがですねゼクシードさん、威力も命中率も他の奴らとは段違いですね」
「おう、腕だな腕、まあ銃の性能がいい事は否定しないけどな」
「いい銃ですよね、必要STRも高そうだ」
「まあな、AGI特化プレイヤーには一生装備出来ないだろうな」
「ですね、それじゃあ俺はちょっと弾の補給で一旦下がります」
「おう、お前も早く俺みたいになれるように頑張れよ」
「ありがとうございます、より一層努力します」
たったそれだけの会話だったが、ノワールは満足そうにそのまま移動した。
「ノワールさん、あいつと何を話してたんですか?」
「ああ、お前の言ってた事が事実かどうかちょっと確認をな」
シュピーゲルにそう尋ねられ、ノワールはそう答えた。
そしてノワールは、シュピーゲルに向けてこう囁いた。
「確かにAGIタイプを馬鹿にしてやがったわ、あのクソ野郎は本当にむかつくよな」
それはかなりの拡大解釈であったが、そんな事は関係ない。
ゼクシードがAGIタイプをディスったのは事実だからだ。
その事実さえあれば、どんなに言葉を変えても問題は無いのだ。
例え直接確認されてもまったく問題は無い。
ゼクシードは必ずAGIタイプの事を悪く言うのは間違いないのだ。
そしてノワールの目的は、まさにその事をシュピーゲルに吹き込む事だった。
案の定それを聞いたシュピーゲルは、ゼクシードに明確な殺意を向けた。
「こんな時にまでそんな事を言ってるんですか、あのクソは」
「おう、あの野郎はまじで殺してやりたいわ」
「やっぱりそう思いますよね」
(よし、後はこのままステルベンに話を振って……)
そしてノワールは、ステルベンに目くばせした。
それを受けたステルベンは、シュピーゲルにこう言った。
「ところで例の件なんだが目処が立ったぞ、いい方法を思いついた」
「えっ、どんな方法?」
そのシュピーゲルの食いつき方に、ステルベンは内心でほくそ笑みながら、
その方法をシュピーゲルに説明した。
「なるほど、つまり住所が分かりさえすれば可能性が出ると」
「まあ相手が一人暮らしで古いアパートか何かに住んでいないと駄目だけどな」
「とにかく大事なのは情報を得る事……でもどうすれば……」
「そこでだ、ゼクシードに近付いて、BoBの景品をモデルガンにさせる事は可能か?」
「モデルガンに?あっ……そうか、その手があったか!」
「ああ、後はメタマテリアル光歪曲迷彩マントを使って後ろから覗き見るだけだ」
「凄いや、さすがは兄さんだね」
そしてステルベンは、シュピーゲルにこう尋ねた。
「本当にいいのか?」
「うん、正義は我にありだよ、これでみんなが幸せになれるんだから、
きっと神様も許してくれるでしょ」
(いい感じに狂ってるな、いいぞ)
ステルベンはそれでも表面上はこう答えた。
「ああ、全ては正義の為だ。そしてお前は朝田さんを手に入れろ、
それくらいの報酬はあって当然だ」
「うん!」
それと同時にシュピーゲルがシノンの方を熱っぽい目で見つめた為、
ステルベンは、自分が勘違いしていた事に気が付いた。
(そうか、あのシノンってのが朝田さんか、てっきり別人かと……
要するに現実での知り合いだったって事か。
しかしまずいな、あの女はハチマンに近すぎる)
そう考えたステルベンは、ノワールにこう囁いた。
「おい、どうやらシュピーゲルの想い人の朝田さんってのは、あのシノンって狙撃手らしい」
「まじかよ、あのシノンってのが好きな事は知ってたが、
まさか朝田さんってのがあいつだとはな、てっきり別人だと思ってたな。
しかしあいつはまずいだろ、ハチマンに介入されるのは絶対に避けたいしな……殺すか?」
「どうせならあいつに殺らせよう、リアル知り合いなら余計な手間もかからん」
「それなら住所も簡単に調べられそうだしな、よし、それでいこうぜ」
「上手く誘導しないとな」
「まあそれは簡単だろ、恋に狂った男が想い人をその手で殺すなんざよくある事だ」
こうしてシノンもターゲットに加えられる事となった。
最初から朝田さんがシノンの事だと分かっていれば、
ハチマンと関わりたくないステルベンとノワールは、
女絡みでシュピーゲルを煽るのを断念したかもしれない。
だがこの段階になると、もう計画に修正はきかない。
こうしてイベントの裏で、悪意の芽が花開こうとしていた。