ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第378話 歌姫が生まれた日

「歌姫?ああ、覚えてるよ、確かよく色々な場所で歌ってたよな」

 

 ちなみにGGOのフローリアの名前は、

第四十七層の主街区フローリアから名付けられている。

花のイメージがピッタリだと八幡が考えたからだ。

 

「アスナとは別の、もう一人の女性プレイヤーがあいつの傍にはいたんだよ、

多分俺しか知らないと思うが、時効だしもう話してもいいかな」

「つまりそれが……」

「『歌姫』ユナだ」

「やっぱりか、でもまじかよ……全然気付かなかったぞ」

 

 遼太郎は驚いたようにそう言った。

 

「遼太郎、その歌姫というのは……?」

 

 そう静に尋ねられた遼太郎は、軽くユナの事を説明した。

 

「町でよく歌ってた子でな、その歌を聞くと、不思議と勇気が出たんだよな」

 

 そしてエギルが、少し迷った末にこう言った。

 

「不思議と、な。今だから言えるが、

実はユナは支援スキルの一つである歌唱スキルを持ってたからな」

 

 遼太郎はそんなスキルの存在は知らなかった為、目を剥いた。

 

「え、何だよそれ、あれってスキルの効果だったのか……」

「トップシークレットだったからな」

「確かにそんなスキルの話は聞いた事がなかったな、でも何で秘密にしてたんだ?」

 

 その遼太郎の疑問は当然だった。首を傾げる遼太郎に、エギルは説明を始めた。

 

「理由は二つあるんだが、先ず一つ目だ。

ユナの希望を踏まえて、ハチマンが情報の公開を止めていたんだよ」

「ユナの?どういう事だ?」

「ユナは歌での支援によって攻略組の、というかハチマンの役に立つ事を望んでいた。

だが攻略組に参加するには決定的に実力が足りていなかった。

ユナに歌唱スキルが発現したのは前線が六十五層の辺りに差し掛かっていた時期で、

ユナはそれまで一切町の外に出ていなかったからな。

そんな訳で、ユナの育成が急務になったんだが、

もしユナのスキルの事を公開したら、色々な奴らがユナをパーティに誘おうとするだろ?

それで万が一ユナに何かあったら大変だ。だからハチマンは情報を制限し、

ユナの頼みを受け、自らの手でユナを育成する事を決断したんだ。

攻略組の未来を見据えてな」

「そうか、ハチマンらしいな……」

 

 遼太郎は感慨深げにそう言った。ハチマンが先を見ていた事は頭では理解していたが、

まさかそんな事までしていたとは、遼太郎の想定外だった。

 

「で、もう一つは?」

「ユナには幼馴染がいてな、

そいつはユナの為に頑張って剣の腕を鍛えて血盟騎士団に入ったくらいの努力家なんだが、

そいつは生存本能が強すぎたのか、強敵相手だとシステムのせいで足が竦む事が発覚してな、

アスナの判断で、前線から外されたんだ」

「それってフルダイブ環境に不適合だったって事か?」

 

 エギルはその遼太郎の言葉に頷いた。

 

「ああ、ネズハと同じようで違うタイプだ、アスナの判断は妥当だろうな。

そのまま戦場にいたら多分死んでいただろう」

「で、それが?」

「戦場に立ちたくても立てない幼馴染を差し置いて、

ユナだけがクローズアップされたらどうなるか、お前も何となく想像出来るだろ?」

「ああ……」

 

 そう言われた遼太郎は、昔ハチマンから聞いた、

グリセルダとグリムロックの話を思い出した。

 

「実際にそういう事例があったよな……いわゆる圏内事件って奴だな」

「ああ、ユナは意外と強情でな、ハチマンと一緒なら大丈夫だと言い張って、

ボス戦に参加すると言ってきかなかったんだが、

ハチマンから圏内事件の話を聞いたユナは、一転して自分から不参加を言い出したんだ」

「まあそうなるよな」

「で、ハチマンが出した結論はこうだった。九十層まで到達する事が出来たら、

ユナをボス戦に参加させる。それまでにユナはハチマンが鍛えあげる。

だが知っての通り、その機会は訪れなかったと、まあそういう訳だ」

「なるほど……」

 

 遼太郎は、ううむと唸りながらそう言った。

 

「あの……」

 

 そこで香蓮が、そう声を掛けてきた。

 

「ん、どうした?」

「私はSAOの事はよく分からないんですが、今の話の流れだと、

どう考えてもそのユナって人と幼馴染の人は両想いみたいに聞こえるんですよ。

でも最初の話は、八幡君が昔からモテてたって話ですよね?って事はつまり……」

「おう、クラインは気付かなかったみたいだが、その通りだ、凄いな香蓮さん」

「フ、フカちゃんだってそのくらいは分かりましたよ!恋愛脳なんで!」

 

 香蓮が褒められた事に対抗したのか、美優も慌ててそう言った。

 

「ど、どういう事だ?」

「要するに今俺が話した経緯は関係なく、ユナの想い人は師匠のハチマンだったって事だ」

「嘘だろ!?なんだよそのいい話詐欺は!」

「仕方ないだろ、事実なんだから」

 

 それでも気持ちが収まらなかったのだろう、遼太郎はエギルにこう尋ねた。

 

「そもそも何でお前、そんなにその件に関して詳しいんだよ!」

「そんなのは簡単な事だ、絶対的な秘密保持の観点から、

この事について知っている奴は極力少ない方がいいと考え、

ユナを俺達の拠点に連れてくる事は出来ないと考えたハチマンが、

うちの店を隠れ拠点にしていたと、まあそういう事だな」

「そういう事かよ!」

「ちなみにお前が俺の店にいた時、その後ろをフードで顔を隠したユナが通った事もある」

「まじかよ、全然気付かなかったぞ!」

 

 エギルはやれやれというゼスチャーをした後、続けてこう言った。

 

「普段は大人しかったのに、恋愛に関するユナの積極性は凄かったぞ、

あの手この手でハチマンの気を引こうと頑張ってたが、

ハチマンは冗談だと思ってたのか、ユナをあしらいまくってな……」

 

 その言葉に、美優がバッと手を上げた。

 

「はい、はい、同じようなケースに心当たりがありまっす!

リーダーが私をあしらう姿がダブって見えまっす!」

「まああんな感じだな」

「やっぱり!」

「ちなみにユナさんと幼馴染の関係はどうだったんですか?」

「おう、何も無い。本当にまったく何も無い。完全に友達扱いだ、かわいそうなくらいにな」

「それは少し気の毒ですね」

「まあ男女の事は仕方ないさ」

 

 そして話は、ハチマンとユナの出会いについての話に移った。

 

「なあ、でも当初はその幼馴染の方と、ユナはより仲が良かったんだろ?

偶然一緒にSAOをプレイしていたなんて出来過ぎだし、

二人で相談して一緒に始めたか、どっちかが誘ったって考えるのが普通だよな?」

 

 その言葉にエギルは頷いた。

 

「ユナの話だと、向こうに誘われたらしい」

「ああ……ファンタジーのゲームを一緒にやろうって誘ったって事は……」

「そういう事だね」

 

 美優と香蓮がそう言葉を交わし、遼太郎は得意げにこう言った。

 

「それは俺にも分かるぜ、少なくともその幼馴染はユナに惚れてた」

「だがユナにその気は無かった、誘いに乗ったのは、

何か理由はあったんだろうが少なくとも恋愛絡みじゃなかった」

「そして八幡君に出会ったと」

「どんな出会い?」

「ああ、これは直接ユナから聞いたんだがな、

実はユナが初めて歌を歌った場所が、たまたまハチマンの昼寝スポットの近くでな、

『smile for you』って曲を歌ったらしいんだが、

ユナに一番最初に声を掛けてくれたのがハチマンなんだそうだ。

 

 

 

『なぁ、その曲って誰かの曲なのか?』

『あ、えっと、ううん、私が作った曲なんだけど……』

『そうか、きっと才能があるんだな、凄くいい曲だ』

『あ、ありがと』

『良かったらもう一度頼む』

『う、うん!』

 

 

 

「そしてそんな生活がしばらく続き、ある時ユナは一つの疑問を抱いたそうだ。

普通は歌い終えた後、ほとんどの場合、声を掛けてくる男がかなりの数いたそうなんだが、

ハチマンが近くで昼寝している時は、何故か誰も声を掛けてこなかったらしいんだよ」

「何そのホラー」

「その頃はハチマンの名もかなり売れ始めていた時期でな、

ハチマンがとある噂を広めていたらしい」

 

 エギルの説明はこうだった。ハチマンがやった事はシンプルであり、

ユナに余計なちょっかいを出すと、

必ずハチマンに制裁されると攻略組に噂を流しただけであった。

どうやらユナが、話し掛けられて迷惑そうな顔をしていた事に気が付いたらしい。

ハチマンはその頃最前線近くで昼寝をする事が多かったので、

そこには当然攻略組の者が多く存在する。その為一般プレイヤーも自然とそれに引っ張られ、

ハチマンが近くにいる時は、段々とユナに声を掛けるのを控えるようになっていった。

もちろん拍手と褒める事に関しては別である。

あくまで問題なのは、余計なちょっかいを掛ける事なのだ。

そして気が付くとユナは、その日の歌う場所を決める時、

最初にいくつか存在したハチマンの昼寝スポットを回って、

ハチマンがいる場所を選ぶようになった。

その話を聞いた香蓮と美優は、羨ましそうにこう言った。

 

「何かいいなぁ、それ」

「素敵だよね」

「ハチマンはほら、あんな性格だからな、

最初からユナにアプローチを掛けるとかそういう事はまったく無かったらしい。

俺達にはその理由が分かるが、当時のユナにはそれが凄く新鮮だったらしいな」

「本当に声を掛けてくる男が多かったんだね」

「あ、俺も声を掛けた事があるぜ!」

「フン!」

 

 その瞬間に、遼太郎の腹に静の鉄拳制裁が飛んだ。

 

「ぐおっ……し、静さん誤解だから、俺は単に歌を褒めただけだから……」

「ふん!」

 

 そう子供のように拗ねた態度をとる静を、遼太郎は必死に宥めた。

そんな二人を横目で見ながらエギルは説明を続けた。

 

「そんなユナに最初の転機が訪れた。

例の幼馴染に、ハチマンが噂を流しているって話を聞いたんだ」

「余計な事を……」

「ね」

 

 

 

『ねえ、あなたって、ハチマンって言う有名な人なんだってね』

『確かに俺の名前はハチマンだが、別に有名とかそういうんじゃないさ』

『私の為に噂を広めてくれたんでしょ?』

『それは勘違いだ、俺はうざったい遣り取りを耳にするのが嫌いなだけなのであって、

それは別にお前の為じゃない、あくまで俺自身の為だ』

『ふ~ん』

『何だよ』

『別にぃ?』

 

 

 

「そしてそれからユナは、歌う時はハチマンに向けて歌うようになり、

自然とその声にも、前以上に色々な気持ちが乗るようになったらしい。

今思えば、それがスキル発現のキッカケになったんだろうな。

そしてそんなユナに第二の転機が訪れた、もちろん歌唱スキルの発現だ。

その日珍しく、歌い終わった後にハチマンがユナの所に来て、

少し慌てた様子でユナの手を引き、どこかへ向かって歩き始めたらしい」

 

 

 

『今日はどうしたの?なんかいつもと違うってか、こんなの初めてかも』

『詳しい話は後だ、とりあえずここに入ってくれ』

『ここって宿屋?ハチマンには彼女がいるんでしょ?いいの?

まあ私は別に、あんたならいいけど……』

『はぁ?何を訳の分からない事を……いいから誰かに見られないうちにとっとと中に入れ』

『う、うん』

 

 そして少し緊張しつつもこれから起こる事を受け入れようと思っていたユナに、

ハチマンは予想外の事を告げた。

 

『それじゃあメニューからステータスウィンドウを開いて、スキルの欄を確認してくれ』

『えっ?』

 

 そしてユナは頭に疑問符を浮かべながら、言われるままに自分のスキル欄を見て驚愕した。

 

『な、何これ……歌唱スキル?』

 

 

 

 こうしてこの日、SAOに歌唱スキルを持つ真の歌姫が誕生した。


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