『やっぱりか……何か違和感を感じたんだよ』
実はハチマンは、過去に歌唱スキルの恩恵を受けた事があった。
それはゲームのサービス開始前、テストプレイのバイトをしていた時にである。
今SAOの中にいるプレイヤーの中で唯一ハチマンだけが、そのスキルの存在を知っていた。
『激レアスキルだって聞いてたし、実際使ってる奴に遭遇した事が無いから、
その存在は知っていたが、お目にかかる事は無いだろうと思って、
攻略には使えないと考えから外していたんだが、まさかお前に発現するとはな』
『こ、これってどんなスキルなの?』
『自分の歌を耳にしたパーティメンバー全体にかかる、かなり強力な支援スキルだ。
その範囲はレベルが上がるとレイド全体に波及させる事が可能らしい。
だから観客の誰も気付かなかったんだろうな、正直俺も確信があった訳じゃないしな。
ちなみに歌への感情の込め方によって、効果が変わるらしい』
『強力なんだ……』
そしてユナは、直後にハチマンに自分の攻略組入りを懇願したが、
ハチマンは当然それを断った。
『いくら強力なレアスキル持ちでも、レベル一の奴に何が出来るんだよ』
『じゃあレベルを上げるのを手伝って』
『はぁ?』
『これでやっと私も本当の意味でハチマンの役に立てるね、
ついでに短剣の使い方も教えて、得意なんでしょ?』
『お前な』
『お願い!』
『別に俺じゃなくてもいいと思うが』
『お願い!お礼に毎日ハチマンだけの為に一曲歌うから!』
『俺は別に今くらいで十分なんだが』
『もう、お願いってば、ね?』
そんな会話が延々と続き、ハチマンはユナの粘りに負け、ユナを鍛える事を了承した。
単純に強力な戦力が欲しいという事情もあったのだろう。
『はぁ、分かったよ』
『ありがとう、師匠!』
『師匠か……』
『うん、師匠!』
「こうして二人の師弟関係が始まったそうだ。ちなみにアスナもユナの事は知っていて、
たまに二人でユナを鍛えたりしていたそうだ。
多分アスナは内心少しヤキモチを焼いてたと思うが、
ハチマンがまったく変わらない態度でアスナに接してくるのと、
ユナのスキルの強力さを身を持って体験したせいで、黙認する事に決めたらしい」
「アスナもユナの事を知ってたのか」
「まああの頃のアスナは血盟騎士団の副団長として忙しい身だったからな、
あまりユナとは絡めなかったと思うけどな、
それでも俺が見掛けた時は、二人はかなり仲がいいように見えたな」
遼太郎は話を聞き終わった後、興味深げにエギルにこう尋ねた。
「そうだったのか……で、そのユナは今どこに?」
それに対してのエギルの答えはこうだった。
「分からん、一度だけその事について話した事があるんだが、
八幡もユナがどうなったかについては把握していなかった。
どうやら菊岡さんもユナの事を知らなかったらしい。
って事は普通の病院には入院していなかった事になるな。
噂だと、俺達が七十五層のボス戦に向かった後、ハチマンの態度から嫌な予感がしたらしく、
その幼馴染に頼んで町に残っていた残りの戦力を集めてもらい、
そのプレイヤー達と共に迷宮区へと向かったらしいんだが」
そのエギルの説明を聞いた遼太郎は、ハッとした顔でこう言った。
「お、俺、その話なら知ってるぞ、確かうちのメンバーもその中にいたはずだ!」
そして遼太郎は、風林火山のメンバー達に確認の電話を掛け始めたのだった。
「まじかよ……」
「どうした、何があったんだ?」
「実はよ、途中でやばい敵が出たらしく、ユナの幼馴染はノーチラスって言うらしいんだが、
ユナが囮になって敵を引き付けて、それを慌ててノーチラスが追ったみたいだ。
でもその直後にゲームがクリアされたんで、
無事だろうと思って特に何も報告しなかったそうだ。他の奴らも同様の認識で、
ゲームがクリアされた喜びのせいもあって、特にその事に触れる奴もいなかったらしい」
その説明を聞いたエギルは、腕組みをしながらこう言った。
「微妙だな……」
「ああ、うちのメンバーがやばい奴って言うくらいだ、
下手をするとその一瞬でユナがやられている可能性もあるな」
「だが、菊岡さんまでもが知らないとなると……」
「手がかりは何も無しか」
「八幡はユナの事、どう思ってるんだろうな」
「どこかで元気でやっているとでも思っているんじゃないか?」
「だよな……」
二人はこの事を八幡に告げるかどうか迷ったが、
告げたからといってどうなるという話でも無い為、
この事については明日奈に任せる事にした。
「明日奈なら上手くタイミングを見て話してくれるだろ」
「それじゃあ後で明日奈に連絡しておくか。
まあそんな訳で、俺の昔話は終わりだ、どうだ?参考になったか?」
エギルの昔話を興味深く聞いていた一同は、微妙に納得し難い表情で口々に言った。
「サンプルが一例だけっつ~のはどうなんだ?」
「私はそれでも十分参考になりましたけどね」
「今のリーダーの事を知っているせいか、何か物足りない……」
「あいつの高校時代を知る者としては、今の話だけでも驚きを禁じえないのだがな」
そしてエギルは、ニカッと笑いながら続けてこう言った。
「じゃあこの話はどうだ、実はハチマンが血盟騎士団の参謀に就任した後、
黙ってあいつのブロマイドを売り出した事があるんだよ、
あいつに見つからないようにするのは大変だったけど、
まあ利益は全て教会に回したからセーフだよな」
それを聞いたクラインが、自分のスマホを取り出しながら言った。
「あ、俺その画像なら今持ってるぜ、そのデータって確かサルベージされた奴だよな?」
「そういえば前に見せてもらった記憶があるな」
「本当ですか?是非見てみたいです」
「おう、SAO時代の貴重な写真だ、じっくり見てやってくれ」
そして懐かしの、ハチマンの参謀服姿を見た香蓮と美優は、黄色い声を上げた。
「こ、これは……」
「あは、八幡君ってば、どこかの貴族様みたい」
「やだ、明らかに非日常でコスプレちっくなのに、それが凄くいい……」
「ははっ、二人の反応も上々だな、でな、
そのブロマイドが女性プレイヤーに大人気で飛ぶように売れてな、
枚数にして三百枚、つまりあいつには、三百人のファンがいたって事になる訳だ。
な、俺がモテてたって言った意味が分かっただろ?」
「三百って……SAOの女性プレイヤーのほとんどなんじゃないのか?」
「そうだな、正確な数は分からないが、かなりの比率だろうな」
それを聞いた美優は、焦ったようにエギルに聞いた。
「そ、それじゃあもしかしてリーダーって、普段から声を掛けまくられてたり?」
「いや、それは無かったな。その頃は常にアスナがあいつの傍にいたからな、
さすがにアスナに正面から喧嘩を売れる奴なんていなかったな」
それを聞いた美優は、ぷるぷると震えながら下を向いた。
それを見たエギルは、ちょっとこいつにはショックだったかと思いながら、
美優を慰めようとしたのだが、エギルが美優に声を掛けようとした瞬間、
美優は顔を上げ、ガッツポーズをした。
「よっしゃあ!」
「うおっ、何だよいきなり、お前今落ち込んでたんじゃないのか?」
「落ち込む?このフカちゃんが?何で?」
「今の話を聞いて何も思わなかったのか?」
「え?何言ってるのエギルさん、つまり今が最大のチャンスって事でしょ?」
「…………は?」
そうきょとんとするエギルに、美優はドヤ顔で言った。
「つまり昔はリーダーの傍にいる事すら事実上不可能に近かったけど、
今は近くにいる事が可能!あまつさえラッキースケベくらいなら許容される雰囲気がある!
これはもうフカちゃん大勝利でしょう!」
「ラッキースケベってお前な……」
「大丈夫、北海道では気に入った男を落とす為にそういう訓練をつんでたから!」
美優はそう訳の分からない事を言い始めた。まあいつもの事である。
「ラッキースケベの訓練って何だよ、リアルでも変わらないな、お前」
「八幡はラッキーだろうがそうじゃなかろうが、そういう事に耐性がついてると思うが……
多分何かあっても顔色一つ変えないんじゃないか?」
「ああ、確かにな……」
「えっ?そ、そうなの?」
「陽乃さんがいるからな……」
「陽乃さん?誰?」
「ソレイユさんだ」
「あっ、ソレイユの姉御か!」
そして遼太郎は、一枚の写真を美優に見せた。
「これを見てみろ、先日陽乃さんに命令されて撮った写真だ」
その写真には、ソファーに座る八幡の頭の上に胸を乗せる陽乃の姿が写っており、
美優は凄まじい衝撃を受けた。
「な、何でこんな写真が……っていうかこれがリーダーの素顔!?
やだ、コヒーが落とされちゃったのも分かる……」
「わ、私は別に……」
「あ、そういうのはいいから、もうバレバレだから」
「ええっ!?」
美優はじと目で香蓮にそう言うと、遼太郎に説明を求めた。
「で、このありえない状況は、一体どんな状況なのでしょうか……」
「これはこの前オフで何人かで集まった時に、
後から到着した陽乃さんがいきなり八幡の頭の上に胸を乗せて、
『遼太郎君、とりあえず駆けつけ一枚お願い!』って言った時の写真だ。
ちなみに八幡は、何を言っても無駄だと分かってるみたいで平然としてた」
「確かに顔色一つ変えてない……これは手ごわい……」
「おう、だから八幡にラッキースケベは通用しないぞ。
ラッキーじゃないスケベにも対応してくるからな」
「ですか……」
そんな美優に、静がこうアドバイスしてきた。
「まああいつには、相手が引くくらいの強引な態度が効果的だな、
あいつは案外女性の押しに弱い所があるからな」
「強引……強引……確か今、リーダーは帰還者用学校に通ってるんだよね?」
「ん、ああ、確かにそうだが……」
「よしコヒー、明日私に付き合え、帰還用学校に突撃すんぞ!」
「えええええええええ?ちょっと美優、本気!?」
「当たり前だい!出会いはいつも突然なのさ!」
「それじゃあ私が陽乃に連絡しておいてやろう、あそこの理事長は陽乃のお母上だからな」
「お願いします!」
静は少し酔っていたせいか、ノリ良くそう言って陽乃に電話をし、
明日美優と香蓮が帰還者用学校に行く許可を理事長にとってくれるように頼んだ。
そして折り返し陽乃から連絡があり、理事長から時間を指定された上で、
許可を得られた旨が二人に伝えられた。
「相変わらず無茶苦茶だな」
「あの母娘はまあ、そういう人達だからな」
「それじゃあコヒー、早速帰って準備だ!皆さん、今日は本当にありがとうございました!
お話し出来てとっても嬉しかったです!」
「おう、それじゃあまたALOでな」
「二人とも、元気でな!」
そして二人は家に戻り、布団の中で今日の出来事について色々話しながら、
軽く明日の事について話をした後、二人で仲良く眠りについたのだった。
~~フカ次郎シリーズ。