2018/06/18 句読点や細かい部分を修正
その日の夜、八幡と明日奈は八幡の家で一緒にくつろいでいた。
そんな時、明日奈の携帯にエギルから着信が入り、明日奈は少し驚いた。
「あれっ?」
「どうした?」
「あ、うん、エギルさんから私に直接電話みたい」
「お前に直接とは珍しいな、何か俺に聞かせたくない話でもあるのかもな」
「う~ん、どうなんだろう、とりあえず出てみるね」
「おう、俺は今のうち風呂に入ってくるわ」
どうやら八幡は空気を読んで、その場を離れる事にしたようだ。
「うん、ごめんね」
そして明日奈は電話に出て、エギルからユナの最後の行動についての話を聞いた。
「という訳で、もういいだろうと思ってユナの事を話しちまったんだが、
そしたら出てきた情報ってのが、今説明した話なんだよ」
「そうなんだ……」
『かなり曖昧な情報ですまん、その後どうなったかを知っているのは、
そのノーチラスって奴だけだろうな』
「ノーチラス君、ユナちゃんを止められなかったんだ……
無事だと信じたいけど、この話を八幡君にしたら怒りそうだな……」
『あ、そっちの心配もあるのか』
そして明日奈は、当時の事を思い出しながら言った。
「うん、なんだかんだ言って八幡君、ユナちゃんの事を弟子として大事にしていたからね」
『まあもし八幡が望むなら直接俺が説明するから、気軽に連絡してくれ』
「うん、もしそうなったらお願い。でも多分、
今聞いた以上の詳しい説明は誰にも出来ないだろうね、ノーチラス君以外は」
『まあそうなんだよな、まあそれじゃあそっちの事は宜しく頼む』
「うん」
『あ、後な、それとは別に、明日学校で気を付けろと八幡に伝えておいてくれ』
「え?どういう事?」
「まあ何か危険だとかそういう事じゃないからそこは安心してくれ」
「分かった、それだけ言えばいい?」
『おう、それで十分だ、それじゃあまたな』
「うん、またね」
そして明日奈は少し考えた後、やはり直ぐに伝えようと思い、
八幡が風呂から出てきた後、直ぐにその事実を八幡に告げた。
「何だと、ユナが?」
「うん」
そして八幡は、少し後悔したような様子で毒づいた。
「くそっ、ノーチラスじゃ止められなかったか、もっときつく言っておけば良かったか」
「まあ仕方ないよ、あの時はこっちもいっぱいいっぱいだったしね」
八幡は肩を落とした様子で明日奈に頷くと、諦めたような口調でこう言った。
「まあ既に過去に起こってしまった事だ、菊岡さんですらユナの消息を知らないんだから、
この件に関してはもうどうしようもないな」
「だよね……」
「まああいつは仮にも俺の弟子なんだ、いずれ実力で表に出てくるだろうさ」
「現実には歌唱スキルなんか存在しないけど、ユナちゃんならきっとそうだよね」
八幡はその明日奈の言葉を聞いて、変な顔をした。
「あれ、何その顔」
「そうか、明日奈はユナのスキルが歌唱スキルのみだった時の事しか知らないのか、
そういえばちゃんと説明をしていなかった気がするな」
「えっ、何それ、どういう事?」
「実は最終的には、ユナは歌唱以外にも多くのレアスキルを保持していたんだよ。
歌唱スキルを持っていることが条件のスキルが沢山あってな、
どう考えても歌唱スキルを得る奴なんかいないだろうと思って、
晶彦さんが遊びで入れたとしか思えないくらい、まあ色々とな」
「ええっ、そうだったんだ、例えばどんな?」
「先ず滑舌を良くしようと、戦闘中に早口言葉を言わせていたら『吟唱』スキルが生えた」
「何そのシュールな光景……」
明日奈はその光景を頭に思い浮かべ、呆れた顔でそう言った。
「次に短剣を俺とリズム良く打ち合っていたら、『楽器演奏』スキルが生えた」
「それって確実に楽器じゃないよね!?」
「蝶のように舞い蜂のように刺すと戦闘中に何度も言ってたら、『舞踊』スキルが生えた」
「もし私が歌唱スキルを持ってたら、私にも生えてたかも……」
「だな、そして度胸を付ける為にあえて一層で歌わせて、ファンと握手とかをさせていたら、
『カリスマ』のスキルが生えた」
「それはまあ分かるけど……」
「ちなみに戦闘に及ぼす効果は、味方の何を底上げするかの種類を増やす事だったな」
「ああ、そういうスキル構成だったんだね」
明日奈は、それは意外と良く考えられているなと感心した。
「そしてどんな状況でも常に笑顔でいさせたら、『癒し系』のスキルが生えた」
「……えっ?」
「ツンデレっぽく話させてたら、『小悪魔系』のスキルが生えた」
「さっき感心した私の純粋な気持ちを返して!」
「そう言うなって、結構大事だったんだぞ、癒し系は徐々に状態回復効果、
小悪魔系は耐性獲得効果があったんだからな」
「それは凄いね……」
「ちなみにアイドルを育成しているような気分になって、ふざけてやった結果だ、
今はとても反省している」
「あ、あは……」
明日奈はさすがに何と言っていいか分からず、そう言う事しか出来なかった。
「最後に山の上で大声を出させていたら、そのまんま『大声』のスキルが生えた」
「そ、それってもしかして、謎の叫び声事件の事?
うちでも調査隊を派遣しようとしたけど八幡君に止められて、
そのままパッタリと起こらなくなったっていう……」
「おう、スキルが生えたからやめさせた」
「ひ、人騒がせな……」
明日奈はへなへなとその場に崩れ落ち、
八幡はすまなそうに明日奈をお姫様抱っこすると、そのままソファーに座らせた。
「そしてこれらのスキルが揃った瞬間、ユナが獲得したスキルは……」
「スキルは?」
「『歌姫』のスキルだ。これにより、ユナは全ての歌の効果を発揮出来るようになった」
「そ、それってもう即実戦に投入出来るレベルだったんじゃない?」
「俺も一瞬そう思いかけたんだがな、問題だったのは熟練度だ」
「あっ」
明日奈も遅まきながら、その事に気付いたようだ。
「一気にスキルが増えた事によって、複数の熟練度を上げる必要が出ちまってな、
上がり方から俺が計算した結果は、なんとか九十層までには仕上がるだろうという感じでな」
「そっか、そういう事だったんだね」
そして八幡は、少し苦しそうな表情でこう言った。
「だから七十五層の最後の戦いの時、ユナは居残りさせる事にしたんだ。
多分ユナはそれが納得いかなかったんだろう、
それでノーチラスを何とか説得して仲間を集め、俺達の所に来ようとした。
つまりその事件は、俺の責任でもあるんだと思う」
「それは……何といっていいか分からないね」
「ああ、ボタンを一つ掛け違っちまったんだろうな、
だからもしユナの消息が分かったら、怒った上で謝ろうと思う」
「そうだね、また会えればいいね」
「ああ、本当にな」
そう話が締めくくられた所で、明日奈は八幡にこう尋ねた。
「八幡君どうする?直接エギルさんに話を聞いてみる?」
「いや、そういう事ならクラインの方がいいだろうな」
「あ、まあそうだね」
八幡は直ぐに遼太郎に電話を掛け、詳しい話を聞く事にした。
「クライン、ユナの事なんだがな」
「おう、俺も今、改めて他の奴ら全員に話を聞いた所だぜ」
そして遼太郎は、今聞きたてほやほやの情報を、全て八幡に伝えてくれた。
「なるほど、まだそんなやばい敵が残っていたとはな」
「ああ、でな、仲間を擁護するつもりは無いんだがよ、
そういう場合のセオリーだと、一旦狭い通路なりなんなりに退避して、
強力なタンクに防御に徹してもらって体勢を立て直すもんだろ?
で、その為に後退しようとした矢先に、ユナとノーチラスが動いちまったらしいんだよ」
「そうか、しまったな、あいつらに戦闘の機微を教えなかった俺のミスだな……」
そう落ち込む八幡を、遼太郎は何とか励まそうとした。
「まあ確かにそうかもしれないけどよ、何でもかんでも自分のせいにするんじゃねえよ、
うちの連中がもっと的確に指示を出せていれば、そんな事にはならなかったかもしれねえし、
たらればを言い出したらキリが無えだろ」
「それはそうだけどよ……」
「参ったな、え?あ、静さん!」
突然電話の向こうでそんな声が聞こえ、電話から恩師の声がした。
「何をぐだぐだ言ってるんだお前は」
「先生……」
「まったくお前は最近ちょっとモテるからって、自分が神にでもなったつもりか?
お前はどこまでいってもただの人間でしかない、だから当然失敗もする。
大事なのは失敗しない事じゃない、失敗を繰り返さない事だ。
いい加減にそれくらいは自分で考えて答えを出せるようになりたまえよ」
「返す言葉も無いです、先生」
「うむ、そこは反省したまえ。ほら、後は任せたぞ遼太郎」
再びそんな遣り取りが聞こえ、直ぐに遼太郎が電話に出てこう言った。
「わ、悪い、静さん今ちょっと酔っててよ」
「いや、やっぱり先生は先生だわ、ちょっと楽になった。ありがとうな、クライン。
先生にも酔いが覚めた後にでもお礼を言っておいてくれ」
「おう、それなら良かったぜ」
そして八幡は通話を終えた後、明日奈を抱き寄せながら言った。
「なぁ明日奈、やっぱり失敗を無くすのって無理だよな」
「何?いきなりどうしたの?」
「いやな、静先生に久しぶりに説教されちまった。
『お前は神か?大事なのは失敗しない事じゃない、失敗を繰り返さない事だ』ってな」
「そっか、さすがだね、静先生」
「まあかなり酔ってたみたいだけどな」
「酔ってそのセリフが言えるんだから、やっぱり凄いんだよ」
「まあな……あ、しまった、明日学校が何とかってセリフについて、
クラインに探りを入れるのを忘れてたな」
八幡のその言葉に、明日奈は少し考えながら言った。
「そうだね、今日はほら、ダイシーカフェでクラインさんと静先生が飲んでた訳じゃない、
で、エギルさんがそれを私に伝えたって事は、
もしかして静先生が、臨時講師としてうちの学校に来るとかそういう事なんじゃない?」
「ありうるな……」
明日奈は至極真っ当な意見を言い、八幡もそれに同意した。
まあこれは当たり前であろう、フカ次郎が暴走して一日早くこっちに来たあげく、
学校への襲撃を計画し、それを陽乃と理事長が後押ししているなど、
神でもない限り予想など出来はしない。
そして二人は本当に静が学校に来た場合の対応や、
ユナの思い出話をしながら穏やかな時を過ごした。
明日学校で何が起こるのかを知らないままに。