ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第381話 北からの使徒、襲来

 次の日の朝、八幡と明日奈は、何が起こるのだろうとドキドキしながら授業を受けていた。

だが予想に反して一向に何も起こる気配は無く、

昼休み頃には、二人はもうそんな事はすっかり忘れていた。

 

「あっ、そういえば何も起こらないね」

「おお、そういえばそんな話もあったな」

 

 二人は明日奈が作った弁当を仲良く食べながら、思い出したようにそんな会話をしていた。

そこに購買に行っていた和人が、息を切らせながら教室に駆け込んできた。

 

「おい八幡、何かお前を探してる変な女の二人組が、校内を徘徊してるらしいぞ」

「え、何だよそれ、そんな不審者は守衛さんに排除されるんじゃないのか?」

「それがその二人、どうやら理事長の入校許可証を持ってるらしいんだよ」

「またあの人絡みかよ……」

 

 そう言って八幡はため息をついた。

 

「八幡君、もしかしてこれって……」

「ああ、エギルが言ってたのはこれの事だったのかもしれないな」

「ん、何の話だ?」

「実はな……」

 

 八幡はユナの話は上手くぼかし、エギルから昨日、気を付けろとだけ言われた事を話した。

 

「ほうほう、一体何者なんだ?」

「分からん……」

「まあ教室に来てもスルーすればいいんじゃないか?

この学校にお前を売る奴なんかいないだろ」

「まああからさまに怪しそうな奴だったらそうするさ」

 

 そして数分後、教室を覗き込む二人組の姿が見え、教室中の視線がそこに集中した。

 

「すみません、こちらにハチマン様はいらっしゃいますか?」

 

 だがさすがは八幡のお膝元である。クラス内でその言葉に反応する者は誰もいなかった。

だがその言い方にひっかかる物を感じた五人は、ひそひそと言葉を交わしていた。

 

「おい、今あの子、八幡様って言ったよな?もしかしてSAOサバイバーか?」

「それにしては見覚えの無い顔だけど」

「誰なんですかね」

「う~ん」

「まあ様子見だな」

 

 そして反応が無いと分かると、その女性は自身の後方に向けて話し掛けた。

 

「ねぇ、ここにもいないみたい」

「どこの教室でも誰も反応してくれないね」

「ん……今の声は」

 

 その死角にいるらしい女性の声を聞いて、八幡は首を傾げた。

 

「八幡、もしかして姿が見えない人の方が知り合いなんじゃないのか?」

「確かに声に聞き覚えはあるんだが……」

「よし、私が釣ってきますね」

「珪子、釣りって……」

「ここは任せて下さい!本当に不審者なら遠くに引っ張って捨ててきますから!」

「お、おう……」

 

 そして珪子はたたっとその女性に駆け寄り、こう声を掛けた。

 

「あの、八幡さんに何のご用ですか?」

 

 その女性はそう言われ、目を輝かせた。

どうやらどの教室でも相手にしてもらえなかったらしく、

相手をしてくれたのは珪子が初めてであるらしい。

 

「は、はい、リーダーに会いに北海道からはるばるやってきました!」

「ちょ、ちょっと美優、そんなストレートな」

 

(ん、美優?)

 

 八幡はその聞き覚えのある名前にピクリと反応した。

 

「いいのコヒー、せっかく許可をもらったんだしこういうのは正直に言わないと」

 

(コヒーだと!?)

 

 その名前を聞いた八幡は思わずこう声を掛けた。

 

「まさかそこにいるのは香蓮か?それに美優?北海道出身で美優だって?」

 

 その声を聞いたもう一人の女性は、慌てて教室の中を覗き込んだ。

 

「あっ、八幡君!」

「何で香蓮がここに?」

「八幡、知り合いか?」

「おう、香蓮はな、そしてそこにいるもう一人はお前も知り合いだ」

「え、誰?」

「総員迎撃体勢をとれ」

「は?」

「総員だ、クラス全員で迎撃体勢をとれ!」

「お、おう」

 

 その言葉を受け、クラス全員がガタッと立ち上がった。

そして次の瞬間に、美優はとても嬉しそうに八幡目掛けてダイブした。

 

「あ、あなたが憧れのハチマン様……やばい、聞いてた以上に格好いい!

やっと会いに来れました、さあ、今こそ私の愛をジュテーム!」

「うぜえ」

 

 八幡はそう言ってその美優のダイブをひらりと避けた。

 

「ふぎゃっ」

「よし今だ、取り押さえろ!」

 

 床に激突した美優を、クラスメート達が捕まえようとした。

だが美優は機敏に起き上がり、その攻撃をかわしつつ、再び八幡目掛けて襲い掛かった。

 

「ちっ、意外とやりやがる」

「さあさあ、いい加減に観念して熱いベーゼを、むちゅっと、さあむちゅっと!」

「和人!」

「おう!」

 

 八幡に呼ばれた和人が、

待ってましたという感じで定規の二刀流で美優の前に立ちはだかった。

 

「俺が相手だ!」

「むむっ、なんぴとたりともこのフカちゃんの邪魔はさせん!」

「え、フカ?もしかしてフカ次郎?」

「むむっ、どちら様で?と見せかけて今だ!隙あり!」

 

 美優はそう言うと、一瞬棒立ちになった和人の横を擦り抜け、

八幡目掛けて飛び掛ろうとした。だがそんな美優の襟首を掴んだ者がいた、香蓮である。

 

「ちょっと美優、落ち着きなさい」

 

(ほほう?)

 

 八幡はその香蓮の動きに感心した。決して速い訳ではないが、

その効率的な動きと判断の早さには見るべきものがあるように、八幡には感じられたのだ。

こうして美優の暴走はここでやっと止まり、八幡はクラスメート達に声を掛けた。

 

「ふう、助かったぜ、お前らありがとうな、こいつは見た通り痴女だが知り合いなんだ」

「リーダー!このかわいいフカちゃんは痴女じゃありません!愛の狩人ですよ!」

「うぜえ」

 

 クラスメート達はその八幡の言葉で、何事もなかったかのようにそれぞれの席に戻り、

元のように雑談をし始めた。それを見た香蓮は、その組織的な動きに少し驚いた。

 

(まるで八幡君のための軍隊みたい)

 

 それは言い得て妙な表現だった。彼らは八幡を代表とする、

いわゆる四天王チームと同じクラスに所属するという栄誉を賜った者達である。

その為彼らの忠誠心は、他のクラスの者達と比べると圧倒的に高いのだ。

 

「とりあえず屋上にでも行くか、飯の続きはそこで食おう」

 

 八幡がそう提案し、一同はぞろぞろと屋上へと向かった。

 

「二人とも、昼飯は?」

「食べてきたよ、リーダー」

「学校内でリーダーはよせ、俺の名前は比企谷八幡だ」

「ハチマン様は八幡様だったんだ!」

「様付けもよせ」

「うぅ、それじゃあ八幡君」

「まあその辺りが妥当か」

 

 そして屋上に着くと、常備してあるのか八幡がレジャーシートを取り出し、

一同はそこに腰掛け、昼食の続きを食べ始めた。そして八幡が、二人を仲間達に紹介した。

 

「あ~、もう分かってると思うが、これはフカ次郎こと篠原美優だ、

そしてこちらは小比類巻香蓮、先日偶然知り合った、美優の友達だ」

「なるほどね、フカちゃんだったんだ」

「フカはリアルでもやっぱりフカだな……」

「まあフカだしね」

「さすがフカさん」

「えっと」

 

 フカ次郎は困った顔で八幡の方を見た。八幡は頷き、四人に自己紹介をするように促した。

 

「俺はキリト、本名は桐ヶ谷和人だ」

「おお、キリトさん!」

「私はアスナだよ、結城明日奈」

「正妻様だ!やっぱりかわいいいいい」

「私は篠崎里香、リズベットよ」

「リズさん!リアルでも女前!」

「綾野珪子、シリカです!」

「シリカちゃん!お持ち返りしたいいいい!」

 

 フカ次郎は感極まったようにそう叫ぶと、いきなり横にいた八幡に抱き付こうとし、

その瞬間に八幡にガシッと額を掴まれた。

 

「だからお前は一々俺に絡んでくるんじゃねえよ」

「うう、ガードが固い……」

 

 そんな二人を羨ましそうに見る香蓮を見て、明日奈は何かを察したのか、

ヒソヒソと和人達に話し掛けた。

 

「ねぇ、もしかしてまた増えたのかな?」

「増えたって何がだ?」

「和人はお子様なんだからちょっと黙ってなさい」

「何だよそれ!俺だってもう二十歳だぞ!」

「和人さん、また八幡さんに落とされた乙女が増えたんじゃないかって事です」

「ああ~!でも八幡はまったく自覚が無いっていういつものパターンなんだろ?」

 

 和人は納得した顔でチラリと香蓮の方を見た。

香蓮は八幡と美優を羨ましそうに見ながら、八幡との微妙な距離感を保っていた。

 

「明日奈、どうするの?」

「どうするも何も、別に気にするような事じゃないでしょ、

人数が増えれば増える程、一人一人の恋愛密度は薄くなるんだよ?

なら気にする事は無いと思わない?

何があっても私と八幡君の関係は変わらない訳だしね」

 

 その明日奈の言葉に、三人は意表を突かれた。

 

「逆転の発想!?」

「まさにコロンブスの卵……」

「明日奈、お前天才かよ!」

「まあそういうのは関係無く、私達いい友達になれると思うんだ」

 

 ちなみに二人はやがてGGO内で、お互いの正体を知らぬまま出会う事になるのだが、

出合った直後に二人は意気投合する事になる。

これは同じく主武装としていたP90が取り持った縁であった。

 

「で、フカ、お前はいつまでここにいるつもりだ?とりあえずさっさと帰れ」

「が~ん!八幡君はフカちゃんが嫌いなのれすか?」

「なのれすかって子供かよ、そういう事じゃねえ、ここは学校だ、

さすがにこのままここにいる訳にはいかないだろ」

「そんなあなたにはい、これを!」

「……何だこれ?」

「理事長からもらった八幡君用の許可証れす」

「は?俺用?……ちょっと見せてみろ」

「はひ」

 

 そこにはこう書かれてあった。

 

『当校理事長、雪ノ下朱乃の名において、当校生徒、比企谷八幡に命ず。

机に向かうことだけが学問の道ではないという当校の教育方針にのっとり、

貴殿は当校の生徒以外の二名の者を同伴し、社会見学に向かうべし。

前項の目的達成の為、残りの授業の出席はこれを免除し、外出を許可する。

尚、これは当校の代表の責務であり、拒否権は認めない。追記・帰校は不要である』

 

「……何だこれは」

「外出許可証?」

「そういう事を聞いてるんじゃねえ」

「拒否権は認めないそうでしゅ」

「これはお前の差し金か?」

「理事長室に挨拶に行ったら渡されたのでふ」

「……お前はそもそも、どうやって理事長と知り合ったんだ?

どう考えても事前に準備されてたよな?」

「コネでふ」

「コネ?お前の周りでうちの理事長と繋がってるのは……

雪乃はこういう事をする奴じゃない、そうか、くっそ、あの馬鹿母娘……」

 

 そして八幡は、その許可証を放り出すと一目散に理事長室へと向かった。

その許可証を拾った和人は、その内容を見て大笑いした。

 

「何だよこれ、相変わらず無茶苦茶だな!あははははは!」

「和人君、私にも見せて」

「おう、見てみろ、面白いぞ」

 

 そして同じようにそれを見た明日奈も大笑いした。

 

「あはははは、何これ」

「どれどれ?」

「わ、私にも見せて下さい!」

 

 そして里香と珪子もそれを見て噴き出した。

 

「プッ」

「あは、これって要するに、二人を観光に連れていけって事ですよね?」

「まあ理事長命令じゃ仕方ないね」

「もうすぐ授業が始まっちゃうし、私達は授業に戻らないとね。

二人はこのまま理事長室に向かった方がいいかも」

 

 そう提案した明日奈に、美優は少し寂しそうに言った。

 

「うぅ、もっと皆とお話ししたかった……」

「授業が終わったら合流するから、それまで八幡君に色々案内してもらうといいよ」

「本当に!?」

「うん、もちろん香蓮も一緒にね」

「わ、私もいいの?」

「もちろんだよ、それじゃあ二人とも、また後でね」

「う、うん!」

「また後で!」

 

 

 

 一方理事長室に向かった八幡は、部屋のドアをノックし、

返事が来る前にいきなりドアを開けた。

 

「きゃっ」

「理事長、お話があ……り……す、すみません!」

 

 そこにはこちらに背中を向け、着替え中の理事長の姿があり、

八幡は慌ててドアを閉めた。だが何かがおかしい。

八幡は遅ればせながらその事に気付き、ドアの向こうに質問を投げかけた。

 

「あの理事長、どうしてわざわざそこで着替えてるんですか?

もしかして、俺が来るだろうと予測して、その姿でずっと待ってたりしてませんでしたか?」

「さすが鋭いわね、ならば私も誠意を持って答えましょう、答えはイエスよ」

 

 その答えに八幡は絶句した。

 

「なっ、なっ、なっ……何て悪辣な事を考えやがる!」

「おほほほほ、このドアを開けたら私は貴方に確実に責任をとらせるわよ、

もちろん性的な意味でよ!」

「あんた人妻だろ!っていうか少しはオブラ-トに包めよ、いい大人なんだからよ!」

「そんな文句しか出ないって事は、今日はどうやら私の勝ちのようね」

「くっそ、昔の凛としてたあんたはどこにいったんだよ!」

「おほほほほ、負け犬の遠吠えが心地よいわね」

「畜生、言いたい事は山ほどあるが、このドアは開けられねえ……」

「ふっ、悔しいでしょう?悔しいわよね?」

「調子に乗りやがって……」

 

 そんな八幡に声を掛ける者がいた、遅れて到着した香蓮である。

 

「ご、ごめんね八幡君、やっぱりこんなの迷惑だよね……」

「あ、いや、そんな事は無い、まったく無い、

よし、それじゃあ出かけるとするか、いやぁ楽しみだ」

「そ、そう?」

「おう、だからそんな申し訳なさそうな顔はしないでくれ、本当に楽しみなんだから」

「それならいいんだけど……」

 

 さすがに香蓮の前でこれ以上抗議を続ける事は、八幡には出来なかったようだ。

その二人の遣り取りを見ていた美優が、八幡に言った。

 

「よっしゃ、フカちゃん大勝利!行き先は私の行きたい所でいい?八幡君」

「あ?お前いたの?もしかして俺達に付いてくるつもりなの?」

「が~~~~~~~ん」

「冗談だ、それじゃあ行くとするか」

「さすが八幡君、愛してる!」

「うぜえ」

 

 こうして八幡は、このまま二人を連れて、大人しく外出する事にした。


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