「しかし観光といっても、香蓮はこっちに住んでるんだから、
知ってる所に行ってもあまり意味は無いよな?」
「それなら大丈夫、事前に相談済だから!」
そう言う八幡に、美優は元気よくそう言った。
「そうか、で、どこに行きたいんだ?」
「メイド喫茶!」
「何故メイド喫茶……」
八幡は、どうせまたおかしな返事がくるのだろうと思っていたのだが、
予想に反して美優の返事は凄く真っ当なものだった。
「えっと、今日の記念に普段着れない格好がしてみたいなって、
それで、コヒーとお揃いの格好で、八幡君の両隣に立って記念撮影が出来ないかなって」
見慣れぬその美優の少し恥ずかしそうな姿を見せられた八幡は、
もうそれで反対する気がな無くなった。
「まあ元々お前の為の外出みたいなもんだ、お前の行きたい所に行くのが筋だよな」
「……いいの?」
「おう」
「ありがとう」
そして八幡は、どうしても我慢出来なくなり、付け加えて美優にこう言った。
「で、これにはどんな裏があるんだ?」
「リ……八幡君に、ケチャップで萌え萌えキュンをしようかと」
「…………」
八幡はしばらく黙り込んだ後、美優について香蓮に尋ねた。
「なぁ香蓮、何でこいつはこんなキャラに育っちまったんだ?」
「八幡君、美優はちょっと自分の欲望に正直なだけだから……」
「なるほど、原始人か、我慢がきかないんだな」
「リ……八幡君は、フカちゃんに厳しいのでは!」
「もう学校じゃないんだ、別にリーダーでも構わないぞ、その方が慣れてるんだろ?」
「ところでリーダー、この校門に何かあるの?もう十分くらい経ってるけど」
「お前切り替え早いよな……」
「それが取り柄なので!」
そして八幡は、懐中時計をチラリと見た後二人に言った。
「それなんだが、待たせて済まなかったな、迎えが到着したようだ」
「ああ、そういう」
「わざわざ済みません」
丁度その時、三人の前にキットが停車した。
「問題ない、おいキット、これが美優、こちらが香蓮だ」
「……微妙に扱いが違う気が」
「気のせいだ」
『美優と香蓮ですね、私はキットです、宜しくお願いします』
「これはこれはご丁寧に……って、あれ、どこにいるんですか?」
そして美優と香蓮も、他の者達と同じ定番の反応をする事となった。
「うわ、まさか車が喋るなんて」
「当然驚くよな、まあ誰もが通る道だ、驚かなかった奴は未だかつて一人もいない」
「そんな自慢げなリーダーに萌え萌えキュン!」
「なあ香蓮、せっかく美優は北海道から来たんだからなんて遠慮しなくてもいいから、
今からこいつの代わりに助手席に座ってもいいんだぞ」
「もう、そんな恥ずかしがりやさんのリーダーに萌え萌えキュン!」
「うぜえ」
そしてキットが八幡にこう尋ねてきた。
『八幡、どこに向かえばいいですか?』
「メイクイーン・ニャンニャンだ」
『分かりました』
「それ、メイド喫茶の名前?」
「ああ、俺はメイド喫茶なんてそこしか知らないからな」
「そうなんだ」
「すまないが、先方に一応連絡しておくからちょっと静かにしててくれ」
八幡はそう言ってスマホを取り出し、メイクイーン・ニャンニャンに電話を掛けた。
『ありがとうございます、こちらはメイクイーン・ニャンニャンです。
この電話はマユシィ・ニャンニャンが承ります』
「お、まゆさんか、久しぶり、元気か?
比企谷だけど、すまないが手があいているようだったら、
フェイリスと代わって欲しいんだが」
「あ、比企谷さん、トゥットゥルー!まゆしぃは今日も元気なのです!
えっと、フェリスちゃんですね、あ、大丈夫みたい、ちょっと待ってて下さいね」
(相変わらずまゆさんは、フェイリスの事をフェリスって呼ぶんだな)
そして少し間が開いた後、フェイリスが電話に出た。
「遅くなってごめんニャ、ちょっとアメリカから友人が来ててお喋りしてたニャ」
「いや、こっちこそ突然すまない、実は俺の方も北海道から友人が来ていてな、
その友達と二人でメイド喫茶に行きたいって言ってるんだが、
今日三人でそっちにお邪魔しても大丈夫か?」
「大丈夫ニャ、むしろフェイリスを待たせすぎニャ!ささ、一刻も早くここに来るのニャ!」
「お、おう、最近顔を出せなくて悪かったよ」
そしてフェイリスは、少し拗ねた様子で八幡に言った。
「それにしても何で直接フェイリスの携帯に掛けてくれないのニャ?」
「仕事中かもしれないと思って、フェイリスの携帯じゃなく店に連絡したんだよ。
そもそもお前、接客中に携帯を持ち歩いてるのか?」
その言葉に、フェイリスは当たり前のようにこう答えた。
「当然持ち歩いてるニャよ?まあ八幡以外から電話が掛かってきても、
音も鳴らないし振動もしないのニャけど」
「ん、俺からの電話の時だけ音が鳴るのか?」
「そうニャよ?」
「何でだよ、意味が分からないんだが」
「男が細かい事を気にするんじゃないニャ、
とにかく次からはフェイリスの携帯に直接掛けてくればいいのニャ」
「はぁ、分かったよ」
「とりあえず店の前に着いたらフェイリスの携帯に電話してニャ」
「分かった、それじゃあ後でな」
「は~い、尻尾を長くしてお待ちしてますニャ」
電話を切った八幡は、キットに急ぐように指示を出した後、二人に言った。
「よし、オーケーだ」
「随分親しそうだったけど、もしかしてリーダーの行きつけの店?」
「う~ん、元は仕事絡みで紹介された事になるのかな、
特に行きつけという訳じゃないが、友人のいる店って感じだな」
「そうなんだ」
そして道中では、美優が楽しそうにあれは何?これは何?と八幡に質問してきた。
八幡は知っている限りの事は説明したのだが、
分からない時もキットがきちんと答えてくれた為、
美優は存分にその好奇心を満たす事が出来た。
「キットは何でも知ってるんだね、凄いなぁ」
『お褒めに預かり光栄です、美優』
「もうキット無しでの生活は考えられないな」
『八幡、私もあなたと出会えた事をとても嬉しく思っています』
それは人と車との確かな友情が感じられる、美しい光景だった。
そしてキットは滑らかに速度を落とし、三人が気が付くと、
目の前にはメイクイーン・ニャンニャンの看板が掛かっていた。
「お、着いたみたいだな、それじゃあ電話電話っと」
そして八幡は、約束通りフェイリスに電話を掛けた。
『今からマッハで行くニャ!』
「お、おう……」
そしてその直後に、店の中からフェイリスがこちらに向けて走ってきて、
八幡の腕にすがりついた。
「八幡、お帰りニャ!」
「おう、なんかいきなりで悪いな、ってかとりあえずその手を離せ」
フェイリスはいわれた通りに八幡の腕を離すと、嬉しそうに言った。
「相変わらず釣れないのニャね、でもそこがいい!」
「はいはい、とりあえず案内を宜しく頼む」
「分かったニャ!」
そしてフェイリスは店内に入った瞬間、綺麗な所作でくるっと回転し、
三人に向かってにこやかに言った。
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様、さあこちらへどうぞニャン」
そんなフェイリスを見て、何故か美優は熱心にメモをとっていた。
「……お前、何やってんの?」
「男を落とすプロの技を学んでいるのです、リーダー」
「あ、そう……」
そして席に案内され、注文を終えた後に八幡はフェイリスに言った。
「なぁフェイリス、この二人にメイド服を選んで着せてやってくれないか?
今日の記念に普段着れない格好をしてみたいらしい」
「「お願いします」」
その頼みをフェイリスは快く承諾してくれた。
そしてフェイリスは、八幡が更に何か言いたそうにしている気配を察したのか、
同僚の椎名まゆりを呼び、二人の案内を任せた。
「フェリスちゃん、どうしたの?あっ、比企谷さん、もう来てたんだ」
「お、まゆさんか、こちらこそ挨拶もせずにすまない」
「まゆしぃ、この二人を更衣室に案内してもらっていいかニャ?フェイリスも直ぐ行くニャ」
「うん、任せて」
そして二人きりになった後、八幡はフェイリスに言った。
「さすがプロだな、俺から話がある事に気付いてくれたんだな」
「当たり前ニャ、フェイリスは八幡の事なら何でも分かるのニャ!」
「お前は本当に分かってそうで怖いから、そういう事を言うのはやめてくれ」
「ニャハッ、で、何の話があるのニャ?」
「おう、実は香蓮の事なんだがな、
香蓮は自分の背が高い事にかなりコンプレックスを持っているみたいだから、
そこらへんを配慮して、それはコンプレックスじゃなく魅力だって事を、
フェイリスのコーディネイトで香蓮に教えてやって欲しいんだよ」
「なるほどニャ!それならフェイリスとまゆしぃに任せるニャ!
まゆしぃはその道のプロなのニャ!」
「そうなのか、それは頼もしいな、それじゃあ宜しく頼む」
「分かったニャ!」
香蓮の事をフェイリス達に任せた八幡は、今のうちにトイレに行こうと席を立った。
そして八幡は、店内に見知った顔を見付け、声を掛けた。
「お、ダルに凶真じゃないか、二人も来てたんだな」
八幡にそう声を掛けられたのは、鳳凰院凶真こと岡部倫太郎と、ダルこと橋田至であった。
凶真はダルが八幡から仕事を請けた時、そのサポート役として同行し、
それをキッカケにして八幡と仲良くなっていた。
今では三人は、大の仲良しといっていい関係にあった。
ちなみにまゆりとも、その関係で交流があったのである。
「お、八幡、来てたのか」
「僕は知ってたけどね」
「ん、ダル、お前はどうやってその事を知ったんだ?」
「オカリンさ、さっきフェイリスたんの携帯が鳴ったのに気付かなかったん?」
「いや、それは気付いたが」
「じゃあおかしいと思わなかったん?あのプロ意識の高いフェイリスたんが、
仕事中に自分の携帯の音を鳴らしたんだお?」
凶真はダルにそう言われ、首を傾げながら言った。
「ん、あれ、そう言われると確かに……」
「そして凄いスピードで外に出ていった、もう答えは一つだお、
フェイリスたんがそれくらい特別扱いする相手なんて、八幡の他にいる訳無いんだお」
「ああ、なるほどな」
「えっ、フェイリスさんってそうなの?」
その時、凶真の隣に座っている女性が、少し頬を染めながら興味深そうにそう言った。
そして凶真はそれをキッカケに、八幡にその女性の事を紹介してくれた。
「八幡、この恋愛脳は我が助手、クリスティーナだ」
「ティーナ言うな、そして誰が恋愛脳か!初めまして八幡さん、
私は牧瀬紅莉栖、アメリカのヴィクトル・コンドリア大学で、
脳科学研究所の研究員をしているわ」
「こちらこそ初めまして、比企谷八幡です、
実は前から、貴方に色々と意見を伺いたいと思っていたんですよ」
八幡は牧瀬紅莉栖の事をよく知っていた。
ソレイユのメディキュボイド部門のアドバイザーを頼めないかと、
以前から何人かリストアップしていた中に、その名前があったからだ。
だがさすがの八幡も、紅莉栖が凶真とダルの知り合いだとは予想外であった。
「意見?何に対しての意見ですか?」
「もし良かったら、その事でこの後か、もしくは後日時間を頂けないでしょうか、
詳しい説明はその時に出来ればと思うんですが」
そう言われた紅莉栖は、困ったような顔で凶真の方を見た。
凶真は八幡の事を信頼していたので、力強く紅莉栖にこう言った。
「大丈夫だ、それに多分この話は、クリスティーナの研究にも役に立つ」
「私の研究に?岡部がそんな事を言うなんて初めてじゃない?しかも断言するなんて、
これは俄然興味が沸いてきたわ、分かりました、それじゃあこの後お話を伺います」
好奇心旺盛な紅莉栖は、興味を引かれたのか八幡にそう言った。
「ありがとうございます、俺にも連れがいてまだ体が空かないので、
後ほどこちらに伺いますね」
「分かりました」
「凶真とダルも同席してくれるか?」
「僕は大丈夫だお」
「俺はまゆりを送らないといけないし、
俺が聞いていい話なら後で二人に教えてもらう事にするよ」
「そうか、それじゃあダル、宜しく頼む」
「オッケ~だお」
そして八幡は自分の席に戻り、美優と香蓮の帰りを待った。
そしてフェイリスに連れられて戻ってきた二人を見た八幡は嘆息した。
(さすがはフェイリスとまゆさん、いい仕事だ)
八幡は二人を見て、その魅力か何倍にもなっていると感じていた。
これはプロの仕事である。同じ制服のはずなのに何かが違う、
八幡には詳しく理解出来なかったが、それはヘッドドレスの角度であったり、
腰の部分の引き締め方や、胸の見せ方等、多岐に渡っていた。
「二人とも、何倍も魅力的に見えるぞ」
その八幡の言葉には、多少リップサービスも含まれていたが、ほとんどが本心であった。
そして三人はフェイリスに何枚も色々なシチュエーションで写真を撮ってもらい、
美優と香蓮はそれを大切そうに保存した。
「さてリーダー、萌え萌えキュンの時間ですよ!」
「本当にやるのか……まあ見るだけ見ててやるよ」
そして美優は、ケチャップを手に持つと、張り切ってこう言った。
「フカちゃんを好きになぁれ、萌え萌えキュン!」
「うぜえ」
次に香蓮がケチャップを手に持ったが、
香蓮はフェイリスに教えられた通りの事を無難にこなしただけだった。
それでも香蓮は恥ずかしかったようで、八幡はその普通の反応にホッとした。
そして四人はそのまま楽しく会話を続け、ついに明日奈達との合流の時間が訪れたのだった。