ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第385話 クリシュナはALOの空を舞う

「明日奈の許可はとった、ここからログインしてくれ、紅莉栖」

「…………ええと、何故八幡の家に明日奈さんの部屋があるのかしら」

「もうそういうもんだと思っておいた方がいいよ、牧瀬さん」

 

 和人にそう言われた八幡は、腕組みをしながらこう言った。

 

「仕方ないだろ、うちの親がもう必死なんだよ」

「親御さんが必死?」

「どうやらうちの親は二人とも、

ここで明日奈を逃がしたら俺は一生結婚出来ないと思ってるみたいでな」

「んな訳無いだろ!」

 

 即座に和人がそう突っ込んだ。

 

「冗談、冗談だって、この部屋はな、明日奈の事が好きすぎるうちの親が、

勝手に用意した部屋なんだ」

「もう外堀どころか内堀も完全に埋まってるって訳ね」

「むしろ自分達で喜んで埋めてるよ」

「もう結婚しちゃえば?」

「いや、まあまだ学生だしな」

 

 そんな八幡を、紅莉栖はジト目で見ながら言った。

 

「……何で八幡は学生をやってるの?」

「う、うるさいな、失われた学生生活のやり直しをしてるんだよ」

「ふ~ん、まあ楽しいならいいけどね」

 

 紅莉栖はそう言うと、明日奈のベッドに横たわった。

 

「お邪魔します」

「そのベッド、俺のベッドよりぜんぜん値段が高いらしいんだよ」

「確かにいい寝心地ね、今度泊めてもらって明日奈さんと一緒に寝てみたいわね」

「ついでに勉強でも教えてやってくれ」

 

 八幡はそう軽口を言い、泊まる事自体には特に突っ込まなかった。

脳科学の分野では世界的に有名な紅莉栖と交流を深める事は、

確実に明日奈の為になると思ったのだろう。

ちなみに和人は明日奈の部屋に入ることを遠慮し、途中から八幡の部屋に移動していた。

 

「とりあえず紅莉栖が名前と種族を選んでいる間にスタート地点に向かうつもりだ。

なのでどの種族にするかだけ教えてくれ」

 

 その質問に、紅莉栖は迷うような表情をした。

 

「…………ねぇ、私に似合う種族って何だと思う?」

「…………あ?」

「凄く迷うのよ、私がもしケットシーなんかになったら、

絶対に岡部がフェイリスさんと一緒に冷やかしてくるに決まってるし」

 

 それを聞いた瞬間、八幡はあっさりとこう言った。

 

「何だ、決まってるんじゃないかよ」

「え?」

「迷った時は最初に口に出した選択肢を選んでおけ。

それがお前のシュタインズ・ゲートの選択だ」

「あんた、意外と岡部に影響を受けてるのね……」

 

 そして紅莉栖は迷っていたのが馬鹿らしくなったのか、

結局ケットシーにする事を八幡に告げた。

 

「そうか、それじゃあ二人で速攻で迎えに行くから待っててくれよ、

おかしな奴にからまれたら、自分はヴァルハラの新規メンバーで、

もうすぐハチマンとキリトが迎えに来るとでも言っておけばいい」

「葵の御紋みたいなものね、控えおろう!」

「もしくは桜吹雪な」

「あら、昔の時代劇もいける口なのね」

「文系なんでな、歴史ものは嫌いじゃない」

「趣味に文系理系は関係ないからね」

「へいへい」

 

 そして八幡が出ていった後、紅莉栖はアミュスフィアを被り、ALOの世界へと旅立った。

 

 

 

「うわ、見るのとやるのとじゃぜんぜん違うわね」

「遅えよ!」

 

 クリシュナがインした瞬間、目の前には既にハチマンとキリトがいた。

事前に動画を見せられて外見を知っていた為、クリシュナはそこは間違わなかった。

 

「ご、ごめんなさい、ついチュートリアルを全部見てみたくなって……たのニャ」

「必要無いだろ……まあいい、とりあえず飛び方だけ教えるからな」

「それならチュートリアルを聞いてマスターしたわ……ニャ」

 

(こいつは何でわざわざ語尾にニャを付けるんだ?)

 

 ハチマンはそう考疑問に思い、キリトの方を見た。

キリトも同じ事を考えたのか、ハチマンに何か言いたげな表情を向けた。

ハチマンはキリトに肩を竦めて見せると、クリシュナにこう言った。

 

「頭で、ねぇ……よし、それじゃあ俺達の後を飛んで付いてきてみてくれ」

「分かった、任せてニャ!」

 

 さすがにそこまでハッキリと言われると、もう突っ込む以外の選択肢は無かった。

ハチマンとキリトは頷き合い、クリシュナにこう尋ねた。

 

「なぁ、何でさっきから語尾にニャを付けてるんだ?」

「最初は聞き間違いかとも思ったけど、明らかにニャって言ってるよな?」

「ええっ!?」

 

 紅莉栖は心から驚いたようにそう声を上げた。

 

「……何だよ」

「だってこれ、ユキノさんに教わったのよ?

『ケットシーを選んだ者は、語尾にニャを付けて喋るのがセオリーよ』って」

「あの野郎……」

「さすがユキノ……」

 

 二人はそう呆れた声で言った。

 

「え?ち、違うの?」

「いいかクリシュナ、あいつは無類のネコ好きなんだ、

だからネコが絡むとあいつは人が変わる」

「この間猫カフェに行った時は、帰りたくないってゴネるユキノを、

ハチマンが死ぬほど苦労して店の外に引っ張り出してな……」

「そ、そうだったのね……」

 

 そしてクリシュナは、先ほどまでの自分の発言を思い出し、いきなりハチマンを殴った。

 

「痛ってぇ!いきなり何するんだよ!」

「…………」

「あ?」

 

 クリシュナは震えながら小さい声で何か言った。

ハチマンに聞き返され、クリシュナはヤケになったのか、大きな声でこう言った。

 

「忘れなさいって言ってんのよ!」

「何をだ?」

「う……」

「お、おい、ハチマン」

 

 キリトはハチマンがニヤニヤしているのを見てそう声を掛けた。

 

「いやいやキリト、俺は言われた通り忘れてやるつもりなんだが、

一体何を忘れればいいか分からないんだよ」

「こ、この……」

「何を忘れればいいんだ?なぁクリシュナ、早く教えてくれニャ」

 

 そう言ってハチマンはふわりと浮き上がり、数メートル上空へと舞い上がった。

それを見たクリシュナは、同じようにふわりと浮き上がると、ハチマン目掛けて突進した。

 

「待ちなさい、一発殴るから!」

「うお、何でお前、そんなにスムーズに飛べるんだよ!」

「もう飛び方は覚えたと言っただろ!」

「おいおい、まじで天才なんだな……おいキリト、逃げるぞ!」

「え、あ、おいハチマン!」

「このままアインクラッドに行くぞ」

「お、おう」

「待ちなさい、コラ!」

 

 そして三人はグングン空を上っていった。そして上空に、三角形の鉄の塊を見つけた瞬間、

クリシュナは呆然とした顔でその場に停止した。

 

「あれがアインクラッドだ、クリシュナ。ALOへ、そしてアインクラッドへようこそ」

 

 ハチマンはそう言うと、クリシュナの手を引き入り口へと誘導した。

そして入り口へと降り立ったクリシュナは、そこから下を見て少し震えた。

 

「おっと、いきなりどうした?」

「わ、私、こんな高い所を飛んでたんだ」

「やっと気付いたか、からかったりしてごめんな、

でもいきなりあんなに飛べるなんてお前やっぱり凄いんだな」

「飛ぶ時に脳にどんな信号が送られているのか、理論的に把握しただけよ」

「普通そんな事出来ねえって」

「いや、でも本当に凄いよクリシュナ、

俺達だって、最初はそんなにスムーズには飛べなかったしな」

「あ、ありがとう」

 

 キリトにもそう褒められ、クリシュナは少し恥ずかしそうにそう答えた。

 

「さて、それじゃあ行くか」

 

 ハチマンにそう促され、三人はそのままアインクラッドの一層に転移した。

その瞬間にクリシュナは、周囲がザワッとしたのを感じた。

 

「え、な、何?」

「心配するな、いつもの事だから」

「う、うん」

「それじゃあこっちだ」

 

 そして歩き出したハチマンの後を、クリシュナはきょろきょろしながら付いていった。

その間も、周囲の視線は容赦なくクリシュナに注がれており、

クリシュナは、ただ歩いているだけでもこんなに注目を浴びるのかと、

ネットで得た自分のヴァルハラに対する認識が、まだまだ甘かった事を知った。

時折勇気を出した女性プレイヤーが、ハチマンとキリトに握手を求めたりしてきたが、

二人は慣れた感じでにこやかに声を掛けつつも、それをやんわりと断っていた。

 

「……慣れてるのね」

「まあな、いちいち応えてたら日が暮れちまう」

「まあもう夜なんだけどな!」

「あなた達ってここだと本当に凄いのね……」

「おう、もうすぐ転移門だ、あそこから二十二層に飛ぶぞ」

「門を潜るのってどんな感じ?」

「ん、そこまで意識した事は無かったが、まあ今から経験してみれば分かるさ」

「それもそうね」

 

 そしてハチマンは先に門の中に入り、今度はキリトがクリシュナの手を引き、

そのまま二人は門の中へと入った。

そして一瞬で視界が変わり、目の前には真っ青な空と、緑溢れる世界が広がっていた。

 

「うわ、綺麗な所ね」

「いい所だろ、門を潜った感想はどうだ?」

「こんなもんかなってくらい、あっさりとしてたわね、凄く自然だった」

「そうか、さあ、こっちだ」

 

 ハチマンはクリシュナをそう促した。

 

「で、ヴァルハラ・ガーデンってのはどこにあるの?」

「もう見えてるんだけどな、ほら、あの塔だよ」

 

 そう言ってキリトが指差す先には、確かに小さな塔が立っていた。

 

「え、あんなに小さいんだ」

「まあな、それじゃあ行こう」

「あ、う、うん」

 

 塔への短い道のりの中、クリシュナの耳には色々な声が聞こえてきた。

 

「おい、『支配者』と『黒の剣士』だぜ!」

「あのケットシーは誰だ?」

「あの子、もしかしてヴァルハラ・ガーデンの中に入れてもらえるのかな?

いいなぁ、凄く羨ましい……」

「支配者様、今度一緒に遊んで下さいね!」

 

 その言葉を聞いて、クリシュナは微妙に優越感を感じると共に、

それほどまでに秘匿されている場所に今から自分も入るのだと、少し緊張した。

そんなクリシュナの様子を察したハチマンは、クリシュナの肩をぽんと叩いた。

 

「硬くなるなって、アメリカに帰った後もここには何度も来る事になるんだろうし、

直ぐに慣れるとは思うけどな」

「あ、そうか、話したい事がある時はここに来れば色々と便利なのね」

「ああ、情報交換にはもってこいだろ?」

「うん」

 

 そして塔の前に着くと、ハチマンは慣れた手付きでコンソールを操作し、

クリシュナの目の前に、タッチパネルのような物が現れた。

 

「さあ、ここにタッチしてくれ」

 

 そしてクリシュナがボタンを押すと、周囲にアナウンスが響いた。

 

『このプレイヤーを、仮メンバーとして登録しますか?』

 

 その瞬間に周囲は再びざわついた。

 

「イエスだ」

 

『プレイヤーネーム、クリシュナ、を、仮メンバーとして登録しました』

 

「面倒で悪いんだが、こういうシステムだからもう一度ここを押してくれ」

 

 そして周囲の者達が固唾を飲んで見守る中、クリシュナが再びボタンを押した瞬間、

そのアナウンスが響き渡った。

 

『このプレイヤーを、正式メンバーとして登録しますか?』

 

 その瞬間に、周囲はかつて無い程の喧騒に包まれた。

 

「まじかよ、あのクリシュナって子、いきなり正式メンバーか?」

「俺、ヴァルハラにメンバーが加わる瞬間を初めて見た……」

「羨ましい……」

 

 その喧騒の中、ハチマンは平然とこう言った。

 

「イエスだ」

 

『プレイヤーネーム、クリシュナ、を、正式メンバーとして登録しました』

 

 その瞬間に喧騒は歓声に変わり、その歓声の中、塔の外壁に扉が開いた。

 

「よし、行くか」

「う、うん!」

 

 クリシュナはそんな慣れない歓声の中、ハチマンとキリトに挟まれてその扉を潜った。

中に入ったクリシュナは、思ったより狭いなと感じながらも、

二人の後に続いて螺旋階段を上り、小さな建物の前へとたどり着いた。

 

「……本当にここなの?」

「おう、まあ最初はそう思うよな」

「中に入ったらきっとびっくりするぜ!」

「そうなんだ」

「まあ入ってみれば分かるさ」

「さあ、こちらへどうぞ、クリシュナさん」

「あ、ありがとう、キリト君」

 

 そして中に入ったクリシュナの目の前には、広大な空間が広がっていた。

 

「あれは……バー?」

「おう、ここは大広間だな」

 

 ハチマンの言う通り、確かにそこはバーが併設された大広間のように見えた。

クリシュナは先日シノンがそうしたように上の階を見上げ、

そこに数階に渡ってまるで円形のマンションのように部屋が配置されているのを見た。

 

「あれはメンバーの個室だ、クリシュナの個室もちゃんと用意するからな」

「あ、ありがとう」

 

 そしてクリシュナは、背後の窓から外を見た。

そこにはさっき通ってきた道は見えず、とても広い庭が広がっており、

少し離れた所には訓練場のような物が見えた。そして室内に目を戻すと、

部屋の奥から二人の小さな妖精がこちらに飛んでくるのが見えた。

 

「パパ!キリトさん!」

「ハチマン、キリト」

「おう二人とも、こちらはクリシュナさんだ、今度正式メンバーになる事になったから、

これから仲良くしてやってくれよな」

 

 それを聞いた二人は顔を見合わせると、クリシュナの目の前で姿を変えた。

 

「ええっ!?」

 

 そこにはダークエルフなのだろう、耳の尖った美人の女性と、小さな黒髪の少女がいた。

 

「この二人はこうやって姿を変えられるんだ」

「そんな、じゃあまさかこの二人はNPCなの?」

「ああそうだ、さあユイ、キズメル、自己紹介をしてやってくれ」

 

「パパの娘のユイです、クリシュナさん、これから仲良くして下さいね」

「私はキズメル、形としてはハチマンの嫁という事になるのだと思う。

クリシュナ、これから宜しく頼む」

「え、ええ!?」

 

 クリシュナはその言葉を聞き、二人がNPCだとはとても思えず、

そう絶叫する事になったのだった。


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