ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第386話 思考実験

「え、嘘、茅場製AIってこんなに凄いの?」

「すまん、比較対象が分からないから俺には何とも……」

「まあ確かに最初会った時から、普通じゃないとは思ってたけどな」

「いや、おかしいから、ありえないから!むしろ間宮さんの方がAIっぽいから!」

「クルスはな……」

「そういえばクリスとクルスって似てるよな、実はクリシュナもAIだったりして」

「名前が似てるだけでひとくくりにしないで!」

 

 クリシュナは興奮がいまだ冷めやらぬ様子でそうまくし立てた。

明らかに精神が高揚しているようで、ユイはもちろんキズメルでさえ一歩後ろに下がった。

 

「ほらクリシュナ、ユイとキズメルが少し怯えてるじゃないか、とりあえず落ち着け」

「ご、ごめんなさい、そんなつもりは無かったんだけど」

「まあ気持ちは分かる、とんでもない未知の技術に触れると興奮するよな」

「でしょ?キリト君はよく分かってる。

ああ、今すぐまっさらな茅場製AIを持ち帰って実験したい」

「凶真から聞いてた通り、実験大好きっ娘なのな……」

「お、岡部の事は今は関係ないでしょ!」

「へいへい」

 

 そしてハチマンはとりあえず落ち着こうと思い、

キズメルにお茶を入れてくれるように頼んだ。

キズメルは慣れた手付きで準備をし、クリシュナの前にお茶を置いた。

 

「あ、ありがとう」

「さて、それじゃあとりあえず、ユイとキズメルの事を説明するか」

「うん、お願い」

 

 ハチマンは最初にユイの事を説明した。ユイが元はプレイヤーのケアを担当していた事、

そしてプレイヤーの嘆きを受け続けた事によって自己防衛本能が働いたのか、

記憶喪失のような状態になっていた事、

そしてハチマンとアスナを父と母だと思う事で安定した事などをだ。

 

「まさかAIが自分から父性や母性を求めるなんて、信じられないわ」

「まあそれだけの経験を一気に積んだって事なんだろうな、

キズメルと比べると、確かにユイの方が人の感情の機微に多く触れていたはずだしな」

 

 そして丁度キズメルの名前が出た為、ハチマンはそのままキズメルの説明をした。

 

「そう、元はイベント用NPCだったのね、それが最後は、

あなた達と離れたくないが故に、自己の保存を望んだ……」

「まあそういう事だな」

「そして今は、自己をあなたの嫁と認識している、まさか恋愛感情まで芽生えているの?」

「いや、それは無いだろ、なぁキズメル、その辺りはどう考えているんだ?」

 

 そのハチマンの問いにキズメルは、迷う事なく即答した。

 

「私に恋愛感情というものは分からない、最初に嫁だと言ったのも、

単純に世間一般の情報から、そういう関係になるのだろうと思ってそう言っただけなのだ。

ところで最近、ハチマンが他の女性の仲間達と共にいるのを見ると、

何故かこう胸の辺りの情報処理状態が悪くなる気がしてならないのだ、

一度メンテナンスの必要があるのかもしれないな」

「え、まじでか?」

「それってまさか、恋なんじゃないのか?」

「そうなのか?私にはよく分からない」

 

 それを聞いたクリシュナは、感極まったように言った。

 

「凄いわ、茅場晶彦……一度会ってみたかった。死んだと聞いているけど」

 

 その言葉にハチマンとキリトは、迷うように視線を交わし合った。

クリシュナはそれを見咎め、二人にこう尋ねた。

 

「何よ今の思わせぶりな態度、もしかしてまだ隠し事があるの?」

「お、おう、なあキリト、あの事は話していいもんなのか?」

「どうなんだろうな、確かにこの事が政府にバレるとまずい気もするが……」

 

 それを聞いたクリシュナは、ニヤリとしながら言った。

 

「つまりバレなければいいんでしょう?私が誰にも話さなければいいって訳ね」

「いや、まあそうなんだが……」

「私が色々協力するにしても、知らない事があったらあなたの考えとズレる可能性があるわ」

「確かにそうなんだが……」

「これは必要な事なのよ、だからさっさと話しなさい」

「ん、どうする?キリト」

「まあいいんじゃないか、クリシュナなら俺達が気付かない事にも気付くかもだし、

まったく違う視点から意見を述べてくれるかもしれないぞ」

「そうか、分かった」

 

 そしてハチマンは、クリシュナに特大級の爆弾を落とした。

 

「晶彦さんと話をする機会は、まだ完全には失われてはいない…………と思う、多分」

 

 クリシュナはその言葉にきょとんとした。

 

「晶彦さん?知り合いだったの?っていうか、茅場は死んだってニュースで……」

「まあそれは間違ってはいないし、俺達は確かに晶彦さんの死体を見た」

「ああ、潜伏先だった長野の別荘に行って見てきたもんな」

 

 それを聞いたクリシュナは、自分の知る限りの情報を確認の為に二人に伝えた。

 

「え?茅場は警察に追い詰められて、海に身投げして死んだんでしょ?

死体も上がったけど、とても公開出来るような状態じゃなかったって」

「報道ベースだとな」

「ええっ?どういう事?」

 

 ハチマンはまだ少し躊躇いながらも、ぽつぽつと経緯を語り始めた。

 

「俺と晶彦さんは確かに知り合いだった、で、そのアドバンテージを生かして、

七十五層で俺とキリトと仲間達と共にその正体を暴き、

そのまま追い詰めてゲーム内で倒す事に成功した。

それで晶彦さんも俺達同様SAOから解放されたはずなんだが、

その後自分の脳を自分でスキャンして、それによって脳を焼かれて死んだんだ」

「えっ?自分の脳をスキャン?まさかまだ、彼の意識がどこかに残っているというの?」

「さすが理解が早いな、その通りだ。

実際俺はその後、ALOの中で晶彦さんの意識と話したからな」

「そんな、そんな事って……」

 

 ハチマンとキリトは、単純にクリシュナがその事実に驚いているのだと思っていた。

だが次のクリシュナの言葉は、二人の想像を超えていた。

 

「そこで私の研究が間に合っていたら、

もしかしたら完全な形で彼の意識を保存出来たかもしれないのに……」

「何だって?」

「どういう事だ?」

 

 クリシュナは二人にそう問われ、自分の研究について話し始めた。

 

「『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析について』

っていうのが私の研究テーマよ」

「それは知ってるが……」

「もしかして、ある程度の実用段階まで来ているのか?」

「ええ、実はもう人の記憶を安全にコピーする事には成功しているの。

問題はそれを移すAIの性能だけという段階ね。

どうしても既存のAIだと、保存が上手くいかなくて、最後にはバグが起こってしまうの」

「そうか、それでお前は……」

「そう、だから私は茅場製AIに興味があった。ここに来て確信したわ、

これなら私の研究も進むだろうって」

「記憶の複製……」

「そして新たな自分の誕生か」

 

 ハチマンとキリトは、呆然とそう呟いた。

 

「そこまで大げさな物じゃないわ、禁断の研究と言われる可能性は否定しないけど、

でも私はこの研究が、必ず人類の未来に貢献出来ると思っているわ」

「人類の未来、か」

「壮大すぎて俺にはイメージ出来ないな」

「俺もだ」

「実は私もよ」

 

 三人はそう言って顔を見合わせると、声を出して笑った。

そしてクリシュナは、もっと二人の事を知りたいと、積極的にユイとキズメルに話し掛け、

二人は戸惑いながらもそれにしっかりと答えていた。

 

 

 

「お前、やっぱり凄いんだな……」

 

 クリシュナが二人に話し掛けるのがひと段落した後、ハチマンはクリシュナに言った。

 

「そうかしら?研究者なんて大体こんなものじゃない?」

「ユイもよく専門用語が分かるよな」

「はいパパ、人の心の問題をケアするのに、

どうしてもある程度の知識は必要になりますので!」

「私はサッパリだがな」

「まあキズメルはな、基本戦う事が役割だったからな」

 

 そんなハチマンの言葉に、キズメルは笑顔でこう言った。

 

「だが家事というのも中々楽しいぞ、あれもある意味自分との戦いだ」

「キズメルの入れてくれるお茶の味は、確かにどんどん美味くなってる気がするよな」

「そう言われると誇らしい気分になるな」

「俺達にとってもいい事だし、その調子でその戦いにもどんどん勝ってくれよ、キズメル」

 

 キズメルは明るい顔でキリトに頷いた。

 

「なあ、ところで一つ聞きたいんだが、

もしも電子の海を彷徨っている晶彦さんの意識を捕まえられたとしたら、

それを予め用意しておいたAIに移す事は可能なのか?

まあ思考実験だと思って気軽に答えてくれればいいんだが」

 

 そう言われたクリシュナは、少し難しい顔でこう答えた。

 

「そうね、その意識というのがどの程度の情報量なのかにもよると思うけど、

多分可能だと思うわ」

「そうか……」

 

 ハチマンは次に、同じく難しい顔をしてこう言った。

 

「その場合、そのAIは罪に問われる事になるんだろうか、な」

「それは無いだろうけど、世間の目からすると、

道義的に責められる事にはなるんじゃないかしらね」

「だよな、それでももう一度あの人と話してみたいって、どうしても思っちまうんだよな」

「もしそれが可能なんだったら私も話してみたいわ」

「天才同士、さぞ気が合うんだろうな」

「そう言われると気恥ずかしいものがあるわね」

 

 そしてキリトが何気なくこう尋ねてきた。

 

「じゃあ俺もいくつか思考実験を……

他人の思い出の中からその人の記憶だけを抽出して統合してさ、

AIに注入したら、どんな事になるんだろうかな、

それに加えてほら、サーバーにもその人に関するログが多少は残ってたとして、

それもそこに加えるとか……」

 

 その言葉にクリシュナは即座にこう答えた。

 

「その場合、出来上がるのはあくまでその他人にとって都合のいい人格ね、

どうしてもその人の印象とかに引きずられるもの」

「なるほどな、じゃあさ、記憶喪失の人から記憶を抜き取って、

もう一度その人に戻したら、記憶を取り戻すキッカケになったりしないのかな?」

 

 その言葉にクリシュナは驚きつつも、感心したように言った。

 

「キリト君、凄い事を考えるわね……その発想は無かったわ、

どうなんだろう、でもやってみる価値はあると思うわ。

側頭葉が物理的に損傷してる場合は難しいかもだけど、

記憶喪失の多くは心因性のショックによるものみたいだしね」

「試してみたいわね、ハチマン、あなた記憶喪失になってみない?とりあえず殴るから」

「お前いきなり何言ってるんだよ、おいこら、何でキリトまで腕まくりしてるんだよ!」

「科学の進歩の為に犠牲になってくれ」

「だが断る!」

「そう、残念ね……」

「お前も本気で残念がってるんじゃねえよ!」

 

 そう抗議するハチマンを横目で見ながら、キリトは更に別の質問をした。

 

「なぁクリシュナ、それじゃあさ、例えば認知症の人がいたとして、

その人から記憶を抜き出す事は可能なのか?」

「それは可能だと思うわ」

「へぇ、そしたらその人の脳にさ、インプラント的なものを埋め込んで、

そこにその記憶を移して脳の働きを補助させたら、

案外認知症が治ったりはしないのかな?」

「それは……」

 

 その質問にはさすがのクリシュナも言いよどんだ。

 

「インプラントだけでも技術が進歩すれば治療の一環にはなるはずよ。

後は正直実験してみないと分からないわね。

でも凄いわキリト君、学校を卒業したら、そのままうちの大学に来ない?

多分教授も喜んで受け入れてくれると思うんだけど」

「選択肢としてはアリだな、でも卒業後は当然ソレイユに就職するつもりだけどな」

「逆に教授ごとソレイユに行くのもありかしらね……研究も捗ると思うし」

 

 そんな二人の会話を聞いたハチマンはこう言った。

 

「それならそれで、色々としがらみもあるだろうが、

それが解決出来るならうちとしては歓迎するが」

「まあ色々と教授にも話してみるわ、そうなったら茅場製AIも使用しやすいしね」

「それに関しては、とりあえず二人分くらいのまっさらなAIのデータは提供する。

それ以上の分に関しては応相談だな」

「それだけでも助かるわ、ありがとう」

「こちらこそ協力してもらうんだ、本当にありがとな」

 

 この日の話はそこで終わりとなり、

クリシュナはユイとキズメルにまた話しに来ると告げつつ、

とても名残り惜しそうにしていた。

 

「まあALOにログインさえすればいつでも会えるんだから、気軽に会いに来ればいいさ」

「うん、暇を見つけてはログインするつもり」

「研究熱心なんだな」

「一気にアマデウスが完成するかもしれないんだもの、熱心にもなるわよ」

「アマデウス?」

「さっき言った、人の記憶をAIに組み込んだシステムの事よ」

「ああ、なるほどな」

 

 そして話が終わったところでキリトがこう提案した。

 

「それじゃあそろそろログアウトしようぜ、

ついでに寝る前に何か軽く食べられればいいんだけど」

「そうだな、それもいいな」

「そろそろ明日奈も戻ってる頃なんじゃないか?」

「かもしれないな、とりあえず落ちよう。ユイ、キズメル、それじゃあまたな」

「はい、またです!」

「クリシュナ、今日は会えてとても楽しかった、また来てくれ」

「うん、また必ず」

 

 

 

 紅莉栖は明日奈のベッドの上で目覚めると、先ほどまでの出来事を思い出し、

気分が高揚するのを感じた。そんな紅莉栖の足元からいきなり声がした。

 

「なんか嬉しそうだね、楽しかった?」

「きゃっ……あ、明日奈さん、帰ってたの?」

「うん、ちょっと前にね」

 

 そして明日奈は、紅莉栖にALOはどうだったか感想を聞いた。

 

「色々凄かった……私の研究も進みそうだし、今日はとてもいい一日だったわ」

「そっか、何か私も嬉しいよ。あ、軽く食べる物を用意しておいたから、

二人も呼んで下に行こっか」

「うん、ありがとう」

 

 そして二人は八幡と和人と共に下に行き、明日奈の用意したうどんをほおばった。

 

「もう夜も遅いし、消化が良くてそこそこお腹にたまるものを用意したよ」

「さっすが明日奈、もうこのまま八幡と結婚しちゃえよ」

「あ、う、うん、まあもう少ししたらね」

「そういう和人こそ、さっさと里香とだな……」

「やべ、藪蛇だった……」

 

 そんな幸福な光景を眺めつつ、紅莉栖は八幡達と仲間になれた事を嬉しく思っていた。

 

(私もALOをもっと楽しんでみようかな)

 

 

 

 そして紅莉栖は明日奈の提案を受け、その日は八幡の家に泊まる事となり、

ホテルに着替えを取りにいく為に八幡に車を出してもらった。

 

「何から何まで本当にありがとう」

「いいって、明日奈と仲良くなってもらえれば俺も嬉しいしな」

「そういえば妹さんもいるんだっけ?」

「おう、妹の小町もヴァルハラのメンバーだぞ。今日は先輩の家でお泊りなんだそうだ。

まあその先輩も、ヴァルハラのメンバーなんだけどな」

 

 そんな話をしながらホテルに着き、着替えを持って再び現れた紅莉栖を家に送り、

八幡は和人と、明日奈は紅莉栖と共に自分の部屋に戻り、それぞれ色々な話をし、

四人はそのままそれぞれ眠りについた。

紅莉栖はその後も度々八幡の家を訪れ、明日奈に誘われる度に泊まる事となる。


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