二十五層が突破されて数日後、
ハチマンは、久しぶりにキリトと二人でレベル上げに勤しんでいた。
「キリトから誘ってくるなんて珍しいな」
「最近前線で戦ってなかったから、ちょっとレベルが、な。
それに、アスナがいないとハチマンも背中を守る奴がいなくて困ってるだろうと思ってな」
「べ、別にさびしがってなんかいねえっつーの」
「いや、俺はそこまでは言ってないからな」
「んじゃま、やるとしますか」
「そうだな、久しぶりに全力だ」
(ん?久しぶりってどういう事だ?ギルドで全力は出していないって事か?
まあ中級ギルドに一人だけ突出した奴がいるのも色々難しいんだろうな……)
ハチマンとアスナのコンビに負けず劣らず、
ハチマンとキリトのコンビもすさまじい息の合い方をしていた。
殲滅速度だけならこちらの方が速いかもしれない。
ボス戦以外の戦闘は久しぶりだったので、ハチマンも思い切りやっているようだ。
ある程度戦闘の回数を重ね、そろそろ一度休憩するかという話になった頃、
ハチマンは、後方から近づいてくる一団を発見した。
「キリト、誰か来るぞ」
「まあ、仮に襲われても俺達なら返り討ちにできるだろうし、
このままのんびり通り過ぎるのを待てばいいんじゃないか」
「おいキリトいきなり物騒だな」
「ははっ、まあそれくらいのつもりで平気なくらい余裕だろって事さ」
「まあ、実際のとこ事実なんだけどな」
二人がのんびりと座りながら水分補給を行っていると、
その一団がついにはっきりと見えるところまで近づいてきた。
どうやらその一団の中に、キリトの知ってる顔がいたようだ。
キリトは一瞬辛そうな顔をしたが、その男に声をかけた。
「よう、クライン。久しぶりだな」
「お?おお?お前キリトじゃねーか!初日ぶりだなおい」
ハチマンは、クラインという名前には聞き覚えが有るような無いような、
むずむずする気がしていたが、初日という言葉ではっきりと思い出した。
(あー、クラインって、初日にキリトにレクチャーしてもらってたあいつか)
「噂は聞いてるぜ。攻略組の黒の剣士ってな」
「う……そんな呼び名で呼ばれてたのか……」
「で、えーっとそちらの方は?」
「あー、確か初日に会ったかな」
「へ?初日?初日ってその顔、あ、隣で練習してた奴か?俺はクライン。以後ヨロシク!」
「お、おう、宜しくな、俺はハチマンだ」
(元気というか軽いというか、でも憎めないな。なんかいい奴みたいだ)
「ハチマンって攻略組のハチマンか?」
「多分そのハチマンだ。一応聞くけど、俺には変な二つ名はついてないよな?」
「ああ、それは聞いた事がないな」
クラインの言葉を聞いて、ハチマンは、
「だ、そうだ。黒の剣士様」
「くっ……」
とキリトをからかった。
その様子を見て、クラインは、
「キリトとハチマンは、友達なのか?」
と聞いた。
「ああ、友だ……ち」
「そうかー!良かったー!俺キリトに友達がいるのかどうかって今までホントに心配でなぁ」
「な、なんか心配かけたな、クライン」
キリトが答えようとした途中で、
クラインは食いぎみにキリトを抱きしめそう言い、泣き始めた。
それは本当に嬉しそうだったので、ハチマンは、やっぱりこいつはいい奴だ、と思っていた。
キリトもキリトで、最初はクラインに何か負い目がありそうな雰囲気だったが、
クラインの明るい笑顔に釣られて、自然と笑顔を見せていた。
「で、これが俺の仲間だ。風林火山ってギルドを作ったんだよ」
「よろしく、キリトだ」
「ハチマンだ」
どうやらクラインの仲間もクライン同様いい奴ばかりだったようで、
終始和やかな雰囲気で、雑談に花が咲いた。
クラインの要望で、ハチマンとキリトの戦闘の様子を見学させてもらった一堂は、
あまりの戦闘の凄まじさに驚いていた。
「キリトが強いのは分かってたけど、ハチマンもすげーな!さすが攻略組って感じだぜ!」
その後、風林火山の面々に少しコツ等をレクチャーして、そこで分かれる事になった。
「それじゃまたどこかでなー!何かあったら連絡くれよな!」
「おう、またな、クライン」
珍しくキリトが、別れを惜しむそぶりを見せた。
ハチマンは、やっぱ友達っていいもんなんだな、と思っていた。
その後二人は狩りを続け、レベルもある程度上がったところで、その日の狩りを終了した。
二週間後、現在の最前線は、二十八層に到達していたが、
二十五層のボス戦の後、キリトはまったく姿を見せていなかった。
皆気にしていないわけではなかったのだが、実際あまり心配する者はいなかった。
先日エギルの露店で買い物をした時も、こんな感じの会話だった。
「最近キリトを見ないな」
「まあ二十五層の前もしばらく来てなかったしな。忙しいんじゃねーの」
「まあ下の方にいるなら、キリトがピンチになったりするわけないか」
「ああ」
最近、アスナもかなり忙しそうにしていた。
ギルドの押さえた宿舎に住み、そこからチームで狩りに行く。
帰ったら帰ったで、ミーティングやら何やらをこなす毎日のようだ。
組織に入るという事は、そういう事なのだろう。
そんなわけで、ハチマンとアスナも、やや疎遠になりつつあった。
その日ハチマンは、久しぶりにソロでダンジョンに潜る事を決め、
今は二十六区の迷宮区にいた。
特に問題もなく進んでいたが、中層に差し掛かった頃、前方に、戦っている人影を発見した。
「あれは、キリトか。お~いキリト」
声をかけたハチマンだったが、どうやら聞こえていないらしい。
よく見てみると、キリトの様子が何かおかしい。
まるで、いつ死んでもいいかのような、無茶な戦いを続けているかのような……
その様子に、声をかけられないでいると、敵を殲滅し終わったキリトが、そのまま倒れた。
ハチマンはあわてて駆け寄り、キリトが気を失ってるのを確認すると、
そのままキリトを背負って、自宅へと連れ帰ったのだった。
しばらくして、キリトが目を覚ました。
「っ…………ここは?」
「おう起きたか。俺の家だよ、キリト」
「ハチマン!何故俺はここに?」
「お前が迷宮の中でぶっ倒れたのを見つけたから、担いできたんだよ」
「そうか……」
「腹減ってるか?」
「……………」
答えようとしないキリトを見て、ハチマンはそれ以上何も聞かず、料理を始めた。
そして十分後、完成したスープを黙ってキリトに差し出した。
キリトは少しためらった後、それを口にした。
「………まずい」
「うるせーよ、最近はアスナもまったく来ないから、いい食材のストックが無いんだよ」
「ははっ……」
キリトは精一杯の笑顔を見せた。
「………何も聞かないのか?」
「興味が無い」
「そうか」
そのまま二人は長い沈黙を続けていたが、先に口を開いたのは、キリトの方だった。
「ハチマンは、アスナがいなくて寂しくないのか?」
「あ?別に寂しくなんかねーよ。連絡しようと思えばすぐだしな。しねーけど」
「連絡しようと思えばすぐとれる、か……」
ハチマンは、キリトがその何気ない言葉に、何か思いをこめていると感じた。
「今日はもう寝ちまえ。部屋はそこな」
「ありがとう、ハチマン」
「気にすんな」
実のところ、数日迷宮に篭りっぱなしだったキリトは、
何日ぶりかで暖かいベッドで眠りについた。
次の日ハチマンは、キリトに自宅の自慢を始めた。
「どうだキリト、すげーだろ」
「ここ、二十二層の圏内じゃないかよ。
まさかこんな所にプレイヤーハウスがあったとはな……よく見つけたな」
「まあ、日ごろの行いだろ」
「いや、それなら絶対見つかるわけないと思うぞ」
「あ?」
「でも本当にここはいいな……」
「ああ。秘密基地っぽいだろ?」
「くそ、絶対もっといいとこ見つけてやる」
キリトも多少は元気が出たようだ。おそらく根本的には何も解決してないのだろうが。
「とりあえず一宿一飯の貸しは絶対返せよ、借り逃げすんな」
「……ああ、わかったよ、ハチマン。返すまではもう、死のうとか思わないさ」
「おう」
ハチマンの言葉の裏を読み、キリトははっきりとそう答えた。
「しかし本当にいい家だよな」
「ああ。正直見つけられたのは奇跡に近いだろうな」
「アスナもたまに来るのか?」
「ちょっと前まではちょこちょことな。最近はさっぱりだ」
「そうか」
二人はしばらくそのまま景色を見ていたが、先にキリトが動いた。
「それじゃ俺は、そろそろ行くよハチマン。明日からは、前線復帰だ」
「ああ」
ただハチマンに慰められただけのようで、少し悔しかったキリトは、
帰り際にハチマンに言った。
「アスナに会ったら、ハチマンが泣いて寂しがってたってちゃんと言っといてやるからなー」
「おいこら」
(キリトが負った心の傷がどんなものなのかはわからないが、
その傷がいつ癒えるかは、本人次第だろうな。
まあ、最悪の状態は脱したみたいだから、良しとするか)
こうしてキリトは、また前線での戦いへと戻ったのだった。