八幡と紅莉栖は、特に問題もなく眠りの森へと到着した。そんな二人を経子が出迎えた。
「八幡君、今日はわざわざありがとう」
「いえいえ、これも役目ですから。こちらは牧瀬紅莉栖、え~っと……実験大好き」
「はい、そこまで!」
紅莉栖はそんな八幡の口をピシャリと塞いだ。
「今何を言おうとしたのかしら」
「す、すまん、適切な言葉が思いつかなくてな」
「そんなのいくらでもあるでしょう……」
「分かった、それじゃあ改めて、こちらは牧瀬紅莉栖、栗悟飯とカメハメ波です」
「いやあああああああああああ!」
紅莉栖は突然そう絶叫し、経子はどう反応すればいいか分からず困った顔をした。
「な、ななな何でその名前を知っとる!」
「ん?さっき俺が尋ねた時お前自分で言ってたぞ、@ちゃんねるでのハンドルネームだって」
「そ、そんな事を私が!?」
「まあ後でお前のネットでの発言を調べておくわ、わざわざ教えてくれてありがとな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、それは間違い、うん、間違いだから」
「研究者が嘘を言っていいのか?」
「う……」
紅莉栖はそこで言いよどみ、そんな二人を見て経子はこう言った。
「二人とも、凄く仲がいいのね」
「わ、私は別に……まあ悪くはないと思いますが」
「俺は簡単です、こいつは俺に恋愛感情が無いから、一緒にいて凄く楽なんですよ、
いい意味で気を遣わなくていいというか、だから本当に紅莉栖には感謝しているんです」
その八幡のベタ褒めっぷりに、紅莉栖は戸惑ったような表情をした。
「ちょっと八幡、あんた熱でもあるの?」
「おい、せっかくいい事を言ったのに、何だよその反応は」
「ふふっ、ごめんなさい、ちょっと意外だったから」
「何がだよ」
そして紅莉栖は、八幡にこう断言した。
「あなたは他人に気なんか遣わない、天上天下唯我独尊男だと思ってたから」
「何言ってるんだよ、俺ほど細かく気を遣ってる男はいないぞ、ですよね?経子さん」
そう話を振られた経子は、あっさりとそれに同意した。
「そうね、八幡君はこう見えて、凄く細やかに気を遣ってくれるわよ」
「そうなんですか?」
「ええ、多分一緒にいるうちに分かってくると思うわ」
「なるほど……それじゃあもっと長い目で見てみます」
「そうしてあげて」
そして二人はメディキュボイドが設置されている部屋に案内された。
そこには二人の少女が横たわっており、八幡はその二人を心配そうに見つめた。
「アイとユウの調子はどうですか?」
「そうね、良くはないけど悪くもないって感じかしらね。
今は均衡していると言えるわ、もっといい薬が出来てくれれば、
あるいは完治出来ないまでも、普通に暮らせるようになると思うんだけど……」
その声を聞いて、奥からめぐりがこちらに近付いてきた。
「八幡君!」
「あ、め……めぐりん」
「めぐりん!?」
その言葉を聞きとがめた紅莉栖は、驚いた顔でめぐりに質問した。
「めぐりは八幡にそんな呼び方をされているの?」
「ううん、私がそう呼んでってお願いしたの。八幡君はまだ慣れないみたいだけどね」
「そうなんだ……」
「あなたがクリスティーナって呼ばれてるのと……あ、これはちょっと違うか」
それを聞いた八幡は、ニヤニヤしながら言った。
「ティーナって言うな」
それを聞いてめぐりは思わず噴き出した。
「八幡君、何それ?」
「凶真にそう言われる度に、紅莉栖がそう言ってるらしいんで、真似してみました」
「凶真?」
「あっとすみません、俺の友人です、そして紅莉栖の彼氏ですね」
そう言われた紅莉栖は、顔を真っ赤にしてこう言った。
「な、な、な、何をおかしな事を言っておるか!」
「お前動揺しすぎだぞ……」
「ど、動揺なぞしとらんわ!」
「はいはい、それじゃあ仕事の話に移るか」
「あ、そ、そうね、そうしましょう」
そして紅莉栖は、めぐりの案内で技術者に説明を受け始めた。
さすがは天才と言われているだけの事はあり、文字通り一を聞いて十を理解しているようだ。
「凄いわね、牧瀬さん」
「ですね、正直今まで俺が会った中で、一番優秀なんじゃないですかね、
姉さんや雪乃も凄いと思いますけど、あいつの才能は異能というべきか、
とにかく凄まじいものがあると思います」
「そこまでなのね」
「もしあいつの専門が医学だったらと思うと、少し残念な気もしますね、
もしそうなら、今頃こいつらの病気もなんとかなってたかもしれないのに……」
「凄く高い評価なのね」
「ええ、俺達とは根本的に違う気がします、明日奈とは別の意味で、
今俺が一番信頼している友達ですね」
「ふふっ、良かったわね、彼女と知り合えて」
「ええ、本当に」
そんな紅莉栖は自分なりにシステムの事を理解し、内心で驚愕していた。
(何よこれ……私でも理解し難い部分が多いわね、茅場晶彦……どうしても会ってみたいわ)
紅莉栖はその欲求が、日に日に強くなってくるのを感じた。
そこに凛子も到着し、紅莉栖は益々自分の知識欲を満たしていった。
「なるほど、そういう事ですか」
「ええ、でも凄いわあなた、その若さでそこまで理解してくれるなんて、
まるで晶彦の若い頃を見ているみたいよ」
「神代博士は……」
そう言い掛けた紅莉栖に、凛子はにこやかに言った。
「凛子でいいわよ」
どうやら凛子も紅莉栖を気に入ったようだ。
「それじゃあ凛子さんは、茅場晶彦と同級生だったんですか?」
「同じゼミ生だったというべきかしらね」
「どんな人だったんですか?」
「掴み所の無い人だったわ、そんな彼が唯一気に入ったのが、八幡君なのよ」
「そうなんですか」
紅莉栖は八幡の方をチラリと見ながらそう言った。
(今夜はもっとSAOの話を聞いてみよう、出来れば三人で)
紅莉栖は今日も明日奈の部屋に泊まる予定になっていた為、密かにそう考えた。
ついでに今日は時間がある為、明日奈が豪華な手料理を振舞ってくれる予定になっていた。
紅莉栖は話を聞く事に加え、その料理をとても楽しみにしているのだった。
「さて、それじゃあ俺はあいつらに会ってきます」
「あ、外からも話が出来るわよ」
「ここにもあれが設置されたんですか」
八幡はそう言うと、見覚えのある機械を見付けてそちらに歩み寄った。
それを見た紅莉栖も、何となくそちらに歩み寄った。
そして八幡は中を呼び出し、直ぐに二人が画面の前に現れた。
「あっ、八幡だ!」
「八幡、来てくれたんだ」
「おう、今からそっちにインするからな、でも変な事を考えるんじゃないぞ、
いいか、絶対だぞ!特にアイな」
「ひどい……あの日の激しかった二人の情熱は何だったの?」
「お前、それどこから仕入れた知識だ?どうせまたネットで見たとかそういうんだろ、
相変わらずお前は耳年増なんだな」
「うぅ……久しぶりに会ったのにいきなりそれ?」
「お前はユウと違って油断ならないからな」
「もう、いいからさっさと来てよね、待ってたんだから」
「へいへい、今行くから待ってろよ」
そして通信は切れ、紅莉栖は呆れた顔で八幡を見た。
「……何よ今の会話」
「あいつら、俺の愛人になるって言って聞かないんだよ、本当に困った奴らだよ」
「あ、愛人!?」
紅莉栖は頬を染めながらそう言った。
「だからお前の存在が貴重なんだ、話す時に気を遣わなくていいからな」
「……それでも多少気は遣って欲しいんですけど?」
「いや、言い方が悪かった、そこらへんは大丈夫だ、それなりに気は遣う。
とにかくそういう事だから、ちょっと行ってくるわ」
「あ、ちょっと待って」
そして紅莉栖は、メディキュボイドに横たわる二人の姿と、
先ほどモニターに映し出された二人の姿を比べながら言った。
「あの二人に伝えて、最初はアドバイスだけのつもりだったけど、
もっと積極的に私も関わるから、だからいつか一緒に街を歩きましょうって」
それを聞いた八幡は、思わず紅莉栖の頭に手を乗せた。
「い、いきなり何ですか?」
思わず紅莉栖も敬語になり、八幡にそう言った。
「必ず伝えるわ、本当にありがとな、紅莉栖」
そう言いながら紅莉栖の頭を撫でる八幡の手を振り払う事も無く、紅莉栖は八幡に言った。
「べ、別にあんたの為じゃないわよ、あの子達の為だから!」
「そうだな、それじゃあ行ってくるわ」
「うん」
そして八幡は、併設された部屋の端末から二人の下にログインした。
そしてそれを何となく見つめる紅莉栖に凛子が話し掛けた。
「彼とはまだ短い付き合いなのよね?どう?」
「不思議な人ですよね、彼」
「そうね」
紅莉栖は最初にそう言った後、こう付け加えた。
「もちろん悪口じゃないですよ、彼と話すのはいい刺激になりますし、
こういう言い方はあれかもですが、パトロンとしては最高じゃないですかね」
「あら、その年でよく分かってるじゃない」
「まあ研究費の確保も楽じゃないのはよく分かるんで……」
凛子はその言葉にうんうんと頷いた。
「その点では彼、最高よね、もっとも必ず成果を出す必要はあるけれど」
「逆に言えば、成果を出せる人間しか彼の下にはいられない、
でも成果さえ出せれば、環境的には最高、と」
「そうね、本当にここに来て良かったと思うわ。さて、そろそろ戻りましょうか、
是非忌憚ない意見を聞かせて欲しいわ」
「分かりました」
「アイ、ユウ、入るぞ」
「今おめかししてるから待って~」
「そうか、それじゃあ準備が出来たら呼んでくれ」
「もういいわよ」
「ん、早いな」
「あっ、ちょっとアイ!」
そしてアイが自ら部屋の扉を開けた。そっと部屋の中を覗き込んだ八幡の目に、
二人の裸体が飛び込んできた為、八幡は慌てて扉を閉め、外からアイに声を掛けた。
「アイ、お遊びが過ぎるぞ!」
「チッ、捕まえ損ねた」
「チッ、じゃねえよ!毎回毎回いい加減にしろ」
「はぁい」
そして数分後、再びアイから声が掛かった。
「それじゃあどうぞ」
「おう、信じてるからな」
「毎回信じて欲しいわ」
「お前が言うな」
八幡はそう言うと、再び扉を開けて中に入った。
そこには総武高校の制服を着た二人の姿があり、八幡は意表を突かれた。
「お?どうしたんだ?それ」
「めぐりんに実物を着てもらって、それを参考に自分達でデザインしたの」
「だから微妙に実物と違ってるかも」
「う~ん、俺には分からないが」
「具体的には私は胸元を少し広げてあって、ユウはリボンの形を変えただけなんだけどね」
「ん、んん~、確かにそう言われるとそうかもだな」
「これが元の写真よ」
そう言ってアイは、八幡に一枚の写真を見せてきた。
それは制服姿のめぐりの写真ではあったが、めぐりももう二十二歳であり、
微妙に無理がある感じに写っていた。
「これは……おいアイ、これを俺のスマホに送っておいてくれ、
めぐりんをからかうのに使うから」
「分かったわ、そういう事なら喜んで」
そしてアイは端末を操作し、直ぐにそれを送信してくれた。
「おう、ありがとな」
「ふふ、頑張ってからかうのよ」
アイはいたずらめいた顔で八幡にそう言った。
「しかし二人とも、よく似合ってるな、かわいいと思うぞ」
「この格好で八幡と一緒に学校に通いたかったなぁ」
「そうね、そうしたら八幡も、高校在学時に彼女が出来るという偉業を達成出来たのにね」
「へいへいそうですね」
「むぅ、態度が生意気」
「へいへいそうですね」
「むむむむむ」
二人は軽くあしらわれて少し悔しそうにしながらも、そのまま仲良く八幡の両隣に座った。
「で、さっきの人、誰?」
「さっきの人?」
「ほら、あのやや暗めの赤い髪の」
「ああ、紅莉栖か?」
「確かそんな名前」
「あれは牧瀬紅莉栖、気になるなら調べてみろ」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
「もしかして有名人?」
「う~ん、まあ一部の間ではな」
「そう、それじゃあ調べてみるわ」
そしてアイは、その検索結果に驚いたような顔をした。
「天才脳科学者……」
「飛び級で大学の研究員?まだ十七歳で?」
「私達と同い年なのね」
「うわ、サイエンス誌に論文を発表?本当に凄いんだね」
二人は純粋に驚いているように見え、八幡はそんな二人に説明を始めた。
「紅莉栖は、メディキュボイドに脳科学の見地から危険性が無いかどうか、
チェックしてもらう為に呼んだんだ。偶然だが知り合えたのは幸運だったよ」
「あ、そういう事ね」
「でもお前達の姿を見て、もう少し積極的に色々手伝ってくれる事にしたらしい」
「……そう」
「へぇ~、やったね!」
「まあ同い年の奴に頼るのは癪かもしれないが、そこは我慢してくれよな、アイ」
八幡は、アイの様子が少しおかしかった為、理由を考えながらそう言った。
アイはその言葉にきょとんとした。
「癪?別にそんな事思ってないわよ」
「あれ、素っ気無かったからそうじゃないかと思ったんだが」
「それは……」
アイはそう言われ、困ったような顔をした。
「そうじゃなくて、八幡は本当に私達の為に色々な事を考えてくれてるなって思ったら、
ちょっと八幡を押し倒したくなっちゃったから、我慢する為にわざとそっけなくしたのよ」
「色々台無しだな……最後にあいつから伝言だ、最初はアドバイスだけのつもりだったけど、
もっと積極的に私も関わるから、だからいつか一緒に街を歩きましょうってさ」
その言葉に二人は、うんうんと頷いた。
そして八幡は話題を変えようと、二人に近況を尋ねた。
「で、最近戦闘の調子はどうなんだ?」
「う~ん、四層がちょっとね……」
「四層?あ、ああ~!あれか、水が溢れるから扉をまめに開けるやつか」
「うん、こっちは二人だからね」
「今から行ってる時間は無いが、今度付き合ってやるよ」
「いいの?ありがとう!」
「お礼は体でいい?」
「だからお前はそういう事言うなっての!」
まだ少し時間があった為、ついでに八幡は、二人に色々レクチャーする事にした。
「おいアイ、ユウ、ちょっと前屈してみろ」
「え?」
「そんな事させてもユウの胸は揺れないわよ」
「ちょ、ちょっとアイ、それはひどい!」
「……いいからやってみろ」
「「は~い」」
そして二人は言われた通り前屈をしたのだが、二人ともとても体が固い。
「うわ」
「……昔からそんなに体は柔らかくないのよ」
「うん、ボクも……」
「それは思い込みだ」
そう言うと八幡は、自らも前屈をした。
八幡はくにゃっという音が聞こえるくらい、それこそ気持ち悪いくらい体が柔らかかった為、
二人は調子に乗って八幡の背中に乗った。
「うわ、凄い柔らかい!」
「でもそれがどうしたの?」
「まあ見てろ」
そして八幡はユウを抱え上げると、突然ぐるぐるとユウを振り回し始めた。
「わっ、わっ、目、目が回る!」
そしてユウが目を回し、フラフラした瞬間、八幡は何も考えられなくなったユウを座らせ、
その背中を押した。そのユウが、先ほどの八幡と同じレベルまで前屈をする事が出来たので、
アイは驚いて八幡に尋ねた。
「え、え?ど、どういう事?」
「よく考えろ、このアバターは確かにリアルと同じで間接は逆には曲がらない。
が、人が出来る動きは全部出来る。リアルでも出来ないからここでも出来ないなんてのは、
ただのお前らの思い込みだ。だから頭をからっぽにすれば、体の固いユウもこうなる」
そして八幡は、ユウの頬をぺちぺち叩いて覚醒させた。
「おいユウ、自分の今の状態をよく見てみろ」
「えっ?あ、あれ?ボクってこんなに体が柔らかかったっけ?」
「そうだ、実はお前はこんなに体が柔らかかったんだ、
だから一度立ち上がってやり直しても同じくらい体は曲がる、やってみろ」
「うん!」
そしてユウは再び自分だけの力で同じ事をしようとし、それは難なく成功した。
「わ、わ、本当だ!」
その様子を見た八幡とアイは、顔を見合わせて言った。
「ユウはチョロインだったのね……」
「その言い方はどうかと思うが、まあそうだな……」
ユウはそんな事は気にせず、応用で自分の体の色々な部分を限界まで曲げたりしていた。
「よし、次はアイだな」
「ええ、コツは分かったわ」
そしてアイは、八幡に補助されるまでもなく同じようにくにゃっと体を曲げた。
「おお、飲み込みが早いな」
「ええ、当然よ…………って、あっ!」
「ん、どうした?」
突然そんな声を上げたアイに、八幡はそう尋ねた。
「出来ないフリをして、八幡にぐるぐるしてもらえば良かった……」
「小学生か!」
「胸は大人だけどね」
「だからお前はそういうアピールがうざいんだよ!」
「要するに体の稼動域を広げる事で、動きの幅が広がるって事ね」
「人の話を聞けよ!お前ほんといい性格してるよな、まあその通りだ」
こんな感じで色々なレクチャーを受け、アイとユウは徐々に強くなっていく。
そして八幡は二人にまた来ると告げ、ログアウトしていった。
そんな八幡の姿が見えなくなった後も、二人はいつまでも手を振り続けていたのだった。