ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第394話 彼は今どこに

「…………いいお兄さんやってるのね」

「ん、何の事だ?」

「ずっと見てたから」

「はあ?」

 

 八幡は紅莉栖にそう言われ、慌てて最初に二人と会話したモニターの方を見た。

そこにはアイとユウがニヤニヤしながら八幡を眺める様子が映っており、

八幡はそれで、アイが密かに中からモニターのスイッチを入れていた事を知った。

 

「………………変態」

「なっ、何がだよ!お前見てたなら分かってるだろ、あれは俺のせいじゃねえ!」

「どうだか」

「人の風評を広げるんじゃねえ」

「あ、あと、あっちでめぐりさんがぷるぷるしてるから、

からかうならさっさとからかってくれば?」

「え、まじか、あれも見られてたのか……」

 

 そして八幡は、羞恥でぷるぷるしているめぐりに近付き、そっと声を掛けた。

 

「あ、あの、めぐりん……」

「な、なぁに?」

「その……だ、大丈夫ですから、まだまだ現役で通用しますから」

「うぅ……ほ、本当に?微妙に無理があるなんて思わなかった?」

「だ、大丈夫ですよ、気になるならほら、消しますから」

 

 そう言って写真を消そうとした八幡の手を、めぐりは慌てて掴んだ。

 

「いいの、消さないで!」

 

(どっちなんだ……女心は難しい……)

 

「あ、は、はい」

「ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと持っててね」

「わ、分かりました……」

 

 そんな二人を見て、紅莉栖は苦笑する事しか出来なかった。

そして戻ってきた八幡に、凛子が話し掛けてきた。

 

「八幡君、いい子を連れてきてくれたわね、

彼女からのアドバイスで、メディキュボイドの増産のスピードがちょっと上がりそうよ」

「え、まじですか?そこまでですか」

「ええ、とりあえずもう少ししたら、残りの子達もこっちに呼べると思うわ」

「そうですか……本当に良かったです」

 

 八幡はそう言うと、モニターに歩み寄った。

 

「という訳で、まもなく全員集合だ、ちゃんと皆をまとめるんだぞ、アイ」

「うん、頑張る」

「ついでにチームの名前でも決めておいたらどうだ?」

 

 そんな八幡の提案を受け、アイは考え込んだ。

 

「そうね……それじゃあ『ヴァルハラリゾート・ミニ』にでもしようかしら」

「パクんな!あと長い!」

「冗談だってば、それじゃあそうね……『スリーピング・ナイツ』で」

 

 八幡もそれに納得し、うんうんと頷いた。

 

「うん、いいと思うぞ」

「そこで八幡を、特別代表補佐愛人に任命します」

「最後の一文だけ抜けば別に構わないぞ」

「そこが一番大事なのに……」

「いいからお前らは、さっき教えた事を踏まえて動きの研究でもしてこいって。

それじゃあ本当にまたな、アイ、ユウ」

 

 八幡はそう言って別れを告げ、モニターを切ろうとしたのだが、それを二人が止めた。

 

「待って、クリリンと話させて」

「ん、分かった」

 

 そして八幡は、紅莉栖をモニターの前に呼んだ。

 

「おいクリリン、二人が用があるってよ」

「誰がクリリンか!」

「いいからさっさと来い」

 

 紅莉栖はその言葉に文句を言いながらも、素直にモニターの前に移動した。

 

「あ、クリリン、さっきは暖かい言葉をありがとう、

私達も絶対諦めずに、クリリンと一緒に街を歩けるように頑張るね」

「うん、私も可能な限り協力するわ。ところで……そのクリリンって呼び方、やめない?」

「どうして?かわいいのに……」

「いや、ほら、ね?」

「同い年なんだから別にいいじゃない」

「あ、ほら、でも、ね?その呼び方はちょっと有名すぎるでしょう?」

 

 紅莉栖は何とかクリリン呼びを回避しようと必死に二人を説得した。

 

「そう、残念。それじゃあ諦めて、クリスマス」

「うん、それはちょっと違うんじゃないかしら」

「クリスティ……」

「ティーナ言うな!」

 

 紅莉栖は反射的にそう突っ込んだ。

 

「……アガサ・クリスティからとったのだけれど」

「あ、あれ?そ、そう、でもほら、紅莉栖だけでもいいと思わない?」

「そう?まあいいわ、それじゃあ紅莉栖、これから仲良くしてね、私はアイ、紺野藍子よ」

「ボクはユウ、紺野木綿季だよ」

「私は牧瀬紅莉栖、二人とも、宜しくね」

 

 三人は和やかな雰囲気でそう挨拶を交わし、再会を約束してそこで通信は終わった。

 

「さて、それじゃああなたの家に行きましょうか」

「だな、明日奈が首を長くして待ってるだろうからな。

それじゃ凛子さん、経子さん、めぐりん、後の事はお願いします」

「任せて、急ピッチで進めるわ」

「やっと眠りの森の復活ね」

「八幡君、またね!」

 

 

 

「小町ちゃんは今日もお出かけ?」

「今日は友達の家でレポートを……」

「そっかぁ、私ももうすぐそういう生活になるんだろうね……」

「大丈夫、お義姉ちゃんには強い味方がいっぱいいるじゃないですか!

雪乃さんとか陽乃さんとかクルスさんとか紅莉栖さんとか!」

「まあそう言われると確かにそうかもね」

「それか、大学には行かずにこの家に永久就職してもいいんじゃないでしょうか!

もしくは新しい家をどこかに建てましょう!」

 

 小町は熱のこもった口調でそう言った。

 

「やだもう、からかわないでよ、でもうん、そういうのもありなのかな……」

「ですです、でも小町はこの年でおばさん呼ばわりされたくないので、

出来れば子供を作るのは小町が三十くらいになってからを希望します!」

「もう、小町ちゃんったら。あ、でも、確かいとこにもう子供がいるんじゃなかったっけ?」

「あっ!ま、まあ縁が薄いし会う事も無いと思うので、それはノーカンで」

「あ、あは……」

 

 明日奈はその小町の言葉に呆れつつも、縁が無ければまあそういうものかと納得した。

 

「はぁ~、これでやっとお義姉ちゃんと本当の家族になれそうだね、

小町、お兄ちゃんの妹で本当に良かった……」

「ちなみに高校の時とかはどう思ってたの?」

「あ~、小町は一生このお兄ちゃんの妹なんだ、

仕方ないけどめんどくさいなぁ、って思ってました!」

「あ、あは……」

 

 そして小町は荷物をまとめ、外出していった。

 

「それじゃあ行ってきます!」

「うん、レポート頑張ってね」

 

 丁度そこに、八幡が紅莉栖を伴って帰宅してきた。

 

「おっ、小町、出かけるのか?」

「うん、友達と一緒にレポートをね」

「そうか、気を付けてな」

「うん、紅莉栖さんもまた!」

「うん、またね」

 

 小町を見送った後、紅莉栖はぼそっと呟いた。

 

「ねぇ……私って、どうして年上からもさん付けで呼ばれる事が多いのかな」

「どうかな、明日奈、何でだ?」

「人によるんじゃないかな」

「だそうだ」

「そう、そこまで気にしなくてもいいのかな」

「まあ大丈夫、紅莉栖は確かに大人びて見えるけど、

それは肩にかかってる責任のせいであって、見た目がどうとかの問題じゃないさ」

 

 紅莉栖はその言葉を聞き、珍しく八幡の顔を正面から覗き込んだ。

 

「……何だよ」

「ううん、たまにはまともな事を言うんだなって思って」

「おい明日奈、紅莉栖の分だけおかずを減らしとけ」

「う、嘘よ嘘、ごめんなさい」

「ふふっ、おかわりもあるからたっぷり食べていってね」

「うん、ありがとう」

 

 そして三人はそのまま仲良く会話しながら食事をとった。

そのまま順番に入浴し、八幡は自分の部屋に戻ったが、そんな八幡を明日奈が呼びにきた。

 

「八幡君、紅莉栖が八幡君と三人で話したいって」

「ん?何か深刻な話か?」

「ううん、茅場さんの話が聞きたいみたい」

「ああ、同じ天才同士興味があるのかな」

「そうかもね」

 

 八幡は明日奈に連れられ、そのまま明日奈の部屋に案内された。

 

「おう、来たぞ」

「あ、八幡、わざわざごめんね」

「いや、気にするな」

 

 謝る紅莉栖をそう制し、八幡は小さなテーブルの横であぐらをかいた。

 

「で、何の話が聞きたいんだ?」

「うん、何でも」

「何でもか……」

「まったく関係無いような事でも、色々と参考になる事もあるかもしれないし、

そういうのはあまり気にしないでくれていいわ」

「そっか、明日奈はどう思う?」

「そうだねぇ……私は茅場さんとは団長と副団長としての交流しか無かったから、何とも」

「団長?副団長?」

 

 紅莉栖は鸚鵡返しにそう聞き返した。

 

「あ、うん、SAOの最前線で戦ってたチームのね、血盟騎士団。

茅場さんが団長で、私が副団長、八幡君が参謀」

「えっ、茅場晶彦が団長!?」

「うん、まあそんな感じで予定より早く外に出られたって訳」

「なるほどね……彼は外から見るよりも、命の危険はあっても中から見る事を選んだのね」

「だからお前、理解が早すぎて怖えって」

 

 そして明日奈は何か面白そうなエピソードを探したのだが、何も思いつかない。

 

「う~ん……今考えると、団長って案外面白みがない人だったかも」

「確かにあいつは真面目一辺倒って感じだったよな……」

「そうなの?」

「ああ、何というか……団長としての役割を演じる事を強く意識してたみたいな?」

「なるほど、そういう事」

「だから正直そっち系のエピソードはそれほど無いんだよな、

攻略について話してもいいんだが、そっちはただの苦労話みたいになっちまうしなぁ」

 

 そんな八幡に紅莉栖は言った。

 

「それじゃあ、クリア後に彼と話した時の事を質問してもいい?」

「おう、それなら問題ないな、でもまあ内緒だからな」

「ええ、彼の意識だけが生きているかもだなんて、世間にバレたら大変ですものね」

 

 紅莉栖は八幡にそう相槌をうち、八幡の言葉に耳を傾けた。

 

「ユイとはこの前会ったよな、ALOで明日奈を助けようとして、

敵の本拠地に潜入した時、いきなりユイが言ったんだよ、グランドマスターの気配がすると」

「ちょ、ちょっと待って、私も一応ニュースで見たけど、

SAOじゃなくてALO?もしかしてあの残された百人事件の事?」

「ああ、それで合ってる。

まあそれでな、その時は途切れ途切れの音声が聞こえただけだったんだが、

その時はまだ、意識が統合出来ていなかったと言ってたな」

 

 そう言って八幡は、ひと呼吸置いた。

 

「続けて」

「おう、で、ゲーム内での全てが終わった後に、

晶彦さんの意識がそのVRコンソール?VR管理棟?

何て言えばいいか分からないが、要するにサーバー管理をする為に、

アバターを使ってログインするVR研究所みたいなのがあったんだが、

そのアバターに晶彦さんの意識が舞い降りたんだよ。

その時はまったく普通に喋ってて、昔とまったく変わらない状態でな、

そこで俺は、ザ・シードを晶彦さんに託され、それを無償で全世界に拡散した、

ってのがおおよその流れだな」

「ちょっと待ってちょっと待って、とんでもない事実ばかりで、

ちょっと頭の中で整理出来てないんだけど」

「おう、まあゆっくり整理してくれ」

 

 そしてぶつぶつと呟きだした紅莉栖を放置し、八幡は明日奈の髪で遊び始めた。

器用な事に、八幡は明日奈の髪型を次々に変えていき、

その度に明日奈は、面白がってその写真を撮影していた。

 

「ねぇ、紅莉栖の髪もいじってみたら?今なら気付かれないんじゃない?」

「ん、かもしれないな、三つ編みにでもしてみるか」

 

 そして八幡は、こっそりと紅莉栖の髪型をいじり始めたが、

紅莉栖は凄まじい集中力を発揮し、それに気付かなかった。

そして紅莉栖の髪型が完全に変わった頃、紅莉栖の意識はやっとこちら側に帰還した。

 

「凄いわ、要するに茅場晶彦は、

私とまったく違うアプローチで自分の命を永遠のものにしたのね」

「永遠、な。まあ色々動いてる間に、情報が磨り減って無くなっちまうかもしれないけどな」

「彼の受け皿になる、ある程度クローズになった環境があれば、

彼を復活させる事が出来るのかもしれないわね」

「そうだな、しかしあの時の晶彦さんの状態はどうなんだ?

紅莉栖のアマデウスと同じ状態と呼べない事も無いのか?」

 

 そう話を振られた紅莉栖は、真剣な顔で考え始めた。

 

「どうなのかしら、そこまでデジタルな存在に変貌してはいないと思うけど、

とても興味が尽きないわね」

「正直どうやって意識を保っているのかも謎だよな」

「そうね、アマデウスと違ってAIの補助も受けていないようだし、

ただ一つ言えるのは、人間の脳にはまだ色々な可能性があるって事よね」

 

 そんな紅莉栖の顔を、八幡と明日奈は眩しそうに見つめた。

 

「研究の励みになるか?」

「ええ、いつか必ずこの謎を解明してみせるわ。それにしても彼は今どこにいるのかしらね」

「どうだろうな、すぐ近くにいるかもだし、遠い外国のネットの中にいるかもしれないな」

「何とか見つけ出せたらいいんだけど」

「頑張ってね」

「うん、闘志が沸いてきた」

「それじゃあはい、チーズ」

「えっ?」

 

 その言葉に紅莉栖は思わずポーズをとってしまい、明日奈は紅莉栖の写真を撮った。

 

「いきなりどうしたの?」

「うん、見れば分かるよ」

 

 そして紅莉栖は明日奈にその写真を見せられ、やっとその事に気が付いた。

 

「な、何ですと!?」

「……お前、驚くと喋り方が面白くなるよな」

「こ、これは何?一体いつの間に……」

「紅莉栖が考え込んでる間に、八幡君がやったんだよ」

「えっ、八幡が?随分器用なのね」

「おう、よく明日奈の髪で遊んでたからな、ちなみにかなり研究もした」

「変なところで熱心なのね……」

 

 そして紅莉栖は、話も落ち着いたという事で、八幡に頼んで他の髪型も試してみた。

 

「やだ、器用すぎじゃない?」

「だよね、私もびっくりだよ」

「よし、とりあえず二人とも盛ってみるか」

 

 八幡は調子に乗り、髪を傷めない程度に二人の髪を盛り、二人並んだ所を写真にとった。

 

「まあこんなもんか、ほれ」

「うわ、面白いね」

「自分じゃないみたい」

 

 比企谷家は、こんな具合でまだとても平和なのであった。


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