次の日の学校の昼休み、いつもの五人は屋上で昼食をとっていた。
その時いきなり和人が、八幡にこう尋ねてきた。
「なあ八幡、GGOってどんなゲームなんだ?」
「ぶっ」
「うわ、何噴き出してんだよ、汚いな!」
「わ、悪い……ちょっとむせちまった……」
八幡はいきなり不意を突かれ、誤魔化すようにそう言った。
ちなみに明日奈も同じような状態になったが、口の中に何も入っていなかったのが幸いした。
「GGOって、あの銃で戦う奴よね?何でいきなりそんな事を?」
「いや、この前ユイとキズメルに聞いたんだよ、
ハチマンが一瞬GGOにコンバートしてたってな」
(それでか……里香、ナイス質問だ)
八幡は和人に頷き、脳内で言い訳を組み立てながら説明を始めた。
「あれだ、気分転換に何となく行ってみたんだが、何というか殺伐とした世界だったわ」
「ALOと比べてどうだった?」
「どうだろうなぁ、直接敵をぶった斬るのか間接かの違いだけだから、
まあ好みの問題って事になるんじゃないか?
街も何ていうか退廃的でな、雰囲気もぜんぜん違ったな」
「へぇ、やっぱ全然違うんだな」
そうのんびりと言う和人を横目で見ながら、八幡は明日奈に言った。
「明日奈、髪に何かゴミがついてるぞ」
そして八幡は、ゴミを取るフリをしながら明日奈の耳に口を寄せ、そっと囁いた。
「和人の意図を聞いてみてくれ」
明日奈はその耳打ちにピクリとした後、和人にこう尋ねた。
「でもいきなりどうしたの?GGOを始めてみる気にでもなったの?」
「あ、いや、そういう訳でもないんだけどさ、あはは、まあちょっと興味が沸いたんだよ」
「銃に目覚めでもしたのか?」
「う、う~ん、銃はあまり扱える自信が無いなぁ」
「まあ確かに銃は和人さん向きじゃないかもですね」
その和人の煮え切らない態度を、八幡はいぶかしんだ。
(これは……俺達の活動がバレた訳じゃないな、そうすると誰かに頼まれたとしか)
八幡はそう考え、和人にいくつか質問する事にした。
「GGOに誰か知り合いでもいて、手伝いでも頼まれたのか?」
「いや、さすがにゲームを跨いでの手伝いはちょっとな」
(違うか……)
「ああ、じゃああれか、また菊岡さんにバイトでも頼まれたのか、
本当にあの人はとんでもない事をいきなり言ってくるよな」
(これにどう答えるか……)
「いやぁ、まあこの話はもういいだろ、ただの雑談だよ雑談」
(菊岡かあああああああああ)
「そ、そうか、まあALOには銃器は無いし、興味は沸くよな、弓はあるけど」
(とりあえず学校が終わったら菊岡さんを呼び出すか……)
「で、一体和人に何を頼んだんですか?」
「え、何?いきなりどうしたの?」
「和人にGGOをプレイさせて、何の意味があるんですかって聞いてるんです」
「一体何の事?」
「まさか危ない事をさせるつもりじゃありませんよね?」
そして菊岡を都内の喫茶店に呼び出した八幡は、
はぐらかそうとする菊岡に対し、少しきつめにそう言った。
「いやいやいや、そもそも僕が君達に危ない事なんか頼む訳が無いじゃないか」
「和人に頼み事をした事は否定しないんですね」
「やだなぁ、僕は何も言ってないよ」
菊岡はあくまでもはぐらかそうとし、八幡は押し黙ると、じっと菊岡の目を見つめた。
「な、何?」
「これだけは言いたくなかったが……『クリスハイト』、命令だ」
「…………」
菊岡は天を仰ぐと、諦めたような口調で言った。
「はぁ、君にこのタイミングで呼び出された時点で、
最初から誤魔化せるとは思ってなかったけど、そこまでするとはね、
やっぱり仲間が絡む事になると、八幡君は人が変わるね」
「お前もその仲間の一人なんだがな」
「分かってるって、当然危ない事は頼んでないよ」
そして菊岡の提案で、二人はキットの車内へと移動した。
「ここなら声も外に漏れないかな。で、八幡君、『死銃』って知ってる?」
「ああ、あれの調査ですか……」
八幡はほっとしたようにそう言った。
「ゲーム内でプレイヤーに向けて銃を撃ったら、そいつが回線落ちするって奴ですよね?
丁度先日、うちの主要スタッフで検討したんですよ、答えは全員ノーでしたね」
「そういえば牧瀬紅莉栖氏も身内として取り込んだらしいじゃないか、
八幡君、君、世界征服とか出来ちゃうんじゃない?」
「よく知ってますね……もしかして、うちの社内にスパイでも潜りこませてます?」
八幡は何故その事を菊岡が知っているのか疑問に思いながらそう言った。
それに対する菊岡の答えは簡単なものだった。
「いや、メディキュボイドが絡む事はこっちにも報告が来るからね、ただそれだけの事だよ」
「ああ、あれは確かに政府肝いりのプロジェクトですからね」
「まあそういう事。で、主要スタッフって誰?」
「アルゴとかですね、後はネット関連に詳しい奴が何人かです」
「ネット関連に詳しい奴、ねぇ、まあ悪い事はしないって信じてるからね、八幡君」
その言葉に八幡は特に何も答えず、黙って頷くだけに留めた。
(これは舞衣とダルの事も掴んでそうだな……ハッタリの可能性もあるが)
「まああれの調査なら特に危ない事も無さそうですが、
でもあれって調べようが無いんじゃないですか?」
「詳しそうだけど、そっちの話し合いだとどんな結論になったんだい?」
「キット、ちょっと動画を呼び出してくれないか?」
『分かりました』
そして八幡はキットに動画のタイトルを告げた。
直ぐに動画は再生され、二人はその画面に見入った。
「改めて見ても、これってただ銃を撃ってるだけだよねぇ」
「ええ、だからこっちの話だと、単独犯じゃ絶対に無理って事で落ち着きました」
「単独犯?」
「はい、これが偶然じゃないとすれば、
必ず外部で何かしらの工作をしてる奴がいると思うんですよ」
「外部の協力者か……その可能性は和人君と話してなかったな」
「まあとにかくこっちではそういう話になったんで、
和人がゲーム内で何をされようと、とりあえずあいつは安全って事になりますよね」
「う~ん……」
菊岡はその至極当然と思われた結論に、微妙な反応をした。
「何か気がかりでもあるんですか?」
「うん、まあそれがわざわざこんな所に移動してもらった理由なんだけどさ……」
そして菊岡は、気まずそうに八幡に言った。
「ただ回線が落ちたって、たった一件の事案だけで、僕が動くと思うかい?」
「そう言われると、確かにおかしいですね」
「さっきから八幡君は、回線を落とすって言ってたけど、本当はそうじゃないんだよ。
この動画で撃たれてる彼ね……この直後に死んでるんだよね」
「…………え?」
八幡はその言葉に混乱した。
「それってつまり、この死銃って奴は、ゲーム内でプレイヤーに銃を撃つ事で、
その相手をリアルに殺してるってそういう事ですか?
和人の身に本当に危険は無いんですか?」
「それは大丈夫、奇しくも君がさっき言っただろ?単独での犯行は絶対に無理だって。
それを考慮してた訳じゃないけど、和人君はうちの施設からログインしてもらうし、
その時は中の様子をソレイユの技術で観察しながら、
自衛隊付属の看護病院の卒業生を付き添わせるからね、危険はまったく無いよ」
「ソレイユの技術って、メイクイーンにあったあれですか……その人も自衛官なんですか?」
「ああそうだ、ちゃんと戦闘訓練も積んだ人ね」
「それなら問題無さそうですね」
そして菊岡は、続けてこう言った。
「殺しかどうかもまだ分からないよ、一応検死もしたけど状況からして事故っぽかったから、
通り一遍の部分しか調べてないらしいしね」
「詳しく調べた方がいいんじゃないですか?」
「いやぁ、そうしたいのはやまやまなんだけど、
その死んだ人が、直前にゲームの中で撃たれたから詳しく調べてくれなんて言える?」
その言葉に八幡は、一瞬考えただけでこう答えた。
「…………無理ですね」
「そうなんだよ、この手のゲーム中に死亡するケースって意外と多くてね、
対応も形式的になりがちなんだよね……
更にこの死銃って奴が関わっているケースは一件しか報告されてないから、
たまたまで済まされちゃう可能性の方が高いんだよ」
「一件……ですか」
八幡は、まさかと思いつつもこの際一緒に調べてもらおうと思い、
菊岡の様子を伺いつつこう言った。
「菊岡さん、ゼクシードって知ってます?」
「君のライバルだろ?シャナ君」
「……やっぱり知ってたんですね」
「まあそれなりにね」
そんな八幡の頭の中に、菊岡がシャナの事を知っていた事で別の疑問が生まれた。
「ん、それなら何で俺に調査を頼まなかったんですか?」
「君は有名すぎるんだよ、さすがにGGOで一番のプレイヤーが動いたら、
他のプレイヤーの間で噂になっちゃうだろ?」
「あ、確かにそうですね、何かすみません……」
「まあでも和人君にはそれなりに名前を売ってもらわないといけないし、
そこらへんのさじ加減がどうにも難しいんだよね」
「なるほど」
そして八幡は、そのままゼクシードについて菊岡にこう尋ねた。
「そのゼクシードですけど、先日のMMOトゥデイの座談会は見ましたか?
俺もその番組に出てたんですけど」
「ん?それは見てないな」
「その番組の最中で、ゼクシードも急に苦しんだかと思うと、
そのまま回線落ちしたんですよね……これってもしかして同じケースですかね?」
「う~ん、見てみないと何ともだけど、その動画はあるのかな?
もちろん番組そのものじゃなくて、銃で撃たれてる方」
「一応探したんですけど、まだ見付かってないんですよね」
その時キットが突然八幡にこう言った。
『それなら私が探してみましょうか?そういうのは得意なので』
「お、その手があったか、悪いキット頼むわ」
『はい、お任せ下さい』
そんなキットを見て、菊岡は感心したように言った。
「自分から提案してくるなんて、やっぱり茅場製AIの出来は一味違うよね……」
「ですね、紅莉栖も驚いてましたよ」
「彼女がメディキュボイドに協力してくれるのは有難いんだけど、
代わりに何か報酬を出したりしたのかい?」
「一応他には絶対に漏らさないって約束で、茅場製AIを提供しましたけど、
まずかったですかね?」
その言葉に菊岡は少し考え込んだ。
「いや、いいんじゃないかな、あれに関してはもう完全にソレイユの物だしね。
国が何か関わるにしても、何か犯罪めいた事が起きて規制の必要が出たとか、
そういうのでもない限り、特に何かするような事は無いと思うよ。
まあ報酬を出して技術提供してもらうくらいはあるかもしれないけどね」
「ですか」
『八幡、音声だけですが見つけました』
「まじか、さすがはキットだな」
『とりあえず再生します』
そしてキットに搭載されているモニターに、その動画のタイトルと説明文が表示された。
「『座談会の時の出来事、音声のみ』、説明文は無しか、さすがにこれは分からないわ」
そしてその音声が再生され、いきなりその言葉が二人の耳に聞こえてきた。
『ゼクシード、偽りの勝利者よ、今こそ真なる力による裁きを受けるがいい』
「…………この言葉、さっきの言葉に似てますね」
「今こそ真なる力による裁きを受けるがいいって部分は完全に一致してるね」
「って事は、もしかしてゼクシードはもう……」
そう言って少し顔を青くする八幡に、菊岡は困ったように言った。
「それがね、そういった死亡例は、特にこっちに報告は上がってないんだよ」
「そうなんですか?」
「一応死んでいないまでも、救急車が出動しただけでも、
そういったVR関連の事例は報告があるから、多分間違いないと思う」
「う~ん……でもどう考えても同じ奴ですよね」
「だよね……」
二人はそう言って悩み始めた。
そして八幡は、とある事を思いつき、菊岡に言った。
「この前戦争があったのは知ってます?」
「もちろん知ってるさ、知り合いの自衛官も参加してたしね」
「えっ?それってもしかして、コミケさんやケモナーさん、トミーさんの事ですか?」
その言葉を聞いた菊岡は、いきなり噴き出した。
「ぶっ……ご、ごめんごめん、コミケ、コミケね、
あの人は自衛官の中でも有名人でね、コミケって聞いたらつい、ね」
「……もしかして、趣味はコミケに行く事だって公言してるとかですか?」
「うん、まあそんな感じかな」
「…………コミケさん、強いな」
コミケさんらしいなと思った八幡に、菊岡は笑いを堪えながらこう尋ねた。
「まあ彼やケモナー君の事は置いておいて、それがどうかした?」
「ああはい、で、その過程で、ソレイユとザスカーの間にちょっと繋がりが出来たんですよ。
その伝手を頼って、ゼクシードの個人情報を開示してもらえないかなって思って」
「あ、そういう事か!その住所から彼が今どうなってるか調べるって事だね」
菊岡はその提案にうんうんと頷いた。
「それならいけるかもしれないね、とりあえず陽乃さんに話を通して、
犯罪が絡んでいるかもしれないと、政府からの要請という形で一言添えればいけそうだね」
「はい、俺としてもあいつの安否は気になるんで、その線でお願いします」
「うん分かった、早速手配するよ」
「で、もう一つお願いがあるんですが……」
八幡は控えめな口調でそう言った。
「ん、何だい?」
「和人の様子をモニターする時、最初だけでいいんで、
俺もそこに同席させてもらっていいですか?
一応俺もそこからログイン出来るようにしてもらって……」
「別にいいけど、何で?心配なの?」
「ええ、可能なら最初くらいは手助けしてやれればと思って。
それと、あいつが無茶苦茶しないかどうか心配で……」
それを聞いた菊岡は笑い出した。
「あはははは、確かにそうだね、うん分かった、そんな感じで手配しておくよ、
それじゃあもう一人、自衛隊中央病院あたりから看護資格を持つ自衛官を招集しておくよ」
「すみません、有難うございます」
こうして裏で話し合いもまとまり、準備も出来た所で、
初めて和人がGGOにログインする日を迎える事となった。
メイクイーンにあった設備とか、伏線と思えないものも伏線だったりするので、
どれが伏線でどれがただのお遊びか考えてみるのも面白いかもしれませんね!