「凄い、本当に運転出来るんだ」
「揺れるから振り落とされないように気をつけろよ」
そして二人は全速力で走り去り、その直後にイコマが姿を現した。
「キリトさんがまさかあんな外見になってるなんて……」
「驚いただろ?」
「ええ、凄く」
「何もかも終わったら、あいつの事をキリ子と呼んでやろう」
「あ、あは……」
イコマは乾いた笑いを浮かべると、感慨深げにキリトが走り去った方を見た。
「でも何でキリトさんがGGOに?」
「そうだな、ちょっとその辺りを話しておくか」
そして二人は鞍馬山に戻り、シャナはイコマに今回の事件の経緯の説明を始めた。
「えっ?そんな事件があったんですか……」
良くも悪くも基本工房にこもりきりなイコマは、
ここ一連の流れについては全く知らなかったようだ。
「まさかとは思いますけど、これもラフコフの奴らの仕業ですかね?」
「かもしれないが、いくら何でもこれは無理なんじゃないか?」
「ですよね……」
「う~ん……」
「う~ん……」
二人は腕組みをしながら考え込んだが、答えはまったく出ない。
「とりあえず俺は一度落ちて、外のモニターでキリトの様子を見てくるわ。
何かあったら適当に誤魔化しといてくれ、バレたらバレたで構わないから」
「分かりました」
そしてシャナはとりあえずログアウトする事にした。
「うわ、車で走るのとはまた違う楽しさがあるわね」
「シノンは車の運転が出来るのか?」
「ええ、ゲーム内でだけだけどね」
「俺もそろそろ免許を取るかな……こっちの免許しか持ってないから」
「そうね、あると便利かもしれないわね」
そんな会話を交わしているうちに、総督府の建物がどんどん近付いてきた。
「どうやら余裕で間に合いそうね、あ、それと注意事項を一応言っておくわ。
申し込みの際に、本戦出場した場合にもらえるアイテムを入力する欄があるんだけど、
そこでゲーム内アイテムじゃなく、リアルでモデルガンとかをもらう事が出来るのよ」
「そうなのか」
「でもその場合、自分のリアル住所と氏名をそこで入力しないといけないのよね」
「うわ、何だその危ない仕様は」
「そうなのよ、なのでそれは絶対にやらないようにってうちのリーダーから言われてるわ」
「まあ当然だな、誰にも見られないだろうとはいえ、
ゲーム内で個人情報を簡単に晒すなんて、リスキーだからな」
「理解が早くて助かるわ」
「でも個人情報……個人情報ね」
キリトは何かひっかかるものを感じたが、それが何かは分からなかった。
「さて、それじゃあ早速……」
そう言い掛けたキリトは、いきなり黙り込むと、きょろきょろと周囲を見渡した。
「どうしたの?」
「いや、何か誰かに見られてるような気配が……」
「それってあんたの外見のせいじゃないの?」
「うるさいな、気にしてるんだからそれには突っ込むなよ!」
キリトはそう言いつつも、周囲を鋭い目で睨み続けた。
そしてしばらくして、キリトはやっと警戒を解いた。
「大丈夫?」
「ああ、もう嫌な視線を感じなくなった」
「嫌な視線、か……」
シノンは、もしかしたら例のラフコフとやらのメンバーでもいたのかなと思ったが、
とりあえず時間が迫っていた為、キリトに急ぐように言った。
「締め切り時間が近いわ、とりあえずエントリーしちゃいましょう」
「だな」
そして二人は手早くエントリーを済ませると、ほっとした顔で総督府の外に出た。
「何とか間に合ったわね、本当にありがとう」
「いや、元はといえば俺のせいだからさ……」
「まあそうね」
「そこは少しは否定しろよ!」
「だってあなたとシャナのせいじゃない」
「ぐぬぬ……あのシャナって奴、絶対に許さん」
「八幡君、ぷぷっ、男の生き様、見せてもらったよ」
「菊岡さん……」
「『ねぇそこの彼女達、良かったら僕とお茶でもしない?』には度肝を抜かれたけど、
その後の『すまん、これは詫びだ、受け取ってくれ!じゃあ俺はこれで!』は、
まさかそうくるとはまったく予想してませんでした」
「黒川さん、冷静に感想を言わないで下さい……」
「私で良ければこの後お茶でも行く?」
「安岐さんまで……」
八幡は羞恥でもだえながらも冷静な表情を作り、画面に見入っていた。
だが、次のキリトの一言で、その冷静な仮面は簡単に剥がれ落ちた。
『ぐぬぬ……あのシャナって奴、絶対に許さん』
「俺のせいかよ!」
思わずそう突っ込んだ八幡を、三人は生暖かい目で見つめた。
「まあ否定は出来ないかもですね……」
「もっといいやり方があった気もするなぁ」
「うん、あれはない、ないわぁ」
「ぐっ……」
八幡は、三人のからかいに耐える事しか出来なかった。
そしてモニターの中では、シノンがキリトを連れ、射撃練習場に来ていた。
どうやら簡単な銃の扱い方だけレクチャーするつもりらしい。
「おっ、えらいぞシノン、さすがはうちのメンバーだ」
「さて、キリト君の銃の腕前はどうかな」
そしてキリトは銃を構え、トリガーを引いた。だがその弾は的の隅に当たるばかりで、
的の中心近くには数える程しか命中しなかった。
「…………あれ?」
「静止してる的に当てるだけならそこまで難しくないと思うんだけど、違う?」
「いや、合ってますよ」
「姿勢もそんなに悪くないように見えるけど、これってどんなシステムだっけ?」
「心臓の鼓動に合わせて収縮する円の範囲内のどこかに弾が飛んでいく感じですね」
「なるほど、焦って撃ってるように見えるから、きっとそのせいね」
「あいつ、こういうの苦手だったのか……」
しばらく射撃を行った後、これ以上付き合わせるのは悪いと思ったのか、
キリトはシノンにこう言った。
『何となくコツが掴めてきた気がするよ、
後は俺一人で大丈夫だ、今日は本当にありがとな、シノン』
『とてもそうは見えないけど、まあいいか、それじゃあ大会当日にまた会いましょう』
『ああ、その時は宜しくな』
ちなみに大会開始は三日後である。そして去り際に、シノンがキリトにこう尋ねた。
『ところで最後に一つ、ゲームとはまったく関係ない事なんだけど、
男の立場としてどう思うか聞きたい事があるんだけど』
『ん、何だ?』
『例えばキリト君の友達に、男女を問わず凄くモテる人がいて、
その人が仲間内では全員一致でリーダーに相応しいと認められているとするじゃない?』
「ん?」
「ねぇ、それってもしかして……」
「やっぱり八幡君の事なのかな?」
「あいつは一体何を……」
『ふむふむ』
そんな質問をされて、当然キリトの頭に思い浮かぶのは八幡しかいない。
『で、その彼は女性相手に凄くガードが固いとして、
そんな彼を誘惑するのに有効な方法って無いかしら』
『恋愛相談かよ!』
「うほっ」
「若いっていいなぁ」
「八幡君ってガードが固いんだ」
「え、いや、べ、別に俺の事とは限りませんよ」
そんな八幡を、三人は生暖かい目で見つめていた。
『恋愛相談はあまり得意じゃ無いんだけどな……シノンの好きな奴がそういう奴なのか?』
『まあ正直言うとそんな感じ。もしそういう話が苦手なら、
キリト君の知り合いに、もし似たような人がいるなら、その人を頭に思い浮かべてもらって、
その人に対してどうすればいいかってのを教えてくれるだけでもいいんだけど』
「ま、待てキリト、余計な事は言うなよ……」
『そういう事ならまあいくつか思いつくけど、あいつは多分、
私かわいいでしょアピールはあまり好きじゃないと思うから、
自然な感じで適度な露出とほんの少しのアピールがあれば、
表面上はまったく変化無しに見えても、内心かなり動揺するんじゃないかな』
「あいつ!?今キリトの奴、あいつって言いました!?」
「八幡君、落ち着いて」
「キリト君の言うあいつって誰の事なのかしらね」
「八幡君、ドンマイだよ」
『なるほど……参考になったわ、それじゃあまたね』
『おう、また会おう』
そしてシノンはその場でログアウトした。キリトはもう少し射撃練習を続けるらしい。
そしてその直後に八幡のスマホに着信があり、八幡はビクッとした。
「八幡君、着信だよ」
「女の子を待たせるのはどうかと思う」
「が、頑張って」
「三人とも、そのいやらしい顔はやめて下さい……」
そして八幡は、諦めた表情で通話ボタンを押した。
「おう、どうした?」
『どうしたじゃないわよ、さっさとうちに来て直接私に説明しなさい』
「ちょ、直接?このまま電話で説明しちゃ駄目か?」
『あれだけ私を驚かせたんだから、直接来て誠意を示しなさい』
「え、えっと、別に説明無しでも俺はまったく構わないんだが……」
『説明は後だってメッセージを送ってきたのは八幡よね?』
「ですよね……」
そして八幡は泣きそうな顔で詩乃に言った。
「それじゃあ今からそちらに伺わせて頂きます……」
『うん、よろしい』
そう言って通話を終えた八幡に、三人は色々な意味でエールを送った。
「明日奈さんには言わないでおいてあげるからね」
「菊岡さん、心配しなくてもやましい事なんか起こりません」
「八幡君、据え膳食べちゃう?」
「安岐さん、食べませんから!何もありませんから!」
「相談にはいつでも乗るから、気軽に連絡してきてね」
「ありがとうございます黒川さん、その時は頼らせてもらいますね……」
そして三人に見送られ、八幡はキットで詩乃の家へと向かった。
その少し後にキリトもログアウトし、和人はベッドの上で伸びをした。
「うう~ん、やっぱり銃は慣れないな」
「色々あったみたいだね」
「ええ、親切な女の子に会えたから良かったものの、
あのシャナって奴は本当にどうしようもないですね」
黒川は既にその場を後にしており、残った二人は笑いを堪えつつ和人を労った。
「ま、まあ彼のおかげでお金が手に入って、そのせいでいい武器と防具も手に入ったんだし、
プラスマイナスだとプラスだからいいんじゃない?」
「まあ確かにそうなんですけどね」
「で、大会は三日後らしいじゃない、それまでどうするの?」
「そうですね、適当に街をぶらついて、情報収集でもしてみますよ。
運よく死銃ってのに会えたら煽れるだけ煽ってやります」
「オーケー、それじゃあまた明日ね」
「はい、またです」
「はぁ……肉食獣の巣に飛び込むってこんな気分なのかな……」
八幡はそう呟きながら、詩乃の家のインターホンを押した。
「はぁ~い、どちら様?」
「俺だ」
「ちょっと待ってね、今開けるわ」
そして直ぐに扉が開き、中から詩乃が姿を現した。
詩乃はTシャツに短パンというラフな格好をしており、八幡は一応詩乃にこう言った。
「ちょ、ちょっと無防備すぎじゃないか?」
「最近暑くなってきたし、家じゃいつもこんな感じよ?
それにそもそも八幡以外の前でこんな格好する訳無いじゃない。
私に信用されてるんだからちょっとは有難く思いなさいよね」
「あ、有難うございます……」
「どういたしまして、さあ、上がって上がって」
「お、おう……お邪魔します」
そして扉が閉まった後、道路に一人の男が姿を現した。恭二である。
恭二は詩乃の家を突き止めた後、一日一度は何となく様子を見に来ていた。
このタイミングになったのはたまたまである。
「朝田さん、シャナさんの前じゃあんなに無防備なんだ……
でも朝田さんは僕の事が好きなんだから、いつかシャナさんにも死んでもらわないとかな」
恭二はシャナの事を尊敬しつつも、シャナを殺すと簡単に口にした。
シャナへの尊敬を永遠のものにする為にシャナを殺す、
恭二の中ではそう整合性がとれているのだ。
「もうすぐ僕と朝田さんは結ばれるから、そうすればきっと朝田さんも、
僕だけを愛してるって気付いてくれるよね。もしそこで気付いてくれなかったら、
その時はあの注射を打てば、僕は朝田さんにとって永遠の存在となる」
恭二は自分が詩乃を力ずくでモノにする場面を思い浮かべながら呟いた。
「それまでもう少しだけ待っててね、朝田さん」
そう言いながら恭二は尚も監視を続けた。その時は、刻一刻と近付いていた。