ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2017/10/29 修正


第003話 アスナとの出会いは、どこかまちがっている

 ぷぎー!という断末魔と共に、イノシシの巨体が、ガラスのように砕け散った。

どうやらブランクがあっても、まだハチマンの腕は錆びついてはいないようだ。

まあ、フレンジーボアと呼ばれるこのイノシシの扱いは、所謂スライムなので、

まだこの先どうなるかは、未知数なままである。

一息ついたハチマンが、何となくあたりを見回すと、大きな掛け声と共に、

少し離れたところにいる二人組の会話が聞こえてきた。

 

「うおっしゃあああ!やべー俺まじ最強じゃね?どうよキリト、俺かなりイケテると思わね?」

「初勝利おめでとう。でも、今のイノシシは、他のゲームだとスライム相当だけどな」

「えっ、マジかよ!おりゃてっきり中ボスかなんかだと」

「んなわけあるか」

 

(楽しそうだな~片方は戸部、片方は葉山っぽい気もするが。

ってかまた葉山かよ、実はこれって、ハヤマート・オンラインなの?)

 

 まあしかし戸部っぽいのはおそらくニュービーなのだと思い、

ハチマンは、微笑ましさも感じていた。

 

(俺にもああいう時期があったな、って、ぼっちの癖に上から目線とか百年早いので、

レベルが上がってから出直して来てくださいごめんなさい。

って、自分でごめんなさいしちゃうのかよ)

 

 脳内で、いろは風の小芝居をしつつ、ハチマンは、気を取り直して狩りを続行する事にした。

 

(《ファッドエッジ》の動きはできるかな)

 

 今の熟練度じゃ使えないはずの、横横横縦の四連撃。

結論を言えば、動きだけは再現出来た。威力はそこそこ。このままでは使えない。

 

(この威力の足りなさはどうしようもないな……

まあ、熟練度の上がり方は、普通よりは上な気がするし、もう少し続けてみよう。

つーかさっきから、あのキリトって奴に見られてるよな……)

 

 ぼっちの特性に、単純作業が苦にならないというのがある。やはり一人の方が楽だ。

そして、他人の視線に敏感なのがぼっちである。これくらいの視線を感知するのは容易い。

 

 ハチマンは、短剣での動きを一通り試した後、レベルもいくつか上がったのを見て、

今日のプレイは早めに切り上げて、街に引き返す事にした。

その去っていく背中を、キリトと呼ばれたプレイヤーは、まだじっと見つめていた。

 

(あれは俺の見立てだと、多少会話もスムーズにこなせる、わが道をいく系ぼっちだな)

 

 ハチマンは少し迷ったが、同じぼっちとして会釈くらいはしておこうと思ったのか、

キリトに会釈をすると、そのまま街へと向かった。

 

(さて、食事とかどういう味になってるのかな、昔は食材ごとの差があまり無かったからな……)

 

 何となく小腹はすいた気がしたハチマンはそう思い、屋台の方に目をやった。

すると前方で、一人のプレイヤーが、何かに困ったようにきょろきょろしてる姿が目に入った。

そのままなんとなく、そのプレイヤーを眺めていたハチマンだったが、

そのせいか、唐突にそのプレイヤーと、バッチリ目が合った。

 

(あ、やべ)

 

 そう思ったハチマンは、慌てて目を逸らしたが、時既に遅く、

そのプレイヤーは、こちらに近寄ると、ハチマンに話し掛けた。

 

「あ、あの……すみません」

 

 ハチマンは焦り、しばらく聞こえないフリをしていたが、

業を煮やしたそのプレイヤーに、目の前に回りこまれてしまった。

 

「あ、あの、すみません、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」

 

 ハチマンは、まあただの質問か何かだろうと、意を決して、そのプレイヤーに返事をした。

 

「あ、はい、何でしょう」

 

 クリスマスイベントで、多少鍛えられたのであろう。

ハチマンは、思ったよりも普通に返事を返す事ができた。この辺りに、成長の跡が見える。

よく観察してみると、そのプレイヤーは、多分ハチマンと同年齢くらいだろうか、

ちょっと幼い顔つきが、どこか戸塚を連想させた。

 

「えっと、あの、ログアウトしたいんですけど、その……やり方がわからなくて……」

 

(ニュービーにありがちな奴か~、めんどくさいが GMに連絡してくださいってのもな。

そもそも俺が、戸塚に雰囲気がよく似た人を見捨てるなぞ、世界が許しても、自分自身が許せん)

 

「あ、え~っと、まずメニューの出し方はわかります?で、この下の方にですね……」

 

 そう言って、自らのメニューを改めて見たハチマンは、愕然とした。

さっきは気づかなかったが、そこにはログアウトボタンが存在しなかった。

その焦りが、思わずハチマンの口をついて出た。

 

「あれ、見当たらない………」

「ですよね……」

 

(晶彦さんがこんなバグを?あの人に限ってありえない。

雪ノ下姉以上の魔王クラスの人材だぞ、あの人は)

 

 ハチマンは、原因を考えたが、何も思いつかない。なので、言葉に出してはこう答えた。

 

「リリース直後のゲームだと珍しいんですけど、不具合があるのかもですね。

多分もうすく運営からアナウンスがあるんじゃないですかね」

 

 相手が戸塚っぽいというのもあるのだろうが、

いつもよりスムーズに会話が出来ている自分に少し驚いたハチマンは、

こんなちょっとしたところでも自分の成長を感じて、少し嬉しくなった。

そしてハチマンは、彼には珍しく、少し調子に乗った。

 

「ここには来たばっかりですか?アナウンスが来るまでの短い間で良ければ、

装備選びとか手伝いますよ?後は簡単なレクチャーですかね。

それと、もし良かったらですけど、敬語で会話するのはやめませんか?

まあ男同士ですし、俺が敬語にちょっと慣れてないってのも、理由の一つなんですけどね」

 

 ハチマンは、何とか噛まずにそう言い切った。

内心で、愛する妹に、頑張ったぞと叫びながら、ハチマンは、返事を待ちつつ相手に目をやった。

そこには、きょとん、とした顔をした少年がいた。

少年は何か考えているようだったが、改めて自分の姿を見て、納得したようにこう答えた。

 

「うん、よろしくね!」

「お、おう、よろしくな」

 

 予想以上に戸塚っぽい承諾の言葉を聞いて、少し嬉しくなったハチマンは、

まず最初に装備選びを手伝い、ハラスメントコード、アンチクリミナルコードの順に説明をした。

装備選びの際に、おそろいのフーデッドケープを装備する事になったのは、

決してわざとではない。

これは野営の時とかに、色々便利な装備だから、一応必然と言える。

そしていざ二人は、パーティを組む事になった。

画面の左上に名前が表示されたところで、ハチマンは大切な事に気がついた。

 

(浮かれてリア充の真似事をしていたが、まだ自己紹介をしていなかったな。

お兄ちゃんは、やっぱりまだゴミいちゃんだったよ小町………)

 

 自分の迂闊さにショックを受けつつ、ハチマンは、気を取り直して少年に話しかけた。

 

「わ、わるい、まだ自己紹介してなかったみたいだ。その、すまんハチマンだ、アスナ」

「あ……こっちこそごめん、ユウキアスナだよ。よろしくね。でも、どうして私の名前を?」

 

 そのアスナの自己紹介を聞いた瞬間、ハチマンは慌ててアスナの口を塞いだ。

 

「ば、ばっかお前、こんなところでリアルネームを出すな!

何があるかわからないんだから、絶対にキャラネーム以外はもらすな!」

 

 それを聞いたアスナは、自分の失態に気が付き、慌ててハチマンに謝った。

 

「ご、ごめんなさいまだ慣れてなくて……うん、気をつけるね」

「あ、いや、その、乱暴な言い方して悪かった。

くそっ、お、俺は、比企谷八幡だ。これでお互いの秘密を知ったって事で、俺達の関係は対等だ。

これならまあ、今の台詞も何も問題はない」

 

 アスナはちょこんと首をかしげた後、ハチマンの優しさに気が付くと、

満面の笑みを浮かべながら言った。

 

「うん、改めてよろしくね、ハチマン!」

 

(何この子、戸塚並の天使なの?そして少しあざとかわいい……男なのに……)

 

 そんな感想を抱きながら、ハチマンは、先ほどのアスナの質問に答える事にした。

 

「あー、さっきの質問だがな、パーティを組むと、画面の左上に、

パーティメンバーの名前が全部表示されるんだよ。その、いきなり名前で呼んですまなかった」

「なるほど、そういう事か」

「ああ、それじゃ自己紹介もすんだところで、簡単に戦闘のレクチャーだけやっとこう」

「うん、お願い」

 

 そして狩場に移動した後、ハチマンは、基本から説明をはじめた。

 

「基本的に、ソードスキルは自動で発動する。まず初動のモーションを起こして、少しためて、

ソードスキルが発動したのを感じたら一気に放つ、こんな感じか」

 

 ハチマンはそう言って、いくつかの短剣ソードスキルを実演して見せた。

アスナはどうやら覚えはいいらしく、先ず初動の構えをさせた後に、

ハチマンが、手足の位置を触って調整したら、

すぐに細剣スキル、《リニアー》を放てるようになった。

だがハチマンは、そのレクチャーの最中に、別の事を考えていた。

 

(なんだこれ……本当に中身は戸塚じゃないよな?なんでこんなに柔らかいんだ……

俺はもしかして、こっちでも新しい世界に踏み込んじゃうの?それともやっぱり戸塚なの?)

 

 ハチマンは、自分の心臓が、バクバクしている事を自覚していた、

だが本当に驚かされたのはその後の出来事にであった。

 

「先生!大分慣れてきたしそろそろ本気でいきます!」

「え?本気?一体何の……」

 

 最後まで言い終わらないうちに、目の前に閃光が走った。

ハチマンの全力には及ばないながらも、それは目で追うのがやっとなくらいの……

そう、まさしく閃光が走ったと表現するしかない、一瞬の出来事だった。

 

「こんな感じ?」

 

 少しドヤ顔なアスナを見て、ハチマンは、不覚にもこう思った。

 

(守りたい、この笑顔……なんだこれ、こいつ天才なのか?戸塚で天才なの?)

 

「なぁ、お前それ……っ、何だ!?」

 

 そう思った後、アスナに質問しようとした瞬間、

どこからか、剣呑な視線を感じ、ハチマンは反射的に武器を構えた。

 

(なんだこれ………上か?誰かがどこかから、俺達を見ているのか………?)

 

 その瞬間リンゴーン、リンゴーンという鐘の音が響き渡り、

二人は光に包まれ、広場に飛ばされていた。

プレイヤー全員がここにいるんじゃないかというくらいのすごい人数が、

その広場には集められていた。

 

 

 

 そしてこの世界は、この瞬間から生まれ変わった。


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