ぷぎー!という断末魔と共に、イノシシの巨体が、ガラスのように砕け散った。
どうやらブランクがあっても、まだハチマンの腕は錆びついてはいないようだ。
まあ、フレンジーボアと呼ばれるこのイノシシの扱いは、所謂スライムなので、
まだこの先どうなるかは、未知数なままである。
一息ついたハチマンが、何となくあたりを見回すと、大きな掛け声と共に、
少し離れたところにいる二人組の会話が聞こえてきた。
「うおっしゃあああ!やべー俺まじ最強じゃね?どうよキリト、俺かなりイケテると思わね?」
「初勝利おめでとう。でも、今のイノシシは、他のゲームだとスライム相当だけどな」
「えっ、マジかよ!おりゃてっきり中ボスかなんかだと」
「んなわけあるか」
(楽しそうだな~片方は戸部、片方は葉山っぽい気もするが。
ってかまた葉山かよ、実はこれって、ハヤマート・オンラインなの?)
まあしかし戸部っぽいのはおそらくニュービーなのだと思い、
ハチマンは、微笑ましさも感じていた。
(俺にもああいう時期があったな、って、ぼっちの癖に上から目線とか百年早いので、
レベルが上がってから出直して来てくださいごめんなさい。
って、自分でごめんなさいしちゃうのかよ)
脳内で、いろは風の小芝居をしつつ、ハチマンは、気を取り直して狩りを続行する事にした。
(《ファッドエッジ》の動きはできるかな)
今の熟練度じゃ使えないはずの、横横横縦の四連撃。
結論を言えば、動きだけは再現出来た。威力はそこそこ。このままでは使えない。
(この威力の足りなさはどうしようもないな……
まあ、熟練度の上がり方は、普通よりは上な気がするし、もう少し続けてみよう。
つーかさっきから、あのキリトって奴に見られてるよな……)
ぼっちの特性に、単純作業が苦にならないというのがある。やはり一人の方が楽だ。
そして、他人の視線に敏感なのがぼっちである。これくらいの視線を感知するのは容易い。
ハチマンは、短剣での動きを一通り試した後、レベルもいくつか上がったのを見て、
今日のプレイは早めに切り上げて、街に引き返す事にした。
その去っていく背中を、キリトと呼ばれたプレイヤーは、まだじっと見つめていた。
(あれは俺の見立てだと、多少会話もスムーズにこなせる、わが道をいく系ぼっちだな)
ハチマンは少し迷ったが、同じぼっちとして会釈くらいはしておこうと思ったのか、
キリトに会釈をすると、そのまま街へと向かった。
(さて、食事とかどういう味になってるのかな、昔は食材ごとの差があまり無かったからな……)
何となく小腹はすいた気がしたハチマンはそう思い、屋台の方に目をやった。
すると前方で、一人のプレイヤーが、何かに困ったようにきょろきょろしてる姿が目に入った。
そのままなんとなく、そのプレイヤーを眺めていたハチマンだったが、
そのせいか、唐突にそのプレイヤーと、バッチリ目が合った。
(あ、やべ)
そう思ったハチマンは、慌てて目を逸らしたが、時既に遅く、
そのプレイヤーは、こちらに近寄ると、ハチマンに話し掛けた。
「あ、あの……すみません」
ハチマンは焦り、しばらく聞こえないフリをしていたが、
業を煮やしたそのプレイヤーに、目の前に回りこまれてしまった。
「あ、あの、すみません、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」
ハチマンは、まあただの質問か何かだろうと、意を決して、そのプレイヤーに返事をした。
「あ、はい、何でしょう」
クリスマスイベントで、多少鍛えられたのであろう。
ハチマンは、思ったよりも普通に返事を返す事ができた。この辺りに、成長の跡が見える。
よく観察してみると、そのプレイヤーは、多分ハチマンと同年齢くらいだろうか、
ちょっと幼い顔つきが、どこか戸塚を連想させた。
「えっと、あの、ログアウトしたいんですけど、その……やり方がわからなくて……」
(ニュービーにありがちな奴か~、めんどくさいが GMに連絡してくださいってのもな。
そもそも俺が、戸塚に雰囲気がよく似た人を見捨てるなぞ、世界が許しても、自分自身が許せん)
「あ、え~っと、まずメニューの出し方はわかります?で、この下の方にですね……」
そう言って、自らのメニューを改めて見たハチマンは、愕然とした。
さっきは気づかなかったが、そこにはログアウトボタンが存在しなかった。
その焦りが、思わずハチマンの口をついて出た。
「あれ、見当たらない………」
「ですよね……」
(晶彦さんがこんなバグを?あの人に限ってありえない。
雪ノ下姉以上の魔王クラスの人材だぞ、あの人は)
ハチマンは、原因を考えたが、何も思いつかない。なので、言葉に出してはこう答えた。
「リリース直後のゲームだと珍しいんですけど、不具合があるのかもですね。
多分もうすく運営からアナウンスがあるんじゃないですかね」
相手が戸塚っぽいというのもあるのだろうが、
いつもよりスムーズに会話が出来ている自分に少し驚いたハチマンは、
こんなちょっとしたところでも自分の成長を感じて、少し嬉しくなった。
そしてハチマンは、彼には珍しく、少し調子に乗った。
「ここには来たばっかりですか?アナウンスが来るまでの短い間で良ければ、
装備選びとか手伝いますよ?後は簡単なレクチャーですかね。
それと、もし良かったらですけど、敬語で会話するのはやめませんか?
まあ男同士ですし、俺が敬語にちょっと慣れてないってのも、理由の一つなんですけどね」
ハチマンは、何とか噛まずにそう言い切った。
内心で、愛する妹に、頑張ったぞと叫びながら、ハチマンは、返事を待ちつつ相手に目をやった。
そこには、きょとん、とした顔をした少年がいた。
少年は何か考えているようだったが、改めて自分の姿を見て、納得したようにこう答えた。
「うん、よろしくね!」
「お、おう、よろしくな」
予想以上に戸塚っぽい承諾の言葉を聞いて、少し嬉しくなったハチマンは、
まず最初に装備選びを手伝い、ハラスメントコード、アンチクリミナルコードの順に説明をした。
装備選びの際に、おそろいのフーデッドケープを装備する事になったのは、
決してわざとではない。
これは野営の時とかに、色々便利な装備だから、一応必然と言える。
そしていざ二人は、パーティを組む事になった。
画面の左上に名前が表示されたところで、ハチマンは大切な事に気がついた。
(浮かれてリア充の真似事をしていたが、まだ自己紹介をしていなかったな。
お兄ちゃんは、やっぱりまだゴミいちゃんだったよ小町………)
自分の迂闊さにショックを受けつつ、ハチマンは、気を取り直して少年に話しかけた。
「わ、わるい、まだ自己紹介してなかったみたいだ。その、すまんハチマンだ、アスナ」
「あ……こっちこそごめん、ユウキアスナだよ。よろしくね。でも、どうして私の名前を?」
そのアスナの自己紹介を聞いた瞬間、ハチマンは慌ててアスナの口を塞いだ。
「ば、ばっかお前、こんなところでリアルネームを出すな!
何があるかわからないんだから、絶対にキャラネーム以外はもらすな!」
それを聞いたアスナは、自分の失態に気が付き、慌ててハチマンに謝った。
「ご、ごめんなさいまだ慣れてなくて……うん、気をつけるね」
「あ、いや、その、乱暴な言い方して悪かった。
くそっ、お、俺は、比企谷八幡だ。これでお互いの秘密を知ったって事で、俺達の関係は対等だ。
これならまあ、今の台詞も何も問題はない」
アスナはちょこんと首をかしげた後、ハチマンの優しさに気が付くと、
満面の笑みを浮かべながら言った。
「うん、改めてよろしくね、ハチマン!」
(何この子、戸塚並の天使なの?そして少しあざとかわいい……男なのに……)
そんな感想を抱きながら、ハチマンは、先ほどのアスナの質問に答える事にした。
「あー、さっきの質問だがな、パーティを組むと、画面の左上に、
パーティメンバーの名前が全部表示されるんだよ。その、いきなり名前で呼んですまなかった」
「なるほど、そういう事か」
「ああ、それじゃ自己紹介もすんだところで、簡単に戦闘のレクチャーだけやっとこう」
「うん、お願い」
そして狩場に移動した後、ハチマンは、基本から説明をはじめた。
「基本的に、ソードスキルは自動で発動する。まず初動のモーションを起こして、少しためて、
ソードスキルが発動したのを感じたら一気に放つ、こんな感じか」
ハチマンはそう言って、いくつかの短剣ソードスキルを実演して見せた。
アスナはどうやら覚えはいいらしく、先ず初動の構えをさせた後に、
ハチマンが、手足の位置を触って調整したら、
すぐに細剣スキル、《リニアー》を放てるようになった。
だがハチマンは、そのレクチャーの最中に、別の事を考えていた。
(なんだこれ……本当に中身は戸塚じゃないよな?なんでこんなに柔らかいんだ……
俺はもしかして、こっちでも新しい世界に踏み込んじゃうの?それともやっぱり戸塚なの?)
ハチマンは、自分の心臓が、バクバクしている事を自覚していた、
だが本当に驚かされたのはその後の出来事にであった。
「先生!大分慣れてきたしそろそろ本気でいきます!」
「え?本気?一体何の……」
最後まで言い終わらないうちに、目の前に閃光が走った。
ハチマンの全力には及ばないながらも、それは目で追うのがやっとなくらいの……
そう、まさしく閃光が走ったと表現するしかない、一瞬の出来事だった。
「こんな感じ?」
少しドヤ顔なアスナを見て、ハチマンは、不覚にもこう思った。
(守りたい、この笑顔……なんだこれ、こいつ天才なのか?戸塚で天才なの?)
「なぁ、お前それ……っ、何だ!?」
そう思った後、アスナに質問しようとした瞬間、
どこからか、剣呑な視線を感じ、ハチマンは反射的に武器を構えた。
(なんだこれ………上か?誰かがどこかから、俺達を見ているのか………?)
その瞬間リンゴーン、リンゴーンという鐘の音が響き渡り、
二人は光に包まれ、広場に飛ばされていた。
プレイヤー全員がここにいるんじゃないかというくらいのすごい人数が、
その広場には集められていた。
そしてこの世界は、この瞬間から生まれ変わった。