(あのハチマンが別人なのは間違いないんだけどな、
後はあのキャラが本物かどうかなんだよな……)
キリトはそんな事を考えながら、記念すべきBoBの初戦を迎えようとしていた。
(聞こえた話だと、あのハチマンがシャナの関係者なのは間違いないみたいだけど、
問題はハチマンとシャナが知り合いかどうかなんだよな……
知り合いの中だと、戸部が一番性格が近い気がするが……)
『やっと気付いたっしょ、やっぱりキリト君はキリトさんだわぁ』
キリトはシャナがそんな喋り方をしている姿を想像し、かぶりを振った。
(いやいや、さすがに無いな……)
この時点でキリトは正直な所、
あのハチマンはALOのハチマンのコンバートした姿だとは思っていなかった。
(もしハチマンが俺が黙ってコンバートした事に気付いて同じようにコンバートしたのなら、
絶対に俺に接触してきてると思うんだよな……)
さすがのキリトも、ハチマンが既にGGOを新キャラで遊んでいた等という事は、
まったく想像もしていなかったようだ。
そしてキリトは考え続けながら、無意識のうちに敵の気配を探った。
もう予選一回戦はとっくに開始されているのだ。
(敵はあそこか、まだ遠いな……はぁ、もしわざと接触してきてないとしても、
ハチマンの事だ、絶対に俺の事を観察していると思うんだよな……
多分抜け駆けした事を怒る為に……)
キリトはそう考え、ぶるっと震えた。
その瞬間にキリトは、無意識に顔に照射された赤い線に剣を振るっていた。
その瞬間に何かが目の前で両断された気がしたが、キリトはそれにはあまり頓着せず、
いつもの通りに『ヴォーパルストライク』を敵に対して繰り出した。
「う、嘘だろ……」
そんな声が聞こえ、キリトはそのまま次の敵の気配を探り始めた。
その瞬間にキリトは元いた場所へと転送された。
「あ、あれ?俺今何してたんだっけ……」
キリトはきょとんとした顔でそう言った。
どうやらALOで複数の敵を相手にしている時のような対応を、無意識にとっていたらしい。
そんなキリトはいきなりその場にいた者達に囲まれた。
「ちょ、ちょっとあんた、今のは何?」
「え?あれ?俺は確か、これから予選の初戦を戦うんじゃなかったか?」
「何言ってるんだよ、そんなのたった今終わったじゃねえか!」
「……あれ?」
そう言われてキリトは、さっき誰かと戦った事を思い出した。
キリトは自分がハチマンの事を考えながら、無意識に戦っていたという事に気が付き、
死ななくて良かったと内心冷や汗をたらしながら言った。
「悪い……考え事をしてたから、正直まったく覚えてない……」
「じゃ、じゃあさっきのは全部無意識かよ!」
「お、おう、何をやったかは覚えてないが、その通りだな」
それを聞いた周りの者達は、シンと静まり返った。
「え、何だよこの静寂……」
「当たり前よ、あんたは敵の放った銃弾を全てその剣で斬ったのよ!」
「俺が弾を斬った?いやいや、まさかそんな…………あ」
キリトはそう言われ、赤い線のような物を斬った事を思い出した。
今思えばあれは、バレットラインだったかもしれない。
という事はつまりそういう事なのだろう。
「あ~……確かに斬ったかも」
「その後に敵を強力な突きで一撃で倒した事は?」
「あ~、それは何となく覚えているかも」
「かもばっかりね……」
「仕方ないだろ、考え事をしてたんだよ!」
「普通の奴がそんな事をしたら、一瞬で倒されているはずなんだがな……」
その時周りにいた者達の脳裏には、『戦闘民族』の四文字が浮かんでいた。
この時点で周りの者のキリトの評価は、ただの見た目がかわいい初心者から、
マークすべき強敵にランクアップされた。
「そ、それよりもその剣よ!ねぇキリト君、それ、どこで手に入れたの?」
「おいピトフーイ、その剣の事を知ってるのか?」
「ここにはまあ身内的な人しかいないからいいと思うけど、
それって多分、シャナが持ってた輝光剣、カゲミツG4なんじゃない?
本来の色は紫がかった白だったはずだけどね」
「え?確かにこの剣の名前は、カゲミツG4、エリュシデータって名前だけど……」
それを聞いたキリトは驚きながらそう言い、周りの者達は絶叫した。
「またシャナか!」
「シャナ様……」
「おいおいシャナの奴何やってんだ?」
「そもそもシャナはどこに行ったの?」
どうやら今回のBoBの裏では、シャナが暗躍しているらしいと気付いた一同は、
もし決勝に進めた場合、全員でシャナをフルボッコにする事を暗黙のうちに了解した。
事情をある程度知っていたシノンと銃士Xは知らんぷりをしていたが、
キリトは慌てた様子でシノンに詰め寄った。
「おいシノン、これがシャナの剣だってまじかよ……」
「ええ、正直店でそれを見た時は私もびっくりしたわ、
まさかシャナがあなたにそれを渡すなんて思ってもいなかったから」
「くそ……これ、気に入ってたんだけどな……」
「多分刀身の色と名前もシャナが変えさせ…………あっ、やばっ」
シノンはそう言いかけ、慌てて自分の口を抑えた。
「シャナが変えさせた……?おい、それってまさか……」
その瞬間にシノンは咄嗟にこう叫んだ。
「ピト、イクス、闇風さん、たらこさん、非常事態よ!緊急避難!」
「よく分からないけどレッツゴー!」
「了解」
「たらこ、キリトの左手を頼む!」
「おう、お前は右手な!」
シノンの様子を見て何となく状況を察した四人は、
そのシノンの指示通りにキリトを掴まえ、六人はそのまま個室へと駆け込んだ。
残された者達は、その様子を見てポカンとしたが、
偶然にもそれぞれの出場時間が迫っていた為、その件は放置された。
「な、何だよいきなり!」
キリトは個室に入るなり、シノンに抗議した。
「どうやら気付いてしまったみたいだったから、緊急避難よ」
「気付いたって……え、じゃあまじでそうなのか?」
「とりあえず乗ってみたけど、状況がいまいち分からないんだけど」
「でもまあこのメンバーを選んだ時点で何となく想像出来るんじゃないか?」
ピトフーイのその言葉に、闇風はそう答えた。
「まあ闇風さんの言う通り、ここにはぶっちゃけトークを出来る人間だけを集めたわ」
「ぶっちゃけ?ああ、そういう事か!」
そう言われてもサッパリ意味が分からない者がいた、キリトである。
「えっと、つまりどういう事だ?」
「これは自己紹介が必要ね」
そして五人は順番に自己紹介を始めた。
「闇風だ、現在ソレイユでバイト中!八幡とはよく一緒に飲みにいく仲だぜ!」
「え、まじかよ!あいついつの間に飲み友達なんか作ってたんだよ!俺は誘われてないぞ!」
最後の一言が、キリトの心情を端的に現していた。
「薄塩たらこ、現在ソレイユでバイト中、同じく八幡の飲み仲間だ」
「……もしかしてSAOにいた北海いくらってプレイヤーを知ってるか?」
「あ~……多分遠縁だ、噂で聞いただけだけどな」
「まじか……世間は狭いな……っていうかまた飲み友達かよ!俺は誘われてないぞ!」
キリトは再び同じ事を言った、よっぽど寂しかったのであろう。
「銃士Xです、八幡様の専属秘書になる事が確定しております、
ちなみにまだ学生で、ユキノとは同窓生です」
「えっ、まじかよ、頭いいんだな……」
「ぽっ」
銃士Xは口に出してそう言い、頬に両手を当てた。
「えっと……恥ずかしがってる表現?」
「もじもじ」
再びそう声に出して言う銃士Xを見て、キリトは感心したように言った。
「うわ、いかにもハチマンが気に入りそうなキャラだな……」
「え、まじですか!?やった、マックス大勝利!」
その銃士Xの豹変ぶりに、キリトは目を丸くした。
残りの者達は、銃士Xがたまにこうなる事を知っていた為、
またかという顔をしただけだった。
「私はシノンよ、八幡と私の関係は、えっと、えっと……」
「ああ、もういい、八幡ネタでそういう態度をとる奴は、今まで沢山見てきたから……」
シノンがそう言ってもじもじし、顔を赤くした為、
キリトは色々と察したのか、そう言った。
「私はピトフーイ、そしてその正体は!か……」
「停止、推奨」
「ちょ、ちょっと!」
いきなりカミングアウトしようとしたピトフーイを、銃士Xとシノンが慌てて止めた。
だがピトフーイは二人を振り払うと、問題ないというように頷いた。
「大丈夫大丈夫、黒の剣士様に嘘は付けないもの」
「あ、ピトは気付いてたんだ」
「ううん、同じ名前だなとは思ってたけど、シャナがここまで肩入れしてるんだから、
これは本物に間違い無いってさっき確信したのよ」
「それならまあいいのかな」
「了承、どうぞ」
そしてピトフーイは、突然ALOのCMに使われている曲を歌い始めた。
「お~」
「これが生で聞けるとは……」
「さすがよね……」
「同意、神歌姫」
キリトはその歌を聞いて呆然としていたが、かつて八幡から、
神崎エルザと知り合いだと聞き、サインを手に入れてもらった事を思い出した。
「私がピトフーイこと、神崎エルザよ」
「ずっと前からファンでした、握手して下さい!」
キリトは神の速度でそう言い、手を差し出した。
「そうだったんだ、ありがとう、私もずっと前からあなたのファンでした、黒の剣士さん」
そこには変態のピトフーイではなく、綺麗なピトフーイがいた。
「お、俺の事を知ってるのか?」
「うん、SAOがクリアされた直後から情報を集めまくってたからね。
そしてシャナとの出会いによって、私はあなた達の真実を知ったわ」
「あ、じゃあやっぱり……」
そして五人を代表して、ピトフーイは言った。
「うん、シャナの正体は、キリト君の親友の八幡だよ」
「やっぱりかあああああああああ!」
キリトはその告白を受け、そう絶叫した後、その場に蹲って頭を抱えた。
「やばいやばいやばい……八幡の事を散々変態扱いしちまった……
今後事あるごとに、そのネタでいじられる……うぅ……」
「そもそもあんな存在が八幡の他にいる訳が無いじゃない」
「そうだよ、あんなに強くてモテるなんて、八幡かキリト君くらいのものだと思うよ」
「だってあいつ、いきなり俺をナンパしようとしたんだよ!」
「え、何それ?」
「ああ、それはね……」
そしてシノンが、その時の話をシャナからの指示も踏まえて説明した。
それを聞いた四人は大爆笑した。
「何だよそれ!」
「な、何でナンパ……」
「そ、その資金の提供の仕方は斬新すぎんぞ……」
「シャナ様、かわいい……」
キリトはその四人の反応を見て、必死に自分の正当性を主張した。
「だろ?それで八幡だって気付けなんて無理だってばよ!」
「うんうん」
「まあ無理だね……」
「普通想像がつかないよな」
「どんまいだぜ」
「禿同」
そして六人は、今の状況について話を始めた。
「でもよ、シャナは一体何がしたいんだ?」
「そもそもキリト君は何でGGOに来たの?」
「あ、いや……それは守秘義務があってだな」
「って事は依頼人がいるんだ」
「最近あった事……まさか例の回線落ち事件?」
「死銃だっけか?」
「最近目立った出来事ってそれくらいだよな」
さすがはトッププレイヤーなだけの事はあり、その辺りには敏感のようだ。
そして一言も発しないシノンと銃士Xに、何となく視線が集まった。
「なぁ、二人はさ……」
「もしかして……」
「何か知ってる?」
「ごめん、言えないの」
「言わないように命令されてるの」
「その答えで十分だよ」
キリトが代表してそう言った。
「そうか、ハチマンも俺と同じ立場なのか」
「う~ん、多分違うんじゃないかな……」
「シャナが出張ってきたって事はあれだろ?ラフィンコフィンとかいう奴ら絡みだろ?」
「…………今何て言った?」
キリトが突然そう言い、闇風に詰め寄った。
「いきなり何だよ、ラフィンコフィン、あんたらの宿敵だろ?」
「確かにあいつらは俺達の敵だ、でもその名前がここで出る意味が分からない」
「…………シャナはその為にキリト君にも内緒でGGOを始めたのよ」
そしてピトフーイが、仕方ないといった顔でキリトにそう言った。
「本当か?どういう事だ?」
「ロザリアちゃんから情報提供があったらしいわよ、GGOにラフコフの残党がいるって」
「そうなのか!?」
「そもそもシャナがロザリアちゃんを身内にしたのは、
最初はラフコフの情報が欲しかったからだって聞いた事があるわ」
「そういう事か……あいつはまだ一人で戦っていたのか……」
そしてキリトは顔を上げ、拳を上に突き上げながら言った。
「よくも内緒にしてやがったな、絶対にあいつをぶん殴って、そして俺も一緒に戦う!」
「シャナはそれが嫌で内緒にしてたんだと思うけどね」
「それが許せん、俺達は親友だ、一心同体だ、生きる時も死ぬ時もずっと一緒だ」
そのキリトの言葉に感じる物があったのか、五人もそれに同意し、口々に言った。
「死銃事件とラフィンコフィンがどう関係するのかは分からないが、
もちろん俺達も協力するぜ!」
「シャナ軍団の力を示すいい機会ね」
「まあでも、とりあえずこそこそしてやがるシャナを懲らしめないとな!」
「私は始めからシャナを倒してナンバーワンになる気満々だけどね」
「私も今回ばかりはシャナ様を倒す事を優先する」
そしてキリトが、力強くこう宣言した。
「よし、絶対にシャナと、正体不明なハチマンを倒そうぜ!とりあえず話はそれからだ!」
「「「「「おう!」」」」」
こうしてシャナとアチマンは、身内全員から狙われる事になった。
ちなみにキリトが宣言した瞬間、シャナは寒気を感じ、ぶるっと震えた。
「シャナ、どうしたの?」
「いや、何か寒気が……」
「……もしかして他の人に今回の企みがバレたんじゃない?」
「まあ俺が裏で動いている事は確実にバレてるよな……」
「どうする?」
「軌道修正の必要があるな、とりあえず落ちて交代するか」
「そうね、撹乱する為にもそれがいいと思うわ」
「よし、ログアウトするか、マッハで交代だ」
そして二人はログアウトし、直ぐにまたその場に現れた。
「武器はどうするか……アイ、お前M82は扱えるか?」
「う~ん……正直自信が無いわね」
「まあいいか、アイ、次は銃だけで戦うんだぞ」
「シャイ」
突然アイがおかしな事を言い出し、ハチマンはきょとんとした。
「……何だって?」
「アイとハチマンでアチマン、シャナとアイでシャイ、ついでにはいとシャイをかけたのよ」
「…………お、おう、お前そういうセンスは無いのな」
「…………この体にセクハラするわよ」
「すまん、俺が悪かった!それだけはやめてくれ!」
こうしてシャナとハチマンはその中身を入れ替えた。
第三回BoBは、益々その混乱の度合いを深めていく事となる。