これからも宜しくお願いします!
「さて、特に意味の無い試合だけど、どうする?」
「俺としては手の内を晒すも何もないから、どうしようが一向に構わないぜ」
「それじゃあ適当にやりあってみる?」
「そうだな、早く休憩したいし、駆け引き無しでさくさくいこうぜ」
「分かったわ、それじゃあ始めましょう」
「了解」
二人はそう話し合いで決め、決勝の舞台へと降り立った。
「手の内はあまり見せたくないわね、初弾をかわされたら降参しようかしら」
シノンは確かに優勝を目指していたが、
シャナと出会う前の、張り詰めた糸のような彼女はもういない。
全ての戦いに何がなんでも勝つというような、そんな頑なさは既に無く、
代わりに目的の為に、抜くべき所は抜き、頑張る所は頑張る、
そんなしたたかさをシノンは身に付けていた。
一方キリトは、この戦いによってスナイパーという物を見極めたいと思っていた。
「シャナもスナイパーだっていうし、始めての対スナイパー戦だ、
色々とどういう感じか学んでおかないとな」
そんな二人の思いが交錯したのか、キリトは荒野に一人立ち、
シノンはそれを高所から狙うという、狙撃のテンプレのような状況が出来上がった。
(そうくるんだ……あえて攻撃をくらう事を厭わず、
高所からの狙撃を一度見てみたいって感じなのかしら)
シノンはそう考え、ここでそのまま狙撃してしまってもいいものか少し迷った。
シノンはここでヘカートIIの弾の軌道をキリトに見せる事はまずいような気がしていた。
確かに今のキリトは棒立ちだ。昔のシノンなら、それに怒りを覚え、
例え消化試合でも真面目にやれと、キリトの下まで走ったかもしれない。
だが今のシノンは、シャナの戦う姿を何度も目にし、
色々な事を体験しておく事が、最終的に自分にどれだけメリットがあるのかを理解していた。
つまりキリトも、そういった体験を望んで、今あの場にああしているのだろうと思われた。
(参ったわね、仕方ない、ここはいっそ……)
そしてシノンはヘカートIIを肩に担ぎ、グロックを取り出した。
通常はカゲミツX3に習い、グロックX3と呼ばれるその銃を、
シャナはちびのシノン、チビノンと呼んでいた。
シノンもいつしかそれに慣らされ、自身のグロックを、チビノンと呼ぶようになっていた。
「行くよ、チビノン」
シノンはチビノンにそう声を掛けると、荒野へとゆっくり歩いていった。
「ハイ、キリト君」
「お?狙撃はしないのか?」
キリトは少し残念そうな口調でシノンに言った。
「ええ、ちょっと思うところがあってね」
「ふ~ん」
シノンはキリトが銃を使う事は無いだろうと考えていた。
その考え通り、キリトは黙ってエリュシデータを抜いた。
「黒い刃って見にくそうよね」
「だな、まあこの剣の元になった剣と同じ色にしただけなんだろうけどな」
「へぇ、そうなんだ」
「さあ、いつでも撃ってきていいぜ」
「凄い自信ね」
「まあ練習だ、練習、もし当てられたらこの場では俺の負けってだけだ」
「この場では、ね」
シノンはそう言うと、腰だめにヘカートIIを構えた。
当然バレットラインは、ハッキリとキリトの目に見えている。
「銃の口径によって、特に太さが変わる訳じゃないんだな」
「そうみたいね」
そう言った瞬間に、シノンはいきなりキリトに向けて銃弾を放った。
だがキリトはまったく油断をしていなかったのか、その弾をあっさりと両断した。
「うおおおおおおお!」
次の瞬間、シノンはキリトまであと数歩の距離へと近付いていた。
シノンは銃を撃った後、即座にヘカートIIを放り出し、キリト目掛けて走っていたのだ。
そのシノンはどうやら丸腰に見え、キリトはどうするつもりなんだろうかと考えつつも、
迎撃する構えをとった。だがその時、シノンは腰の後ろに手を回し、
隠すように装着していたホルスターからチビノンを取り出した。
「!?」
「くらいなさい!」
そしてシノンは近距離から、銃弾を全て撃ちつくすつもりで銃を乱射した。
その狙いはでたらめであり、キリトはあちこちに放たれるバレットラインへの対応に追われ、
一瞬シノンから目を離した。そして最後にキリトの額にバレットラインが伸びてきた。
キリトは思わずそのラインに反応したが、いつまでも弾は飛んでこない。
そして気が付くと、シノンの姿が消えていた。
「下か!」
シノンはスライディングの要領で滑り込み、
エリュシデータで斬られない程度の絶妙な距離を空けてキリトの胸に銃を突きつけた。
その瞬間にキリトはエリュシデータをチビノンの銃口と自分の体の間に差し込んだ。
だがいつまで経っても弾は発射されず、シノンはニヤリとしたまま立ち上がると、
キリトに向かってこう言った。
「参ったわ、降参よ」
「……いいのか?」
「ええ、弾切れじゃ仕方ないでしょ?」
「あ、ああ、それはそうなんだが……」
(お前、まだ何か隠してるんじゃないのか?その顔はどう見ても……)
負けた奴の顔じゃない、キリトはシノンの顔を見ながらそう言おうとしたが、
シノンがあっさりリザイン~降参の操作をした為、何も言う事が出来なかった。
あの時もしシノンが、もう少し前へと滑りこみ、
同時にチビノンの刃を出していたらどうなっていただろうか。
さすがのキリトもその刃を点で受ける事は出来ず、
チビノンの刃はエリュシデータの刃を滑るように進み、
その刃はキリトの胴を貫いていたかもしれない。
あるいは先にキリトがシノンの腕を両断していたかもしれない。
全て仮定の話であり、実際どうなったかは分からない、
だがシノンは確かに手応えを感じたようで、満足そうな顔でリザインした。
「シノンの奴、成長したな」
二人の戦いを観戦していたシャナは、満足そうな顔でそう言った。
もちろんシノンがチビノンの刃を出さなかった理由も、何となく察していた。
「決勝では油断するなよキリト、気を抜いたらシノンにやられちまうかもしれないぞ」
シャナはそう呟き、もう一つのモニターを見た。
そこでは闇風とギャレットが、激しい戦いを繰り広げていた。
「おいこら闇風、ちょっと戦争に勝ったからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「またそんな昔の事を……」
「昔だと!?俺は現在進行形で、G女連のお姉さん方にシカトされてるんだよ!」
「そりゃお前、自業自得だろ……」
「うるせえ!あの時はシャナに敵対するのがモテる道だと思ったんだよ!」
「シャナに敵対する俺カッコイイ!ってか?」
「ああそうだよ、悪いか!」
ギャレットは闇風が何を言っても聞く耳を持たなかった。
闇風はギャレットの攻撃を華麗に回避しながら、
それでもあまり攻撃せず、ギャレットのたわ言に付き合っていた。
一応古参仲間ではある事だし、聞くだけは聞いてやろう、
そして優越感に浸ってやろう、闇風はそんな事を考えながら、
銃弾ではなく言葉の刃をギャレットに放っていた。
「そういえばこの前よぉ」
「何だよいきなり!」
「街でミサキさんに会ったんだが、俺なんかの話に嫌な顔一つせず、
結構長い時間付きあってくれてよぉ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
「ああいうのを女神様って言うんだろうな」
「てめええええええ、絶対に殺す!」
ギャレットは激高し、闇風に激しい銃撃を浴びせてきた。だが闇風には当たらない。
闇風とギャレットの実力は、かつては拮抗していたのだが、
シャナとずっと共に行動してきた闇風は、イベントで大量の経験値を稼ぎ、
イコマに装備を強化してもらい、ギャレットよりも遥かに成長していたのだった。
「それでその後よぉ……」
「うぜえな、黙れよ!」
「ロザリアちゃんとイクス……銃士Xちゃんがいたから、
たまには俺がおごるよなんつって、三人でお茶したんだけどよ……あれは楽しかったな」
「何だよそれ、自慢かよ!」
「ああ、自慢だ。でもそれで思い出しちまったんだよなぁ……」
「何をだよ!」
そして闇風は、突然ギャレットに向け突進し、いつの間にか持っていた短剣で、
ギャレットの両目を横なぎに斬り裂いた。
「ぐおっ……」
そして闇風は、一時的に視界をロストしたギャレットの足の腱を切り、
ギャレットを足で踏みつけながら言った。
「お前ら、ロザリアちゃんにこういう事をしたよな?
ロザリアちゃんにきちんと謝ったのか?ああ?」
「そ、それは……」
ギャレットはそう口ごもった。もちろん謝ってなどいないからだ。
「俺はお前らの事をな、俺と同じように女にモテないってよく愚痴は言ってるけど、
本当は気のいい奴らだと思ってたんだよ、それが何だあれは、
お前らは最低だ、最悪だ、G女連のお姉さん達にシカトされても仕方ないだろ!」
「お、俺がやった訳じゃねえ……」
「馬鹿かお前は、その後お前らは、おろおろするばかりで誰も謝罪に行かなかった。
もしちゃんとそこで謝って自分達の非を認めてれば、多少は違ったんだよ!
だがお前らは、犯人が分からないと言うばかりで、自分達は決して謝ろうとしなかった、
だからお前らは駄目なんだよ、とりあえずここで謝りやがれ!」
「こ、ここで?」
「ああ、ここでだ」
ギャレットはそう言われ、しばらく黙っていたが、
そのままずるずると体制を建て直し、おそらく自分を映しているだろうカメラに向かい、
ペコリと頭を下げながら言った。
「ロザリアちゃん、本当にすまなかった。俺達が悪かった!」
その姿を街のモニターで見ていた観客達は、大歓声を上げた。
おそらく今でももやもやした怒りを同じように抱えていたのだろう。
そして同じようにモニターを見ていた平家軍の残党達も、口々に空に向かって叫んだ。
「ごめんよ、俺達が悪かったよ!」
「許してくれとは言えないが、とにかく本当にすまなかった!」
この集団謝罪は、シャナモニターとは別に、
公式中継で中の様子を見ていた薔薇に確かに届いた。
「もう、闇風さんったら、別にいいのに……」
(今度ご飯くらい付きあってあげようかしら)
だがこの件には続きがあった。いきなり闇風がキレたのだ。
闇風は怒りに震えながら、ギャレットに言った。
「てめえ!ロザリアちゃんをちゃん付けしていいのは俺達だけなんだよ!」
「え、ええっ……」
「くそっ、事前にちゃんと注意しておくべきだったぜ、
とりあえずこの戦いは終わらせておくか、いいかギャレット、
今度はせめて、ロザリアさんってさん付けで呼ぶんだぞ!」
「お、おう、わ、悪かったよ」
そして闇風はギャレットを倒し、そのまま一位で決勝トーナメントへと進出を決めた。
その様子を見ていた薔薇は、ため息を付きながら言った。
「はぁ……やっぱりご飯は無しね」
こうして自身の知らない所で、闇風はチャンスを逃す事となった。
予選最終戦は残すところ六試合である。
でもそんな闇風が嫌いじゃありません。