ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第417話 見守る者達

 ここで時間は少し遡る。

 

「また犠牲者が出てしまったか……」

 

 クリスハイトは、ヴァルハラ内のモニターでギャレットの姿が消えたのを見て、

何か手を打たなくてはと思い、その方法を必死に考えていた。

それと同時にヴァルハラ内の反応も気になり、仲間達の様子を注視していた。

最初に反応したのはクラインだった。

 

「お、おい、今キリトの奴、ザザって言わなかったか?」

「うん、そう聞こえたね」

「知ってる人?」

 

 その言葉にエギルも立ち上がった。

 

「おいおいマジかよ、何で今ここであいつらの名前が出てくるんだよ」

 

 その言葉にリズベットとシリカすらきょとんとした。

二人には、ラフィンコフィンの幹部の名前は伝えられていなかった。

事件が終結した以上、極力二人にはこの件について関わらせないように、

ハチマンとキリトとアスナが手を回していた結果である。

ちなみに二人が知っているのは、リーダーであるPoHと、

なんちゃってメンバーのクラディールの名前だけである。

 

「あいつら?」

 

 二人はそう尋ねられ、どうすればいいのか少し迷うそぶりを見せた。

そんな二人にアスナが冷静な声で言った。

 

「話しちゃって大丈夫だよ、二人とも」

 

 その強い口調に、ハチマンの何らかの意向が関わっているのだと推測した二人は、

仲間達にラフィンコフィンの事を説明する事にした。

 

 

 

「殺人ギルドの幹部?」

「ああ、あいつは赤目のザザ、SAOでもああいった感じの見た目だったな。

それにもう一人、ジョニーブラックって奴がいたんだが、

そいつはこの大会には参加してないみたいだな」

「何かただならない雰囲気だった気がするけど、その幹部とキリト君にどんな関係が?」

「ああ、ラフィンコフィン討伐戦で直接ザザとやりあったのがキリトだからな」

「そうなの?」

「ちなみにハチマンがやりあったのがジョニーブラックだ。

もちろんあの二人の圧勝だったがな」

「そんな関係が……」

 

 そして仲間達は、何となく画面の方を見た。

その画面の中のキリトは、怒りに震えているような、それでいて悲しそうな、

そんな複雑な表情をしていた。

 

(キリト君が赤目のザザと直接やりあったのか……それは知らなかったな)

 

 クリスハイトはそう思いつつ、その事でザザが当初の目的を忘れ、

キリトに拘ってくれればこれ以上犠牲者が出ないですむかもと考えていた。

キリトのガードは完璧であり、何かあっても絶対に何も起こらないと断言出来る。

だが先ほどのステルベンの逃げっぷりを見て、

それも期待薄だなとクリスハイトは自重ぎみに考えた。

 

(もうザスカーに頭を下げて、全員の情報を開示してもらうしかないか……

でもそれを待ってたら正直間に合わないんだよなぁ……)

 

 せめて国内企業なら何とでもしてみせるんだが、などと思いつつ、

クリスハイトはこうなったらもう全部バラして、

仲間達に何かいいアイデアを出してもらおうかと考えた。

その瞬間に場が静かになり、クリスハイトは何事かと画面を注視した。

 

「キィィィィィリィィィィィィトォォォォォォ……」

 

 そんなリズベットの怒りの声が部屋中に響き、

画面の中ではキリトがシノンと二人きりで仲良く会話をしていた。

それを見てクリスハイトは今の状況を理解した。

これでは他の者達が静かになるのも無理はない。

そんな中、アスナがスッと立ち上がって言った。

 

「大丈夫だよリズ、あの子が好きなのはハチマン君だから」

「えっ……?」

「ちょっとアスナ、どういう事?」

「確かにラフコフの話題が出てるのに、妙に静かだなとは思ってましたけど」

 

(あ、これはついにアスナさんもカミングアウトする気になったのかな)

 

 そのクリスハイトの予想通り、アスナはテヘッという仕草でこう言った。

 

「ごめん、実はあの子は私の友達なの、本当は私もハチマン君と一緒に、

かなり前からGGOをやってたんだよね」

「「「「「「「「「え、えええええええ!?」」」」」」」」」

 

 どうやらヴァルハラのメンバーの中には、

わざわざ他のゲームの動画を見るような者はほとんどいないらしい。

その中でただ一人、その言葉に反応する者がいた。

 

「もしかしてそれって、GGOの十狼のシズカの事ですか?」

「あ、レコン君は知ってるんだ」

「はい、興味があって前に動画を見た事があるんで」

 

 レコンは少し得意げにそう言った。

 

「じゅうろう?って何?」

「十の狼で十狼です、シャナの下に集う、最強の戦士達の集まりです」

「どこかで聞いたような話だし……」

「うちと同じようなもんか?」

「で、あのシャナってのが予選を見る限りはハチマンなのよね、え~っとつまり……」

 

 そして仲間達は、ついに真実を知った。

 

「えっとつまり、ラフコフの暗躍に気付いたハチマンが、

こそこそとGGOをプレイしているうちに、うっかりカリスマ性を発揮してしまって、

あっちでもうっかり活躍しちゃって、うっかり最強チームを作ったって事?」

「う、うん、まあそんな感じ……」

「十狼を中心とする連合軍は、この前二十倍の敵を相手に戦争をして完勝したんですよ!」

「よ、よく知ってるね、レコン君」

「はい、よく見てたんで!まさかシャナがハチマンさんだなんて、

もしかしてそうかなと思った事くらいはありますけど、

まさか本当にそうだとはびっくりしました!」

「まあ分かる人が見れば丸分かりだったみたいだけどね……」

 

 その直後に誰かの手によって、

別のモニターに突然ベンケイとロザリアの姿が映し出された。

 

「え?」

 

 その直後に画面にシズカが現れ、どこかで聞いた事のあるようなセリフが聞こえた。

 

『これであなたは一度死んだ』

 

「きゃあああああああああああああああああああ!」

 

 そのセリフを聞いた瞬間、

アスナは絶叫してモニターの前に立ちふさがり、わたわたと手を振った。

 

『これであなたは二度死んだ』

 

「ち、ちがうの、この時は怒りに我を忘れていたというか、

確かに途中からノリノリになっちゃったけど、でも絶対にそういうんじゃないの!」

「そういうのって何だ?」

「まあ面白いからほっとこうよ」

 

『これであなたは三度死んだ』

 

「うううううううううう」

 

 アスナはその場で頭を抱えたが、その動画は見応えがあるものだったので、

仲間達は口々にアスナにエールを送った。

 

「よっ、日本一!」

「いや、世界一!」

「アスナ、格好いい!」

「ふえ?そ、そう?」

「全然恥ずかしくないよ、格好いいじゃん」

「や、やっぱり?」

 

 そしてアスナはどうやらその言葉の数々に乗せられたのか、

次のシャナのセリフの後に続いて自らこう言った。

 

『次会った時は容赦しないぞゼクシード。俺はお前を見つける度にお前の頭を撃ちぬく。

俺がいない時は、俺の仲間達が必ずお前を叩き潰す。

それが俺の仲間を侮辱したお前の罪に対する俺からの罰だ。覚悟しておくんだな』

『「今あなたは、一瞬で三度死んだ。もっとも今のはかりそめの死だったけど、

四度目は今度こそ覚悟をしておきなさい!!!!』」

 

 アスナはかつての自分の声に合わせ、まったく同じセリフを言うと、

剣を取り出してドヤ顔で言った。その姿を撮影している者がいた、コマチである。

 

「お義姉ちゃん、格好いい!」

「ありがとうコマチちゃ…………ん?その手に持っている物はなぁに?」

「ゲーム内で使えるビデオカメラだよ、お義姉ちゃん!」

「えっと、それは分かるんだけど、どうしてそれを構えているのかな?」

「後でお兄ちゃんに見せて、その報酬としてお小遣いをもらう為だよお義姉ちゃん!」

「うん、清々しいまでにまったく隠す気が無いんだね」

 

 そしてアスナはカメラを取り上げようとそちらに手を伸ばしたが、

一瞬早くコマチはカメラをストレージにしまった。

 

「むふぅ」

「くっ……」

 

 そしてアスナは能面のような顔になると、画面をコンコンと叩きながら言った。

 

「ちなみにさっき、従者ですとかドヤ顔をしていたベンケイっていうちびっこが、

このコマチちゃんだからね」

 

 そう言われた瞬間、コマチは顔色を変え、アスナに抗議した。

 

「なっ……お義姉ちゃんの裏切り者!」

「ふふん、お義姉ちゃんは義妹に甘いだけのお義姉ちゃんじゃないんだよ」

「くっ……」

 

 そのやり取りを見て、仲間達はコマチに声を掛けた。

 

「何だ、コマチもいたのか」

「身内で固めたって事?」

「他にGGOに参加した奴はいないのか?」

「い、いないのではないかしら」

 

 そう焦ったように言うユキノを見て、仲間達はユキノに疑うような視線を向けた。

その瞬間に動画が切り替わり、画面いっぱいに、

いかにもギャルギャルしたニャンゴローの姿が映し出された。

 

「えっ?」

「このタイミングで映るって事は……え?マジで?」

「違和感がひどい……特に胸の一部が……」

「う、うるさいわね、たまには私がこういう体型になるゲームがあってもいいじゃない!」

「やっぱりそうなんだ……」

「あっ……」

 

 図らずも自らカミングアウトしてしまったユキノは、盛大に頬を赤らめた。

 

「って事はこれが……」

「そう、これがニャンゴロー、こんな奇跡のような見た目のキャラが出来て、

ちょっと調子に乗ってしまったユキノちゃんのGGOでの姿よ」

「ね、姉さん!?」

 

 そこにいたのはソレイユだった。

どうやらタイミングを合わせて動画を再生していたのはソレイユの仕業だったようだ。

 

「さて、お遊びはここまで。クリスハイト、ザスカー社からの回答よ、

推測だけで多くのプレイヤーの個人情報を明かす訳にはいかないってさ。

まああの口ぶりだと、一人くらいの情報なら教えてくれそうだったけどね」

「そうきましたか……さすがはアメリカの企業ですね」

 

 どうやらソレイユはこの状況を見て、自発的にザスカー社に問い合わせをしたようだ。

 

「他に手は無いのかしら、みんな何かいい案は無い?」

「その前に状況が分からないんですが……」

 

 その言葉にソレイユはきょとんとした後、自分が先走りすぎた事に気が付いた。

 

「ごめんごめん、つまりね……」

 

 そしてソレイユは仲間達に、今回の件の真実を語った。

 

「まじかよ……」

「ラフコフのクソどもが……」

「標的は参加者の誰か、今その保護の為に必要なのは、その個人情報って事なんだ」

「残った中で安全が確認出来ているのは、

シャナ、ハチマン、キリト、シノン、ピトフーイ、闇風、薄塩たらこ、銃士Xの七人ね」

 

 シャナは知らなかった事だが、

実は今回闇風と薄塩たらこはソレイユ本社からログインしていた。

バイトが終わった後に、陽乃の好意という名の強制でそうなったのだ。

実は単純に二人の視点から、BoBの様子を同時中継で観戦してみたいと思った為であり、

それが今回は幸いした。そしてその間にも各方面から情報が集まり、

陽乃はステルベン一派が今回の事件の犯人だと推測し、ザスカー社に手を打とうとしたのだ。

残念ながらそれは失敗に終わったのだが。

ちなみにピトフーイと銃士Xは仕事絡みで自宅のセキュリティの固さを把握しており、

シノンに関してははちまんくんに直接尋ねるという荒業を使ったようだ。

 

そして仲間達は必死に知恵を出しあったが、その中に起死回生の案がいくつかあった。

 

『もしSNSをやってたら、その日本支部なりなんなりに問い合わせは出来ないか』

『もし日本製のゲームへのコンバート記録が残っていたら、

そこから問い合わせが出来ないか』

 

 という二点である。だが実は後者は不可能だった。ザ・シードの性質上、

個人情報の収集目的でなんちゃってゲームが作られる事を予想した茅場の手により、

今回のBoBの申し込みのようなケースでも無い限り、

誰がどこからログインしているかの正確な情報を集める事は不可能になっていたからだ。

唯一の例外がALOである。ALOはザ・シード規格に移行する前のデータが残っており、

そこから辿る事は可能なのであった。

それを踏まえてソレイユは、その二つのルートから調査は可能だと判断した。

 

「クリスハイト、ALO経由なら旧サーバーから住所を調べられる可能性がある。

あとはあのすてぃーぶん?ステルベンかしらね、あの犯人に関してだけは、

こちらからザスカー社に緊急という事でIPアドレスの開示を要求するわ。

それで現在の居場所も特定出来るかもしれない。SNSに関してはそちらに任せるわ」

「分かりました、至急調査を開始します」

 

 クリスハイトはそう言うと、指示を出す為にログアウトしていった。

ソレイユも仲間達に別れを告げ、落ちていった。

そして残された仲間達は、祈るような気持ちで画面の中のシャナとキリトに、

心の中でエールを送り続けるのだった。




この程度は斜め上ではありません、
明日の話みたいなのが斜め上と言えるのでしょう。

次回第418話「オペレーションD8」

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