ヴァルハラでの話を終えた後、菊岡は現実へと帰還した。
「あっ、菊岡さん、お帰りなさい」
「ただいま、こっちの様子はどう?」
「特に問題ありません」
「まあそうだよね、この場所の事が分かったら、もう人間じゃないしね」
「あのギャレットってプレイヤー、本当に死んだんですか?これってやばくないですか?」
「とはいえ殺害現場がまったく分からないからね……でもまあこれから手は打つよ」
「手、ですか」
ナツキは菊岡の表情を見て、何かいいアイデアでも浮かんだのかと期待した。
「さて、それじゃあ仕事だ」
「はい、お手伝いします!」
「あ、いや、君はキリト君を守ってくれればいい、
ここからは人海戦術になるから、とにかく人手を集めてくれ」
「分かりました!」
こうして菊岡は、参加メンバーのSNSを探すというとんでもない仕事に乗り出した。
結果的にペイルライダーが殺される事は防げなかったのだが、
少なくとも遺体を早期発見する役には立つ事となった。
「さて、本当はまずいんだけど、新川昌一と金本敦の顔写真をソレイユに……」
眠りの森からGGOに潜り、怪しい人物がいないか見張っていた薔薇は、
ギャレットがおそらく死亡したのではないかという事態の急変を受け、
急ぎソレイユへと戻っていた。そして薔薇は陽乃に指示を受ける為に社長室に顔を出した。
丁度どこかと英語で連絡をとっていた陽乃は電話を切り、真面目な顔で薔薇に言った。
「薔薇ちゃん、戻ってたのね」
「はい、今はGGOにいるよりも、こちらに詰めていた方がいいと判断しました」
「いい判断ね、それじゃあ早速仕事よ、全社内に通達、オペレーションD8を発動」
「D8ですか!?」
「ええそうよ、今がその時だと思わない?」
「……そうですね、分かりました」
そして薔薇は、全社内にアナウンスを流した。
『全社員に通達、たった今、オペレーションD8が発動されました。
あなた達分かってるわね、今日は家に帰れないと思いなさい。
各部署ごとに買い出し部隊を編成、速やかに物資を補給しつつ、
次の命令あるまでそこで待機よ!』
その突然のアナウンスに社員達は驚愕した。
「先輩、オペレーションD8って……」
「そうだ、お前も入社試験の時に説明を受けたと思うが、
要するに次期社長がピンチの時に、社員が一丸となって動く為のオペレーションだ!
Dはディフェンス、8は言うまでもないな」
「まさかD8が本当に発動されるなんて……」
「何だ、不満か?」
「いえ、次期社長の為に働けるのが嬉しいんです!」
「そうか、よし、早速準備だ!」
「はい!」
「D8の発動だ、入り口のシャッターを閉めろ!」
「通常業務は最低限だけ維持して終了しろ!」
「全員どんな指示が出ても直ぐに動けるように支度を整えるんだ!」
「まじかよ、今日のデートの約束をキャンセルしないと……」
「おいお前、彼女と付き合い始めたばっかりなんだろ?いいのか?」
「問題ない、次期社長の為ならいくらでも彼女に土下座くらいしてやるさ」
「かおりちゃん、D8の発動よ、分かってるわね?」
「は、はい!比企谷の為に、私も自分に出来る役割をしっかりと果たします!」
「いい覚悟ね、とりあえず私達はこのまま買い出しに出るわ!直ぐに準備して!」
「分かりました!」
「まずいまずい、アルゴ部長の回線を引っこ抜かないと」
舞衣はその放送を受け、焦った顔で仮眠室でALOにログイン中のアルゴの下へ向かった。
丁度その時、仮眠室の扉が開き、アルゴがのそりと姿を現した。
「イヴ、オレっちはもう戻ってるゾ」
その顔を見て一瞬安心したようなそぶりを見せた舞衣は、
表情を引き締めると、アルゴに言った。
「部長!大変です、オペレーションD8の発動です!」
「D8?それはまたボスも思い切った事をしたナ」
それで事情を察したアルゴは、驚いた顔でそう言った。
「ボスから私への指令は、ザスカーから提供された犯人の接続地域のデータを元に、
人海戦術でネット環境のある店に社員を派遣して捜索に当たらせるので、
そのターゲットとなる店を片っ端からピックアップして各部署に割り振り、
その上で集まってくる情報を分析せよとの事でした。
アルゴ部長には、旧ALOのサーバーから、今回の大会に参加してる者の住所が抜けないか、
調べてみてくれとの事です」
「……それは忙しくなるな、よしイヴ、ダルを呼び出すゾ」
「もう呼び出しました!まもなく到着の予定です!」
「ナイスだイヴ、後で一杯おごるゾ」
丁度その時、陽乃からの直通電話が鳴った。
「こちらアルゴ、ボス、話は聞いたぞ」
『そう、それじゃあ早速お願いするわ。
あとイヴちゃんに調べてもらうエリアは千代田区の辺りよ、要するに秋葉原ね』
「まじかよ、よりによってあそこか……」
『大変だと思うけどお願いね』
「了解だぞ、あ、ボス、あそこならメイクイーンに助けを求めてもいいんじゃないカ?」
『そうね……それがいいかもしれない、フェイリスちゃんにはこちらから連絡しておくわ』
「頼んだゾ」
「はい、こちらはメイクイーン・ニャンニャンです、
このお電話はフェイリス・ニャンニャンが承ります」
『あ、フェイリスちゃん?私だけど』
「ニャニャッ!?その声は、ま、魔王様ニャ!?三千年ぶりくらいかニャ?」
『正確には三千と二十四年ぶりだけどね』
「さすがは魔王様ニャ!で、今日はどうしたのかニャ?」
『実は……』
そしてフェイリスはその説明を受け、直ぐに店を閉めた。
「フェリスちゃん、いきなりどうしたの?」
「ごめんまゆしい、大至急キョーマを呼びだして欲しいのニャ」
「え?何かあったの?」
「オペレーションD8なのニャ、とにかく一大事なのニャ!」
「う、うん分かった、直ぐに連絡をとるね」
そしてフェイリスは他のメイド達に声を掛けた。
「とりあえず他の皆は、今からここにソレイユの社員さん達が大量に来るから、
その人達をアキバ中のネット環境のある店に案内してあげて欲しいのニャ!
といっても一応地図は持参してくれるらしいのニャ、そんな訳で悪いけど頼むニャ!」
「はい、こちら鳳凰院、まゆり、どうした?」
「あ、オカリン?あのね、フェリスちゃんが急いでメイクイーンに来て欲しいんだって」
「メイクイーンに?さっきダルも慌てて飛び出していったが、何かあったのか?」
「それがね、えっと、えっと、八幡さんがピンチらしいのです、
オペレーションD8が発動されたらしいのです」
「何っ?それは一大事だな、分かった、直ぐにそちらに向かう」
そして電話を切った岡部は、傍らにいた紅莉栖に声を掛けた。
「クリスティーナ、オペレーションD8だ、
どうやら八幡がピンチらしい、メイクイーンに行くぞ!」
「何それ?でもまあとにかくピンチなのね?分かったわ、急いで行きましょう」
ちなみに凶真は、オペレーションD8がどんなミッションなのか、
まったく理解しないまま行動を開始した事を付け加えておく。
「目的地はアキバだ!各部署ごとに班を作れ!」
「とりあえずメイクイーン・ニャンニャンに移動だ!
そこで各班に一人ずつメイドさんが付いてきてくれるから、
そのメイドさんと話しあって、各班に割り当てられた店を順に回ってくれ!」
「二人の顔写真をまだ持っていない班はあるか!?
くれぐれもミッション達成後、写真の処分を忘れるなよ!」
「警察に呼び止められたら菊岡さんって人の名前を出せ!それで全て問題無いそうだ!」
「相手は殺人犯の可能性が高い、致死性の薬物も所持しているようだ。
各班絶対に無理はするなよ!」
そして三十分後、メイクイーン・ニャンニャンには、
百人以上のソレイユの社員が集まっていた。指揮をとるのは当然薔薇である。
「それでは各班ごとに捜索を開始よ!一定時間ごとに必ずここに戻ってきて休憩する事!
休憩時の飲食物はフェイリスさんのご好意でここに持ち込ませてもらってあるから、
みんなフェイリスさんに感謝するように!」
「「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」」」
社員達は声を揃えてそう言い、フェイリスはどうやらそれに触発されたようだ。
「補給の事はこのフェイリス将軍に任せるのニャ!各班の奮戦を期待する!
それでは各班、出撃ニャ!」
「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」
フェイリスとこの社員達、どちらもノリノリであった。
その姿を凶真が羨ましそうに見ていたが、
凶真の介入は凶真の服をしっかりと掴んで離さない紅莉栖が完璧に阻止していたのであった。
「ぐぬぬ、助手よ、離すのだ!」
「駄目よ、外様が目立っても仕方ないでしょう、私達は予備戦力として大人しく待機よ」
「くっ……せっかくの晴れ舞台が……」
そんな凶真に薔薇が声を掛けた。
「ありがとうございます、お二人とも。何かあったらお願いしますね」
「イ、イエスマム!」
凶真は薔薇にそう声を掛けられ、
某作品のドッペルゲンガーよろしく咄嗟に敬礼しながらそう言った。
だが薔薇の色気には勝てなかったようで、その視線はチラチラと薔薇の胸に向けられていた。
そして次の瞬間に、凶真は紅莉栖に思いっきり足を踏まれた。
「痛ってえ!」
「岡部、失礼よ」
そう言われて凶真は慌てて薔薇に謝った。
「あ……薔薇さんすみません、ついいつもの癖で……」
「いつも?」
紅莉栖はそう言って、凶真に冷たい視線を向けた。
どうやら凶真はソレイユでのバイトの時は、ついつい薔薇の胸を見てしまっているようだ。
そんな二人に薔薇は柔らかい口調でこう言った。
「大丈夫よ、そういうのは八幡で慣れてるから」
「やっぱりか、あのムッツリめ!」
「その言葉、思いっきりあんたの頭にも突き刺さってるからね」
こうしてリアルではそれぞれが激しく動き始めたのだった。
そして時間は元の時系列に戻る。
「シノン、どうだった?」
「当たりみたい、キリト君の姿がスキャンに表示されなかったわ」
「そうか……つまりスキャンを盲目的に信じちゃいけないって事になるな」
「そうみたいね」
そしてシノンはキリトに手を貸し、川からキリトを引っ張り上げた。
「うう、気持ち悪かった」
「え、どんな風に?」
「なんていうか、リアルで水の中に潜るのと比べると微妙に感覚が違うんだよな、
そこが気持ち悪いというか何というか……」
「なるほど」
シノンは納得したように頷くと、キリトにスキャン結果を説明した。
「残っているのは八人ね、シャナ、ハチマン、銃士X、ピトフーイ、ミサキ、
闇風、それに私達二人よ」
「そして多分隠れている可能性があるのがすてぃーぶん、か」
「そうね、その可能性は否定出来ないわ」
「これからどう動くべきだと思う?」
キリトは少し迷うような口調でシノンに尋ねた。
「そうね……残っているのは全て身内だけど、その中に殺しの標的がいないとは限らないわ、
だからとりあえず私達の手でとにかく早くに全員倒してしまうべきではないかしらね」
「一応言っておくが、俺は安全な所にいるからな」
「私もはちまんくんが家にいるから多分大丈夫よ」
「はちまんくん?何だそれ?」
「えっと……八幡の分身?」
「…………よく分からないが、まあ分かった。
とりあえずすてぃーぶんに狙われないうちに、全員倒しちまおうって事だな」
「ええ」
「まあ分かりやすくていいんじゃないか?」
「でしょ?」
二人は脳筋っぽくそう結論付けた。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「おう」
そしてシノンが地面に置いておいたヘカートIIを持ち上げようと屈んだ瞬間、
その頭の上を銃弾が通過した。
「えっ?」
「シノン、危ない!」
キリトはシノンの頭を抑え、無理やりその場に伏せさせた。
「今の銃撃はどこから?」
「方向からすると…………いた、あそこだ!」
そのキリトの指の先には死銃がいた、川を挟んで反対側である。
キリトはそれを見て、エリュシデータを抜いた。
「いくらでも撃ってこいよ、全部俺が叩き落としてやる」
「お前は変わらないな……」
意外にも死銃はそう声を掛けてきた。そしてキリトは小声でシノンに指示を出した。
「おいシノン、そのままあいつを狙えるか?」
「待って、今狙いを…………えっ?そ、そんな……」
「シノン?おいシノン!」
「な、何故あいつがあの銃で私を……」
シノンがスコープ越しに見た、死銃の手に握られていた銃、それは…………黒星だった。
そして最後にぶっこむ所までがワンセット。