現在の最前線は、第四十六層まで達していた。
ハチマンとキリトは、二人でクエストを消化していたのだが、
その途中でハチマンが、おかしな事に気が付いた。
「おいキリト、こんなところにNPCなんていたか?」
「いや、記憶にないな」
「イベントNPCか?ちょっと調べてみようぜ」
「わかった」
しばらくして、二人は情報を持ち寄ったのだが、そこで判明したのは……
「クリスマスイベントで」
「ボスからドロップするアイテムが」
「蘇生アイテム、だと……」
それを聞いたキリトの顔色が変わるところを、ハチマンは見てしまった。
これはあの荒れていた時のキリトの顔だ。
ハチマンはその顔を見て、もうキリトを説得する事は出来ないなと感じた。
「やるのか?」
「ああ」
「それじゃ俺とアスナとで……」
「ハチマン、これは俺一人でやらせてくれないか?」
「お前さすがにそれは無茶だろ」
「どうしても一人でやらなくちゃいけないんだ」
「………はぁ、わかったよ。ただし条件をつけるぞ」
「条件?」
「お前はこれから攻略も休んでひたすらレベルを上げろ。反論は認めん」
「………わかった」
「あと約束は絶対忘れるなよ。一宿一飯の恩は必ず返せ」
「ハチマンは、絶対に何も受け取らないじゃないか」
「当たり前だろ。だってお前、家持ってないじゃないか」
「くっ……」
「まあそういう事だ。それを約束出来るなら、干渉はしないさ」
(まあ裏で介入はするけどな)
「わかった、約束するよ」
「それじゃこの話は終わりだな。今日のところはさっさと受けたクエ、消化しちまおうぜ」
そして二週間後、クリスマスイベントまで、後四日。
現在の最前線は、第四十八層まで達していた。
キリトはハチマンに言われた通り、極限までレベルを上げるため、攻略には参加していない。
現在は第四十七層の、アリの谷という所でひたすら戦闘を繰り返していた。
どうやらそこに、クラインが行ったようだ。
ハチマンは、今、そのクラインに呼び出されて、話を聞いていた。
「なあハチマン。頼むからあいつを止めてくれよぉ」
「なんで俺に言うんだよ」
「だってよぉ、俺じゃ駄目だったんだよ。あいつに何か言えるのはお前しかいないんだよぉ」
「その話なら、もう済んでるぞ。あいつに干渉はしない」
「なんでだよ!あいつが死んでもいいって言うのかよ!」
「あいつは死なない。というか、俺が死なせない」
「どういう事だよハチマン」
「今可能な限り手をうっているところだ。クライン、お前達にも大事な役割を頼みたい」
少し後、ハチマンは、血盟騎士団の本部を訪れていた。
そして、アスナを通してヒースクリフに面会を申し込んだ。
今この部屋には、ヒースクリフとアスナしかいなかった。ハチマンが人払いを頼んだためだ。
団員がしぶるかとも思われたが、彼らはハチマンに一目置いていたせいか、
素直に引き下がったのだった。
「それで、用件は何だい?ハチマン君」
「今日はお前に取引を持ちかけにきた、ヒースクリフ」
「取引、か。話を聞こう」
「まず、これを見てくれ」
「これは、先日アスナ君がどこかから手に入れたという、ミラージュスフィアか。
そうか、これは君がアスナ君に」
アスナはその事を内緒にしていたらしく、少し頬を赤らめていた。
「で、これがどうしたんだい?」
「これを一つ、血盟騎士団に提供しよう」
「それは、複数チームで動くためにも願ってもない申し出だが、条件は何だい?」
「クリスマスの夜に、アスナを俺に貸してもらいたい」
そのハチマンの言葉を聞いた瞬間、アスナの顔が真っ赤に染まった。
「あの……その……ハチマン君?」
「………まさかいきなり愛の告白をしてくるとは、さすがに私にも予想外だったよ」
「ああ?お前何わけのわかんない事を言ってるんだよ。
クリスマスの夜に、俺達にとってとても大事な戦いがある。
出番があるかはわからないが、そのためにアスナの力が必要になる可能性があるって事だ」
「なるほど……噂のクリスマスイベントの蘇生アイテムの件か。
団としては動いていないが、うちのメンバーも数人争奪戦に参加すると聞いている」
アスナは自分の勘違いに気付き、さらに顔を赤くしていたが、
話の内容を理解して、冷静になろうと努めていた。
「いいだろう、うちとしても願ってもない好条件だ。それでは取引成立という事で」
「助かるよヒースクリフ」
「それでは話は以上かね?いずれまた戦場で会おう、ハチマン君」
「ああ、またな」
ハチマンとアスナは、別室で打ち合わせをする事にした。
「というわけだ」
「キリト君が……」
「ああ。そこで俺達の役割だが、当日まずアスナは、午後十二時にどこかの転移門で待機。
俺から連絡があったら、そこに転移して合流した後、キリトの尾行だ」
「尾行するだけでいいの?」
「いや。状況がやばかったら即介入する。あいつは絶対に死なせない」
「わかった。キリト君は怒るかもしれないけどね」
「そしたら悪いが、俺に付き合って一緒に土下座してくれ」
アスナはそんなハチマンに微笑み、
「うん。それじゃ二人で土下座だね!」
と言った。
「ちなみにおそらく戦場は、迷いの森だ」
「迷いの森……前言ってた、モミの木の所?」
「ああ。あそこは他の場所とは雰囲気が違う。一番可能性があるのはあそこだ。
おそらくキリトもそう考えているはずだ」
「わかった。フル装備で待機してるね」
「ああ、頼むわ」
次にハチマンは、アリの谷のキリトのところへと出向いた。
「どうだキリト、レベルはいくつになった?」
「……ハチマンか。今六十九だな」
「七十までいけるか?」
「正直少し厳しいかもしれない」
「そうか……よし、やるか」
「ハチマン?」
「さっさと行くぞ。二人のが全然早いからな」
「………ありがとうな、ハチマン」
「別にいいさ」
二人揃ったせいで、狩りのペースは倍以上になった。
経験値こそ半分になるが、今までよりも早いペースで稼げているようだ。
三日かけて、キリトのレベルはついに七十に到達した。
ちなみにハチマンのレベルは六十八だった。
「よし、それじゃお前はもう帰って寝ろ。体調を整えるのも重要だ」
「ありがとうな、ハチマン」
「あとこれ、持ってけ」
それは、二十個ばかりの回復結晶だった。
「大丈夫だ。五つは持ってる」
「何言ってんだお前は。お前の決意はそんなもんか?絶対に負けられないんだろ?
それなら使える物は全て使うくらいのつもりでいなくてどうするんだよ」
「……そうだな……俺が間違ってたよ。ありがたくもらっとく」
「んじゃ帰るか」
そしてついにクリスマス当日。
キリトは予想通り、迷いの森の奥へと向かっていった。
それを確認したハチマンは、アスナと風林火山に集合をかけた。
「ア、アスナさんじゃないですか!」
「俺達ファンなんですよ!」
「握手して下さい!」
「お前らちょっと黙れ」
アスナは驚いたのか、ハチマンの後ろに隠れて、
いつものようにハチマンの服を摘んでいた。どうやら癖は直っていないようだ。
「それじゃ手はず通りにな。クライン、相手をうまく煽れよ」
「お、おう。でも本当に来るのか?」
「絶対来る。俺を信じろ」
「わ、わかった」
ハチマンとアスナはキリトを追って、森の奥へと消えていった。
「ハチマンって何者なんだよ……」
「とりあえずアスナさんと仲がいいのは良く分かった」
「アスナさん、ハチマンの服を摘んでたぞ」
「くそーなんて羨ましい」
そんな弛緩した雰囲気を破るかのように、転移門に複数の人影が現れた。
それは、聖竜連合の鼻つまみ者の集まりだった。
彼らは自分達の利益のためなら、カーソルが犯罪者を表すオレンジ色に染まるのも辞さない。、
嫌われ者の集団であった。
「お前ら、風林火山とかいう連中か。黒の剣士はどこだ?」
「へっ、聞きたかったら俺達を倒してからにしろよ。出来るもんならな」
「俺達とやる気か?」
「かといって殺し合いをするわけにもいかないだろうから、一つ提案がある。
俺と、お前らの代表でのデュエルだ。負けた方は大人しく引き下がる。それでどうだ?
もっともデュエルで勝てないって思うなら、このまま全員でやり合ってもいいぜ」
「お前ごときが俺達に勝てるつもりかよ。いいだろう、その勝負受けてたつ」
(うわー全部ハチマンの言う通りかよ。あいつだけは怒らせないようにしよう)
午後十二時、予想通り【背教者ニコラス】が姿を現した。
キリトは雄たけびを上げ、ニコラスと戦い始めた。
ハチマンとアスナは、隠れてその戦いを観察していた。
「おいおい何だあの化け物は。あれと戦えてるってだけでもキリトはやっぱすげえな」
「ハチマン君も、ここまでの色々な準備とか、すごいと思うけどね」
「今回復結晶を十個使った。キリトの手持ちは後十五個だ。
残りが無くなったら、俺が指示を出すから全力で突撃だ」
「そこまで把握してるんだ……」
「出来る事はなんでもやっておくタイプなんだよ俺は」
そしてキリトの戦いは続き、ついに最後の回復結晶が消費された。
ニコラスのHPも、後何回か攻撃を加えれば無くなるというとこまできていた。
(ギリギリか……出来ればキリトの手で倒させてやりたいが)
「ハチマン君、まだ?」
「もう少しだ」
「でも、でも……」
「かなりギリギリの戦いだが……仕方ない、行くぞ」
「了解!」
ハチマンとアスナは全力で飛び出した。
その瞬間、キリトは渾身の一撃を叩き込み、ニコラスを天へと返した。
「ふう、いらん世話だったな」
「でも、あと一回攻撃されてたら間に合わなかったと思うから、
タイミングとしてはいいんじゃないかな」
キリトはドロップアイテムを確認していたようだったが、
その二人の声に気付いたのか、こちらに振り向いた。その顔は、無力感に満ちていた。
二人は、どうやら蘇生アイテムは無かったのだろうと思っていたのだが。
「ハチマン。これ、やるよ。ありがとうな」
そう言って渡されたアイテムは、還魂の聖晶石という、本物の蘇生アイテムだった。
「おい、キリトこれ」
「説明を見てみてくれよ」
説明だとどうやらこのアイテムは、
対象者が死んでから十秒以内に使わないといけないらしい。
要するに、ゲームの中で死んでから十秒で、
ナーヴギアがマイクロウェーブを発するんだなとハチマンは理解した。
「俺がやった事は、何も意味が無かったのかな」
「それはお前自身で決めればいいさ」
「そうだな……二人ともずっと見ててくれたんだな」
「悪いとは思ったけどな、まあ、気にすんな」
キリトは黙って去っていった。二人はそれ以上何も言えず、その日は帰る事になった。
途中、風林火山の面々と合流した。
クラインは、どうやらデュエルに無事勝利したようだ。
「クラインも、みんなも、ありがとうな」
「俺が負けるとは思わなかったのかよ」
「あ?お前らがあんな雑魚集団に負けるわけがないだろ」
その言葉を聞いた風林火山のメンバーは、嬉しそうだった。
「で、キリトは?」
「ああ、無事だ。だが、望んでいた結果は得られなかったみたいだ」
「そうか……」
「まあ、キリトが無事だったんだから、それでよしとしよう」
こうして全てが終わり、解散する事になった。
アスナは今日はハチマンの家に泊まるようだ。
ハチマンにも思うところがあったのか、この日は何も言わなかった。
家に着いてから、二人は少し話をした。
「キリト君、大丈夫かな」
「どうだろうな……まあ、あいつを信じるしかないだろうな」
「……もし私が死んだら、ハチマン君もああなるのかな?」
「お前は死なないし、俺も死なない。それでいいだろ」
「うん………」
「それじゃもう寝るわ。風呂は好きに使っていいから、アスナも早く寝ろよ」
「うん、ありがとう」
次の日、予想外にもキリトが家に尋ねてきた。
出迎えたハチマンは、キリトの顔が少し明るいのを見て、ほっとした。
「いきなりで悪いな」
「別に構わないぞ。アスナもいるから、今起こすわ」
「それはちょうど良かった。二人に話があったんだよ」
「わかった」
ハチマンはアスナを起こし、二人はキリトが話を始めるのを待った。
「共用ストレージに、時限式のメッセージが入ってたんだよ。
それを聞いたらなんか、少し落ち着けたみたいだ」
「そうか……」
「二人には心配かけたな。」
「ううん」
「まあ、俺は最初から心配なんかしてなかったけどな」
「ハチマン君、嘘ばっかり」
「ははっ、二人とも、これからも宜しくな」
「ああ」
「うん!」
こうして一連の事件は幕を閉じ、また攻略の日々が始まる。