ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第421話 シャナはシュピーゲルを疑う

「あのシノンとかいうスナイパーが一人でいるのか、

罠かもしれないが、恭二の馬鹿の為にも仕方ない、行くか」

 

 次のスキャンが行われた後、ステルベンはあえてシノンの下に赴く事にした。

 

「あと一人、それさえ終われば後はキリトと決着を……」

 

 ステルベンは、そんな彼らしくない言葉を呟きながら目的のビルへと向かった。

シャナの事はむしろ避けていた彼だったが、かつて直接やりあったキリトは、

彼にとっては特別の意味を持つ相手のようだ。

どうやら彼は、自分で思っている以上にまともなゲーマーらしさを残していたらしい。

それに久々に仲間達と一からプレイするVRゲームは、彼にとってはとても楽しかったのだ。

 

 

 

 目的のビルに近付いた時、ステルベンはキリトの姿を見掛け、ギクリとした。

だがキリトはステルベンには気付かず、そのままぶらぶらと辺りを徘徊していた。

 

(罠かもしれないが、この位置なら最初に駆け付けてくるのはおそらくあいつだろう、

シャナの動きも気になるが、それはどうでもいい。

これであいつと決着をつけられる可能性が高まった)

 

 ステルベンはそう考え、剣の備えをしなければならないと思ったのだが、

その為には一度姿を見せる必要がある。メタマテリアル光歪曲迷彩マントは、

一定の効果時間が過ぎるか、攻撃もしくはそれに順ずる行動をするとその効果が切れる。

そして何らかの行動によって、途中で効果が中断された場合のみクールタイムが発生する。

ステルベンはそのリスクを最大限避ける為に、一度別の建物の中に入り、

効果時間が自然消滅した瞬間にアイテムストレージから何かを取り出すと、

それを装備し、再び姿を消した後、移動を開始し、

シノンがいるはずのビルへとためらい無く侵入した。

 

 

 

「くそ、よりによって俺が仲間を危険な目に合わせるような作戦を実行する事になるとはな」

 

 シャナは悔しそうにそう呟きながら、イライラした様子で周囲の警戒を始めた。

そんなシャナの視界で何かが一瞬動いた。

シャナは音を立てないようにそちらに近付くと、そこにはステルベンがおり、

シャナはこれはラッキーだと思って腰に差していたアハトライトを握った。

だが直後に死銃が取り出した物を見て、シャナは硬直してしまい、

そのまま攻撃するタイミングを失い、その間にステルベンは再び姿を消した。

 

「あれは……見間違いか?いや、俺も手伝ったんだ、見間違えるはずはない、

あれはイコマがシュピーゲルの為に作った剣じゃないか……」

 

 ステルベンが取り出したのは、以前シュピーゲルがイコマに頼んで作ってもらった、

宇宙船の装甲板の素材から作られた剣だった。

そしてシャナは、この時初めてシュピーゲルに疑いを持ち、

それ前提で今までの事を考え始めた。少し後に銃士Xが潜むビルの上から銃声が響いたが、

シャナは血を吐く思いでその場から動かなかった。

嫌な予感が止まらなかった為、仲間達を信頼し、自身の思考を優先する事にしたのだった。

 

(すまんマックス、頼むぞキリト)

 

 

 

 銃士Xは、ビルの屋上出口からは死角になる位置におり、

それはその出口から少し歩かないと、銃士Xを銃撃する事は絶対に不可能な位置取りだった。

それを踏まえてシノンとアチマンは、ビルの上で軽く役割分担を決めていた。

 

「もし死銃とキリト君が近接戦になった場合、フレンドリーファイアの恐れがあるから、

私達はとにかく相手のけん制に努める事になるわね」

「私の腕だと出口から脱出されないように火線をそこに集中させるのが精一杯」

「問題無いわ、私の姿は見られてるから、こっちのバレットラインは相手に丸見えだけど、

それ故に出来る事がある。敵本体へのけん制は私に任せて」

 

 そしてしばらく待った後、突然銃士Xが銃撃され、

その直後に隣のビルの屋上に死銃が姿を現した。

 

「来た」

「キリト君とシャナが来るまで敵を逃がさないようにけん制を開始するわ」

「うん、お願いね」

 

 そして身を翻して逃げようとしたステルベンの目の前の、ビル内に入る為の入り口付近に、

アチマンからの猛烈な攻撃が加えられた。

 

(やはり罠か……だがシノンに銃弾は撃ちこんだ)

 

 そう考えてチラリとそちらに視線を向けたステルベンは驚愕した。

瀕死の状態ながらも、そこに立っていたのは服装こそシノンと同じだが、

その顔は別人のものであった。

 

「貴様……銃士X」

「その銃で撃たれても私は死なない、あなた達の計画は破綻した」

 

 その言葉にステルベンの頭の中は灼熱した。そして銃士Xがこちらに銃口を向けた瞬間、

ステルベンはまるで闇風を思わせるような高機動で銃士Xに迫り、

腰に差していた剣で銃士Xを一突きにし、わずかに残っていたHPを全て削り取った。

その直後に屋上に、キリトが姿を現した。

 

「死銃!いや、ザザ!」

「来たか……」

 

 そしてキリトは、銃士Xの死体を見て逆に安心した。

 

「イクスさんの死体はどうやら消えないらしいな、

その銃で撃たれた者には真なる力によって裁きが下るんじゃなかったのか?」

「…………ちっ、シャナの計画か」

 

 そしてステルベンは、その手に持っていた剣でキリトに斬りかかった。

これは敵からの銃撃を避ける狙いもある。

相手がキリトごと自分を銃撃しようとしてきたらアウトだが、

ステルベンはそうはならないだろうと確信していた。

その推測通り、視界にはバレットライン一つ映らず、弾が飛んでくる気配は微塵も無い。

その為ステルベンは、キリトとの戦闘に集中する事が可能となった。

 

 

 

(こいつ、昔より強くなってやがる……)

 

 キリトはステルベンと実際に剣を合わせ、そう感じた。

不謹慎かもしれないが、それで何となく楽しくなってしまったキリトは、

挑発の意味合いも持たせながら、ステルベンに話し掛けた。

 

「お前、俺に負けたのがそんなに悔しかったのか?

前戦った時よりも強くなってるみたいじゃないか」

「…………」

「それに何だよその剣、このエリュシデータで斬れないなんて、とんでもない業物なんだな」

「…………」

「相変わらず無口な奴だな」

「…………戦いに集中しろ」

「なめるなよ、もちろん集中してるさ。その証拠に今は互角にやりあってるだろ?」

「…………チッ、やっぱりお前もあいつも嫌な野郎共だ」

「褒め言葉だと思っておいてやるよ」

 

 二人の激しい戦いは続き、シノンはそろそろ手を出すべきかと考えていたが、

その瞬間に空に信号弾が打ちあがった。

 

「えっ?何?」

 

 シノンはその突然の出来事に訳が分からなかったが、

とりあえずステルベンをけん制しようとヘカートIIに手を掛けた。

だがその手をアチマンが押さえた。

 

「待って、キリトさんの動きが変わった」

「え?」

 

 確かにキリトの攻撃からは、先ほどの激しさが身を潜め、

どちらかというと防御ぎみな動きになっているように見えた。

 

「どういう事?」

「分からない、でもきっと姿を見せないシャナの事と何か関係があるはず。

こちらが介入するのは、次にキリトさんが攻撃に転じた後の方がいいと思う」

「わ、分かったわ」

 

(もう、シャナ、一体どうしちゃったのよ……)

 

 

 

 一方シャナは、まだ考えに没頭していた。

 

(もしかしたらシュピーゲルは、あの剣を店にでも売ったのか?

確かにあいつは剣士ってタイプじゃないからその可能性はある、

それで他のいい装備を揃えるのは強くなる為には有りだな)

 

 シャナは、この事はシュピーゲルが敵である証明にはならないと考えた。

 

(ステルベンが相手の住所を知った手段は分かった。

姿を消して後ろから盗み見る、確かに単純だが効果的だ、

おそらく前回のBoBから準備していたに違いない、

あの時確かに総督府で、あいつらの視線を感じたからな)

 

 その時の事を思い出し、シャナはハッとした。

 

(待て、その直後に俺はシュピーゲル絡みで何かを感じたはずだ、

あれは何だったか……そうだ、確かエヴァ達がいた時、

シュピーゲルから向けられる感情が、総督府で感じたものと一緒だったから……)

 

 そしてシャナはハッとした。

 

(第二回BoBの申し込みの時に、俺はシュピーゲルから暗い感情を向けられた。

だがあの時撮影した中に、シュピーゲルの姿があったか?答えは否だ、

俺もロザリアを手伝ったから分かる、あの中にシュピーゲルはいなかった。

という事は…………)

 

 そしてシャナは、結論に辿り着いた。

 

(サブキャラ、もしくは別キャラでわざわざログインしていたという事だ。

そしてその場には偶然ラフコフの奴らもいた)

 

 だがシャナは、それでもまだ根拠としては弱いと考えていた。

 

(ゼクシードはシュピーゲルの事を何故か親しく感じていた。

それはあいつがゼクシードに親しげに話し掛けていたからだという。

だが戦争の直後、あいつは闇風絡みでゼクシードの事を恨んでいたはずだ、

何がシュピーゲルを変えた?ゼクシードは何と言っていた?)

 

『まあそれ以前にもたまに話す機会があったんだが、先日一緒にBoBに出場を申し込んで、

お互い頑張ろうって約束したからな』

 

『そういえばあいつの勧めでモデルガンも頼んでたんだったわ……』

 

(だがシノンが言うには、シュピーゲルは最初から第三回BoBの申し込みはしていない。

つまりシュピーゲルは、ゼクシードと一緒の時は申し込みをしていない、

そしてゼクシードに、モデルガンの申し込みを薦めた…………

それは多分、ゼクシードの住所を知る為、そして自身の恨みを晴らす為……)

 

 この時点で、シャナはシュピーゲルを黒だと判断するに至った。

 

(偶然も三つ重なれば必然になる。そしてシュピーゲルはシノンのリアル知り合いのはずだ、

そういう事なら、何らかの方法でシノンの家に侵入する手段を知っている可能性がある)

 

 そこまで考えて、シャナはこの場に留まるという選択肢を捨てた。

そしてシャナは、ストレージから信号弾を二つ取り出し、空に打ち上げた。

 

(キリト、信じてるからな!)

 

 そしてシャナは同時にこう叫んだ。

 

「ゴドフリー、俺の回線を抜け!」

 

 そしてシャナはアハトライトを使って自殺し、

その直後にシャナの姿がGGO内から消えた。

その後には、『DISCONNECTION』の文字だけが残される事となった。




シャナがシュピーゲルからの暗い感情を感じたのは、第277、278、281話の事です。
イコマに剣を作ってもらったのは第376話、
ゼクシードにモデルガンを薦めたのは第388話の事になります。

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