(八幡の野郎、一人で時間稼ぎをしろとか無茶を言ってくれるな、
こいつは強くなった、もう昔とは別人だ)
キリトは信号弾が上がるのを見て、時間稼ぎの防御主体の戦術に切り替えた。
(だがヴァルハラ・コールを使うくらいだ、きっと何か大変な事態が起こったに決まってる、
ここは俺に任せてお前も頑張れよ、親友)
ヴァルハラ・コールとは、ヴァルハラ・リゾートで使われている簡易符丁であった。
通常は信号弾ではなく、魔法を空に打ち上げて運用するのが常である。
赤が攻勢に出ろ、緑が守勢に回れ、黄が敵接近中、青が待機、
白が全軍撤退、黒が救援求む、そして紫が、緊急事態発生しばし待て、であった。
そして今上がった信号弾の色は緑と紫、つまり自分は緊急事態で動けないから、
守勢に回ってそのまま待て、といった感じの意味合いになる。
今回それをキリトは、可能な限り時間稼ぎをしろという事だろうと受け取った。
ちなみに通信で済む所を何故わざわざ魔法を信号の変わりに打ち上げるのか、
ヴァルハラのメンバー達がハチマンに尋ねた事がある。
その時のハチマンの答えはこうだった。
「こういうのはあえて見せるから意味があるんだよ、
まあこれからしばらくは、敵の様子を観察してみるといい」
その時は丁度、ヴァルハラに敵対するギルドの連合との戦闘直前であり、
数的劣勢に立たされていたヴァルハラに対し、敵は精神的優位に立っていた。
この頃はまだヴァルハラは設立したばかりであり、
実情を知らない者達からは、その実力を懐疑的に見られていた。
ハチマンはこの戦闘の開始からしばらく、守勢に回る事をメンバーに徹底させていた。
そしてタイミングを見て、突然空に炎系の魔法を打ち上げた。
その瞬間にヴァルハラのメンバー達は突如として攻勢に転じ、
その凄まじい戦闘力で、数で勝る敵を蹂躙した。
こんな事を繰り返している間に、ヴァルハラとの戦闘中に赤い光が見えたら、
死を覚悟するようにという噂がどんどん広まっていき、
いつしかその赤い光をハチマンが打ち上げるだけで、
敵が勝手に我先にと逃げ出すようになった。
それでメンバー達は、こういう事だったのかとハチマンの考えを理解するに至ったのである。
(さて……)
キリトは敵の攻撃を防ぎながら、これからどうするか考えた。
そしてキリトが選択したのは、会話をする事だった。
「おいザザ、声を変えてあるとはいえ、お前の声を聞いたのは今日が初めてだな」
「…………」
「さっきは喋ったのに今度はだんまりか、
そういや会話担当のジョーはどうしたんだ?」
「…………」
この会話の間も、キリトはザザの激しい攻撃を防ぎ続けていた。
キリトは攻撃面がクローズアップされがちだが、実は防御もかなり上手い。
そうでなければ長くソロで活動する事など出来はしないのだ。
(駄目か……いや、こいつは確かに何度も俺に話し掛けているんだ、
何かこいつの琴線に触れる物が必ずあるはず……こんな時、八幡ならどうする……)
そしてキリトは、八幡ならこの短時間で的確に相手の弱点を突くだろうと思い、
八幡がよく言っている事を思い出していた。
『なぁハチマン、何でハチマンは相手を煽るのが上手いんだ?』
『ん、そうだな、相手の言葉をよく聞いているからか?』
『それが何で煽る事に繋がるんだよ』
『相手が咄嗟に口に出した事、もしくはその正反対の事が、
相手にとって言われたい、もしくは言われたくない事だからな。
相手の言葉の中に必ずヒントがある、感情的になった時は特にな』
『なるほど』
(こいつが口に出した事…………そうか!)
そしてキリトは、その言葉を口に出した。
「…………イッツ、ショータイム」
「…………!?」
その言葉を聞いた途端、ステルベンの動きがわずかに鈍ったのをキリトは見逃さなかった。
「ショーにしちゃ、随分お粗末だよな、確かゼクなんとかって奴はまだ生きてるんだよな?」
「……あれは他人に任せたからだ」
(よし、かかった!)
ステルベンはシュピーゲルの事を他人扱いした。
もはやステルベンの中では、シュピーゲルは身内でも何でもなく、
ただの自我が肥大したお荷物でしかないようだ。
「はぁ?他人に任せたからノーカンだってか?お前達が考えた計画なんだろ?
やっぱりお前らは、PoHに見捨てられただけあって、
あいつがいないと満足に何も出来ないんだな」
「俺達は見捨てられてなんかいない!」
ここで初めてステルベンが激高した。
「じゃあ何であいつだけが自由を謳歌して、お前らだけ監獄に入れられたんだ?」
「俺達の関係はお前らの友達ごっことは違うからだ、
利用出来るものは何でも利用する、それが俺達ラフィンコフィンだ」
「今回実際に他人を利用しようとして失敗してるじゃないかよ、
お前、言ってる事が支離滅裂だぞ?」
「…………」
(よしよし、これでかなり時間が稼げるな)
「そもそも何でお前、俺とこうしてガチでやりあってるんだ?
どう考えてもお前らのやり方じゃないだろ、
あのPoHでさえ、お前らを生贄にして、俺とハチマンから逃げ出したんだぞ?」
「違う、ヘッドはお前らから逃げてなんかいねえ!」
「逃げたじゃないかよ、お前らの主観なんかどうでもいいんだよ、
他人から見て確かにあいつは逃げた、そしてその後こそこそと隠れ続けた、
それが客観的に見た、絶対的な真実だ」
「他人からどう見えるかは関係ない!」
「はぁ?お前らが今やっている事も、他人がそれをPKだと認識しなければ、
ただの薄汚い殺人じゃないかよ、どの口がそう言うんだ?」
「うるさい、うるさい!」
ステルベンはわなわなと震え出し、一時的にその動きを止めた。
(このままもう少し引っ張れそうだな)
だがそのキリトの考えとは裏腹に、ステルベンは突然キリトに襲い掛かってきた。
その速度は先ほどよりも上がっており、キリトは自分の失敗を悟った。
(しまった、煽りすぎた……すまん八幡、あまり時間は稼げないかもしれん)
そしてキリトは、今度こそ全力でステルベンを迎え撃つ事を決めた。
「ふう……」
「参謀!言われた通り回線を抜きましたぞ!」
「よくやったゴドフリー、ところで今日は銃は持ってきているのか?」
「へ?」
そのいきなりの言葉に自由はきょとんとした後、ばつが悪そうに言った。
「さすがにそんな事をしたら、儂でも一発でクビになってしまいます…………」
「わ、悪い、だよな……今のは忘れてくれ」
そして八幡は、自由に少し待っていてもらうように言い、
今の状況を確認しようと、各方面に電話を掛ける事にした。
「小猫、今どこだ?」
「アキバよ、ザザの本体を捜索中」
「さすがだな、もうそこまで掴んだのか……で、手は足りているのか?」
八幡は、アキバでネット環境がある店の数を考え、心配そうにそう言った。
「オペレーションD8が発動されているから大丈夫よ、
今は社員をほぼ全員動員して、ローラー作戦を展開しているわ」
その言葉に八幡は固まった。
「……………………は?あれってただのギャグじゃなかったのか?」
「そんな訳無いじゃない、発動された時にどうするか、マニュアルもちゃんとあるし、
社員は必ず週に一度は確認するように義務付けられているのよ?」
「まじかよ……全然知らなかったわ」
「そんな事より中継を見ていたわよ、何でいきなり自殺なんかしたの?」
「おう、それだ、詩乃が危ないかもしれん、俺は今すぐ詩乃の家に向かう」
「えっ、どういう事?」
「説明は後だ、とにかくそういう事なら問題無い、そっちの事は頼むぞ」
そしてその後、八幡は菊岡に連絡をとった。
「おい腹黒眼鏡、ちゃんと仕事はしているか?」
「ちょ、ちょっと!いきなり何て事を言うの!
今はSNS関連から辿って被害者の情報を国内の各企業に開示させている所。
ペイルライダーはまだだけど、ギャレットについてはもう死亡が確認済かな」
「…………くそっ」
八幡はそれを聞き、悔しそうにそう毒づいた。
「気持ちは分かるけど、あれはどうしようもなかったよ、
それより今後の事だ、BoBから離脱したのは知ってるけど、何があったんだい?」
「もう一人ターゲットにされている可能性がある奴がいるので、
今からそいつを助けに向かいます、菊岡さんの手駒で直ぐに動ける人はいますか?」
「ふむ、今どこだい?」
「眠りの森です」
「やっぱりそこか、もしかしらたと思って、
バックアップ要因として黒川君をそちらに派遣済だ、彼女を自由に使ってくれ」
「ありがとうございます」
丁度その時茉莉が歩いてくるのが見え、八幡は電話を切ると、
自由を伴い茉莉の下へと走った。
「あ、八幡君!」
こちらに手を振ろうと片手を上げた茉莉のその手を、
八幡はそのまましっかりと握ると、そのままキットに向かって走り出した。
「きゃっ……え?え?何?もしかして愛の告白?」
「何言ってるんですか黒川さん、一緒に来て下さい、緊急事態です」
「…………分かったわ」
「行くぞゴドフリー!」
「了解!」
「あれ、もしかしてそちらは相模警視正?知り合いなの?」
「「仲間だ」」
二人はそう言いながら黒川に親指を立て、そのままキットに滑り込んだ。
「キット、詩乃の家まで最速で向かえ、緊急事態だ」
『分かりました、私の持つ機能を総動員して、一番早く着くルートを選択します』
「仲間の命が危ないかもしれないんだ、頼む」
『多少無茶をします、しっかり捕まっていて下さい』
助手席に座った茉莉は、キットに驚きつつも、大人しく八幡からの説明を待つ事にした。
「キット、行け」
『分かりました』
「あっ、ちょっと待って、今シートベルトを……」
その瞬間にキットは急発進し、茉莉は八幡に抱き付く格好となった。
「きゃっ……ご、ごめんなさい」
「いえ、急がせてしまってすみません、このお礼は必ずします」
茉莉はそう言われ、思ったよりガッシリとしつつも、
同僚達とは違って洗練された雰囲気を持つ八幡に少しときめいたのか、無意識にこう言った。
「そ、それじゃあ合コンのセッティングを……」
「え?ま、まじですか?……分かりました、何人くらい連れていけばいいですか?」
「あ……合計三人くらい?」
「分かりました、あと二人は何とかしますけど、
メンバーについてはあまり期待しないで下さいね、
何せまだ大学生くらいの奴らばっかりになると思うんで」
「う、うん、楽しければ気にしないわ」
(わ、私は今、何を言ってしまったのかしら……)
茉莉はそう思いつつも体を起こしてシートベルトを締め、
その間もキットはリアルタイムで交通状況を把握しながら効率の良いルートを進んでいた。
直線はまだ良かったのだが、キットは限界までコーナーを攻めていた。
だがさすがは鍛えられているだけの事はあり、内臓をGに攪拌されながらも、
三人はそのキットの運転に耐え、目的地へと着々と近付いていった。
櫛稲田優里奈はその日、買い物に出ていた。
「今日はいい天気だなぁ……」
優里奈は小高い丘のコーナー付近に差しかかり、空を見上げながらそう言った。
そこに車のエンジン音が近付いてきた為、優里奈は何となくそちらを眺めた。
(うわ、凄いスピード、ちゃんと曲がりきれるのかしら)
そう思った優里奈の目に、日頃お世話になっている自由の姿が目に映った。
「あ、あれ?相模のおじ様?」
優里奈は思わずそう口に出し、そのまま運転席を見た。
そこには優里奈より少し年上に見える、真剣な表情をする青年が乗っており、
その横顔から、優里奈は何故か目が離せなかった。
そして優里奈の心配をよそに、キットは難なくコーナーをクリアした。
(危ないからやめた方がいいと思うけど、でも凄いなぁ……
それにしても相模のおじ様、随分急いでたみたいだけど何かあったのかな……)
櫛稲田優里奈の兄はSAOの犠牲者であった。
兄をSAOで失った後、両親も事故で失った彼女は、
兄の直属上司であった相模自由に何かと面倒を見てもらっており、
先ほどの件も、今度会った時に尋ねてみようと考えていた。
「それにしてもあの人……」
優里奈は何故か八幡の事が頭から離れず、その理由が自分でも分からなかった。
「まあいっか、どうしても気になるようだったら、今度おじ様に紹介してもらえばいいし」
優里奈はそう考え、去っていった自由達に向けて、心の中で呟いた。
(何があったのかは分からないけど、きっと何か急ぐ理由があるんだね、頑張って)
そう言いながら優里奈は再び空を見上げたのだった。
クライマックス前にまさかの新キャラ登場!
そして栗林ちゃんの登場フラグが……(後日談のプチ予告