(こいつの攻撃は、アスナを彷彿とさせるな……)
キリトは敵の攻撃を防ぎながらそんな事を考えていた。
ステルベンの攻撃はどんどん激しさを増し、さながら剣の嵐のようだった。
(それだけに…………惜しい)
SAO時代に、このクラスの剣士がもう一人いてくれたら、
攻略がどれほど楽になっただろうか。
キリトはそんなとりとめのない事を考えながら、相手の攻撃が切れるのを待っていた。
だが敵の攻撃の切れ目はまったく訪れず、キリトの全身には細かい傷が段々と増えていった。
そしてキリトは、せめて一瞬でも敵の足を止められればと思い、チラリと隣のビルを見た。
「キリト君、中々攻撃に転じないわね」
「う………ん」
シノンの言葉に、アチマンはそう曖昧に答えた。
先ほどまであの二人は何か話しており、一瞬攻撃が止んだかと思ったらまた再開された。
その後からのキリトは、野球の素振りに例えると、
渾身の力を込めてバットを振ろうとはするのだが、
何故かその直前で何度もバットを止めているような、そんな風に見えた。
(それにあのステルベンの攻撃……)
「……まるでシズカみたい」
隣でシノンがボソっとそう言った。
そうなのだ、あの切れ目の無い恐ろしいまでの突きの連続攻撃は、
GGOに来る事が決まった時に参考として見た、
あのシズカという女剣士の攻撃とそっくりなのだ。
「そうか…………」
「どうしたの?」
この時アチマンは、敵の攻撃がおそらく想像以上に激しい為、
このままだとジリ貧になると考えたキリトが、
攻勢に出ようとしているにも関わらず、そのタイミングが掴めないのではと考えた。
実はその推理は正しかった。普段キリトの使っている武器は、基本幅広の剣が多く、
その剣の形状、全てを生かして相手の攻撃を受け流し、
そこから反撃に転じるのが常なのだが、今回は条件が悪すぎた。
輝光剣は確かに何でも斬れるが、その形状は太いレイピアのようなものであり、
キリトはそういった形の剣の扱いに慣れてはいなかった。
その上エネルギー切れの問題もあり、最終的にはキリトが勝つかもしれないが、
そこまで戦闘を引っ張るのは、賭けの要素が強すぎた。
あるいはシノンが、キリトに輝光剣による遠隔攻撃のやり方を教えていれば、
また違った結果になっていたかもしれないが、
シノンはその事をキリトに伝えてはいなかった、否、
正式なカゲミツGシリーズを所持している訳ではなかった為、
その事に思い当たらなかったというのが正解だった。
「……シノンさん、そろそろけん制しよう」
「何か気付いたの?」
「あれは多分、攻めたくても攻められないんだと思う。
多分相手の力量が、こちらの想定の上を行っていたのね」
「なるほど……」
シノンはそう言われ、キリトの様子を集中して観察した。
そしてシノンはキリトがこちらにチラリと視線を向けたのを見た。
その瞬間にアチマンが叫んだ。
「今よ!」
「ええ、そうみたいね」
そしてシノンは静かにヘカートIIのトリガーに指をかけた。
「っ!?」
キリトは、ステルベンが何かに驚いたような息遣いを発し、
その攻撃の手が一瞬止まったのを見逃さず、攻勢に転じた。
(シノンが何かやったな、おそらく敵の体にバレットラインを当てたのか……
確かにこのゲームに慣れちまってる奴ほど、体が勝手に回避しようと動いちまうだろうしな)
この状況で実際に弾を撃ったら、フレンドリーファイアの可能性が否定出来ない、
それほど二人は速く動いていたからだ。
なのでシノンは、ステルベンに自分の姿が見られた事を逆手にとり、
バレットラインのみを飛ばす事で、ステルベンの足を止める事に成功した。
そしてその幻の銃弾、ファントム・バレットによって、戦闘の形勢は逆転した。
「くっ……」
「もう主導権は渡さないからな」
キリトはそう言い放つと、息もつかせぬ連続攻撃をステルベンに向けて放った。
それでキリトは、とある事に気が付いた。
(こいつ……実は防御がそれほど得意じゃないのか?)
ヴァルハラのメンバーは、仲間内で常に攻防の研鑽を怠らない。
防御の練習をするには、そういった強い仲間の存在が必要不可欠であった。
そしてそういった存在は、ステルベンにはいない。
攻撃の練習はいくらでも出来るが、防御の練習には仲間が必要なのだ。
「仲間がいないから防御の練習が出来なかったんだな、哀れな奴」
「チッ……」
その言葉は確かにステルベンの痛いところを突いたのだろう、
ステルベンは舌打ちし、キリトから距離をとろうと思い切って後ろに飛び退った。
そうする事で、シノンから狙撃される可能性も確かに増えるのだが、
シノンから放たれるバレットラインはこちらには見えている。
そう考えて安心していたステルベンの足元に、ギィン!という音と共に、銃弾が着弾した。
「何っ!?」
ステルベンはもう一人のプレイヤーの存在を忘れていた。
今は中身こそ違うのだろうが、それはかつて彼らの道を阻んだあの男と同一キャラなのだ。
そして隣のビルに、その男がいるのをステルベンは確かに見た。
「ハチマンんんんんんん!!」
ステルベンの呪詛の声がアチマンに飛ぶ。
だがアチマンは意に介さず、再びステルベンを攻撃しようとバレットラインを飛ばした。
シノンも同様に、再びファントム・バレットを飛ばす。
そしてステルベンは覚悟を決め、狙撃を回避する為に再び前へ出て、
最後の力を振り絞り、キリトに斬りかかった。
「お前らさえいなければ!」
「例えどこでだろうと、俺とハチマンが必ずお前らの前に立ちふさがるさ、
何度でも…………なぁ!」
そしてキリトはハチマンばりの踏み込みから、渾身のカウンターを放ち、
ステルベンを棒立ちにさせると、そのままステルベンの胴を真っ二つにした。
その攻撃によって二つに分かれたステルベンは、そのまま地面にどっと倒れた。
それでもステルベンの視線は尚もキリトから離れず、
キリトも真っ直ぐにそれを見返したまま視線を外さなかった。
「…………お前も俺達と同じ人殺しだ」
「言われなくても俺もハチマンも、その事は一生忘れないさ、
だが必要以上に意識したりはしないで、その罪を自覚しながらも普通に生きていくつもりだ」
「…………まだ終わってはいない、いつかあの人が…………」
「PoHの事か?そうだな、その時はまた俺達が今みたいに蹴散らしてやるさ」
「…………チッ、クソ野郎共め」
「褒め言葉だと思っておくよ、さよならだな、ザザ」
その最後の言葉には何も答えず、DEADの文字が表示され、
ステルベンは物言わぬ死体となった。
「よし!」
キリトは小さくガッツポーズし、隣のビルの屋上を見た。
そこではアチマンとシノンが抱きあって喜んでおり、
そのアチマンのくねくねした女性らしい仕草を見て、
キリトはとても微妙な気持ちになった。
「もしかしてこの大会が終わったら、
ハチマンの身にオカマ疑惑が浮上するんじゃないのか……?」
その言葉は現実となり、ALOではまことしやかにそんな噂が流れる事となった。
その噂の発生源は、以前敵対した反ヴァルハラギルド連合だったのだが、
後日その連合は、怒りに身を任せたハチマン率いるヴァルハラの手により壊滅する事となる。
「やった、キリト君の勝利よ!」
「まあ当然よね」
そう言いながらもアチマンは嬉しそうで、二人は自然に抱き合い、勝利を喜んだ。
だがシノンはその途中で我に返った。何せ相手は以前銃士Xと共に目撃され、
動画も沢山残っている有名な存在なのである。
「あっ、まずい」
「どうしたの?」
「このままだと、ハチマンがナンパキャラとして認識されちゃう」
「…………ああ!」
遅まきながらその事に気付いたアチマンも、ぱっとシノンから離れた。
「さすがにそれは怒られる……」
だがもう遅かった。この様子は当然中継されており、
ALOのハチマンはオカマのナンパ野郎という評判が、一部の間で広がる事となる。
ちなみにこの大会後、ログインが減るシャナに代わってその噂を払拭するのは、
G女連を中心とする親シャナ連合ギルドの面々であった。
G女連に嫌われたらGGOでは生きていけない、それは絶対的な真理なのである。
ちなみに一つ幸いした事がある。それは今のシノンが銃士Xの姿をしている事であった。
その為それほどハチマンに興味の無い一般プレイヤーには、
かつて戦争の後一緒にいた銃士Xと今のシノンが混同され、
それほど大した噂にはならなかったのだった。
「さて、どうする?」
「私はここで退場しておくわ、途中でキャラの中身が入れ替わるっていう反則をしてるしね」
「そっか………ねぇ、またいつか会えるかな?」
「あなたがもしALOをプレイするならば、いつか必ず」
そのアチマンの答えにシノンは嬉しそうな顔をした。
「そっか……うん、それなら大丈夫、私、ALOをプレイするつもりだから!」
「それじゃあその時を楽しみにしておくわ、またね、シノン」
「うん、またね、えっと、アチマン」
「ちなみにその時、私の名前は変わっていると思うけどね」
「えっ、そうなの?何て名前?」
「ふふっ、内緒。探してみて」
「あっ、ちょっと!」
そしてアチマンは自分の体を銃で撃ち抜き、そのまま物言わぬ死体となった。
「まあいいわ、楽しみにしておくね、アチマン」
そう言ってシノンは、キリトと合流する為にビルの下へと降りていった。
シノンはビルを下り、直ぐにキリトの姿を見つけた。
「キリト君!」
「お、おう………なぁシノン、これって………」
キリトは何か地面を眺めており、シノンは訝しげに聞き返した。
「どうしたの?」
「…………これ」
「え?………こ、これって」
そこには、誰かがここで倒れた証として、『DISCONNECTION』
の文字が躍っていた。
「嘘………まさか、まさか……」
「十中八九シャナだろうな」
その判断は当然であった。他に該当するプレイヤーはいないのだ。
「まさか、シャナが…………死?」
シノンはその自分の呟きに、目の前が真っ暗になった。
「違う違う、それは無い、それは無いって、落ち着けシノン、あいつは絶対に生きている」
キリトはそんなシノンを慌てて宥めた。
「……本当に?」
「もちろんだ、俺もそこはまったく疑っていない、
俺が考えていたのはそっちじゃなく、別の事なんだ」
「別の事?」
シノンは少し安心したのか、落ち着いた様子でキリトにそう聞き返した。
「そうだ、これは多分、シャナが自分から回線を抜くように指示なり何なりして、
この場から離脱したって証だ。そうしない限り、リアルで自由に動けないはずだからな」
「あ、う、うん、そうかも」
「で、その理由は何だ?」
「えっと……ト、トイレとか?」
キリトはそんなシノンをジト目で見た。
「じょ、冗談よ、えっと……」
シノンはそう言ったきり押し黙った。何も思いつかなかったからだ。
「多分だけど、あいつがここまで必死になるのは誰かを守ろうとする時だから、
多分今回もそうなんじゃないかな」
「誰かを?誰かって誰?」
「この中にいたら、リアルが今どうなっているかなんて誰にも分からない、
だから多分、ここで掴んだ情報によってあいつは動いているはずなんだ」
「ここで掴んだ情報……」
シノンはその言葉に首を傾げた。
「分からないか?お前がここで死銃に撃たれそうになっただろ?多分あれだと思うんだよ」
「えっ?」
シノンはその言葉に目の前が真っ暗になった。
「で、でも、あれは大丈夫って話だったんじゃ」
「確かに護衛がついているなら可能性は低い、だからもしかしたら違う理由かもしれない。
でも例え今現在、シノンの家の中に犯人がいなくても、
例えば宅配の人間を装ってドアを開けさせたりとかの可能性はある」
「まあ、それは確かに……」
「なのでその為にあいつがシノンを迎えに向かった可能性もあるだろうし、
とりあえず落ちたら警戒して、あいつに連絡をとった方がいいと思うんだよ」
「うん、分かった、必ずそうするね」
シノンはそのアドバイスを素直に受ける事にした。
それに加えて内心では、これでまた八幡に会う口実が出来たと喜んでもいた。
シノンは線が細そうに見えて、中々タフなのであった。
「さて、後は大会の結果をどうするかだが」
「もう同時優勝でいいんじゃない?お土産グレネードって知ってる?」
「聞いた事はあるな、死ぬ直前にグレネードを投げて、道連れにするんだったか?」
「うん、まあそんな感じ」
「俺ももう疲れたしそれでオーケーだ、で、アチマンは?」
「彼女は……」
シノンはそう尋ねられ、アチマンの言葉をキリトに伝えた。
「そうか、ALOでまたいつか、か」
「結局中身は誰だったんだろうね」
「少なくともヴァルハラのメンバー以外で該当する人物に心当たりは無いが、
まあそのうち会えるってなら、その時を楽しみにしておこうぜ」
「うん!」
そして二人はグレネードを手に持ち、笑いながら再会を誓い合った。
「次に会う時はALOだな、待ってるからな」
「うん、この大会で優勝したらALOを始めるって約束してあるから、必ず行くわ」
「約束?誰とだ?」
「フカちゃんと」
「そうなのか、それじゃあ待ってるよ、シノン」
「その時は宜しくね、副団長様」
そして二人は笑いながら爆散し、ここに第三回BoBの、二人同時優勝が決まった。