四十七層の主街区フローリア。
花の咲き乱れるこの街は、現在カップルのメッカとなっていた。
(どこにこんなに沢山の女性プレイヤーがいたんだろうな)
思わずハチマンがそうぼやく程、周辺には沢山のカップルがいた。
横を通りすぎるカップルが皆ハチマンを見て、
なんでこいつこんなところに一人でいるんだ、という視線を向けてくるので、
ハチマンはとても居心地が悪い思いをしていた。
(アスナの奴、なんでこんなとこを待ち合わせ場所に指定してきたんだ……)
その時、その待ち合わせの相手が、遠くから声をかけてきた。
「ハチマンく~ん!こっちこっち~!」
その声は想像以上に大きく、人目を引いた。
血盟騎士団の制服はさすがに着ていないとはいえ、
なんというか逆の意味で普段着の方が普通に目立っているかもしれない。
その声に反応してアスナを見た者は多く、周囲は騒然となった。
「おい、あれ、アスナさんじゃないか!」
「閃光だ!すげえ!」
そんな人達も、アスナの待っていた相手がハチマンだと知ると、
やはりお決まりの、嫉妬や疑問の視線を投げかけてくるところまでが定番だった。
「ばっかお前、こんなところで大きな声を出すなっつの」
「ごめん、つい」
アスナは、てへっといった感じで頭をこつんと叩いた。
久々にあざとアスナを見たハチマンは、これがこいつの場合素なんだよな……と思いながら、
アスナに今日の予定を聞いた。
「で、今日はどうするんだ?」
「うん、それは内緒」
「はぁ?」
「とりあえずこっちこっち。ついてきて」
アスナに導かれるままついていったハチマンだったが、
どうやら街の商店街のような所へ行くようだ。
そして着いたのは、なんというか、ハチマンには似合つかわしくない服屋だった。
「え、何?ここどこ?これどういうこと?」
「いいから早く入るの」
一瞬逃げ出しそうな気配を見せたハチマンに気付いたのか、、
アスナはハチマンの手を引っ張り、そのまま店の中に入った。
「アシュレイさん、連れてきたよ~」
「あらアスナ、待ってたわよ」
「アシュレイの店?ああ、そういや聞いた事あるわ」
そこは、裁縫スキルを最速でマックスにしたという、カリスマお針子の店のようだ。
ハチマンはもちろん服になどまったく気はつかわないが、
アシュレイの情報は聞いた事があったのである。。
「で、その子が噂のアスナのハチマン君?」
「別に噂にもなってないし、私のでもないけど、ハチマン君だよ」
「それにしちゃ、仲が良さそうだけどねぇ」
アシュレイは、二人の繋がれている手を見て、そう言った。
「これは、こうしないとハチマン君が逃げちゃうから!」
アスナは慌てて手を離した。
まあ、繋がれてなかったらとっくに逃げてたのは合ってますけどね、と思いつつ、
ハチマンは一応自己紹介をする事にした。
「あー、どうしてここに連れてこられたかはよくわからないが、ハチマンだ。」
「私はここの店主のアシュレイよ、よろしくね」
「で、どうかな?」
アスナがわけのわからない事を言い出し、アシュレイはハチマンをじっと見つめた。
「んー、目が腐ってるけど、顔立ちは整ってるわね」
「いきなり失礼だな……まあ、よく言われるが」
「まあ、私の顧客の判断基準は顔じゃないから、まあそこは気にしないんだけどね」
「はぁ」
ハチマンはわけもわからずただ成り行きを見守る事しかできなかった。
ここは彼にとっての敵地なのだ。完全にアウェーの雰囲気である。
「うん、まあ合格かしら」
「やったー!それじゃこれ」
アスナは、いきなりストレージから高級布材らしき物を出して、並べ始めた。
「後はお任せで!」
「それじゃ、一時間後くらいに来てちょうだい。あの目に合う服……やる気が出てきたわ」
「それじゃまた来ま~す」
二人が店を出て次に向かったのは、
いかにもハチマンが苦手そうな、明るい雰囲気のデザートを出す店だった。
ハチマンは、やはりこの層は俺の鬼門だな、と思った。
「この店も俺に似合うとは思えないんだが……」
「いいえハチマン君。私はここの店の人気のケーキが食べたいのです」
「お、おう。まあ俺も甘い物にはちょっとはうるさいが」
「うん、知ってる。今日は誕生日のお礼に私がおごります」
「いや、あれは余ったから渡しただけであってだな」
「はいはい。それじゃ入るよ」
今日のハチマンは、アスナに完全に押されているようだ。
どうも調子が出ないな、と思いながら、ハチマンはメニューを眺めた。
「私はこのケーキセットにするよ」
「じゃあ俺はこれとこれとこれと……」
「何でそんなに頼んでるの……」
「たまに無性に甘い物が食べたくなるんだよ。あとおごりだからな」
「それじゃまあ、注文するね」
品物は一瞬で出てきた。
「うん、やっぱりおいしい」
「ああ。なんていうか、フロアの雰囲気にもよく合ってるな。明るい味っていうか」
「明るい味って良く分からないなぁ。私にもちょっと分けて」
「おう、好きに取っていいぞ」
アスナは普段はちゃんと距離を取ってくれる。
今日はその距離感が多少あいまいなようだが、先日の事もあったしまあ多少は許容範囲だ。
「で、さっきのあれは何だったんだ?」
「あれはね、本当に今更なんだけど、ハチマン君へのお誕生日プレゼントのつもり」
「……は?誕生日?」
「八月八日だよね?」
「おい、何で俺の誕生日知ってんだよ……」
「ハチマン君の近くに、優秀なスパイがいるのです」
「あのピンクか………」
「で、何がいいかなって考えたんだけど、結局服とかしか考えつかなくて、
で、懇意にしてるお針子さんにお願いしてみたの」
「確か、オーダーメイドは気に入った奴からの依頼しか受けないんだったか」
「うん」
「俺のどこに気に入る要素があったんですかね……」
一時間が過ぎ、アシュレイの店に戻ったハチマンは、
完成した服を着て、というか着せられて、鏡を見てみた。
「お、おお……誰だこれ」
「よく似合ってるよ!」
「ここまで化けるとは、作った私でも予想できなかったよ」
そこには、ハチマンが見た事もない好青年がいた。
アシュレイの作った服は、ゲーム内衣装だけあって、多少派手なものだったが、
嫌味な感じがまったく無い、スマートな仕上がりになっていた。
「その、なんかありがとな」
「いえいえ、どういたしまして」
「アシュレイさんも、俺のどこが気に入ったのかわからないけど、ありがとうございます」
「いえいえ、今後ともご贔屓にね」
店を出ると、また注目を集めたが、
今度はアスナだけではなく、ハチマンも注目を集めていた。
馬子にも衣装ということわざを考えた人は、きっとこういう時に思いついたんだろうな、
等と考えつつ、二人はとりあえず、転移門へ向かった。
どうやらアスナは、リズベットにもハチマンを見てもらいたいらしく、
呼び出しのメッセージを入れたらしい。
四十八層の主街区、リンダースへと移動する事になった。
リンダースは、街中に水車付きの家が多い、のどかな街である。
転移門を抜けると、リズベットの姿が見えた。
リズベットはアスナに気が付いて手を振りながら走ってきた。
「アスナ~!」
「リズ~こっちこっち~」
「あ、こんにちは!初めまして!アスナの友達のリズベットです!」
「ん?」
「アスナ、ハチマンは?あと、こちらの方は?」
「おい、お前それまじで言ってんのか?」
「え?………え?もしかしてハチマン?」
「もしかしなくてもハチマンだろうが」
「いやーごめんごめん?本当にハチマン?」
「まだ信じてないような口ぶりだな」
「え、だってねぇ……」
「どう?リズ。びっくりした?」
「いやーまさかのまさかだよ。もうまったく別人だよっていうか別人だよね?」
「まあ、実際俺も否定はできん……」
リズベットは心底驚いているようだ。
ハチマンも逆に、この反応にびっくりしていたのだが。
「あ、そうそう!二人に見てもらいたいものがあるの!ちょっとこっちに来て!」
そう言われてリズベットについていった二人の見たものは、
水車のついた、こじんまりとした綺麗な家だった。
「どう思う?」
「なんかいい感じだな。洒落た小物とか売ってそうだ」
「うん」
「あのねあのね、私、この家がどうしても欲しいの!
ここで、武具屋を開きたいの!だからお願いします!手伝ってください!」
リズベットは、街中をぶらぶらしている時に、この家を見つけたらしい。
そして、どうしてもこの家が欲しくなってしまったようだ。
この日から、ハチマンとアスナの全面的な協力を得てだが、
リズベットのコル稼ぎの日々が始まった。お値段は、三百万コルだった。