ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第431話 優里奈、ソレイユへ

 次の日優里奈は、言われた通りに学校の前で待機していた。

当然の如く、優里奈がそうしている姿はとても目立つ。

そしてそこに、キットに乗った八幡がやってきた。

八幡は、過去の例から学校に迎えに行くのはまずいと考えていたが、

今回は優里奈の要望でこうなった。

 

(知らない学校に行く時は本当に気を付けないとな、

優里奈と付き合っている宣言をさせられるのは、さすがに御免だからな)

 

 そして八幡は校門からやや離れた所にキットを停め、そこで下りると優里奈に手を振った。

優里奈も八幡に手を振り、こちらに向かって歩き始めたのだが、

その瞬間に校門の中から何人かの女生徒が現れ、優里奈に声を掛けた。

 

「優里奈!」

「えっ?」

 

 優里奈は慌ててそちらに振り向き、困った顔でその場に立ち止まった。

 

「えっと、みんな、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよ、優里奈が変な男に騙されてないか確認する為に、

隠れて監視してたんだよ!」

「あ、だからここを待ち合わせにするようにって……」

 

 どうやらここで待ち合わせをするように指定してきたのは、友達の差し金らしい、

そう思った八幡は、詩乃と違って優里奈に友達がいた事に安堵しつつも、

今回は余計な事は言わず、名刺を見せて説明するだけで済みそうだと考えていた。

 

『と、友達がいなくて悪かったわね、引っぱたくわよ!』

 

 八幡の脳内の詩乃がそんな事を言ったが、多分幻聴であろう。

そして八幡は、強化外骨格を駆使し、笑顔でその女子高生集団に声を掛けた。

 

「よぉ、モテモテだな、優里奈」

「八幡さんすみません、これはその……」

 

 そう言いよどむ優里奈に、八幡は気にしないようにとかぶりを振った。

 

「いや、気にするなって、俺がお前の友達だとしても、

いきなり知らない奴の特別臨時秘書に任命されたなんて聞いたら、

心配して同じような行動をとるだろうしな」

 

(まあ、こんな感じか)

 

 八幡はそう優里奈の友達にも気を遣いながら、おもむろに懐から名刺を取り出し、

その友達達に差し出した。

 

「優里奈の事が心配だったんだよな?それじゃあこれ、俺の名刺だ」

 

 そう言っていきなり名刺を差し出されたその友達達は、

慌ててその名刺を受け取った。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 八幡を問い詰める気満々で待ち構えていたのに、

その友達達は、反射的に敬語で名刺を受け取った。

女子高生が名刺を受け取る機会はほぼ皆無であり、

そんな反応をしてしまうのも仕方ないのであろう。

そしてその名刺を見た女生徒の一人が、驚いたような声を上げた。

 

「ソ、ソレイユ?しかも部長!?」

「えっ?」

「何でお前が驚くんだよ……」

「いや、でも、え?」

「おっさんから何も聞いてないのか?」

「おっさん?あ、相模のおじ様にですか?はい、まったく何も」

 

 どうやら自由は八幡の個人情報をしっかり守ってくれているようだ。

八幡はその事で自由を責める事も出来ず、仕方なく優里奈にも名刺を渡した。

 

「本当だ、八幡さんってソレイユの部長さんだったんですね」

「まあそういう事だ、君達もそれで安心してくれたか?」

 

 その八幡の言葉に曖昧に頷く姿を見て、八幡はおもむろにバッジのような物を取り出し、

そこに向かっていきなりこう言った。

 

「おいキット、車をここにつけて、ドアを開けてくれ」

 

 その瞬間に少し離れた所に停車させていたキットが動き出し、

八幡の目の前に停まり、そのドアが開いた。

 

「どうだ?ソレイユ以外にこんな技術を持っている所が他にあるか?」

 

 実際のところ、ソレイユは別に車メーカーではなく、

キットに関しては改造したのは雪ノ下家であったのだが、

八幡はあくまでこの場しのぎだと思い、そうアピールした。

それでようやく納得したのだろう、優里奈の友達達は、こくこくと頷いた。

そしてそのまま八幡に色々と質問したさそうな気配を感じた為、

八幡は優里奈をキットに乗せ、早々にその場を立ち去る事にした。

 

「それじゃあ優里奈は借りてくけど、心配しないでくれよな。

何かあったらその名刺に書いてある本社に電話をして、

小……んんっ、薔薇って名前の社長室長に尋ねてくれて構わないからな」

「あっ、はい」

「あ、優里奈、ちょっと……」

 

 優里奈は友達にそう呼び止められ、何か言われた後に頷いた。

 

「すみません、お待たせしました」

「それじゃあみんな、これからも優里奈とはいい友達でいてやってくれよな」

 

 そう言い残し、八幡と優里奈はそのままキットで去っていった。

 

「な、何か予想と違った……」

「しっかりした人だったねぇ……」

「それに格好良くなかった?」

「優里奈、いいなぁ……」

 

 ちなみにキットに乗り込んだ際、優里奈がキットに驚くという、

定番の遣り取りが繰り返されたのだが、それはこの場では割愛しておく。

 

 

 

「えっと、何かすみません」

「いや、まあ優里奈の事が心配だったんだろ、別に構わないさ」

 

 そして優里奈は、次に八幡にこう尋ねた。

 

「これからどこに行くんですか?」

「おう、先ずはうちの本社だな」

「あ、ソレイユですか、前から興味があったんですよ」

「どんな興味だ?」

「えっと、有望な就職先として、実は相模のおじ様に熱心に薦められていたんですよ、

今考えると、そういう事だったんですね」

「まあ、警察に入れと言われるよりはよほどまともだろ」

 

 どうやらその発想は無かったらしく、優里奈は面白そうに笑った。

 

「そういえばそうですね、私に婦警がつとまるとも思えないですしね」

「どうかな、案外いい婦警さんになるかもしれないけどな」

 

 そして八幡は、唐突に話を変えた。

 

「で、一応確認しておきたいんだが、優里奈は今、

どうやって生活を成り立たせているんだ?」

「どうやってって、普通に毎日学校に通って、自分で家事をしていますよ?」

「いや、金銭面で不自由とかしてないかって意味でな」

「ああ」

 

 そして優里奈は、正直に自分の経済状況を話し始めた。

 

「えっと、国からの補償と両親の保険があるので、

少なくとも大学を出るくらいまでは、質素な生活を続ければ問題無いです」

「質素って、どの程度のレベルの話だ?」

「八幡さんも、中々踏み込んできますね。

まあ世間一般の高校生程度には普通に生活出来ますが、

そろそろ何かバイトでもしようかと思ってたくらいですかね、

まあそれなりにおしゃれとかもしたいですしね」

「ああ、それはとりあえずは必要無い、特別臨時秘書報酬が出るからな、

まあ要するに、これはバイトみたいなもんだ」

「えっ?」

 

 優里奈はその言葉に戸惑った。

今回の事について、そこまで深く考えていた訳ではないからだ。

 

「えっと……」

 

 優里奈は控え目に、その報酬の話を断ろうとしたが、

八幡はその機先を制して優里奈に言った。

 

「おっと、断るとかは無しだ、報酬無しで女子高生を働かせたなんて事になったら、

さすがにうちの会社もあちこちから叩かれちまうからな」

「で、でも……」

「おっさんやシンカー……あっと、康隆さんも言ってたぞ、

直接優里奈を援助しようとしても、そんな事をしたら優里奈に怒られちまうってな、

意地を張っている訳じゃないんだろうが、この形ならお前も自分を納得させられるだろ?」

「あ、えっと……は、はい」

 

 優里奈はとても申し訳無さそうにそう言った。

そんな優里奈の頭を、八幡はいつもの癖で優しく撫で始めた。

 

「優里奈はまだ未成年だ、来年十八歳になればまあ、成人扱いされる訳だが、

それまでは遠慮しないで色々と大人を頼れ。その恩は大人になった時に返せばいいんだ、

今は何も遠慮なんかする事は無いんだぞ」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 八幡は、優里奈がもう少し抵抗するかと思っていたので、内心で拍子抜けした。

優里奈も最初はそうしようと思っていたのだが、

八幡に撫でられた事で、どうやら態度を軟化させたらしい。

もしかしたら、昔両親や兄に頭を撫でられた事を思い出したのかもしれない。

そんな優里奈に八幡は、片目を瞑りながら言った。

 

「まあこの仕事は、優里奈にとってはありえない経験ばかりになるかもしれないが、

その辺りはしっかりと覚悟しておいてくれよな」

「はい!」

 

 優里奈は今度は力強くそう答えた。

 

「ちなみにどうしても嫌なら断ってもいいからな」

「ええっ?せっかくいい雰囲気だったのに、ここでそれですか?」

「おう、まあ一応言っておかないと後で問題になるかもしれないからな、

でも見た感じ、やめる気は無いんだろ?」

「はい、とても面白そうですから!」

 

 優里奈はとても嬉しそうにそう答えた。

そうこうしている間にキットはソレイユに到着し、八幡は優里奈と共に受付へと向かった。

 

「よぉ、折本」

「あっ、比企谷……部長、おはようございます!」

「お前にそう呼ばれると、違和感が半端無いな」

「今は仕事中ですから!」

 

 八幡にそう言われ、かおりは明るい声でそう答えた。そんなかおりに八幡は言った。

 

「聞いていたと思うが、こちらは櫛稲田優里奈、俺の特別臨時秘書だ」

「ああ、こちらの方がそうなんですね!」

「優里奈、こちらは折本かおり、

今はこうしてここの受付をしているが、俺の中学の時の同級生だ」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「折本かおりだよ、宜しくね」

 

 そして自己紹介が終わった後、八幡はかおりに言った。

 

「それでだ、多分この子に渡す物がここに届いていると思うんだが」

「あ、はい、こちらですね」

 

 そう言ってかおりは、ボストンバッグのような物を取り出して優里奈に差し出してきた。

そして優里奈はそれを受け取る際に、かおりにこう尋ねた。

 

「あの、もしかしてかおりさんは、八幡さんの彼女さんですか?」

「ふ、ふえっ!?」

「ん?違うぞ、なぁ折本」

「あ…………う、うん」

 

 八幡にそう言われた時の、そのかおりの表情を見て、

優里奈は色々と悟ったのか、申し訳無さそうにかおりに言った。

 

「いきなり変な事を聞いてしまってすみません、頑張って下さい、かおりさん」

「あ、あは……あなたもね」

「え?わ、私は別に……」

「ん、そう?まあそれじゃあ今はそういう事でいいや」

「あ、は、はい」

 

 優里奈は訳が分からずそう答えた。そして八幡は、優里奈を近くのソファーに誘った。

 

「あそこで中を確認するか、優里奈」

「あ、はい」

 

 そんな二人を見送りながら、かおりはぼそりと呟いた。

 

「話は事前に聞いていたけど、あの子がそうなのね、参ったなぁ、今の時点であれ?

しっかりしてそうだし、将来性抜群じゃない、色々な意味で……」

 

 かおりはそう言いながら、チラリと自分の胸を見た後、盛大にため息をついた。

 

 

 

「これは?」

「入館許可証を兼ねた特別社員証だな、二階以上のフロアに行く時に必要となる物だ」

「これは?」

「俺のカードと紐付けされたお前用のクレジットカードと、一応現金の入った財布だ、

俺に何か買い物を頼まれる事もあるだろうしな。

現金で買い物をする際は、領収書だけきっちりともらっておいてくれ。

そしてそのバッグは、お前専用のロッカーで保管しておいてくれ。

ロッカーはその社員証を使えば開くようになっていて、

鍵を閉めないままロッカールームの外に出ようとすると、

ブザーが鳴るようになっているから、閉め忘れの心配も無いようになっている」

「あ、はい、分かりました。そしてこれは……」

「見た通りアミュスフィアだ、ALOとGGOのソフトがインストールされている。

俺に付いてくるという事は、その中のコミュニティにも関わる事になるからな。

だがこれに関しては拒否権を認める。優里奈にも色々と、割り切れない物もあるだろうしな」

 

 その言葉に優里奈は、多分兄絡みの事を気遣ってくれているのだろうと考えた。

だが優里奈はその事で、特にVRゲームに忌避感は持っておらず、八幡に問題無いと答えた。

 

「大丈夫です、問題ありません」

「オーケーだ、とりあえず本社内の他の奴らへの紹介は後日にする事にして、

今日はとりあえず色々と準備を整える予定だから、

ロッカーの場所だけ確認して、直ぐに移動するとしよう」

 

 そして二人はロッカールームへと向かった。

 

「ここが女性用のロッカールームだ、俺が中に入る訳にはいかないから、

中に入って自分の名前の書いてあるロッカーを探して、

ちゃんとそのカードで開閉出来るか試してみてくれ」

「はい」

 

 中には誰もおらず、優里奈はきょろきょろとロッカールーム内を見渡した。

 

「広い………」

 

 そこはかなり広大なスペースであり、

優里奈は一つ一つ、順番にロッカーの名前を確認していった。

 

「あっ、ここがかおりさんのロッカーなんだ、

それに薔薇小猫……ああ、さっき言ってた社長室長さんだ、

小猫っていうんだ、かわいい名前……それにこれは……アルゴ?外人さん?

相模南……あっ、これって相模のおじ様の娘さんだ、

昔聞いた事がある、ここに勤めてたんだ……」

 

 ちなみにもちろん南はまだ、正式にここに勤めてはいない。

 

「岡野舞衣、間宮クルス、朝田詩乃……あ、あった、ここだ」

 

 優里奈は朝田詩乃という女性の隣のロッカーに、

自分の名前が書かれているのを見付け、何とも言えない気持ちになった。

 

「ああ、これからはここも私の居場所の一つになるんだ……

何日か前にはこんな事、考えもしてなかったな」

 

 そして優里奈は問題無くロッカーが開閉出来る事を確認し、

与えられたバッグを持ったまま、ロッカールームの外へと出た。

 

「確認出来たか?」

「あっ、はい」

「基本車での移動になるから、そのバッグは基本キットの中に置いておくといい、

キットの中ならセキュリティも完璧だしな」

「ですね」

 

 そしてキットに戻った二人は、その事をキットに伝えた。

 

『お任せ下さい優里奈。そのバッグは私がきちんと保管しておきます』

「うん、ありがとう、キット」

 

 そして優里奈は、八幡にこう尋ねた。

 

「次はどこに行くんですか?」

「アキバだな」

「なるほど」

 

 優里奈はどこかのゲームショップにでも行くのだろうと考え、普通に相槌をうった。

だが到着したのは、まったく予想もしなかった場所だった。

優里奈の目の前にあったのは、メイクイーン・ニャンニャンというメイド喫茶だった。




タイトルが優里奈で始まるシリーズ!

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