「えっと……こ、ここが目的地で本当に間違い無いんですか?」
「おう、優里奈がロッカーに入っている間にちゃんと連絡はしておいたからな」
「そ、そうなんですか……」
その八幡の言葉通り、店に着いた瞬間、二人の目の前に、
店の中から一人の少女が飛び出してきた、もちろんフェイリスである。
「八幡!」
「おう、って、よっと」
八幡は挨拶もそこそこに、突進してきたフェイリスをひらりとかわした。
「ニャニャッ、どうして避けるのニャ!」
「いや、それは普通に避けるだろ」
「まあいいニャ、ここは一旦引いておいてあげるニャ……と見せかけて、隙ありニャ!」
「無えよ」
そう言って再び飛び掛ってきたフェイリスを、八幡は再びあっさりと避けた。
その勢いのまま倒れ込みそうになったフェイリスを、片腕で支えるというおまけ付きだ。
「ニャニャッ、やっぱり八幡は優しいのニャ」
「おう、俺は優しいんだから、お前ももっと俺を労わって、
いい加減に飛びかかってきたりするのをやめてくれ」
「何を言ってるのニャ、フェイリスは、フェイリスに抱きつかれて喜ぶ八幡の顔を見る為に、
この身を犠牲にしてわざわざ毎回抱き付いてあげてるのニャ」
「はいはい、ああ嬉しい嬉しい」
「もう、素直じゃないニャね」
そしてフェイリスは優里奈をチラッと見た後に八幡に言った。
「それで八幡、この子が例の?」
「おう、こちらは櫛稲田優里奈、俺の特別臨時秘書だ」
「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」
「そしてこちらはフェイリス、フェイリス・ニャンニャンだ」
「フェイリスはフェイリスにゃ、一応偽名で秋葉留未穂という名前はあるけど、
それでもフェイリスはフェイリスなのにゃ、宜しくですニャ」
優里奈は空気を呼んで、名前の事には特に突っ込まず、
この後もフェイリスの事を、フェイリスさんと呼ぶ事にした。
ちなみにフェイリスは、優里奈の事を当然のように優里にゃんと呼ぶ事になる。
そして優里奈が、突然フェイリスにこう尋ねた。
「あの、フェイリスさんは、もしかして八幡さんの彼女さんですか?」
「ん?もちろん違うぞ、なぁフェイリス」
そう言われたフェイリスは、何故か頬を赤らめながらこう言った。
「確かに『今は』違うニャ、フェイリスと八幡が愛し合っていたのは、
遠い昔、二万年くらい前の失われた都市、ネオシャグリラでの事ニャね」
「え?あ、えっと……なるほど、そうだったんですね」
優里奈は突然そう言われて呆気にとられたが、そう言って何とか頷く事に成功した。
そしてご満悦ながらもどこか不満そうなフェイリスの顔を見て、優里奈はついこう言った。
「フェイリスさん、どんまいですよ、頑張って下さいね」
「ニャニャッ?ふ~ん……優里にゃん、お互い頑張ろうニャ」
「え?私は特に何かを頑張るって事は……」
「そう思ってるなら今はそれでいいニャ」
「え?」
そう不思議そうな顔をした優里奈を横目に、フェイリスは八幡に言った。
「さて、それじゃあこのまま行くかニャ?」
「だな、まゆさんは?」
「スタンバイ済みニャ、直ぐ呼んでくるニャ」
そしてフェイリスは店の中へと引っ込み、それを見た優里奈は八幡に尋ねた。
「あ、あの、店に入らないんですか?」
「ああ、また今度な、今はとりあえず、ここのスタッフと一緒に優里奈の服を買いに行く」
「私の服を?」
「さすがに制服姿のままの優里奈を連れ回す勇気は俺にも無いからな」
「ああ!」
優里奈はその言葉で初めて自分が学校の制服のままだという事に気付いた。
「確かにこの服装のままだと問題がありますね」
「だろ?かといって毎回私服に着替えてもらってから出掛けるのは面倒だし、
ロッカーに入れておく用の服を、三セットくらいは用意しておくべきだと思ったんだよ」
「会社の制服じゃ駄目なんですか?」
その優里奈の疑問は至極真っ当なものだった。
八幡はそれに首を振りながら優里奈にこう答えた。
「俺は会社と関係なく動く事も多いしな、それに制服のせいで、
こちらがソレイユ関係者だとバレるとまずいケースもあるだろうからな」
「なるほど」
優里奈はその言葉に納得したように頷いたが、
実際問題八幡は、その言葉に当てはまるような仕事はしておらず、
これは八幡が、先日おしゃれもしたいからバイトするつもりだったと優里奈から聞いた事で、
この際私服を買い与えてしまおうと考えた為だった。
だが八幡には服を選ぶセンスは皆無であり、今身近にいる高校生は誰かと考え、
服を沢山持っていそうで色々な店の事を知っていそうなフェイリスと、
コスプレ用の服の製作をしている事で目が肥えているまゆりだったという事であった。
そしてこの他に、八幡はもう一人、隠し玉を用意していた。
「八幡さん!」
「お、まゆさん、今日はわざわざすまないな」
「ううん、せっかくのお誘いだし、まゆしいが役にたてるのならそれはとても嬉しいのです」
「優里奈、こちらがまゆさん、椎名まゆりさんだ」
「はい、櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」
「うわぁかわいい、初めまして、私は椎名まゆり、まゆしいです!」
二人は似たような雰囲気をしており、ニコニコと微笑み合っていた。
優里奈は何故かまゆりには八幡の彼女かどうか質問をしなかったのだが、
八幡はその事をまったく疑問に思わなかった、それが普通だからである。
八幡が初めておかしいと思ったのは、隠し玉として用意した人物が現れてからである。
「八幡さ~ん」
「お、いいタイミングだな、椎奈」
八幡が呼んでいたのは椎奈だった。
八幡の目から見て、椎奈が一番服のセンスがあるように見え、
尚且つ体のとある部分が優里奈に似ている事から、
服選びの的確なアドバイスをもらえるのではないかと考えたせいだった。
「フェイリスとまゆさんは会った事があるよな、こちらは椎奈、苗字は……何だっけ?」
「夜野だよ夜野!ほら、私いかにも妖艶な夜の女だから!」
「あ~はいはい妖艶だな妖艶、こちらは櫛稲田優里奈、俺の特別臨時秘書だ」
「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」
「ああ、この子が!私は夜野椎奈、宜しくね」
そして優里奈は、椎奈に例の質問をした。
「もしかして椎奈さんは、八幡さんの彼女さんですか?」
「え?やっぱりそう見えちゃう?うん、私は八幡さんの……」
「友達だよな、椎奈」
「かの……あ、うん、と、友達かな」
八幡にすかさずそう言われ、椎奈は仕方なさそうにそう言い直した。
「お前はどさくさまぎれに事実を捏造しようとするんじゃねえ」
「え~?だって八幡さんは、私の事がお気に入りでしょ?」
「確かにお前の気の利く部分と肩揉みの上手さは評価しているが、
それ以上でもそれ以下でもない」
「もう、素直じゃないなぁ」
八幡はその椎奈の言葉を無視し、優里奈に向かってこう尋ねた。
「なぁ優里奈、どうしてお前は会う人みんなに、俺の彼女かどうか尋ねてるんだ?」
「あ、えっと、友達に、八幡さんの彼女がどんな人か確認するように言われたんで……」
「友達に?どういう事だ?」
「もしかしてその優里奈さんの友達が、八幡さんの事を狙ってるとか?」
「いや、そこまで交流した覚えは全く無いな」
椎奈がそう言い、八幡はそれを否定した。正解は、
その友達が、学校の男子生徒に絶大な人気を誇る優里奈と八幡がくっつく事になれば、
自分の好きな男が自分の方を向いてくれるかもしれないと考えたせいであり、
その可能性があるのかどうか探る為に、優里奈にそんな依頼をしたという訳なのだが、
神でもない限り、そんな事を推測するのは不可能な話だ。
そして八幡は、いくら考えても答えが出ない為に、実害もおそらく無いはずであるし、
優里奈にそのまま友達の頼みを遂行する許可を与えた。
「まあ、これでお前と友達の仲がおかしくなっても困るし、好きにすればいい」
「なんか気を遣わせちゃってすみません……」
「いや、気にする事は無いさ、まあ頑張って俺の彼女を探してくれ」
「はい!」
優里奈は八幡の言葉に頷いた。そして八幡は、四人をキットへと乗せ、
フェイリスのお奨めの店へと向かう事にした。
「で、予算はどれくらいなのかニャ?」
「そうだな、この活動が週三日くらいだとすれば、服もそれくらいいるよな、
全部で五万くらいでおさまればいいんじゃないか?」
「ごっ……」
慌ててそれを否定しようとした優里奈を、しかし椎奈が制した。
椎奈はこっそりと、優里奈に向かって言った。
「いい?優里奈さん、お金は使ってなんぼなんだよ、
それがお金持ちにとっての義務なの、経済を回す為に必要な事なんだよ」
もちろんこれは正論とはいえ屁理屈の部類に入る。
だが根が素直な優里奈は、そういうものかと思い、申し訳無さを感じつつも、
ここは大人しく八幡の好意に甘える事にしたようだ。
そして椎奈はこっそり八幡に親指を立て、八幡も同じように親指を立てて返した。
(さすがは椎奈だ、打ち合わせ通りだな)
八幡は、自分が遠慮するなと言うよりも、他の者に言ってもらった方が、
優里奈に対しては効果的だろうと考え、事前に椎奈達三人にその事を言い含めてあった。
というか、思いつく限りの知り合いにそういった事を言い含めてあった。
初対面のはずだった者達が皆訳知り顔なのは、その為であった。
「着いたニャ、ここだニャ」
フェイリスがそう言い、五人はキットから下りて店の中に入った。
「それじゃあ俺は当たり障りの無い場所で待ってるから、
三人がかりで優里奈の事、頼むな」
八幡のその言葉に、フェイリスは猛烈に抗議した。
「はぁ?何を馬鹿な事を言ってるニャ、八幡も一緒に選ぶのニャよ」
「いや、俺にそういったセンスは皆無だと言ってるだろ」
「構わないのニャ、とりあえず横で突っ立っててくれるだけでいいのニャ」
「……それ、何か意味があるのか?」
「大ありニャ、一級八幡ソムリエのフェイリスの目は誤魔化せないのニャ!」
「何だよそれ……」
そう言いながらも八幡は、渋々と四人の後を付いていった。
そして四人が優里奈に色々な服を着させている中、
八幡は何故か感想を求められる事も無く、「これは?」「じゃあこれは?」と、
何度も色々な服に着替えた優里奈を見せられ続けていた。
(ちゃんと指示通り、胸を強調しないタイプの服を選んでくれてるみたいだな)
正直女子の服装にはあまり拘らない八幡であったが、
今回はある意味優里奈の防具を選ぶ為にここに来ていたので、その事には安心した。
そして一時間後、ずっとマネキン状態にされ、少し疲れた顔の優里奈を伴って、
三人が八幡の下に集合した。
「三人で一着ずつ決めたよ、八幡さん」
「仕事中だと言われても違和感の無い感じの服装にしておいたからね」
「バッチリニャ!」
「俺は特に感想とかを言わなくて良かったのか?」
その八幡の問いに、フェイリスはドヤ顔でこう答えた。
「大丈夫ニャ、八幡の発汗具合と顔の色の変化を見て、
一番八幡が興奮していた服装に決めたからニャ」
「人聞きの悪い事を言うんじゃねえよ!」
八幡は即座にそう突っ込んだのだが、フェイリスは人差し指を振りながらそれに反論した。
「ちっちっち、甘いニャ、一級八幡ソムリエたるこのフェイリスの目は誤魔化せないのニャ、
確かに八幡は、この三つの服装に一番反応してたニャ」
「だから何でお前はそういう事が分かるんだよ!」
「そんなの、数万年単位での付き合いなんだから、分かるに決まってるニャ」
その言葉に八幡は、これは何を言っても無駄だろうと諦めの境地に入った。
「…………まあいい、俺が見た中のどれかなのは間違い無いんだな」
「うん、まゆしいも本気で選んだのです!」
「私も自分の経験を元に、いい感じのを選んだつもり!!」
「まゆさん、今日は本当にありがとうな、椎奈もわざわざ来てもらって助かったわ」
「ううん、その代わり、今度はまた私達と遊んでね」
「暇が出来たらな」
こうして選ばれた三着の服は、例外なく胸の部分に飾りが付いた、
優里奈のスタイルを隠すのに適したデザインの、
それでいて仕事に着ていくのに相応しい、シックな色調の物となっていた。
もちろんその系統はまったく別物であり、尚且つ地味すぎるという事も無い。
「さて、これでひと安心だな、優里奈に対する馬鹿どもの視線も減るだろう」
「優里奈ちゃん、目立ってたもんねぇ」
「うんうん」
「あ、ありがとうございます、八幡さん」
「いやいや、仕事だからな、うん、仕事だ仕事」
実はこの時、八幡はもう一着、三人に服を選んでもらっていた。
それは仕事の為の服ではなく、優里奈の魅力をこれでもかというくらい引き出せる、
それでいて下品に見えないようなかわいい服であった。
「それじゃあ優里奈、とりあえずソレイユに戻って着替える事にするか」
「はい!」
「三人とも今日はありがとうな、希望の場所があったら送るが」
「あ、まゆしいとフェリスちゃんは、
これからオカリンとダル君と合流するので大丈夫なのです」
「お、そうなのか、二人に宜しく言っといてくれ」
「うん!」
「私も詩乃達と遊ぶから、ここで大丈夫かな」
「おう、気を付けてな、あんまり遅くなるんじゃないぞ」
「八幡さん、学校の先生みたい」
そして三人を見送った後、八幡と優里奈はソレイユへと向かおうとした。
その時八幡の携帯が着信を告げた。
「ん……あれ、美優からか」
それは北海道にいるはずの美優からの電話だった。
「まさかこっちに来てるなんて事は無いよな……」
そう思いながら八幡は、その電話に出た。
美優は、とても焦ったような口調で一気にこうまくしたててきた。
「リーダー!コヒーが、コヒーが!」
「香蓮がどうしたんだ、美優」
「ALOをやってみたいって言うから中で待ってたら、
それっぽいキャラが現れた瞬間に強制切断されて、リアルで電話しても何の反応も無いの!」
「何だと!?分かった、直ぐに香蓮の家に向かう」
「コヒーの家がどこなのか知ってるんだ、お願い!もうリーダーしか頼れる人がいないの!」
「前に一度家まで送った事があるからそれは大丈夫だ、とりあえず後でまた連絡する」
「うん!」
そして電話を切った後、八幡は優里奈に言った。
「悪い、予定変更だ、友達に何かあったらしいから、先にそっちに向かうぞ」
「はい、急ぎましょう」
こうして二人は、急遽香蓮の家へと向かう事になった。