「うわぁ、こういう道の無い所を車で走るのって、何か新鮮ですね」
「まあ日本じゃ普通こんなのはありえないからな」
「こうやって車で狩場に向かうのが普通なのか?」
「海外だとそんな感じらしいんだが、JPサーバーはちょっと遅れてるみたいで、
そこまで車が普及してないらしいぞ」
「なるほどな、よ~しロック、とばせとばせ!」
「俺はロックなんて名前じゃないっつ~の」
シャナはナユタの役作りに感心しながらも、同時にその変化に驚いていた。
「おいナユタ、お前、何かストレスでも溜め込んでたのか?」
「ストレス?そんなもの俺にある訳無いだろ」
「今はとりあえずそういうのは置いといて、実際どうなんだ?」
「………」
ナユタはその問いに無言だったが、しばらくしてからその重い口を開いた。
「そう……ですね、学校でも友達とはそれなりに上手くやってきたと思いますし、
今の自分にも満足しています。皆さんよくしてくれますし、普通に生活も出来ています。
でも気を遣われてるなって感じる時はやっぱり多い気がするので、
もしかしたらそれがストレスになっている可能性はあるかもしれませんね」
「ふむ」
「だから何ていうか、今はとてもいい気分です、
だってシャナさんは、私に全然気を遣ってくれないんですもん」
そのナユタの言葉にシャナは猛然と抗議した。
「いやいやいや、俺はお前に目茶目茶気を遣ってるだろうが」
「矛盾してるかもしれないですけど、正直私も、シャナさんと出会ってからの事を考えると、
確かに凄い気を遣われてるのが分かるんですけど、
頭では理解してても、何故か全然そんな気がしないんですよね……」
「何だそれは……」
そしてナユタは考えながら言った。
「多分ですけど、普通気を遣われる時って、相手に何か不利益を与えてるじゃないですか、
でもシャナさんからは、そういうのを一切感じないんですよ、何でですか?」
「ああ、まあ俺は、自分がやりたい事を好きにやっているだけだからな、
多分そういうのを、ナユタは敏感に感じ取っているんだろうな」
「ああ、それはあるかもしれませんね」
(こいつは意外と言いにくい事をハッキリ言うな、まあ普段は上手くいってるってなら、
学校ではそうじゃないんだろうし、俺の前でだけ素で話してるのかもしれないが)
シャナは、自身の高校時代の経験から、
思った事をハッキリ言う事のリスクを承知していた。
なのでそういった考えに至ったのだが、それは真実であった。
ナユタ~優里奈は今、とても楽しかった。
普段なら言わずに我慢していたような事も、シャナ~八幡相手ならいくらでも言う事が出来、
それに対し、よく学校で見られるような、
『え~?そんなのありえなくない?』
『そんな訳無いじゃ~ん』
『何それ?意味が分かんない』
等の、ちょっと目先の変わった意見を否定するような向きも一切無く、
優里奈は八幡の前では、好きなように振舞う事が出来た。
ただ一つ、八幡は服装の一部に関してだけはうるさかったが、
優里奈は今は、その理由もちゃんと理解していた為、
その事については今は大人しく言う事を聞く事にしていた。
いずれ詩乃に入れ知恵され、その部分も自由になるのだが、
とにかく今の優里奈は、とてもリラックスした精神状態に置かれていたのだった。
「見た事も無いものに触れ、基本好きなように振舞える、
これもシャナさんと出会ったおかげですね、もっと私に色々なものを見せて下さいね」
「まあお前が満足してるならそれでいいさ」
「はい!新しい友達も沢山出来そうで嬉しいです」
「私とももう友達だね!」
「そうだなレン、俺達はもう友達だ」
「うわ、ナユさん変わり身早っ!」
「よし、そろそろ狩場に着くぞ」
シャナがそう言いながら指差す方向を見たレンとナユタは、
その指差す先に、廃墟と化した少し大きめの建物が、砂漠に半分埋まっているのを見た。
「あの中にブラックを停めるからな」
「はい!」
「やっと着いたか」
「とりあえずこの周辺には、それなりに経験が稼げる敵が多く徘徊している、
あの建物の外壁近くを拠点にし、やばい時は一時的に中に逃げ込む感じだな」
「俺のこの格好は、あそこじゃ目立っちまうんじゃないか?」
「そこでこれだ、ほれナユタ、これを使え」
「これは……」
「あっ、私の服と同じ色だ!」
そう言ってシャナが差し出してきたのは、レンが言った通り、
何の変哲もないピンク色の布だった。
「これは?」
「今俺が同じ物をかぶってみるから、少し離れた所から見てみろ」
その言葉を受け、レンとナユタはその場から少し離れた後に振り向いた。
「あれ?」
「お?」
二人はシャナがどこにいるのか一瞬分からなかった。
そしてシャナが布を取って姿を現し、二人にこう言った。
「どうだ?案外分からないもんだろ?」
「うん、よく見れば分かるんだけど、最初は気付かなかったよ」
「だな、こんな物でも使えるもんなんだなぁ」
「分かってくれたか、それじゃあ狩りを開始する」
そう言ってシャナは、久々にM82を手にした。
「おおっ」
「それって狙撃銃って奴か」
「まあそういう事だ、とりあえず最初は俺がある程度敵を間引くから、
二人は先ず銃での戦闘に慣れるように、確実に敵に弾を命中させる事を考えてくれ」
「はい!」
「おう!」
こうして狩りが始まり、シャナの力もあって、二人はどんどん経験値を稼いでいった。
「ステータスの振り方はどうしようかな」
「そうだな……ん、ちょっと待て、誰か来た」
「え、どこどこ?」
「街の方からだな、誰かが走ってくるみたいだ」
「え、走って?車じゃなくて?」
「みたいだな、ん……あれは……」
シャナはそう言うと、単眼鏡を取り出してそちらの方を見た。
「どうやら知り合いだ、二人はちょっとここに隠れててくれ、
俺が指を鳴らしたら、一斉にあいつに襲い掛かってみろ」
「ええっ!?知り合いなんだよね?」
「おう、まあ遊びみたいなもんだ」
「サプライズか」
「まあそうだな、よし、それじゃあ頼むぞ」
そしてシャナは、その人物から見えるように姿を現し、立ち上がった。
その人物は、ギクッとしたように立ち止まると、じっとこちらを見た。
そして特徴的なM82のシルエットが見えたのか、直ぐに誰なのか気付いたようで、
嬉しそうにこちらに近付いてきた。
「おっ、シャナじゃねえか、元気か?」
「おう、お前も元気だったか?闇風」
「こんな所で奇遇だな、一人で狩りか?」
「おう、まあそんな所だ」
そう言いながらシャナは、パチッと指を鳴らした。
その瞬間にレンとナユタが左右から闇風に襲い掛かり、
左右から闇風の頭に銃を突きつけた………はずだった。そしてその場に一迅の風が吹いた後、
気が付くとそこには誰もおらず、レンはナユタに、ナユタはレンに銃を突きつけていた。
「あれ?」
「むむっ」
そんな二人のこめかみに、二丁の銃が突きつけられ、二人は驚いて固まった。
「シャナ、このちびっことグラマーさんはどなた?」
「おう、俺の知り合いだな、ちなみに二人ともルーキーだ」
「くっ、また女の子の知り合いが増えやがったのか……」
二人に銃を突きつけていたのは闇風だった。そのあまりの速さに二人は驚いた。
特にレンの受けた衝撃はすさまじかったようだ。
(凄い……私もあんな風に動けたら……)
「また腕を上げたか?闇風」
「おう、多分バイトのおかげだ」
「ははっ、なるほどな」
そして闇風は銃口を下げ、二人に自己紹介をした。
「俺の名は闇風、GGO一のスピードスターだ、宜しくな」
「私はレンと言います、師匠!」
「し、師匠?」
「俺はナユタだ、宜しくな」
「おおう、見た目によらずワイルドな……」
闇風は面白そうにそう言った。
「で、師匠ってのは何の事だ?」
「はい、私もあんな風に速く動けるようになりたいです!」
「おっ、中々見所があるちびっこだな」
「はい、私、ちびっこです!」
「お、おう、それは見れば分かるが……」
そしてシャナが、横からレンに向かって言った。
「レンは闇風みたいになりたいのか?」
「うん!」
「そうかそうか、よし闇風、こいつの師匠になれ」
「それは別に構わないけどよ、シュピーゲルもいなくなっちまったしな」
「おい、その名前は……」
「あ、悪い……」
レンとナユタには何の事か分からなかったが、その場は微妙な雰囲気になった。
だがそれを払拭するかのように、闇風がレンに言った。
「よし、俺がお前の師匠になってやるよ、
まあ俺も忙しいから付きっきりってのは無理だけどな、宜しくな、レン」
「あ、ありがとうございます!」
レンはとても嬉しそうに闇風に頭を下げた。
「とりあえずステータスは、しばらくはAGIに全振りだからな?」
「はい!」
「振ったらちょっと、全力で走ってみろ」
「分かりました、師匠!」
そしてレンは言われた通りに走り出し、自分の速度が確実に上がっている事を実感した。
「速くなってます、師匠!」
「おう、ステータスが上がったら、必ずそうやって全力で走って、
自分の最高速度を常に把握しておくようにするんだぞ」
「はい!」
そんな二人を見て、シャナが言った。
「いい師匠といい弟子になりそうだな」
「おうよ!」
「うん!」
「それじゃあレンの事は、今後お前に任せるが、いいか闇風、これだけは覚えておけよ」
「ん?うわっ!」
その闇風の目の前に、いきなりM82の銃口が向けられた。
「レンにリアルで手を出そうとしたら、例えお前でも容赦はしない、
社会的に抹殺してやるからな」
「お、おう、分かったぜ、パパ」
「誰がパパだ」
そんなシャナの姿を見て、レンは恥ずかしそうに頬を赤らめ、
ナユタはそれを少し羨ましそうに見ていた。
「で、ナユタちゃんはどうする?そっちも俺が面倒を見るか?」
「いや、実はナユタは今、俺の秘書のような事をしていてな、
そこまでGGOをやっている時間は無いと思うから、
ナユタは基本俺が少ない時間を有効に活用してそれなりに戦えるようにしておくわ」
「お、そうなのか、事情は分かったぜ。それでな、シャナ、
丁度いい機会だ、是非これを見て欲しいんだよ」
「ん、何だ?」
「これだ」
そう言って闇風が取り出したのは、輝光剣だった。
「おっ、BoBの決勝進出でユニットをもらったのか」
「おう、他の何人かももらったらしいぜ」
「イコマが大忙しだな、で、何て名前にしたんだ?」
「『電光石火』、色は紫だ」
「なるほど、お前っぽくていいじゃないか」
「だろ?」
そんな二人の遣り取りを見て、レンがシャナに尋ねた。
「シャナさん、それって何ですか?」
「ん、これか?これは要するに、何でも斬れる剣だ」
そう言いながらシャナは、アハトライトを取り出して刀身を出現させ、レンに見せた。
「わっ」
「おお」
それを見てレンは感嘆し、ナユタは目を見張った。
「確かに凄く斬れそうですね」
「おう、試しに何か斬ってみるか、よし闇風、腕を出せ」
「ホワイ?一応聞くが、何の為に?」
「今言っただろ、試し斬りだ」
「ウェイウェイウェイ、そうくるなら、俺も抵抗させてもらうぜ!」
「ほう?」
「くらえ!」
「おっと」
そして二人は剣を持って対峙し、何合か打ち合った。
シャナは明らかに手加減していたが、闇風はとにかく必死だった。
「うっお、怖えええええええ」
「まだまだだな、まあ頑張って練習してくれ、
っと、さすがにこれじゃあエネルギーも直ぐ尽きるか」
「だな、それじゃあここは引き分けって事で!」
「引き分け?どこが?」
シャナはそう言いながら、アハトレフトを取り出して闇風の目の前に突きつけた。
「う………」
「さて、それじゃあ遠慮なく真っ二つにさせてもらうか」
「な、なんて卑怯な、二本目とかずるいぞ!でもそういうの、嫌いじゃないぜ!」
「シ、シャナさん、師匠を殺さないで下さい!」
そこでレンが慌てて闇風をかばい、闇風は感動のあまりレンの頭を撫でた。
「レンちゃんはいい子や……」
それを見たシャナは、いきなりその闇風の腕目掛けてアハトレフトを振り下ろそうとし、
闇風は慌てて手を引いた。
「うおおおおおお」
「俺の許可無くレンの頭を撫でるんじゃねえ」
「お、おま、危ないだろ!」
「チッ」
「チッ?今チッって言ったか!?」
「待て闇風、誰か来る」
「むっ」
そしてシャナは、単眼鏡を取り出して辺りを見回し、残る三人はその姿に緊張した。
「レン、ナユタ、二人でさっきの布をかぶって隠れるんだ、
闇風はこっちへ来て俺と一緒に隠れろ」
その指示通り、四人は腹ばいになり、頭の上からピンクの布をかぶった。
「敵か?」
「おう、見てみろ」
そして闇風は単眼鏡を覗き込み、驚いた声で言った。
「お、おい、あれ、ゼクシードじゃないか、復帰してたのか?」
「らしいな、さすがにレンとナユタのデビュー戦の相手があいつってのは荷が重いか」
「俺達でやるか?」
「そうだな……せっかくだし、お前にやらせてやるよ、
レン、ナユタ、お前らはこの闇風と、今から来る奴の戦いをよく見ておくんだ、
GGOでも最強クラスの戦いなんて、滅多にお目にかかれないから、
この機会に色々と学ぶんだぞ」
「は、はい!」
「おう!」
そしてシャナは立ち上がると、第三回BoBの時に使った信号弾を空へと打ち上げた。
「むっ」
「ゼクシードさん、あの信号弾って……」
「シャナか!」
この辺りで狩りをしようかと車の速度を落とし、
のんびりと走っていたゼクシード達は、慌てて車を停めて外に飛び出し、
車を盾にして周囲を警戒し始めた。
「ゼクシードさん、あそこに人が!」
「あれは……シャナと闇風か!他にも二人いるみたいだが……」
「攻撃してくる気配は無さそうですね」
「みたいだな」
そしてゼクシード達から少し離れた所で四人は立ち止まり、
闇風が一歩前に出て、ゼクシードに向けて叫んだ。
「よぉゼクシード、復帰してたんだな、俺が復帰祝いをしてやるよ、
第三回BoBで俺と戦えなくて残念だったんだろ?今からここで、俺とタイマンだ!」
その言葉を聞いたゼクシードは、ブルッと武者震いをすると、銃を構えて立ち上がった。