「八幡さん、やりますね」
「おう、いつもの調子でやられたら、さすがの俺も優里奈に変態扱いされちまうんでな、
まあ俺は悪くない、悪くないんだが、
優里奈におかしな誤解をされるのは避けたいと思ってな」
「いつもの調子?って、一体何をされてるんですか?」
「さっきやりかけてただろ、この馬鹿社長は、
俺の頭の上に胸を乗せて、リラックスしようとするんだよ……」
「えっ?」
その言葉を聞いた優里奈は、くすくすと笑った。
「別に八幡さんを変態扱いなんかしませんよ、愛されてていいじゃないですか」
「そんな愛はいらねえ」
「それにどれくらい効果があるのか、私も興味があります!」
「絶対にさせないからな」
「ちぇっ、はぁい」
そして優里奈は、その場で足腰が立たなくなっている四人に順に質問していった。
「あの、南さん、南さんはもしかして八幡さんの彼女さんですか?」
「えっ?も、もしそうなったら、うちのお父さんも大喜びするだろうし、
娘としてはその期待に答えてあげたいけど……」
南はもじもじしながらそう答えた。
「そうなんですか、ドンマイですよ、南さん!」
「優里奈ちゃん、もしかして……」
「え?私に何かありましたか?」
「えっ?気付いてないんだ……あ、うん、まあそれならそれでいいんだけどね」
「小猫さん、もしかして小猫さんは八幡さんの彼女さんですか?」
「あいつ、私のこの胸にまったく興味を示さないのよ、それっておかしくない!?」
「確かにそう見えますけど、もしかして演技かもしれませんよ?」
「そ、そうかな?私もまだ希望を捨てなくていいのかな?」
「はい、頑張って下さい!」
「あなたもね」
「え、私は別に……」
「え?ふ~ん、なるほどね」
「クルスさん、クルスさんはもしかして、八幡さんの彼女さんですか?」
「私ごときが彼女とはおこがましい、いいところ第七婦人くらいがお似合い」
「か、彼女よりランクが上がってませんか!?……が、頑張って下さい」
「あなたも頑張れ第八婦人」
「ええっ?わ、私は別に……」
「むっ、下克上を狙ってる?」
「べ、別にそんな事は……」
「言行不一致」
「え?」
「何でもない、多分直ぐ分かる」
「あ、はい」
「社長、社長はもしかして、八幡さんの彼女さんですか?」
その問いに、陽乃はニヤリとしたまま何も答えず、優里奈は背筋に冷たいものを感じた。
「が、頑張って下さい……」
「あなたもね」
「え?私は別に……」
そういつものセリフを返す優里奈に、陽乃は決定的な一言を放った。
「それじゃあどうして優里奈ちゃんは、その質問をする時に、
必ず八幡君の服をつまんでいるの?」
「えっ?」
優里奈はそう言われ、自分の手を見た。
その手は確かに八幡の服の袖をつまんでおり、優里奈は愕然とした。
「わ、私、いつの間に……」
「この前からずっとだぞ、気付いてなかったのか?」
「は、はい……あっ、だから皆さんは、必ず私にも頑張れって……」
「まあそうなんだろうな」
そして八幡は、懐中時計をチラッと見ると、優里奈にこう促した。
「さて、顔合わせもした事だし、帰るか」
「あ、八幡君、これ」
その時陽乃が懐から何かを取り出し、八幡に向かって放り投げた。
「これは……オーケーだ、半ば強制という形になるけどいいか?」
「問題無いわ、それじゃあまたね、八幡君」
そう言って陽乃は再びへなへなとその場に崩れ落ちた。
どうやらまだ足腰が立たないようだ。代わりに他の三人が八幡に言った。
「まったく、このテクニックをもっと別の方向に生かしなさいよね」
「小猫、お前今度お仕置きな」
「な、何でよ!」
「じゃあ別の方向の意味を詳しく説明してみろ」
「そ、それは……」
「ほれみろダウトだ」
「うぅ……」
「八幡様、今度必ずお役にたつのでまた肩揉みをお願いします」
「おう、マックスには別に頼む事があるからその報酬な」
「やった!」
「八幡、優里奈ちゃんの事を宜しくね」
「任せろ、なぁ南、やっぱり今のお前はいい奴だよな」
「ええっ!?う、うちはそんな……」
「南さんはいつも私に優しいですよ」
「優里奈ちゃん……」
「ほれみろ、照れずにたまには素直に褒められとけって」
「う、うん」
そして二人は社長室を後にし、女子ロッカーに寄って買った服をしまい、
優里奈が元の制服に着替えた後に、裏口からソレイユの本社ビルの外に出た。
結衣はもう帰ったらしく、正面入り口が閉められていたからだ。
「あの、八幡さん」
「ん?」
その時優里奈が、緊張した様子で深呼吸をした後、八幡に話し掛けてきた。
「私、今日は帰りたくないんですけど、
これって私が八幡さんの事を好きって事なんでしょうか?」
「いや、違うだろ」
八幡はそれを即座に否定し、気合いが空回りとなった優里奈は困惑したように言った。
「ち、違うんですか?」
そんな優里奈に、八幡は優しい目を向けながらこう言った。
「優里奈は何となく、俺を通して優里奈のお兄さんとお父さんの姿を見ている気がする」
「二人の姿……ですか?」
「だってお前、家で自分専用の、
簡易AI相手に同じような会話をするだけのゲームを自作して、毎日プレイしてるだろ?」
その八幡の言葉に図星を突かれた優里奈は、ドキリとした。
「……知ってたんですね」
「おう、悪いが勝手に優里奈の部屋に入らせてもらった、もちろん女性だけでな」
「なるほど、私はそんなに怪しかったですか?」
優里奈は身辺調査でもしたのかなと考え、八幡にそう尋ねた。
「ん?そういうんじゃねえよ、まあ説明は落ち着いてからだな、優里奈、こっちだ」
「あ、はい……って、このマンションは……」
「会社の向かいにあるこのマンションに、実は俺の部屋が確保してあるんだよ。
どうしても帰れない時ってのがあるからな」
「あ、そういう事ですか……」
優里奈は何かを納得したように一人頷くと、そのまま黙って八幡の後を付いていった。
「よし、ここだ」
そして八幡はとある部屋の前で立ち止まると、その部屋の扉を開けた。
「と言う訳で……」
「はい、今夜は宜しくお願いします」
そして優里奈は八幡が何か言いかけたのを遮ってそう言った。
「ん?お、おう」
八幡は、首を傾げながらその言葉に頷き、優里奈を中へと案内した。
「結構広いだろ?まあ一人だと少し持て余すんだよな、この広さ」
「一人ならそうかもですね、まあこれからは二人ですし、いいんじゃないですか?」
「ん?まあ確かに今は二人だが……」
「ここがトイレでここがお風呂……わぁ、広いですね」
「気に入ったか?」
「はい!とりあえずシャワーを浴びてきてもいいですか?」
「まあ今日は色々動いたからそうするといい、時間はまだまだ余裕だしな」
「はい」
そして優里奈は風呂場に消え、八幡はとりあえずソファーに横になった。
どうやら八幡も疲れていたようで、八幡はいつの間にかスゥスゥと寝息をたてはじめた。
(どこからか声が聞こえる……)
八幡の意識は、その声によって徐々に浮かび上がってきた。
どうやら誰かが独り言を言っているようだ。
「こうして見ると、お兄ちゃんともお父さんとも全然似てないや、
私、本当に八幡さんに二人の姿を重ねてるのかな……
まあいいや、この人に身を任せれば、きっと何もかも上手くいく、そんな気がする……」
その言葉の意味を理解した瞬間、八幡の意識は一気に覚醒した。
「何かおかしいと思っていたが、優里奈、お前何か勘違いし……て……」
そして八幡が目を開くと、その視界にバスタオル一枚の優里奈の姿が飛び込んできた為、
八幡は慌ててそちらから目を背け、ハンガーにかけておいた自分のジャケットを手にとり、
優里奈の肩にかけ、可能な限り優里奈の肌色成分を減らそうとした。
「あれ……?」
「お前、絶対に何か勘違いしてるだろ!そもそもお前は今の状況について、
一体どんな風に理解してるんだ?」
その言葉に優里奈は目をパチクリさせながら、こう答えた。
「えっと……ここは八幡さんの部屋で、今後私は八幡さんに養ってもらいながら学校に通う、
愛人みたいな立場になって、同時に八幡さんの為に働く感じになるんですよね?」
「………………………………」
「………………………………」
二人は無言で見つめ合い、八幡が先に口を開いた。
「あ~……これは俺が全面的に悪い、心から謝罪する」
八幡はそう言って頭を下げたが、そんな八幡に優里奈はキッパリと言った。
「いえ、別に私、そういう生活も全然嫌じゃないですから。
それにこういう強引なのにもちょっと憧れるっていうか……」
「そっちについての謝罪じゃねえよ!って………え、嫌じゃないのか?」
「はい、もちろんですよ、むしろ八幡さんとこれから一緒にいる事で、
どんな面白いものに出会えるのか楽しみです!」
「お前はもっと自分を大事にしろ」
「してますよ?私だってちゃんと相手を選んでます」
「アーアーキコエナイキコエナイ」
「子供ですか!」
そして八幡は、優里奈の手を取って寝室らしき部屋へと放り込み、ドアを閉めると、
ドア越しに優里奈に向かって言った。
「とりあえず優里奈は着替えろ、服はその部屋の洋服ダンスの中に入ってるはずだからな」
「あ、はい」
その直後に、部屋の中から優里奈の驚きの声が聞こえてきた。更にもう少ししてから、
優里奈が大人しめでなおかつ楽な格好で戻ってきた為、八幡は安堵した。
「あの……どうして私の服がこの部屋にあるんでしょう?」
「言葉通り、ここがお前の部屋だからだ」
「えっ?」
「風呂場にあったシャンプーとかも、全部お前が普段から使ってるやつだっただろ?」
「あ、はい、八幡さんも同じのを使ってるんだって思って、
ちょっと一人でニヤニヤしたりしちゃったんですけど……」
「それは聞かなかった事にしとく、まあ要するにそういう事だ。
そこのキッチンとかもよく見てみな」
そして優里奈はその言葉通り、キッチンに並んでいる食器や調味料を確認し始めた。
「これ、全部うちのだ……」
「冷蔵庫の中身もな」
「本当だ……今朝、家を出た時と何も……あ、あれ?私ハーゲンダッツなんて買ったかな?」
「それはサービスだ、俺の趣味だ」
その言葉に優里奈は思わず噴き出し、八幡は顔を赤くした。
「まあそれはいい、要するにここがこれからお前の部屋になるという事だ」
「あの、えっと、これは一体……」
「まあ戸惑うよな、勝手にこんな事をして悪かった。
家賃の差額分はうちが出すから、それで何とか納得してくれ、
どうしても嫌だったら全部元に戻すから」
「いえ、まあそれはいいんですけど……
あそこは何となく、自分の家って感じじゃなかったですしね」
その優里奈のセリフを聞いた八幡は、優里奈にこう確認した。
「お兄さんとご両親の事があってから、今まで住んでたマンションを引き払って、
新しい部屋に引っ越したんだったよな?」
「はい、よく知ってますね」
「ゴド……いや、相模のおっさんに聞いたからな」
「なるほど、確かにおじ様に保証人になってもらいましたしね」
「まあこの事はおっさんも承諾済だから問題ない、
なんならおっさんに電話で聞いてみるといい」
「あ、はい、一応確認しますね」
そして優里奈は自由に電話を掛け、自由は電話の向こうから優里奈にこう言った。
『優里奈ちゃんや、今回の事は納得いかない部分もあるかもしれないが、
頼むから参謀……いや、八幡君の言う通りにしてやってくれないか?』
「あ、大丈夫です、まだ納得はしてないですけど、それはこれからする予定ですから」
『そうか、それならいいんだがな。私から一つだけ言える事は、
八幡君は、仲間を失う事が何よりも嫌なんだ、その事だけは分かってやってくれ』
「仲間……」
優里奈はその言葉に、自分も八幡の仲間扱いされているのだと思い、少し胸が熱くなった。
「分かりました、納得します」
『ま、まあそれは話を聞いてからにしなさい』
「あ、はい」
そして優里奈は、自由にお礼を言って電話を切った。
「どうだ?確認出来たか?」
「はい、確認出来ました」
「それじゃあ今回の経緯を説明するからな、先ず優里奈、お前、死銃事件って知ってるか?」
その突然の言葉に、優里奈は目を見開いたのだった。