ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第438話 優里奈、やらかす

「八幡さん、やりますね」

「おう、いつもの調子でやられたら、さすがの俺も優里奈に変態扱いされちまうんでな、

まあ俺は悪くない、悪くないんだが、

優里奈におかしな誤解をされるのは避けたいと思ってな」

「いつもの調子?って、一体何をされてるんですか?」

「さっきやりかけてただろ、この馬鹿社長は、

俺の頭の上に胸を乗せて、リラックスしようとするんだよ……」

「えっ?」

 

 その言葉を聞いた優里奈は、くすくすと笑った。

 

「別に八幡さんを変態扱いなんかしませんよ、愛されてていいじゃないですか」

「そんな愛はいらねえ」

「それにどれくらい効果があるのか、私も興味があります!」

「絶対にさせないからな」

「ちぇっ、はぁい」

 

 そして優里奈は、その場で足腰が立たなくなっている四人に順に質問していった。

 

「あの、南さん、南さんはもしかして八幡さんの彼女さんですか?」

「えっ?も、もしそうなったら、うちのお父さんも大喜びするだろうし、

娘としてはその期待に答えてあげたいけど……」

 

 南はもじもじしながらそう答えた。

 

「そうなんですか、ドンマイですよ、南さん!」

「優里奈ちゃん、もしかして……」

「え?私に何かありましたか?」

「えっ?気付いてないんだ……あ、うん、まあそれならそれでいいんだけどね」

 

 

 

「小猫さん、もしかして小猫さんは八幡さんの彼女さんですか?」

「あいつ、私のこの胸にまったく興味を示さないのよ、それっておかしくない!?」

「確かにそう見えますけど、もしかして演技かもしれませんよ?」

「そ、そうかな?私もまだ希望を捨てなくていいのかな?」

「はい、頑張って下さい!」

「あなたもね」

「え、私は別に……」

「え?ふ~ん、なるほどね」

 

 

「クルスさん、クルスさんはもしかして、八幡さんの彼女さんですか?」

「私ごときが彼女とはおこがましい、いいところ第七婦人くらいがお似合い」

「か、彼女よりランクが上がってませんか!?……が、頑張って下さい」

「あなたも頑張れ第八婦人」

「ええっ?わ、私は別に……」

「むっ、下克上を狙ってる?」

「べ、別にそんな事は……」

「言行不一致」

「え?」

「何でもない、多分直ぐ分かる」

「あ、はい」

 

 

「社長、社長はもしかして、八幡さんの彼女さんですか?」

 

 その問いに、陽乃はニヤリとしたまま何も答えず、優里奈は背筋に冷たいものを感じた。

 

「が、頑張って下さい……」

「あなたもね」

「え?私は別に……」

 

 そういつものセリフを返す優里奈に、陽乃は決定的な一言を放った。

 

「それじゃあどうして優里奈ちゃんは、その質問をする時に、

必ず八幡君の服をつまんでいるの?」

「えっ?」

 

 優里奈はそう言われ、自分の手を見た。

その手は確かに八幡の服の袖をつまんでおり、優里奈は愕然とした。

 

「わ、私、いつの間に……」

「この前からずっとだぞ、気付いてなかったのか?」

「は、はい……あっ、だから皆さんは、必ず私にも頑張れって……」

「まあそうなんだろうな」

 

 そして八幡は、懐中時計をチラッと見ると、優里奈にこう促した。

 

「さて、顔合わせもした事だし、帰るか」

「あ、八幡君、これ」

 

 その時陽乃が懐から何かを取り出し、八幡に向かって放り投げた。

 

「これは……オーケーだ、半ば強制という形になるけどいいか?」

「問題無いわ、それじゃあまたね、八幡君」

 

 そう言って陽乃は再びへなへなとその場に崩れ落ちた。

どうやらまだ足腰が立たないようだ。代わりに他の三人が八幡に言った。

 

「まったく、このテクニックをもっと別の方向に生かしなさいよね」

「小猫、お前今度お仕置きな」

「な、何でよ!」

「じゃあ別の方向の意味を詳しく説明してみろ」

「そ、それは……」

「ほれみろダウトだ」

「うぅ……」

 

「八幡様、今度必ずお役にたつのでまた肩揉みをお願いします」

「おう、マックスには別に頼む事があるからその報酬な」

「やった!」

 

「八幡、優里奈ちゃんの事を宜しくね」

「任せろ、なぁ南、やっぱり今のお前はいい奴だよな」

「ええっ!?う、うちはそんな……」

「南さんはいつも私に優しいですよ」

「優里奈ちゃん……」

「ほれみろ、照れずにたまには素直に褒められとけって」

「う、うん」

 

 そして二人は社長室を後にし、女子ロッカーに寄って買った服をしまい、

優里奈が元の制服に着替えた後に、裏口からソレイユの本社ビルの外に出た。

結衣はもう帰ったらしく、正面入り口が閉められていたからだ。

 

「あの、八幡さん」

「ん?」

 

 その時優里奈が、緊張した様子で深呼吸をした後、八幡に話し掛けてきた。

 

「私、今日は帰りたくないんですけど、

これって私が八幡さんの事を好きって事なんでしょうか?」

「いや、違うだろ」

 

 八幡はそれを即座に否定し、気合いが空回りとなった優里奈は困惑したように言った。

 

「ち、違うんですか?」

 

 そんな優里奈に、八幡は優しい目を向けながらこう言った。

 

「優里奈は何となく、俺を通して優里奈のお兄さんとお父さんの姿を見ている気がする」

「二人の姿……ですか?」

「だってお前、家で自分専用の、

簡易AI相手に同じような会話をするだけのゲームを自作して、毎日プレイしてるだろ?」

 

 その八幡の言葉に図星を突かれた優里奈は、ドキリとした。

 

「……知ってたんですね」

「おう、悪いが勝手に優里奈の部屋に入らせてもらった、もちろん女性だけでな」

「なるほど、私はそんなに怪しかったですか?」

 

 優里奈は身辺調査でもしたのかなと考え、八幡にそう尋ねた。

 

「ん?そういうんじゃねえよ、まあ説明は落ち着いてからだな、優里奈、こっちだ」

「あ、はい……って、このマンションは……」

「会社の向かいにあるこのマンションに、実は俺の部屋が確保してあるんだよ。

どうしても帰れない時ってのがあるからな」

「あ、そういう事ですか……」

 

 優里奈は何かを納得したように一人頷くと、そのまま黙って八幡の後を付いていった。

 

「よし、ここだ」

 

 そして八幡はとある部屋の前で立ち止まると、その部屋の扉を開けた。

 

「と言う訳で……」

「はい、今夜は宜しくお願いします」

 

 そして優里奈は八幡が何か言いかけたのを遮ってそう言った。

 

「ん?お、おう」

 

 八幡は、首を傾げながらその言葉に頷き、優里奈を中へと案内した。

 

「結構広いだろ?まあ一人だと少し持て余すんだよな、この広さ」

「一人ならそうかもですね、まあこれからは二人ですし、いいんじゃないですか?」

「ん?まあ確かに今は二人だが……」

「ここがトイレでここがお風呂……わぁ、広いですね」

「気に入ったか?」

「はい!とりあえずシャワーを浴びてきてもいいですか?」

「まあ今日は色々動いたからそうするといい、時間はまだまだ余裕だしな」

「はい」

 

 そして優里奈は風呂場に消え、八幡はとりあえずソファーに横になった。

どうやら八幡も疲れていたようで、八幡はいつの間にかスゥスゥと寝息をたてはじめた。

 

 

 

(どこからか声が聞こえる……)

 

 八幡の意識は、その声によって徐々に浮かび上がってきた。

どうやら誰かが独り言を言っているようだ。

 

「こうして見ると、お兄ちゃんともお父さんとも全然似てないや、

私、本当に八幡さんに二人の姿を重ねてるのかな……

まあいいや、この人に身を任せれば、きっと何もかも上手くいく、そんな気がする……」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、八幡の意識は一気に覚醒した。

 

「何かおかしいと思っていたが、優里奈、お前何か勘違いし……て……」

 

 そして八幡が目を開くと、その視界にバスタオル一枚の優里奈の姿が飛び込んできた為、

八幡は慌ててそちらから目を背け、ハンガーにかけておいた自分のジャケットを手にとり、

優里奈の肩にかけ、可能な限り優里奈の肌色成分を減らそうとした。

 

「あれ……?」

「お前、絶対に何か勘違いしてるだろ!そもそもお前は今の状況について、

一体どんな風に理解してるんだ?」

 

 その言葉に優里奈は目をパチクリさせながら、こう答えた。

 

「えっと……ここは八幡さんの部屋で、今後私は八幡さんに養ってもらいながら学校に通う、

愛人みたいな立場になって、同時に八幡さんの為に働く感じになるんですよね?」

「………………………………」

「………………………………」

 

 二人は無言で見つめ合い、八幡が先に口を開いた。

 

「あ~……これは俺が全面的に悪い、心から謝罪する」

 

 八幡はそう言って頭を下げたが、そんな八幡に優里奈はキッパリと言った。

 

「いえ、別に私、そういう生活も全然嫌じゃないですから。

それにこういう強引なのにもちょっと憧れるっていうか……」

「そっちについての謝罪じゃねえよ!って………え、嫌じゃないのか?」

「はい、もちろんですよ、むしろ八幡さんとこれから一緒にいる事で、

どんな面白いものに出会えるのか楽しみです!」

「お前はもっと自分を大事にしろ」

「してますよ?私だってちゃんと相手を選んでます」

「アーアーキコエナイキコエナイ」

「子供ですか!」

 

 そして八幡は、優里奈の手を取って寝室らしき部屋へと放り込み、ドアを閉めると、

ドア越しに優里奈に向かって言った。

 

「とりあえず優里奈は着替えろ、服はその部屋の洋服ダンスの中に入ってるはずだからな」

「あ、はい」

 

 その直後に、部屋の中から優里奈の驚きの声が聞こえてきた。更にもう少ししてから、

優里奈が大人しめでなおかつ楽な格好で戻ってきた為、八幡は安堵した。

 

「あの……どうして私の服がこの部屋にあるんでしょう?」

「言葉通り、ここがお前の部屋だからだ」

「えっ?」

「風呂場にあったシャンプーとかも、全部お前が普段から使ってるやつだっただろ?」

「あ、はい、八幡さんも同じのを使ってるんだって思って、

ちょっと一人でニヤニヤしたりしちゃったんですけど……」

「それは聞かなかった事にしとく、まあ要するにそういう事だ。

そこのキッチンとかもよく見てみな」

 

 そして優里奈はその言葉通り、キッチンに並んでいる食器や調味料を確認し始めた。

 

「これ、全部うちのだ……」

「冷蔵庫の中身もな」

「本当だ……今朝、家を出た時と何も……あ、あれ?私ハーゲンダッツなんて買ったかな?」

「それはサービスだ、俺の趣味だ」

 

 その言葉に優里奈は思わず噴き出し、八幡は顔を赤くした。

 

「まあそれはいい、要するにここがこれからお前の部屋になるという事だ」

「あの、えっと、これは一体……」

「まあ戸惑うよな、勝手にこんな事をして悪かった。

家賃の差額分はうちが出すから、それで何とか納得してくれ、

どうしても嫌だったら全部元に戻すから」

「いえ、まあそれはいいんですけど……

あそこは何となく、自分の家って感じじゃなかったですしね」

 

 その優里奈のセリフを聞いた八幡は、優里奈にこう確認した。

 

「お兄さんとご両親の事があってから、今まで住んでたマンションを引き払って、

新しい部屋に引っ越したんだったよな?」

「はい、よく知ってますね」

「ゴド……いや、相模のおっさんに聞いたからな」

「なるほど、確かにおじ様に保証人になってもらいましたしね」

「まあこの事はおっさんも承諾済だから問題ない、

なんならおっさんに電話で聞いてみるといい」

「あ、はい、一応確認しますね」

 

 そして優里奈は自由に電話を掛け、自由は電話の向こうから優里奈にこう言った。

 

『優里奈ちゃんや、今回の事は納得いかない部分もあるかもしれないが、

頼むから参謀……いや、八幡君の言う通りにしてやってくれないか?』

「あ、大丈夫です、まだ納得はしてないですけど、それはこれからする予定ですから」

『そうか、それならいいんだがな。私から一つだけ言える事は、

八幡君は、仲間を失う事が何よりも嫌なんだ、その事だけは分かってやってくれ』

「仲間……」

 

 優里奈はその言葉に、自分も八幡の仲間扱いされているのだと思い、少し胸が熱くなった。

 

「分かりました、納得します」

『ま、まあそれは話を聞いてからにしなさい』

「あ、はい」

 

 そして優里奈は、自由にお礼を言って電話を切った。

 

「どうだ?確認出来たか?」

「はい、確認出来ました」

「それじゃあ今回の経緯を説明するからな、先ず優里奈、お前、死銃事件って知ってるか?」

 

 その突然の言葉に、優里奈は目を見開いたのだった。


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