「死銃事件って、あの相模のおじ様が解決したっていう、PK殺人事件の事ですか?」
「おう、まあ大体合ってるな、実はあれな、俺も思いっきり関わってたんだよ」
「そ、そうなんですか?」
優里奈はその説明に驚いた。
「でな、まだ一人犯人が捕まってないのは知ってるだろ?」
「あ、はい」
「そいつの標的の一人は、確実に俺なんだ、
だからもしかしたら、俺の周りの仲間達も狙われるかもしれない、
おっさんも頑張ってくれているが、その辺りの心配がどうしてもその、な」
「なるほど、そういう事情があったんですね、でもそれと私の引越しにどんな関係が?」
「お前の住んでたアパートのセキュリティが甘かったから、って言えば分かるか?」
「………ああ、そういう事ですか!凄く納得しました!」
「それなら良かったわ」
そして八幡は、改めて優里奈に言った。
「という訳で、俺は俺が少しでも安心出来るように、
優里奈にはここに住んでもらいたいと思っている、
ちなみに隣はさっき言った俺の部屋で、その反対はアルゴっていううちの社員の部屋だから、
その分更に安全性は増しているんじゃないかと思う」
その言葉に、優里奈は何故か目を輝かせながら言った。
「分かりました、私ここに住みます、いえ、是非住みたいです!」
「そうか、それなら俺も一安心だわ」
「そこまで気を遣ってもらってすみません」
「いや、まあこれから俺が、優里奈の保護者みたいな感じになる事だしな、
名目上は相模のおっさんだが、実質的には俺が優里奈の保護者という事になる」
「そうなんですか!?何から何まで本当にありがとうございます!」
「少々おせっかいが過ぎる気もするんだけどな、
でもまあ俺も優里奈とは、少し接点がある事だしなぁ……」
「接点ですか?」
優里奈はその接点とやらにまったく心当たりが無かった為、きょとんとした。
「実はな……いや、やはり最初に俺は、優里奈に謝らないといけないんだと思う」
「謝る?何をですか?」
「俺はお前の兄、ヤクモの事はよく知らない、
ただし、どういった経緯で、何に殺されたのかは知っている」
「えっと、仲間を庇って死んだって聞いてはいるんですが、
もしかして八幡さんは、それ以上の事を知ってるんですか?」
「おう」
そして八幡は、居住まいを正した後、優里奈に向かって頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、お前の兄さんを守ってやれなくて、本当にすまなかった」
「えっ?ど、どういう事ですか?」
「それはこれから説明する」
そして八幡は、SAOの七十四層で一体何があったのかを、優里奈に説明し始めた。
「……何とかボスであるグリームアイズは倒したものの、
俺達は優里奈の兄さんを助ける事が出来なかったと、そういう訳なんだ」
「そんな事があったんですね……」
「だから俺は、ある意味お前にとっては仇になるのかもしれないな」
「なりません!」
突然優里奈はそう声を荒げ、八幡は驚いてビクッとした。
「いや、でもな……」
あくまでも申し訳なさそうな八幡に対し、優里奈は決然とした態度でこう言った。
「そうやって何でも自分のせいにしないで下さい!
八幡さんは神か何かにでもなったつもりですか?どう考えても悪いのは、
馬鹿な上司の命令に反抗しつつも、最終的に従ってしまった私の兄じゃないですか!
警察官だから不本意な命令にも従って、仲間を守ろうとした?本当にそのつもりがあったら、
それこそ事前に八幡さんなりに相談すれば良かったじゃないですか!
悪いのは全部兄さんと、アインクラッド解放軍の当時の幹部連中であって、
それが唯一絶対の真理で、他の人達には何の責任もありません!」
優里奈は一気にそうまくしたてた後、荒い息を吐いた。
そんな優里奈に、八幡は素直に謝った。
「優里奈の言う通りだ、俺が悪かった」
「分かってくれればいいんです、今後はもうこの話は禁止ですからね!」
「分かった、約束する」
即座にそう言った八幡に、逆に優里奈が頭を下げた。
「でもそこまで私の事を考えてもらえて、とても嬉しいです、
八幡さんが私の保護者役をしてくれる気になったのも、それが原因なんですよね?」
「いやいや、優里奈が魅力的だから、このチャンスにモノにしてやろうと思ったのさ」
「その冗談は面白くないです、まったくウケません、八幡さん」
優里奈にそう駄目出しされ、八幡は肩を落とした。
「お、おう、冗談を言うのは昔から苦手なんだよな」
そんな八幡に、優里奈は茶目っ気たっぷりに言った。
「何故ならもうとっくにモノになってるからです、
自力でモノに出来なくて残念でしたね、八幡さん」
「いいっ!?」
そして優里奈は、慌てて顔を上げた八幡の目を真っ直ぐに見ながらこう言った。
「冗談っていうのはこうやって言うんですよ」
「………優里奈は俺よりも遥かに冗談が上手いな」
「本当に冗談だと思います?」
「え?え~と……お、おう」
「じゃあそう思ってて下さいね」
優里奈はそう八幡にウィンクし、八幡はこれは敵わないなと両手を上げて降参した。
こうして和やかな雰囲気になったところで、八幡は優里奈にこう切り出した。
「なぁ優里奈、ソレイユの次期幹部候補生育成プロジェクトの最初の候補生にならないか?」
「私がソレイユの幹部……ですか!?」
「まあそういう名目があれば、俺としても支援しやすいってのもあるし、
何より優里奈なら、うちが間違った方向に進もうとした時に、
それをキッチリ止めてくれるんじゃないかと期待しているという面もある」
「私がお目付け役ですか?」
「まあまだまだ勉強不足だろうとは思うが、それは俺も同じだしな、どうだ?」
「そうですね………私、やってみたいです!」
「そうか、それじゃあ宜しく頼むな」
「はい!」
こうして優里奈は、プロジェクトの最初の候補生として名乗りを上げる事となった。
もっともそんなにお堅いプロジェクトではなく、
あくまで必要な知識を中心に学んでいこう程度のプロジェクトであるので、
当分優里奈の生活に、何ら変わりは無いだろう。
そして八幡は、この日は隣にある自分の部屋で寝ると言って去っていき、
優里奈はいきなり新居で一人の夜を過ごす事となった。
「それにしても、いくら物が少なかったとはいえ、
よく一日でこんなに綺麗に引越し出来たなぁ」
そう呟きながら、優里奈は室内の設備を見て回った。
「うわ、よく見るとどれもこれも凄いなぁ……
キッチンなんか、使い方がよく分からない設備が沢山ある……」
優里奈は今度の休みの時にでも色々研究してみようと思い、ついでに冷蔵庫の中を覗いた。
「さしあたり明日の朝食、二人分は問題無いかな」
どうやら優里奈は八幡と一緒に朝食をとる気が満々のようであった。
「さて、そろそろ卒業しないといけないのは分かってるんだけど……」
そう言って優里奈はアミュスフィアをかぶり、自作のゲームにログインした。
そこには優里奈がかなり力を入れて完全再現した、
幸せだった頃の家族の風景が広がっていた。
「お父さん、お兄ちゃん、また将棋してるの?」
優里奈はAIの父と兄にそう話しかけた。
「またって言うなよ、非番の時くらい別に構わないだろ」
「……お兄ちゃんくらいの年頃の人は、非番の時はデートとかをしているんじゃないかな」
その言葉を受け、キッチンから母親が顔を出した。
「そうよそうよ、あなたも早く彼女を作って家に連れてきなさい、
もし優里奈が彼氏を連れてきたら、お父さんが卒倒しちゃうかもしれないけど、
あなたが連れてくる分には大歓迎よ」
その言葉に兄は肩を竦め、父親が心配そうに優里奈に尋ねてきた。
「おい優里奈、まさかとは思うが、まだお前にはそういう人はいないよな?」
「彼氏と呼べる人はいないけど、興味を持っている人ならいるよ」
「何っ!?」
そう言いながら立ち上がろうとする父親を、兄と母親が制した。
「まあまあ父さん、優里奈もお年頃なんだからさ」
「そうよそうよ、世の中の父親の誰もが通る道よ、
むしろ覚悟する時間がもらえて良かったじゃない」
「くっ……」
そして父親はうな垂れ、優里奈はソファーに腰掛けると、
ソレイユ・コーポレーションの事を色々と調べ始めた。
「この急成長っぷり、やっぱり凄いなぁ……あの社長さん、やり手なんだなぁ……」
優里奈は記事に載っていた陽乃の写真を見ながらそう呟いた。
そして写真の隅に、見切れている八幡の姿を見付け、ぷっと噴き出した。
「出会ってからここまで、思いもしなかった事の連続だったなぁ、
この先私、一体どうなっちゃうんだろう」
「きっと幸せになれるさ、彼と一緒なら」
「そうよそうよ、優里奈、しっかり玉の輿を狙うのよ」
「お前もそろそろここを卒業しないとな」
「えっ?」
突然そんな声が聞こえ、優里奈は慌てて家族の方を見た。
だが三人ともこちらを伺っている様子は無く、優里奈は首を傾げた。
「幻聴……?でも今確かに……卒業……?」
そして優里奈は、虚空を見つめて考え込んでいたが、意を決したように、三人に言った。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、私、そろそろ寝るね、
次に会えるのは、もしかしたら当分先になるかも」
その言葉に三人は顔を見合わせると、笑顔で言った。
「そうか、しっかりな」
「頑張りなさい、優里奈」
「お前もやっとブラコンを卒業だな」
「お兄ちゃんがシスコンなのを、変に改変しないで!」
優里奈は兄にそう反論した後に、小さく手を振りながら、小声で言った。
「バイバイ」
優里奈はベッドで目覚めると、何となく外の空気を吸いたくなり、ベランダへと出た。
そんな優里奈に話しかける者がいた。
「何だ優里奈、まだ起きてたのか?」
「あ、はい、ちょっと家族と会ってたので」
「そうか」
隣のベランダで佇む八幡は、それ以上何も言わなかった。そんな八幡に優里奈は言った。
「でも、しばらくあそこには行かないつもりです」
「そうか」
二度目の『そうか』は、先ほどよりも少し優しく聞こえた。
そして優里奈は、八幡にこんな質問をした。
「八幡さんはそこで何を?」
「広い部屋は落ち着かないんで、ちょっと外の空気を吸おうと思ってな」
「なるほど、それじゃあもういっそ、私と一緒に暮らしちゃいますか?」
そんな言葉が突然優里奈の口をついて出て、八幡は口をパクパクさせた。
「は?お前熱でもあるの?それとも宗教の勧誘か何か?」
「もう、何でそうなるんですか!」
「お、おう、悪い」
優里奈は、そんな八幡を見て、仕方ないなぁと思いながらこう尋ねた。
「明日の朝は朝食を作りに行きますね」
「いや、別にそんなのはいら……」
八幡が断ろうとする気配を感じ、優里奈は咄嗟に言葉をかぶせた。
「そのお礼に、私を学校まで送って下さい」
「お?おう、そういう事か、分かった」
(こうやって交換条件を出すと、案外素直に受けてくれるのかな、メモメモっと)
「それじゃあ鍵を渡しておくわ、ついでに明日の朝、俺を起こしてくれ、
俺一人だと二度寝するかもしれん」
そう言って八幡は、一度部屋の中に入ると、
部屋の鍵らしき物を手に持って現れ、優里奈に向けて放ってきた。
「えっ?」
「ん?」
「こ、こんなに簡単に鍵を渡しちゃっていいんですか?
もしかしたら私、暗殺者かもしれませんよ!?」
「え、何お前、そう見えて謎の暗殺拳の使い手だったりすんの?」
「す、すみません、少し動揺しました……」
「まああれだ、俺は滅多にここに来ないと思うし、それは合い鍵だから、
どうしてもやる事が無くて暇で仕方ないって時くらいでいいから、
この部屋の換気くらいはしてやってくれ」
「い、いいんですか!?」
その八幡の説明に、優里奈は食いぎみにそう言った。
「いいんですかって、俺はむしろ申し訳ない気持ちでいっぱいなんだが……」
「あっ、そ、そうですね、仕方ないからその仕事、引き受けてあげます!」
「悪いな、それじゃあ俺はそろそろ寝るわ、また明日な」
「あっ、はい、また明日です」
そして優里奈もさすがに眠くなってきたのか、今日は寝る事にした。
優里奈は直ぐに寝息をたてはじめたが、
その胸にはしっかりと、八幡の部屋の合い鍵が抱かれていたのだった。