(う……頭が重い……風邪でもひいたか……?)
八幡は次の日の朝、まどろみながらそう感じていた。
だがそれは、何故か痛くも苦しくもなく、ただ心地よい感触だけが感じられ、
八幡は矛盾する感覚にとらわれながらも、徐々にその意識を覚醒させ、身じろぎした。
「ううん………」
その瞬間に頭にかかっていた圧力が消失し、八幡の意識は再び沈んでいった。
「八幡さん、ちょっと早いけど朝ですよ」
そんな声と同時に体を揺さぶられ、八幡は目を覚ました。
「ん……ここは……そうか、昨日はここに泊まったんだったか」
「朝食が出来ましたから、顔を洗ってきて下さいね」
「ん、ああそうか、そういえばそういう約束だったな」
「はい!」
そこにはエプロン姿の優里奈が笑顔で立っており、八幡は一瞬悩んだのだが、
昨夜に交わした約束の事を思い出し、納得したようにそう言うと、
寝ぼけ眼をこすりながら、洗面所へ行って顔を洗った。
「ふう……そういえば優里奈、風邪とかひいてないか?大丈夫か?」
「え?どうしてですか?」
「いや、今朝一瞬頭が重くて起きかけたんだよな、だからもしかしたら風邪かなと思って、
それで優里奈にうつしちまってたら悪いと思ってな」
「……大丈夫ですよ、もうすぐ準備が出来ますから、とりあえず着替えてきちゃって下さい」
「おう、それなら良かった、こんな事までさせちまって何か悪いな」
「いえ、気にしないで下さい…………」
優里奈は八幡に背を向けたままそう言い、
八幡はその言葉を受け、着替える為に寝室へと向かった。
ちなみにこの時優里奈は、顔を真っ赤にして汗をだらだらかいていたのだが、
幸いにもその姿が八幡に気付かれる事は無かった。
もうお分かりだと思うが、八幡の頭が重かったのは、優里奈がとある事を試したせいである。
一応着替えは寝室に常備してあるらしく、
八幡はテキパキと着替え終わった後、部屋の外に出ると、
洗濯物を洗面所のカゴに放り込んだ。それを見ていた優里奈が八幡にこう尋ねた。
「あ、ここにも着替えが用意してあるんですね、洗濯物はいつもどうしてるんですか?」
「持ち帰って洗ってるな、で、暇を見てまた持ってくる感じかな」
その説明を聞いた優里奈は、笑顔を崩さないまま八幡に言った。
「それって面倒くさくないですか?」
「まあな、確かにずぼらな俺には面倒くさい」
その答えを予期していたのか、優里奈は即座にこう提案してきた。
「それじゃあ洗濯も私がやっておきますよ、どうせシーツも干さないといけませんしね」
「ん?いや、そこまでしてもら……」
「えっと、実は私、テストが近いんで、
そのお礼に私に勉強を教えてくれるというのはどうでしょう、
というか教えて下さい今回はちょっと自信が無いんですお願いします、
洗濯はそのお礼という事でどうでしょう」
優里奈にそうまくしたてられ、八幡は思わず反射でこう答えた。
「お、おう、そういう事なら別に構わないんだが、
さすがに俺もまだ高校生をやり直してる所なんでな、先生を連れてくるって事でいいか?」
「先生……ですか?」
「おう、昨日会っただろ?間宮クルス、あいつは赤門の学生だからな」
「そうなんですか!分かりました、それでお願いします。
ちなみにもちろん八幡さんも来てくれるんですよね?」
「え?お、おう、場所はこの部屋でいいか?」
「はい!」
「それじゃあちょっと連絡するわ……俺の携帯は……ん?メールが来てるな、詩乃からか」
そして八幡はそのメールを確認すると、
その内容が今の会話内容と合致していた事に驚いた。そのメールには、こう書いてあった。
『寝てるかもしれないのを起こすのは悪いから通話じゃなくメールで。
やばい、ゲームとバイトに集中しすぎちゃった、テストが近いので勉強を教えなさい。
BoBの優勝報酬のお出かけも今は厳しいのでテストの後まで我慢してあげるわ』
「何をやってるんだあいつは……まあ色々あったし仕方ないか」
そして八幡は、優里奈にもう一人増えてもいいか尋ねた。
「えっと、その人ってどんな人ですか?」
「仲間だな、ちなみに女の子で、優里奈とは同い年のはずだ」
「仲間ですか!」
その言葉に優里奈は目を輝かせた。どうやら知り合いが増える事は大歓迎のようだ。
しかも今回は、同じ高校生なのである。
実は優里奈は両親が事故にあった時、一緒にその車に乗り合わせており、
ただ一人生き残ったのだが、そのせいでしばらく入院する事となり、
その分高校への入学時期が少しずれ込んでいた。
幸い受験は終わっていた為、入学する事自体は出来たのだが、
友達作りのスタートダッシュに失敗した為、友達は一応いるのだが、
そこまで親しくなれないままここまできてしまっており、
ここから劇的に仲良くなれるかどうかも怪しかった為、
先日メイクイーンで会った、フェイリス、まゆり、椎奈に次ぐ、
四人目の年の近い、仲がいいと言える友達が出来るのではないかと期待したようだ。
「是非お願いします!」
「そうか、それじゃあちょっと連絡してみるわ」
『もしもし?八幡?』
「おう、メールの件で折り返したんだが、今大丈夫か?」
『うん、ちょっとまだ下着姿だけど、電話だから問題ないわね、まだ下着姿だけど』
「何で二度言った……そもそも何のアピールだよ」
『で、どうなの?教えてくれるの?くれないの?』
「お前は相変わらずせっかちだよな……」
そして八幡は、詩乃に事情を説明した。
『ああ、例の子ね、オーケーよ、私も会ってみたいし』
「それじゃあ今日学校が終わった頃、その子を連れて迎えに行くわ」
『分かったわ、待ってる』
そして八幡は、オーケーがもらえた事を優里奈に伝え、
それを聞いた優里奈はとても喜んだ。
「何か、凄く楽しみになってきました」
「それなら良かった。それじゃあ生徒が二人になった分、先生役も一人増やすかな」
そんな八幡の頭に浮かんだのは、当然雪乃だった。
(まあ他にいないよな……)
そして八幡は、雪乃に連絡をとった。
「おう、俺だ」
『こんな朝早くから珍しいわね、一体どうしたのかしら』
「実はな……」
そして八幡は、勉強会の先生役をやってくれないかと、雪乃に事情を話しながら頼んだ。
「そう、別に構わないわよ、でも今日はうちの学校で、
どうしても聞いておきたい講演会が開かれるから、午後六時以降でお願い」
「オーケーだ、そのくらいに迎えにいく。ちなみにマックスにも頼むつもりなんだが……」
「ああ、それなら問題無いわ、今日の講演会に一緒に行くから」
「そうなのか、それじゃああいつにも頼んでおいて……いや、やっぱり自分で頼むわ」
「あら、ちゃんと自分で判断出来たのね、よく出来ました」
雪乃はまるで教師のように、八幡にそう言った。
「人の上に立つ者はやはりそうじゃないと」
「おう、危なく間違えるところだったけどな」
「まあそうなったらなったで、私がちゃんと怒ってあげたわ」
「まあそうだろうな、いつもありがとな」
「どういたしまして」
そして次に八幡は、クルスに連絡した。
「おう、マックスか?こんな朝早くに悪いな」
「いえ、問題無いです」
「で、実はお前に頼みがあるんだが」
「分かりました、任せて下さい」
クルスはそう即答し、八幡は呆れたようにクルスに言った。
「即答かよ、俺はまだ頼みの内容を言ってないんだが……」
「えっ?早朝からムラムラしてしまって、今すぐそこへ来い、
私に伽をしろとかそういう頼みでは無いんですか?」
そのクルスのセクハラを受け、八幡は反射的にこう聞き返した。
「お前、そんな性格だったか!?」
「すみません、朝から八幡様の声が聞けたので、テンションが上がってしまいました」
「お、おう……そうストレートに言われるとちょっと恥ずかしいな」
そして八幡は、何を頼みたいのかクルスに説明した。
「なるほど、やっぱりそうでしたか、もちろん先ほど言った通りオーケーです」
「やっぱりってお前な……」
「さっきのはもちろん冗談です、どんな頼みでも、
八幡様の頼みならオーケーだという私の忠誠心を示したつもりでした」
「お前さっき、テンションが上がって勢いで言った風な事を言ってたよな!?
まあいいや、いつも悪いな、頼りにしてるぞ」
「はい、お任せ下さい!それでは八幡様、雪乃と一緒にお待ちしてますね」
そう言ってクルスは機嫌良さそうに電話を切った。
「ふう……よし、教師を二人、確保完了だ」
「ありがとうございます、さて、朝食にしましょうか」
「お、美味そうだな、それじゃあ頂くとするか」
そして二人は雑談をしながら優里奈の作った朝食を食べていたが、
八幡はふとこんな事を思いつき、優里奈に尋ねた。
「そういえばここから学校に行くのは初めてになると思うけど、行き方とか大丈夫なのか?
もしやばそうならキットで送るが」
「大丈夫です、いつも送ってもらえる訳じゃないですし、
昨日どうやって行けばいいか調べておいたので、一人で行けます。
実は前のアパートから行くよりも、ここからの方が学校に近いんですよ、ふふっ」
「そうか、それならいいんだがな、とりあえず片付けは俺がしておくから、
優里奈は学校に行く準備をしてくるといい」
「あ、大丈夫ですよ、もう準備は終わってますから。
帰ったら洗い物をしてエプロンを回収しておくので、直ぐに出ちゃいましょう」
「そうか、それじゃあもういい時間だし、このまま行く事にするか」
そして優里奈はエプロンをキッチンに残し、そのまま八幡と共にマンションを出た。
他人が見たら完全に誤解されるシチュエーションだが、
事前に関係者には事情を説明してあるので、そういったハプニングは起こりようがない。
「それじゃあ行ってきますね、八幡さん」
「おう、行ってらっしゃい、気をつけてな」
優里奈は誰かに行ってきますと言い、
行ってらっしゃいと返してもらうのは久しぶりであり、
とても嬉しそうに八幡に手を振りながら、軽い足取りで学校へと向かっていった。
「さて、俺も行くか……」
そして八幡はソレイユの敷地内に停めてあったキットに乗り込み、
自らも帰還者用学校へと向かった。