(…………ん、雪乃と詩乃と紅莉栖は、さっきからチラチラとどこを見てるんだ?)
居間に戻った後、雪乃は優里奈の横で、真面目に勉強を教えていた。
詩乃にはクルスが付き、紅莉栖は両方を見て、たまに横から口を挟んでいた。
八幡は三人の視線の先を追い、その視線が優里奈の胸の辺りに注がれている事に気が付いた。
優里奈は先ほどまでエプロンを付けており、その胸の大きさは隠されていたのだが、
今はエプロンを脱いでいる為、その破壊力が遺憾なく発揮されていた。
「まさか胸の事を……」
八幡はうっかり小さい声でそう呟いてしまい、
その言葉は普通は聞こえない程の小さなものだったのだが、
それに三人は敏感に反応し、八幡の方を見た。
「ごめんなさいクルス、ちょっと優里奈さんの事をお願い、
私達はちょっと八幡君にお話があるの」
「了解」
「お、俺には無いんですが……」
「いいからいいから、ちょっとこっちに来なさい」
「さすがの私もこれには参加せざるを得ないわね」
そして詩乃と紅莉栖に引きずられ、八幡は雪乃の先導で寝室へと連れ込まれた。
「ちょっと八幡君、優里奈さんのあの胸はどういう事なのかしら、
まさか分かってて、当てつけの為に私を呼んだのかしらね」
「違う、誤解だ、そんな意図はまったく無い」
「あの胸を昨日一晩見ていたのよね、本当に何も無かったの?」
「ある訳ないだろ、詩乃、落ち着け」
「あのルックスにあの胸、八幡はああいう子の足長おじさんをやっているのね、
それにマンションまで提供ちゃって、この変態」
「おい紅莉栖、お前まで……」
八幡は身の危険を感じ、順番に三人を持ち上げにかかった。
「雪乃、俺が優里奈に対する援助を決めたのは、自由のおっさんに話を聞いた段階でだ。
そしてお前を誘う事にしたのは、俺にはお前しか、勉強面で頼れる奴がいなかったからだ。
俺はそれくらいお前の事を信頼し、大切に思っている、
だから胸の事なんかまったく関係ない、その事だけは分かってくれ」
「そ、そう、そういう事なら仕方が無いわね……」
「詩乃、お前はかつて、心に傷を負っていた。
そんなお前なら、優里奈のいい友人になってくれるんじゃないかと俺は考えた。
俺とお前は戦友だ、戦友ってのは普通の友達よりも繋がりが強い、
だから俺はお前を深く信頼し、一番最初にここに呼ぶ事を決断した。
だから胸の事なんかまったく関係ない、その事だけは分かってくれ」
「ふ~ん、戦友、戦友ね、まあそういう事なら……」
「紅莉栖、俺はお前といる時は、常にリラックスした状態でいられる。
前にも言ったが、それはお前が俺に恋愛感情を持っていないせいだ、
同時に俺は、お前から色々教えてもらうのがとても楽しいんだ、
お前の知性は俺にはとてもいい刺激になるし、お前とは死ぬまでいい友人でありたいと思う。
だから胸の事なんかまったく関係ない、その事だけは分かってくれ」
「そうね、確かに私も八幡と一緒にいるのはいい刺激になるのよね……」
(ふう、これで乗り切れればいいんだが、いざとなったら土下座だな)
その八幡の期待通り、三人は納得し、大人しく寝室から出ていこうとした。
「まあいいわ、確かにあなたがそんな事を考えるはずもないし」
「そうね、八幡はそういう奴よね」
「今度実験に付き合うのよ、いい?」
(セーーーーーーーーーーーーフ!)
八幡は心の中で快哉を叫んだが、その時三人は振り返ってこう言った。
「とりあえず後で、全員分の予備の下着を買いにいくわよ」
「そこのクローゼットは基本開けるのは禁止」
「あなたの分の着替えは、別に何か買ってきてそこに収納しましょう」
「ある程度の数のタオルも必要よね」
「歯ブラシとかコップもね」
「一人手があくと思うから、ローテーションでその人が休んでいる間に、
必要な物をリストアップしていくのがいいと思うわ」
「お、おい……」
八幡は困った顔で三人にそう声を掛けた。
「とりあえず今日はお泊り会ね」
「異論反論は認めないわよ」
「ちょっと楽しそうね」
「あっ、はい……」
「夕飯を食べたら後で出かけるわよ」
「分かりました……ピザでも出前で注文しておきます……」
この話はクルスと優里奈にも伝えられ、二人も楽しそうだとやる気を出した。
もちろん詩乃もその事で集中する事が出来、食事前にかなり勉強は進んだ。
そしてピザが届き、休憩がてらの食事が終わった頃に、陽乃が部屋に尋ねてきた。
「八幡君、話って?」
「あ、すみません姉さん、実は今から買い物に……」
「あら、そうなの?」
「事情は私が説明するわ、姉さん」
そして雪乃の話を聞いた陽乃は、いきなり拍手した。
「さっすが雪乃ちゃん、部屋の家具から私の意図をくんでくれるなんて、
さすがは私の自慢の妹ね」
「やっぱりそうだったのね、姉さん」
「ああ、ついにこの時が来たわ、誰が最初に気付くのか、正直ずっと待ってたのよ。
それじゃあとりあえず、必要な分の下着とか諸々を買いに行きましょうか。
さあ、頑張ってこの部屋を改造していくわよ!」
「くっそ、馬鹿姉め、調子に乗りやがって………」
そして陽乃はソレイユの社用車の大型のワゴンを手配し、
七人はそのまま買い物へと出かける事になった。
だが八幡の本当の受難は、これからなのである。
「えっと、それじゃあ俺はここで……」
下着売り場を前に、八幡はそう言って逃げようとした。
だがそれは当然のように、陽乃の手によって阻止された。
「あなたが選ばなくて誰が私達の下着を選ぶの?」
「自分達で選べよ、俺を巻き込むな!」
「別に下着姿を見ろなんて言わないわよ、いいからさっさとこっちに来なさい」
「勘弁してくれよ……」
その後、四人はかわるがわる八幡にハンガーに掛かった上下セットの下着を見せに来た。
紅莉栖は自分だけでさっさと決めてしまい、優里奈は家が隣なので選ぶ必要が無い。
そして八幡は、淡々とこう言い続けた。
「それよりはさっきの方がいい」
「こっちの方がいいんじゃないか」
「おう、かわいいかわいい」
そんなセリフを口に出す度、八幡の精神はゴリゴリと削られていき、
そろそろ倒れるんじゃないかと思われた頃、やっと全員がチョイスを終え、
八幡はついに下着鑑定士の仕事から解放され、自由の身になった。
そんな八幡に、紅莉栖が自販で買ったのであろう、飲み物を手渡してきた。
「お疲れさま」
「おう、地獄のような時間だったぞ……お前だけが俺の味方だ」
「どうせまた来る事になるんだから、頑張って慣れる事ね」
「会社絡みでうちに来る可能性があるのって、あと何人いるんだ……」
「会社が絡まなくても公平性を重視して、
ヴァルハラのメンバーはほぼ全員呼ぶんじゃないかしら」
「その可能性は否定出来んな………」
「他にも会社絡みでちらほら、まあ気をしっかり持ちなさい、死ぬんじゃないわよ」
「ああ、考えたくねえ……」
ちなみに暫定的に、八幡の部屋に自分の居場所を確保するのは、
明日奈を筆頭に、結衣、優美子、いろは、里香、珪子、
めぐり、小猫、南、かおり、イヴとなり、
遠距離に住んでいるフカ次郎以外のメンバー全員と、妹組以外となる。
ちなみにこの人数は、この後若干増える事になる。
八幡にとっては災難ともいえるが、優里奈にとっては知り合いが増えて嬉しい事態である。
「よし、勉強しろ勉強!」
部屋に戻ると、八幡は詩乃と優里奈にはっぱをかけた。
「うん、ここからはちょっと真面目にいくわ」
「はい、私も赤点はまずいので、頑張ります!」
その二人にはクルスと雪乃が付き、残りの三人は、八幡の寝室で密談をする事にした。
「で、紅莉栖ちゃん絡みの案件って?」
「それなんですが……」
そして八幡の説明を聞いた陽乃は、その頼みを快諾した。
「問題ないわ、寮の中でもいい部屋をキープしておくわね」
「ありがとうございます」
「ところで紅莉栖ちゃん、さっきレスキネン教授から連絡があってね、
私達の秋の渡米の件、オーケーだそうよ」
「それじゃあ私もその時一緒に向こうに戻りますね」
「一応予定メンバーは、私、八幡君、明日奈ちゃん、雪乃ちゃん、薔薇、クルスの六人ね」
「明日奈もですか?」
八幡は、予定メンバーに明日奈の名前が入っている事に少し驚いた。
「当たり前じゃない」
「当たり前ですか?」
「当たり前でしょ?」
「いや、えっと、まあそうなんですかね」
「当たり前よ」
「………うっす」
以前から検討されていた、レスキネン教授の研究室への支援の話と、
ザスカー社との提携の話、それに加えて結城宗盛と情報交換をする為の渡米の話が、
どうやらここに来て正式に決定したようだ。
ちなみに雪乃とクルスは英語が堪能な為、通訳を兼ねる事となる。
「それと夏のイベントの話だけど」
「企業ブースを出すんですよね?」
「ねぇ八幡君、八幡君絡みで、何人かコスプレをしてくれる子を募集出来ないかしら」
「それってバイトって事ですよね?分かりました、聞いておきますね」
「うん、お願いね」
「でも確か、結衣と優美子はその日、同人誌の売り子をするらしいんですよね」
八幡は、先日結衣に説明された話を思い出しながらそう言った。
「そうなんだ」
「なので残りのメンバーでやれそうなのは……」
そして二人は同時にこう言った。
「いろはだな」
「いろはちゃんね」
どうやら二人の中ではこういう時に適任なのはいろはのようである。
「小猫は当然参加ですよね?」
「ええ、司会役ね」
「クルスはどうですか?」
「まだ正式な社員じゃないから、数には入れてないわ」
「じゃああいつですね、後は……
紅莉栖、お前はキョーマ達と一緒に別口で参加するんだろ??」
「ふぇっ!?え、ええ、多分そうなりそうね」
「そうすると……」
そして八幡は考え込んだ後、首を振った。
「ヴァルハラの女性陣のうち、明日奈と里香と珪子は正直無理ですからね、
あの三人は見る奴が見れば、SAOで俺の周辺にいたメンバーだと直ぐにバレちまうし、
ジョニーブラックがまだ捕まっていないこの状況で、話題になるのは避けたいですしね」
「そうなのよねぇ」
「めぐりんは眠りの森を安易に離れられないし、雪乃でもいいと思うんですが、
あいつはこういうの、嫌がりそうですからね……」
「こうなると、ガハマちゃんと優美子ちゃんを取られたのは痛いわね」
「ですね、小町は俺が許さないし、直葉は和人が許さないし、詩乃は高校生ですしね」
「同じ理由でフェイリスちゃんや優里奈ちゃんも駄目よねぇ」
「う~ん……」
そして八幡は、渋々とこう言った。
「仕方ない、旅費を出してやるからといって、美優を呼び……あっ」
美優と口に出した瞬間、八幡は適役がいる事を思い出した。
「そうだそうだ、一人スーパーモデル並の知り合いがいたんでした」
「えっ、八幡にそんな知り合いがいるの?」
「おう、まあな。ああ、でも嫌がるかもしれないなぁ……」
「何か問題が?」
「その子、自分の身長が高い事を随分気にしてるんですよね、俺は何度も褒めてるのになぁ」
「とりあえずフカちゃんを呼べばいいんじゃないかしら、友達がいた方がいいと思うし」
「そうしますか」
「ちなみにエルザちゃんは、モニター越しに参加するわよ」
「それは良かったです、あいつが現地にいたら、一体何をやらかすか心配で……」
この後八幡は、雪乃にも一応尋ねたが、雪乃は当然それを断り、
スタッフとしての参加となった。アルゴの名前が出ないのは当然だろう、
イベントのプログラム関係を仕切る立場にあるからだ。
ちなみに詩乃と優里奈は客として訪れる事にしたようだ。
一緒に勉強した事で、二人はかなり仲良くなっていた。
それだけで、今回の勉強会を企画した八幡の意図は、かなり達成されたと言えよう。
その日の夜、女性陣は当然のように八幡の寝室を占拠した。
陽乃は会社に戻り、残るは五人。少し狭いが、五人ともが川の字になって寝れる程、
陽乃が手配した八幡のベッドは大きかった。
それを疑問に思わずに使っていた八幡は、感覚が麻痺してきていると言わざるを得ない。
どうやら五人はまだ起きており、色々と話をしているようだ。
内容は分からないが、笑い声が聞こえる為、楽しい時間を過ごしているのだろう。
勉強もかなりはかどり、詩乃も優里奈も試験に向けて、かなりの自信を覗かせていた。
その事も、この場の楽しさを増す一因になっているのは間違いない。
八幡はその事に満足しつつ、香蓮に電話を掛けたのだが、香蓮は電話に出なかった。
(これは多分香蓮はGGOにいるな)
そう考えた八幡は、次に美優に電話を掛けた。
「はいは~い、こちらはリーダーが愛してやまないプリティでキュートなフカちゃんです!」
「すみません、間違えました」
そう言って八幡は、即座に電話を切った。
直後に美優から着信があり、八幡は直ぐに電話に出た。
「ちょっ、リーダー、何で電話を切っちゃうの?」
そう抗議してくる美優に、八幡は冷たくこう答えた。
「自分の胸に聞け」
その言葉に、美優は何かごそごそしたかと思うと、こう答えてきた。
「えっ……リーダーも知っている通りのいつもと同じ柔らかさだけど」
「切るぞ」
「あっ、ごめんなさい調子に乗りました、こんばんは、美優です」
八幡にそう言われ、さすがの美優も慌てたのか、普通に話す事にしたようだ。
「最初から普通にしてろっつ~の。で、美優、お前さ、お台場でバイトしないか?
もちろん旅費は出してやる、ちなみにソレイユの企業ブースだ」
「企業ブース!?そ、それはもしかして……」
「おう、アレだ」
「アレですか!しかも旅費はリーダー持ちと、分かりました、是非参加させて下さい!」
そう興奮ぎみに承諾した美優に、八幡はこう確認した。
「ちなみにALOのコスプレをする事になるけどいいか?」
「…………まじですか」
「おう、まじだ、ちなみに香蓮にも頼むつもりだ」
「リーダーはあのお堅いコヒーを口説き落とせる自信が?」
「いや、まあ自信なんか無いけど、これから頼んでみるつもりだ」
「リーダーにコスプレを頼まれて顔を赤くするコヒー……むっはぁ、なんてフカ得な……
リーダー、コヒーを絶対に口説き落として下さいね!」
「お、おう」
そして電話を切った後、八幡はGGOにログインした。
記念?すべき第444話(実質)は、フラグが乱立する話となりました(汗)