「さて、レンはどこかな」
シャナはフレンドリストからレンの居場所を調べ、
前回案内した砂漠地帯にいる事を突き止めた。
「闇風はいないか、となると、これは多分、この前と同じ所でソロ狩りだな、
とりあえず途中まではブラックで行って、レンに奇襲をかけてみるか」
シャナは平然とそう言い、ブラックに乗り込むと、レンのいるであろう場所へと向かった。
どうやらシャナは、レンがどの程度成長したのかチェックするつもりらしい。
そして目的地がうっすらと見えるくらいの位置でシャナはブラックを下り、
そのままほふく前進でレンのいる方へ、じりじりと近付いていった。
「ふう、ここでの戦闘にももうすっかり慣れたかな」
レンはモブを片付け終えると、満足そうな顔をした。
「四方に敵影無し、よし、休憩しよう!」
レンは元気よくそう言うと、ストレージから飲み物とおやつを取り出し、
美味しそうに頬ばった。
「ここだといくら甘い物を食べても太らないから嬉しいなぁ」
そう言いながらレンは、音楽プレイヤーを取り出すと、イヤホンを耳に付け、
最近お気に入りの神崎エルザの曲を流し始めた。
「ふう、至福至福……」
レンはそう言いながら目を瞑り、首を左右に振りながら、
気持ちよさそうに鼻歌を歌い始めた。
そんなレンの後頭部にいきなり銃口が突きつけられ、片方のイヤホンが外された。
「死にたくなかったら手を上げろ」
「えっ?い、一体どこから……」
その声は、変声機のような物を通した声であり、敵の正体は分からなかったが、
レンは相手を刺激しないように、大人しく両手を上げようとした。
その瞬間にレンの脇の下に手が差し込まれ、レンの体は高く持ち上げられた。
「ひゃっ」
「GGOを存分に楽しんでいるみたいだな、レン」
「そ、その声は、シャナさん!?」
「おう、正解だ」
「は、恥ずかしいから下ろして」
「え、やだよ、こんなじたばたする珍しいレンの姿は滅多に見る機会は無いから、
この機会に存分に見ておきたいしな」
「ううっ……」
その後もレンは、シャナの手から逃れようと色々頑張ったのだが、
シャナは体さばきを駆使してレンを逃がさなかった。
レンはもうどうにでもしてという風にぐったりと力を抜いたが、
何かに気付いたようにハッとした表情をすると、シャナに鋭い口調で言った。
「シャナさん、敵影!」
それを聞いた瞬間にシャナはレンと共に地面に伏せ、
その体の上に、ファサッとピンクの布が覆いかぶさった。
「いつの間に……」
「慣れだよ慣れ、で、レン、敵はどっちだ?」
「あっち」
シャナは単眼鏡を取り出し、そのレンが指差す方向を見た。
確かにそちらに人影のような黒い点が複数見え、シャナはレンを褒めた。
「よくあの大きさで気付いたな、えらいぞレン」
「えっへん!」
「で、どうだ?戦闘には慣れたか?」
「うん、あれからかなりプレイヤーと遭遇したけど、全部殲滅に成功してるよ!」
「ほう、全部か」
シャナは感心したようにそう言った。
達成率百パーセントというのは中々出来る事ではなく、
シャナは、レンにとってのこのキャラとプレイスタイルは、
まさに天が与えた配剤のように、うってつけの組み合わせなのだろうと推測した。
「どうやら敵は三人みたいだな、レン、どうする?」
「それくらいなら余裕余裕、私がどれくらい成長したかここで見てて」
「分かった、でも一応狙撃体制はとっておくからな」
「心配性だなぁ」
「石橋は詳しい調査をしてから渡る主義なんでな」
「シャナさんは確かにそんな感じのイメージ」
「だろ?よし、そろそろ敵に備えるぞ」
「うん!」
レンは大胆にも地面に伏せた状態で、特に隠れたりせずにその身を晒したまま、
堂々とその三人組を待ち構えていた。三人はレンにはまったく気付かず、
それでいて何かを警戒するように周囲に気を配っていた。
「なぁ、この辺りだろ?ピンクの悪魔が出るのって」
(ん、ピンクの悪魔?まさかレンの事か?)
「ああ、まったく視界で捕らえ切れない程素早いピンクの魔物だって話だぜ」
(魔物……まあまともに見れないのなら、そんな噂も立つか)
「まあ常に周囲を警戒しておけば大丈夫だろ、さあ、準備しようぜ」
(お前らそれで警戒しているつもりか……ほれ、レンがじりじりと近付いてるぞ)
そのシャナの言葉通り、まるでだるまさんが転んだで遊んでいるかのように、
レンは進んでは止まり、止まっては進んでいた。
それを効果音で表すと、サササササ、ピタッ、サササササ、ピタッ、といった感じであり、
当のレンが、顔をほとんど上げずに平行移動している為、
シャナはそのレンの動きのコミカルさに噴き出しそうになるのを堪えつつ、
これから確かに余裕だろうなと考えながら、引き続きレンの動きを観察していた。
そしてレンは、三人の視線が自分から切れた瞬間に、
叫びながら三人にぴーちゃんを乱射した。
「誰が魔物よ、こんなになまらかわいい魔物なんかいるか!」
「うぎゃっ」
「うお、ま、まさか……」
「ピ、ピンクの悪魔?プレイヤーだったのか!?」
一人があっさりとやられ、他の二人が振り向いた時には、もうレンはそこにはいなかった。
レンはその速度を存分に生かし、既に二人の横手へと回りこんでいた。
(速いな……だが特筆すべきはその思い切りの良さか)
そしてもう一人がやられ、最後の一人は慌てて横を見たのだが、
レンは当然のようにそこにはおらず、既にそのプレイヤーの背後へと回り込んでいた。
「くそっ、どこだ!」
「後ろ」
「なっ……」
その瞬間に再びぴーちゃんから銃弾が乱射され、最後の一人もバッタリと倒れた。
そしてレンは、得意げにシャナの方へと走ってきた。
「ほら、余裕だったでしょ?」
「おう、確かになまらかわいい余裕だったな」
シャナがそう言った瞬間に、レンは慌てて自分の口を塞いだ。
「わ、私、また言っちゃってた?」
「おう、レンはなまらかわいいな」
「うううぅぅぅぅぅ…………」
レンはシャナの隣でうずくまり、頭を抱えた。そのレンを、シャナは再び持ち上げた。
「よくやったぞレン、本当に強くなったんだな」
「わっわっわっ」
「ははははは、誰の視界にも入らないピンクの悪魔か、いいぞ、レン!」
「あ、悪魔なんて嫌ぁぁぁ!」
「いやいや、なまらかわいい悪魔だっているかもしれないだろ」
「えっ?」
レンは、予想外のその言葉にきょとんとした。
「そ、そうかな……?」
「実際に悪魔を見た事のある奴なんて誰もいないんだ、
だからレンは自分の好きなようにイメージして、その通りに振舞えばいい。
他人の持つイメージなんか気にするな、お前はお前のイメージを貫け」
「そっか……うん、私、これからも気にせず暴れまくるよ!」
「おう、その意気だ」
そしてシャナはレンを下ろし、これからどうするつもりなのかレンに尋ねた。
「う~ん、シャナさんはここにどうやって来たの?」
「もちろんブラックで来たぞ、少し遠くに停めてあるけどな」
「だったらせっかくシャナさんに送ってもらえるんだし、今日は街に戻ろうかな」
「そうか、それじゃ送ろう、俺も頼みたい事があるしな」
「頼み?私に?」
「ああ、それじゃあとりあえず行こうぜ」
そして二人はブラックの所まで歩き、そのまま街へと向かった。
「で、頼みって?」
「実はな……もうすぐ東京ビッグサイトで、大きなイベントがあるのを知ってるか?」
「あ、うん、行った事はないけど、ニュースで見た事もあるし知ってるよ」
「でな、ちゃんと言ってなかったと思うが、俺はソレイユの関係者でな、
そのイベントに、ソレイユも企業として参加するんだが、
あ~……何と言えばいいのか……う~ん」
シャナは煮え切らない態度でそう言い、レンはそれで、
シャナが言いにくい事を自分に頼もうとしているのだと気が付いた。
「私は気にしないからハッキリ言ってみて」
「お、おう……そのな、そのイベントで、ALOのコスプレをしてくれる、
コンパニオン的なバイトを募集してるんだが……」
その言葉にレンはビクッとした。先日ALOをプレイしようと試みて、
派手な失敗をしたばかりだったからだ。
そのレンの反応を見たシャナは、やはり頼むべきじゃなかったと考え、慌ててレンに言った。
「わ、悪い、やっぱり今のは無しだ、フカに頼んだし、他に誰かしら捕まえるから大丈夫だ」
「えっ、美……フカが来るの?」
「おう、さっき頼んでオーケーをもらった」
「そうなんだ……うん、分かった、前に出るのはフカにやってもらって、
私は後ろの方でニコニコするくらいで良ければ……」
そのレンの予想外の言葉に、シャナは喜んだ。
「いいのか?」
「う、うん」
「そうか、それは助かるわ」
「ちなみにどんな格好をするの?」
「それはもちろん、レンの魅力を存分に引き出す……あ、いや、でもそうなるとな……」
「そっか、私が倒れた時みたいな格好になる可能性が高いんだ」
「かもしれん、レンはまるでスーパーモデルだからな」
「スーパー……」
レンは複雑な表情を見せながらも、シャナにそう言われるのは嬉しかったようで、
シャナにこんな条件を出してきた。
「えっと、それじゃあ私の衣装はシャナさんに選んでもらって、
私が変にならないように、見守っててもらえれば……」
「分かった、そうなるように手配しておく」
シャナはその言葉に即答した。
「わがままばっかり言ってごめんなさい……」
「いや、問題ない、無理な頼みをしているのはこっちだからな。
とりあえずフカには、必ずレンを口説き落として下さいねって言われてたから、
これであいつにも言い訳がたつ」
「もう、フカったら」
こうして無事?にレンにイベントへの参加を承諾してもらったシャナは、
ログアウトして美優にその事を伝え、細かい事は薔薇に丸投げする事にしたのだった。