ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第449話 露天風呂とスーパー銭湯

「こうして見ると、基本ここは観光地じゃなくて避暑地なんだな」

「そうね、観光地というには、そうじゃない施設が交じりすぎよね」

「まあ明日車で色々と回ってみればいいんじゃない?」

「八幡様、私は白糸の滝に行ってみたいです」

 

 四人はそんな会話を交わしながら、旧軽井沢銀座通りの一番奥まで行った後、

元来た道を戻っていた。通りの長さは大した事は無く、もう閉まっている店も多かった。

 

「ほとんどの店がもう閉まってるのか、でも当たりは付けられたな」

「どうやら十七時には閉まってしまうみたいですね、残念です」

「でもまあもう夜の六時だし、まだ明るいとはいえ仕方ないよね」

 

 さすがに金曜に学校が終わってから出てきただけの事はあり、

到着が遅れた事が痛かったようだ。

 

「とりあえず明日の午後にでも来て、モカソフトが食べたい!」

「モカロールも捨て難いが……」

「あ、待って八幡、駅前にあるお店はまだやってるみたい」

「そうなのか……だが夕飯もまだだしな、どうする?」

「さすがに夕飯はちゃんと食べておきたいけど、夜に軽く何か食べたいよねぇ」

「そうか、それじゃあとりあえず、そっちに行って何か買っておいてから、

どこかの店で食事をとる事にするか」

「賛成!」

「それでいいんじゃない?」

「モカソフトは明日でいいね」

 

 四人はそう話しながら、一度保養所に戻り、キットで駅前へと向かった。

歩いても良かったのだが、若干距離がある為、今は移動時間の短縮を優先させたのだった。

 

 

 

「うわ、何ていうか、ブランド物の店が多いね」

「一応エリアごとにある程度ジャンル分けされてるのか、どうする?」

「お土産コーナーでお土産を買って、夜に品評会をするってのはどう?

どれを誰に買って帰るのか決める参考にもなると思うし」

「そうするか」

「その後は一度キットに戻って荷物を置いて、フードコートで夕食ですね」

 

 そして四人はその相談通りに土産物を物色し始めた。

クルスとエルザはあちこちをうろうろとしており、詩乃はあまり八幡から離れなかった。

ちなみにエルザはサングラスを掛けているだけであったが、

幸いな事に、クルスがいる為にまったく目立ってはいない。

クルスの見事なプロポーションとルックスの影に隠れてしまっているのだ。

 

「クルスちゃん、ありがとうね、男達の視線を集めてくれて」

「問題ない、たまに嫌な視線もあるけど、八幡様もいるから心配は無いし、

とりあえず一番怖いのはピトの身バレだから、私が盾になる」

「まあ盾になってる部分に異論はあるけどね……」

「大丈夫、それでもピトはかわいい」

「えっ、そ、そう?ところでクルスちゃん、私ってば男も女もイケる口なんだけど」

「ごめんなさい、それじゃあ私はこれで」

「あっ、待って待って、冗談、冗談だから!」

 

 この会話から分かる通り、人前でエルザの名前は出さない事になっており、

全員が今はエルザの事を、ピトと呼ぶようにしているのだった。

そしてそんな二人を見ながら、八幡は詩乃に言った。

 

「詩乃は見に行かないのか?」

「あ、うん、八幡を一人にするのはやっぱりまずいと思うから、

選ぶのはあの二人に任せる事にするわ」

 

 そう言われた八幡は、詩乃に抗議をした。

 

「俺は別に子供じゃないんだから、そんな気を回さなくても平気だぞ?」

 

 八幡にそう言われた詩乃は、首を横に振りながら言った。

 

「何を言ってるの?八幡を一人にすると、

誰も手を出さないような微妙なお菓子を買うに決まってるから、

私がそれに対する抑止力として残ってるの」

「……濡れ衣だ、謝罪と賠償を要求する」

 

 そう言われた詩乃は、ぷっと噴き出すと、面白そうな顔で言った。

 

「何、私の真似?」

「おう、その通りだ、何度も言われてるからな」

 

 即座にそう返された詩乃は、微妙な顔になった。

 

「……私って、そんなにあんたに謝罪と賠償を要求してたかしらね」

「それで何度お前を遊びに連れてったと思ってるんだよ」

「自業自得ね」

「そうじゃない事も多々あったと思うが……」

「気のせいよ、あ、ほら、二人が戻ってきたわよ」

 

 そして二人は八幡の手を引き、店の方へと引っ張っていった。

 

「目星は付けたから、まとめて買ってしまいましょう、八幡様」

「ささ、こっちだよ、お財布……じゃなかった、八幡!」

「おいこらピト、お前今何て言おうとした?」

「気のせいだってば、後で性的にサービスするから、ね?」

「そんなサービスはいらん」

「別にいいわよ、押し売りするから」

「押し売られても絶対に買わないけどな」

「え~?もう、仕方ないなぁ、その代わり、後で私に罵声を浴びせてね?」

「嫌な交換条件だなおい……」

 

 そんな八幡の両腕を、クルスと詩乃が幸せそうな顔でさりげなく抱き、

店の方へと引っ張っていった。

 

「しまった、出遅れた!」

「残念だったわねピト、もう八幡の腕はどっちも開いてないわよ」

「いいもん、前の下の方を掴むから」

「そんな事をしたら、お前を道端に捨てていくからな」

「えっ?いきなり放置プレイ?それは願ってもない!」

「マジで何を言っても通用しねえな……」

 

 今の一連の遣り取りで、四人はかなり注目されてしまっていた。

特に八幡に注がれる嫉妬の視線は大きかった。

 

「やべ、おい、さっさと買って移動しよう」

「だね」

「お前のせいだからな」

「もう、好きな子をいじめたくなるその心境、分かるなぁ」

「だからお前は少し黙れ、マックス、案内を頼む」

「分かりました」

「あっ、待って、私も真面目に案内するから!」

 

 そして四人は手早くお菓子類を仕入れると、それを一度キットのトランクに入れ、

次にフードコートへと向かった。

 

「さて、どこに入る?」

「肉?」

「肉ね」

「肉がいいです」

「はいはい、それじゃあここな。まったくどうしてこう肉食系の詩乃ばかり揃ったんだか」

「ちょっと、今あんた、私の名前しか言わなかったわよね!?」

「気のせいだ、おら、さっさと入るぞ」

 

 そしていざ注文する事になると、三人は声を揃えて一番高い物を頼んだ。

 

「「「信州牛ステーキセットで」」」

「いや、別にいいけどな……すみません、それを四つ下さい」

「八幡もそうするんだ?」

「ああ、まあせっかく長野に来たんだしな」

 

 注文を待っている間、詩乃はACSを起動し、メニューの写真を撮ると、

そのままアップしたようだ。ちなみに今ログインしているのは、明日奈と薔薇と結衣だった。

 

『肉待ちなう!』

『羨ましいわね、たまには私もボスにねだってみようかしら』

『薔薇さん、また命知らずな事を……』

『あら、結構連れてってくれるのよ』

『そうなんだ』

『こっちは当然海の幸!今写真をアップするね』

 

 そしてその少し後に、明日奈は写真をアップした。

そこには明日奈達四人と一緒に、一人の見知らぬ女性と、美優が写っていた。

 

「ねぇ八幡、これ」

「ん?ああ、これが浩一郎さんのお相手か、優しくて穏やかそうないい人だな。

それにしても美優の奴、しれっと参加してやがるな」

「何か言っとく?」

「いや、今回はいい、迎えに来てくれたのは事実だろうし、

章三さんが支払うんだろうから何の心配も無いしな」

「章三さんって明日奈のお父さんよね、それならいいんだ」

「当たり前だ、あっちは大富豪だぞ、こんなの痛くもかゆくもないに決まってる」

「なるほど」

 

『フカ、八幡が、そこに混じっても今回は許すって』

『ははぁ、ありがたき幸せ、って言ってる』

『そっちは海鮮祭り、こっちは肉祭りね』

『どっちも羨ましい……こっちは姫菜のおごりだけど、ファミレスだよ』

『あ、姫菜と一緒なんだ?例の集まり?』

『うん、優美子も今ここにいるけど、

安易に手伝うなんて言うんじゃなかったって二人でちょっと後悔してる』

『あ、あは……二人は染まらないでね』

『う、うん、頑張る……』

 

 

 

「あ~、美味しかった」

「やっぱこういう所で食べるとまた違いますね」

「余は満足じゃ」

「へいへい、それじゃあ殿、お城へ戻りますか」

「「「ご馳走樣でした」」」

 

 三人は店員にそう挨拶し、先に外へと出ていった。

八幡は会計を終えて店の外に出ると、三人を伴ってキットの所へと向かった。

 

「そういえば結構長い距離を走ったし、キットにも食事をしてもらわないとな」

『お手数をおかけします、八幡』

「ハイオク満タンな」

『はい』

 

 そしてガソリンスタンドに寄った後、四人はそのまま保養所へと戻り、

そのまま露天風呂に入る事にした。

 

「俺は後でいいから、お前ら先に入っていいぞ」

「ええ~?今日は長い距離を運転してもらったんだし、八幡が入っていいよ?ね?」

「うん、部屋に浴衣があるみたいだから、それを着ればいいんじゃない?」

「八幡様、遠慮なくどうぞ」

「そうか?それならまあ遠慮なく……」

 

 そして八幡は自室に戻り、浴衣を探した。

 

「お、これか、ちょっと場所が分かりにくいな」

 

 浴衣は少し分かりにくい場所にかけてあり、

八幡はそれを着ると、そのまま風呂に向かった。

 

「さてと、ん、あいつらは洗濯してるのか、さてはあいつらも浴衣に着替えたな。

着替えは持ってきてるはずだが、まあ洗っておくにこしたことはないよな」

 

 風呂の横に併設されているランドリールームから洗濯機の動く音がした為、

八幡はそう考え、一応乱入を警戒してその部屋の中を覗いた。

 

「ふう、誰もいないか……以後この部屋には近寄らないようにするか、

あいつらは俺に平気で濡れ衣をきせた上で色々条件を出してくるからな」

 

 八幡はそう呟くと、そのまま風呂場に入り、一応中から鍵を閉めた。

 

「おお、広いな……」

 

 八幡は浴槽の広さに感心し、そう呟いた。

 

「さて、先に体を洗ってと」

 

 八幡は先ず体を洗ってさっぱりした後、浴槽へ漬かって天井を見上げた。

 

「しかしかなり湯気が濃いな、これじゃあ上が見えるようにしても星が見えないか?」

 

 そう思った八幡は、試してみないと何とも言えないと考え、

辺りを見回し、浴槽の脇にスイッチがある事に気が付いた。

 

「これか……天井開閉っと」

 

 八幡がそのボタンを押すと、天井がゆっくり開いていった。

 

「やっぱり見えにくいな……って事は、これだな」

 

 そして八幡は、換気のボタンを押した。

 

「お、いい感じに湯気が晴れていくな」

 

 八幡は狙い通りだと喜び、もっとよく見ようと体を伸ばし、しきりに上を覗き込んだ。

 

「おお……絶景だな」

 

 そこには満天の星が輝いており、八幡は一気に疲れが癒えていくのを感じ、

リラックスした様子で座りなおし、満足そうなため息をついた後、

視界を水平に戻した。その瞬間に、八幡の視界は肌色で覆われた。

 

「うおっ」

「油断したわね」

「し、詩乃……」

「作戦通り!」

「エ、エルザ!?」

「そして私が背もたれです」

 

 そんな声が背後から聞こえ、八幡の背中に柔らかい物が当たった。

 

「うわ、マックス、お前何やってんだよ!」

「ですから背もたれです」

「おい、それはまずい、まずいって!ってかお前らどうやってここに入った!?

確かに入り口の鍵は閉めたはずだ!」

「最初から入っていましたが何か?」

「最初からだと……」

「ほふく前進で近付いたんだけど、上にばかり気をとられて気付かなかったみたいね」

「普通そこまでするか!?……というかお前ら、先に入れと俺を騙したな!」

 

 八幡がそう言うのももっともだろう、だが三人は、得意げな顔で八幡に言った。

 

「八幡が入っていいよとは言ったけど、先にとは言ってません」

「私は浴衣を勧めただけ」

「私は遠慮なく私達と一緒にどうぞというつもりで、遠慮なくどうぞと言いました」

「くっ……」

 

 八幡は劣勢を悟り、この場から何とか逃げだそうとした。

その気配を察したエルザが八幡に言った。

 

「今立つと、八幡のはちまんくんが丸見えになるわよ」

「何だよそれ……まあ意味は分かるが」

「八幡様、まだ湯気が濃いので分からないかもしれませんが、

心配しなくても水着を着ています」

「何っ、そうなのか!?」

「はい、だから安心してリラックスして下さい、一緒に星を見ましょう」

「そうか……ならまだいいか……」

 

 目を凝らすと、確かに詩乃とエルザは白い水着を着ていた。

それで八幡は安堵し、体の力を抜いた。

かなり危険な状況だったはずが、少しその状況が緩和されると、

人はその状況を受け入れてしまうものらしい、それは八幡も例に漏れないようだった。

 

「洗濯機が動いていたようだったが、あれは?」

「もちろん水着に着替えた後の証拠隠滅だよ!」

「お風呂から出た後は、当然浴衣を着ます」

「後はさっき言った通り、必ず八幡が隙を見せると思ったから、

そのタイミングでほふく前進で近付いたって訳」

「星をよく見ようとしていたのが仇になったか……」

「こんなの学校の水泳の授業と変わらないわよ、ほら、諦めなさいって」

「はぁ……分かった分かった、もう好きにしろ」

 

 そして詩乃とエルザは八幡の両隣に座ったが、クルスはその場を動こうとはしなかった。

 

「……おいマックス、そろそろその場からどかないか?」

「私はとりあえず足湯だけでいいです」

 

 確かに今の状態だと、八幡の左右でクルスの足が湯に漬かっている。

 

「俺の背中が色々と困るんだが……」

「私が正面に回ると、八幡様はもっと困った事になると思います」

「何でだよ」

「まあクルスは、お風呂に水着は邪道って言ってたからね」

「うんうん、それはもう頑なだったからね」

 

 その言葉に八幡は、まさかと思い、冷や汗をかいた。

確かに先ほどのクルスは、水着を着ていますとは言ったが、誰がとは言っていない。

 

「お、おい……今俺の背中ってどうなってるんだ?」

「肌色ね」

「一面の肌色だよ」

「…………お、おいマックス」

「はい」

「……命令だ、水着を着てこい」

「分かりました」

 

 そして八幡の背中から弾力が消え、八幡は心の底から安堵した。

 

「背後にいたのがマックスで良かった……」

「むぅ、どうせ私達じゃ背もたれにはなりませんよ~だ」

「全体的な柔らかさじゃ負けてないからね!」

「そういう意味じゃねえよ……」

 

 

 

 一方その頃、明日奈は何故か美優と共に風呂に入っていた。

どうやら顔合わせが終わった後、二人は帯広市内のスーパー銭湯に来たらしい。

 

「私、スーパー銭湯って初めて来たかも」

「それは案内した甲斐があったね、さすがに家のお風呂ってのは味気ないし。

ちなみに普通の銭湯には入った事が?」

「あ、えっと……」

 

 明日奈は美優にそう聞かれ、顔を赤くしながらこう言った。

 

「八幡君と一緒に、神田川ごっこをしてみようって、前に何度か……」

「うわあ、甘ずっぱい!」

「もう、恥ずかしいからそのくらいで、ね?」

「かわいいのうかわいいのう」

「あっ、ちょっと、そこは駄目ぇ!」

 

 こうして軽井沢と北海道、それぞれの夜は更けていくのであった。


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