ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第453話 スリーピング・ガーデン

 八幡が軽井沢へ、明日奈が北海道へと旅立った日、

アイ改めランと、ユウ改めユウキは、仲間達と共にアスカ・エンパイアの地にいた。

 

「これがアスカ・エンパイアか……」

「で、どうする?ラン」

「そうね、とりあえず情報収集から始めましょう、全てのゲームの基本ですものね。

そして可能なら、早めに私達の拠点を手に入れたいと思うの」

 

 ランは、昔八幡から聞いた話を思い出しながらそう言った。

 

『SAOで何が良かったかって言ったら、早めに拠点を確保出来た事だな、

帰る家があるってのは、やっぱり安心感が段違いなんだよな、覚えておけよ、アイ』

『もし情報屋なんかをやってる奴がいたら、早めに仲良くなっておくんだぞ、

だがその友誼に甘えてあれこれ要求するってのは論外だ、

あくまで相手に利益をもたらす存在だと認識してもらうように気を付けるんだぞ』

 

「もし情報収集の過程で、情報屋か何かをやってるプレイヤーを見付けたら、

必ず私に連絡する事、そういったプレイヤーは、出来れば味方に付けておきたいからね」

「了解!」

「バラバラに分かれた方がいい?」

「そうね、見逃しがあるといけないし、二人一組で行きましょうか。

私とユウキ、シウネーとテッチ、タルケンとノリ、ジュンとクロービスで別れましょう」

 

 アスカ・エンパイアのスタート地点である八百万(やおよろず)は、

現在進行形で街中にインスタンスエリアがどんどん追加されている、成長する街である。

街の外には当然戦闘フィ-ルドが広がっているが、

『街から出ないで一生遊べる』と言われる程に、八百万の中は複雑怪奇であり、

まるで迷宮のような作りになっているのだった。

 

 

 

「これは予想以上ね……マッピングしながらじゃないと迷子になりそう」

「だね、でも情報収集って、何をすればいいんだろ?」

「一番簡単なのは、NPCに話しかけて、その言葉をきちんとメモしておく事ね」

「なるほど……あっ、ラン、あそこに八幡通りってのがあるよ」

「あら、これは何かの導きかしらね、まるで私達を誘っているみたいじゃない、

さすがは誘い受けの八幡ね」

「それ、本人には絶対に言わない方がいいと思うな、まあとりあえず入ってみる?」

「もしひどい目にあったら、今度八幡に文句を言ってやりましょうか、性的な感じでね」

「うん、性的な感じで!」

 

 そんなとんでもない事を言いながら、二人は八幡通りへと足を踏み入れた。

 

「ここは……例えて言うなら雑居ビルみたいなものかしら」

「かな?雑貨屋、飛脚辺りはまあ分かるけど、遊郭!?ラン、これってえっちな奴?」

「かもしれないわね、まあこのゲームは成人限定じゃないから、

もしかしたらただのゲームセンターみたいな物かもしれないけどね」

「入ってみる?」

「そうね、確かに興味を引かれるけど……」

 

 二人はそう言って遊郭の入り口を見た。

 

「あら?ここは……」

 

 その横には細い路地があり、二人はその路地の突き当たりに、

もう一件店のような物がある事に気が付いた。

 

「何だろ?」

「暗くて見えないわね、もう少し近付いてみましょうか」

「うん」

 

 そして二人はその路地に入り、建物の入り口に書いてある文字を見た。

 

「これって……」

「情報屋、FG?」

「そこだけ日本語じゃないのね、何かの略かしら?もしかしてガンプラ?」

「ファーストグレードだっけ?どうする?入ってみる?」

「そうね……まあ私とユウキが一緒なんだから、何かあっても大丈夫でしょ」

「だね!」

 

 二人は頷き合い、情報屋FGの中に入っていった。中には階段があり、

その階段を上ると、正面にある扉に『情報屋FG』という看板がかかっていた。

そしてランは、ためらいなくその扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 中からそう、若い男の声が聞こえ、二人はその言葉に従い中に入った。

 

「俺の名はFG、こんな場末の情報屋に何か用か?お嬢さん方」

「あの……ここって本当に情報屋さんでいいんですよね?」

「ああ、うちは間違いなく情報屋FGだ、まあ客なんか滅多に来ないんだけどな」

「良かった、ガンプラ屋さんじゃなくて。

ええと、実は私達、今日このゲームを始めたばっかりなんですけど、

いずれ拠点を持ちたいと思っているんです。

で、今の所持金は初期状態のままなんですけど、その金額で、

そういった物件の情報を教えて頂く事は可能ですか?いずれ購入する時の参考に、

どういった物件があって、どのくらいの値段なのか知りたいんです」

「なるほどな、ちょっと待っててくれ」

 

 男はそう言って、何かのボタンを押した。

その瞬間に、現実とリンクさせているのだろう、キーボードとモニターが宙に投影され、

男はキーボードを叩きながら、ううむとうなり始めた。

 

「うわ、凄いね……」

「この部屋、実はかなり手を入れてあるわね、こういう事も出来るとは知ってたけど、

改めて見せられると感慨深いものがあるわね」

 

 そう感心する二人に、FGは言った。

 

「その拠点は、何人くらいで利用する予定だ?」

「今は八人ですけど、余裕を持って十二人くらいは入れると助かります」

「それだとゲーム内通貨で六百万YEN前後ってところかな」

「六百万ですか……」

「今その金額でどういう構造の家が買えるか情報をそっちに送る、

まあ頑張って稼ぐんだな、情報料は千YENでいい」

「ありがとうございます」

 

 ランはFGにお礼を言うと、トレード画面を開き、FGに規定の金額を払おうとした。

その画面を見た瞬間に、FGの手が止まった。

 

「君の名前はランと言うのか?それじゃあ君は?」

「ユウキだよ!」

「ふむ、ランとユウキか……見たところ、今日ゲームを始めたばかりだと言っていたが、

実は他のゲームでかなり鍛えてあるんだろ?」

「おじさん、分かるの?」

「おじさんではない、お兄さんだ!まあ一応情報屋だし、それくらいはな。

ずぶの初心者と、そうじゃない人の違いくらいは分かる」

「はい、なので、お金はそれなりに早く稼げると思います」

「なるほど……」

 

 そんな会話を交わしながら、FGは緊急モードで、

定められた通りの文章をどこかに送信した。

直後にFGに、とある指令が与えられ、FGは黙ってそれを実行した。

 

「ところで二人とも、さっき六百万と言ったが、

実は同じグレードで、今すぐ手に入る家がある。

それには私からの依頼を受けてもらう必要があるんだが、乗るか?」

 

 突然FGにそう言われ、二人は顔を見合わせた。

 

「条件次第ですね、甘い言葉には安易に乗るなと、とある人に教えてもらっているので」

 

『甘い言葉には必ず裏がある、だがそれに乗っても、必ずしも損するばかりじゃない、

例えば罠だとしても、それを力ずくで突破出来る実力があれば、

それがチャンスになる事もある、しっかり見極めろよ』

 

(八幡の教えの通り、見極めないといけない場面なんだけど、

そうは言ったものの、もう答えは出ちゃってるのよね……)

 

「まあ当然だな、こちらからの依頼はこうだ。

君達には、出来るだけ多くのクエストを攻略してもらい、その情報をこっちに流してもらう。

その代わり、俺は俺の持ち物件の一つを君達に無償で提供しよう。

ほとんどがクエスト形式で進むのがこのゲームのイベントの特徴でね、

結構いい金になるんだよ、家の代金くらいは直ぐにペイ出来るくらいにはね。

もし情報料の合計が六百万を超えたら、次からは適正な金額をきちんと支払わせてもらう」

「私達が直接その情報をどこかに売っても同じくらいの金額が手に入るんじゃないですか?」

 

 ランのその質問に、FGは頷きながらこう言った。

 

「いい質問だ、そうしたければそうしてくれてもいい、

その場合、君達は拠点の入手が遅れ、その上私からの情報は今後一切期待出来なくなる、

私はそれでも構わないから、どちらがいいか相談して決めるといい」

「なら契約成立という事で結構です」

「いいのかい?家もまだ見ていないのに」

「いえ、問題ありません、ね?ユウキ」

「まあランがそう言うならいいんじゃないかな」

「いいだろう、それでは物件へ案内しよう、仲間をここに呼ぶ事は可能かい?」

「大丈夫です、ちょっとお待ち下さい」

 

 そしてランは、メンバーに召集をかけた。

待っている間、FGは二人に炭酸飲料のようなものを差し出してきた。

 

「うちにはこれしかないんだが、良かったら飲むかい?」

「ありがとうございます。あれ、これって……」

「選ばれし者の知的飲料を知っているのか?」

「はい、私も好きで、よく飲んでました」

「私も私も!」

「そうか、君達とは気が合いそうだな」

 

 そんな話をしてるうちに、続々と仲間達がこの場に集結してきた。

 

「ラン、家を手に入れたって本当?」

「ええ、こちらが家主のFGさんよ」

「FGだ、宜しくな」

「宜しくお願いします!で、どんな条件で契約したの?」

「クエストの情報を売る約束になっているわ、

なので当分は、色々なクエストの攻略を行う事になるわね」

「わお、一石二鳥だね、楽しみながら出来るし」

「そうね、それじゃあFGさん、案内をお願いします」

「ああ、任せたまえ」

 

 そしてFGは、八人を郊外にある立派な屋敷に案内した。

 

「うわ、凄っ!」

「マジでここ!?」

「本当に?」

「FGさん、ここで合ってますか?」

「ああ、いい物件だろ?」

「さすがにこれが六百万とはとても……」

「値段は家主が決める物だ、そうだろう?」

「それはそうですが……」

 

(もう、過保護なんだから……)

 

「それじゃあこれがここの鍵だ、人数分複製しておいたから、後は自由にしてくれ」

「何から何まで本当にありがとうございました、FGさん」

「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」

「ああ、じゃあな」

 

 そう言って去って行こうとするFGに、ランはそっと駆け寄り、こう囁いた。

 

「八幡に宜しくね、FGさん」

「何だ、これが八幡の差し金だってバレてたのか?」

「ええ、さっきFGさんが操作してた仮想PCに、ソレイユのロゴがあったのが見えたの」

「目ざといな、だからこんな怪しい条件の話に簡単に乗ったんだな」

「まあそういう事、で、これは偶然?それとも必然?」

「今は仲間を優先するんだ、後で説明してやるから。

とりあえず落ち着いたら、ここにメッセージを送ってくれ、種明かしをする」

「うん、それじゃあ今後とも宜しくね、FGさん」

「おう、頑張れよ」

 

 そしてランは仲間達の所に戻り、ユウキを残して六人を再び情報収集へと向かわせた。

今度はクエスト情報の収集をメインにという条件でだ。

 

「私とユウキは、ここの施設を確認しておくわ」

「了解、こっちは任せて!」

「お願いね、みんな」

 

 

 

「ねぇラン、本当にこれで良かったの?」

「いいのよユウキ、これは八幡からのプレゼントなんだから」

「えっ、そうなの?」

「そうよ、今FGさんに説明してもらうわ」

 

 そう言いながらランは、館に設置されていた仮想PCのメッセージ機能を使い、

FGに教えられたアドレスへとメッセージを送った。

その直後にこんなメッセージが送られてきた。

 

『ビデオ通話の申し込みがありました』

 

 ランはイエスのボタンを押し、その直後に画面にFGの顔が映し出された。

 

「よぉ、さっきぶりだな、二人とも」

「あっ、FGさん!」

「さっきぶり、FGさん」

 

 FGは二人に手を振り、こちらに向かって話し始めた。

 

「それじゃあ事情を説明するぞ、始まりは、八幡が考えたアルバイトからだ」

「アルバイト?」

「おう、俺も実はバイトでな、そのバイトってのは、基本社員限定なんだが、

……まあ俺は社員じゃなく、あいつの直接の友達なんだけどな、

一日三時間までっていう条件で、ザ・シードでリリースされているゲームを、

何でもいいからプレイして、情報収集と金策を行うってものなんだ。

これが結構いい収入になるんだよ、ノルマも無いし、好きな時に好きなように出来るからな。

もちろんやらなくてもまったく問題ない」

「何それ、そのバイトにどんな意図が?」

「新しいゲームを作る時、パクリにならないようにとか、

逆にパクリじゃないが、参考にしたりとか、いくらでも情報の使い道はあるさ、

イベントの傾向とかからも、顧客のニーズをある程度把握出来るしな」

「まあそう言われると確かにそうね」

 

 ランはその言葉に頷いた。

 

「で、そのバイトにはボーナスがあってな、

最初にランとユウキという二人のプレイヤーに出会い、

本部に連絡を入れた者にはボーナスがつく事になってたんだよ」

「なるほど……それはおめでとう、FGさん」

「ああ、ありがとな、で、本部に連絡したら、指令が来たんでな、

その通りにさせてもらったと、そういう事だ」

「そうだったんだ……」

「そしてラン、ユウキ、二人にメッセージがある、八幡からだ」

「えっ、八幡から?」

「本当に?」

「これは実はな、自力で俺がソレイユの手の者だと発見した時にしか、

再生しちゃいけない事になってるんだよ」

「そうなのね」

「それじゃあ再生するぞ」

 

 そして画面に、八幡の顔が映し出された。

 

『ラン、ユウキ、頑張ってるか?これは俺からのサービスだ、

もしかしたら全て自力で進めたかったかもしれないが、

そこは我慢してくれ、俺は過保護なんでな』

 

 その八幡の言葉に、二人はクスッと笑った。

 

『まあサポートするのは僅かな情報だけだから、多少攻略が早まるだけだと思えばいい、

その情報を生かして、ガンガン強くなって、早く俺が待っているALOに殴りこんでこいよ、

他のゲームにも同じような奴がいるが、まあ頑張って探してみてくれ、

そういうのも楽しそうだろ?それじゃあALOで待っている、またな、ラン、ユウキ』

 

 そして画面には、再びFGが現れた。

 

「という訳らしい、理解したか?」

「うん」

「まったく過保護よね、八幡は」

「二人がそれだけ大事なんだろうさ」

「ねぇ、あの八幡通りって、狙ってあそこにいたの?」

「おう、たまたまいい地名があったんで、利用させてもらったんだが、

今回それがまんまとはまった感じだな、まったく八幡様々だよ。

それじゃあ何か欲しい情報があったらいつでも連絡してくれよな」

「ありがとうFGさん」

「あ、ねえ、FGって何の略?」

「フューチャーガジェットさんの略だ、それじゃあまたな」

 

 そしてFGは画面から消え、二人は苦笑しながらこう言った。

 

「自分にさん付けとか」

「面白い人だね、フューチャーガジェットさん」

「八幡の友達って言ってたわね」

「いつか会えるといいなぁ、でさ、この拠点の名前、何か付ける?」

「そうねぇ……八幡の真似になってしまうけど、『スリーピング・ガーデン』でいいかしら」

「オッケー、眠りの庭ね」

 

 そして二人は、やる気に満ちた目で言った。

 

「名前負けしないように、頑張って早く強くならないとね」

「でも楽しみながら強くならないと、八幡に怒られそうだよね」

「そうね、可能な限り自力で進めつつ、困ったらFGさんに連絡しましょうか」

「だね!それじゃあボクらはこの館の施設を調査しようか」

「そうね、みんなが帰ってこないうちにさっさと調べてしまいましょう」

 

 

 

「ふう……」

「お、オカリンお帰り、聞いたお、運よくボーナスをゲットしたみたいじゃんか、

この後オカリンのおごりでメイクイーンにでも行く?」

「それくらいは構わないぞ、全然余裕だからな、フゥーハハハ!」

 

 FG、フューチャーガジェットさんこと鳳凰院凶真は、機嫌良さそうにそう笑った。

この日から、ソレイユの社員向けバイト案内の項目が少し変わる事となる。

『現在アスカ・エンパイア推奨中 by八幡』と。


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