ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第457話 優里奈、述懐す

「え、明日奈、まじでか?」

「うん、朝のうちに連絡が来てたと思うんだけど」

「やべ、携帯をキットに放置しっぱなしだったわ……」

 

 八幡は慌ててそう言い、キットの所に向かった。

そして残っていた少女達は、明日奈に事情を聞いた。

 

「なるほど、お見合いをね……」

「本人が望んでいないんだったらまあ、それは問題だし」

「でも断る事も出来るんでしょう?普通に断ればいいんじゃないの?」

「美優が言うには、もしそうなったら、

なし崩し的に話が進んじゃう可能性が否定出来ないんだって」

「でもそこで八幡が出て行くのはどうなのかしらね」

「どうなんだろう……確実に先延ばしにはなりそうだけど」

「まあとにかく香蓮さんにとって悪い話であるなら、八幡君は確実に潰そうとするでしょう、

私達はその意向に従うだけよ、まあ今回は、私達の出番は無さそうだけれど」

「ちなみに相手は?」

「西山田ファイヤって人みたい」

 

 明日奈はそう言うと、ACSで検索を始めた。

 

「この人だよ」

 

 さすがはACSであり、その情報は普通に検索するよりも細かい物だった。

 

「ところでファイヤって何の事かしら」

「炎って書いてファイヤって読むらしいよ、凄い名前だよね」

「え、ファイヤって名前だったの?芸名か何かだとばかり……」

「ご両親も馬鹿な事をしたものね、本人の苦労が偲ばれるわ」

「でも、この名前を自分の名前を売る事に逆に利用もしてるみたいね」

「たくましいのね、尊敬に値するわ」

 

 そして六人は、ハッとしたように喋るのを止めた。

 

「ねえ、何かさっきから褒め言葉しか出てこないね」

「そういえばそうね……これはもしかして良縁なのかしら」

「それだとちょっとまずくない?」

「でも香蓮さんは、彼にはまったく惹かれないらしいよ」

「逆に言うと、香蓮さんは何故八幡君を?」

「身長の事を気にしない人だったからとしか聞いてないけど」

「あ、それならこのファイヤさんも、八幡君と同じような態度だったって聞いてるよ?」

「何が違うのかしら……」

 

 そして詩乃が、身も蓋もない事を言った。

 

「やっぱり顔?」

「でもこの人もそれなりに整ってない?」

「そうねぇ……」

「考えるな、感じるんだ」

 

 その時いきなり紅莉栖が言った。

 

「理屈じゃないのよ、きっと初めて八幡に会った時に、体中に電気が走ったんだと思うわ」

「わお、ロマンチック!」

「ねぇ紅莉栖さん、それは脳科学的に説明出来るものなの?」

「理屈を付けようと思えばいくらでも付けられるけど、

でもそうしないのが花だと思わない?」

「確かにそうね、こうして話してても仕方がないわね」

「最後に決断するのは香蓮さんだしね」

「後は八幡君に任せましょう」

 

 六人はそう言って頷きあった。

 

「でも明日奈、ちゃんと経過と結果は教えるのよ」

「うんうん、面白そうだしね」

「あ、あは……」

 

 どうやら恋する乙女達は、他人の恋愛にも興味津々のようであった。

 

 

 

 そして八幡が戻るのを待たず、明日奈以外の五人は、迷惑にならないようにと帰っていき、

その場には明日奈だけが残された。否、実はもう一人、寝室に残っている者がいた。

いきなり寝室の扉が開く音が聞こえ、明日奈は驚いた。

 

「あ、優里奈ちゃん!」

「明日奈さん、皆さんはもうお帰りですか?」

「あ、うん、優里奈ちゃん、そっちにいたんだ、全然気付かなかったよ……

でも一人で寝室で何をしてたの?」

「あ、はい、皆さんの下着の見た目をメモってました、

洗濯をした後、しまわないといけないので」

「あ~、そっか!そういえばそうだね!」

 

 その優里奈のよく気が付く所に、明日奈は感心した。

そんな明日奈に、優里奈はいつもとは微妙に違う質問をした。

 

「あ、あの、聞いてもいいですか?」

「ん、何かな?」

「明日奈さんが、八幡さんの彼女ですよね?」

「うん、そうだよ、あれ、誰かから聞いてなかった?」

「あ、はい、実は私、八幡さんと出会ってから、会う人会う人に同じ質問をしてたんですよ、

でも今日、やっと彼女さんにたどり着く事が出来ました!」

「あ、そうなんだ、でも何でそんな質問を?」

「最初は特に意味は無かったんですが、途中から、その……

聞く人聞く人みんな、八幡さんの事が大好きみたいで、

で、公式の彼女さんが、私が見てきた人達よりも八幡さんの事を好きじゃないと感じたら、

何とか別れさせて、自分も含めて残りの誰かを好きになってもらおうだなんて、

おかしな事を考えてました」

 

 明日奈はその答えに何となく納得した。

 

「あ~、そういう事かぁ、八幡君に相応しくない相手だったら排除したかったんだね」

「でもこうして会ってみて、あ、これは無理だなって感じました、脱帽です、お手上げです、

どうしても別れさせる未来が見えません」

「そっかぁ、そう思ってくれたんだったらまぁ良かったかな」

「まあ私にとっては残念ではあるんですけどね」

 

 そう漏らした優里奈に、明日奈は笑顔でこう尋ねた。

 

「優里奈ちゃんも、八幡君の事が好きなの?」

「どうなんでしょう……でも多分、そうなんだと思います」

「どうして?」

「どうしてでしょう……初めて相模のおじ様に紹介された時は、

普通に格好良くてお金持ちなんだなとしか思わなかったんですけど、

最初から相模のおじ様を部下扱いなんかして、ふふっ、思い出すと笑っちゃいますね、

明らかに貫禄があるのはおじ様の方なのに、八幡さんの方が、ずっと大きく見えちゃって」

「ああ、ゴドフリーは、八幡君に心酔してるからね、直接の命の恩人だし」

「そ、そうなんですか?」

「うん、部下に殺されそうになったのを、私達が助けたんだよ」

「そうだったんですか……」

「まあ、それは自作自演だったんだけどね」

「ええっ!?」

 

 そして明日奈は、その時の状況を優里奈に説明した。

 

「ああ~、そういう事ですか!」

「まあその情報が無かったら、多分かなり危険な状況になったと思うけどね」

「なるほど、それじゃあやっぱり命の恩人ですね」

「だね、ふふっ」

 

 明日奈はそれに頷き、微笑んだ。

 

「話がそれちゃいましたね、それでですね、八幡さんなんですが、

会って直ぐに、私にお説教をしてきたんですよ、無防備すぎる、とか、天然だ、とか」

「あ、あは……八幡君、そんな事を言ったんだ」

「正直最初は、えっと……私もそれなりに、色々な人から告白された経験があるんで、

ああ、この人にもまた口説かれちゃうのかな、でもおじ様の顔も立てないとな、

なんて考えながら、話してたんですよ、でも八幡さんは、そんな態度じゃないですか、

あげくの果てに、私がちょっと近付いただけで、すっごく照れて、逃げちゃうんですよ?」

「ああ、それ分かるなぁ、ちょっと仲良くなった後だとそうでもないんだけどね」

「それでですね、私はその時点で、八幡さんに興味津々だったんですけど、

八幡さんが、私の天然さを直すのにどうすればいいかって悩んでたんで、

これからちょくちょく私を色々な所に連れまわしてもらえませんか?って私が言ったら、

八幡さんは、いきなり私にこう言ったんです……」

 

 そして優里奈と明日奈は、同時に同じセリフを口にした。

 

「「え、やだよ、めんどくさい」」

 

 そして二人は顔を見合わせて大笑いした。

 

「あはははは、明日奈さん、八幡さんの真似が上手ですね」

「優里奈ちゃんもね」

 

 そして笑いがおさまった後、優里奈はこう言った。

 

「その時思ったんです、私の事を心配しつつも、一緒に行動するのは面倒臭がる、

この人、何なんだろうって。そしたらその直後に八幡さんが言ったんです、

私を八幡さんの特別臨時秘書に任命するって。

私を色々連れ回すってのは、要するにデートじゃないですか、

でも秘書扱いしておけば、少なくともデートとは言われない、

仕方なくだって言い訳出来る、それで分かったんです、

八幡さんは、きっとデート扱いされるのが、恥ずかしくて仕方ないんだなって。

彼女さんに遠慮してるのかなと、思わなくもなかったんですけど、

でもそれにしては、その後の私に対する態度が、親身になりすぎててですね、

で、最終的に私が感じたのは、あ、この人は私の家族になろうとしてくれてるんだ、

って事だったんです」

 

 その優里奈の長い説明を聞いた明日奈は、八幡君らしいと感じていた。

 

「そっかぁ、優里奈ちゃんはそう思ったんだね」

「はい、実は私、家族を可能な限り現実に似せて、AIで再現して、

そこで長い時間過ごしてたりしたんですよ、要するにゲームの中にずっといるような感じで」

「うわぁ、それは凄いね」

「でも八幡さんと会って、これじゃあいけないって思って、

今はもうまったくログインしていません、次に入るのは、私が結婚する時ですかね」

「あは、そうかもね」

 

 優里奈のその冗談に、明日奈は楽しそうに笑った。

 

「で、八幡さんの事をお兄ちゃんみたいに思ってるうちに、気付いちゃったんです、

このお兄ちゃんと私は、結婚出来るんだって。

もしかしたら私、実はブラコンの気があったのかもですね」

「そっかぁ、なるほどね」

「あ、ごめんなさい、彼女さんの前でおかしな事を……」

「ううん、いいんだよ、今日の状況を見たでしょ?

優里奈ちゃんみたいな人が、他にも二十人近くいるんだよ?」

「まったく女泣かせですよね、八幡さんは」

「だね、まあ姉さん……あ、陽乃さんは、限定的な一夫多妻制を実現しようと、

本気で考えているフシがあるんだけどね」

「ええっ、本気ですか?」

「どうだろう、でも姉さんならやりそうじゃない?」

「確かに……」

 

 そして二人は、再び大きな声で笑いあい、丁度そこに八幡が戻ってきた。

 

「お、もう仲良くなったのか?それは良かった。

優里奈、明日奈の事はお姉ちゃんだと思っていいからな」

「はい、『お義姉ちゃん』だと思う事にしますね」

 

 文字にすると分かるが、この二つはまったく違う意味となる。

それは優里奈の密かな宣言だったのだが、明日奈は何となくその事を察したが、

さすがの八幡も、その事にはまったく気付かなかった。

 

「そうか」

「はい!私、頑張ります!」

 

 そして優里奈の協力を得て、八幡と明日奈は香蓮と美優を迎え入れる準備を始めた。

 

「あと一時間くらいで美優を空港に迎えに行ってくるわ、

その帰りに香蓮も拾って、ここに連れてくるからな」

「私はどうしましょう?」

「そうだな、状況によっては呼ぶかもしれないが、香蓮のプライベートに関する事だしな、

とりあえず自分の部屋でのんびりしててくれ、何かあったら連絡するから」

「連絡が無かったら、頃合いを見て洗濯物だけ回収しちゃいますね」

「ああ、二泊する可能性もあるし、シーツ類はとりあえずそのままでいいだろう」

「分かりました」

 

 そして一時間後、八幡は美優を迎える為に空港へと向かった。

その間、明日奈と優里奈は夕飯の支度をしていた。

 

「ねぇ優里奈ちゃん、さっきのお義姉ちゃんって……」

「あ、分かりましたか?」

「うん、何となくニュアンスが違うなってね」

「すみません……」

 

 そう恐縮した様子を見せる優里奈に、明日奈は明るい声で言った。

 

「まあそれは置いといて、私の事は、本当のお姉ちゃんみたいに思ってくれていいからね」

「い、いいんですか!?私、お兄ちゃんしかいなかったから、とても嬉しいです!」

 

 そう言って優里奈は、花のように微笑んだのだった。

 

 

 

「でもお姉ちゃんより胸の大きい妹かぁ……腰も細いしなぁ」

「な、なんかごめんなさい……」


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