ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

462 / 1227
第460話 一言多い男

「俺はこのレンの友人の、シャナと言います、宜しくお願いします」

「俺は西山田ファイヤだ、宜しく。でも君はどうして本名で名乗らないの?

僕に失礼だとは思わないのかい?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、シャナとレンは激しい頭痛に襲われた。

 

「ド素人か……」

「みたいだね……」

 

 そしてレンが、怒ったような口調でファイヤに言った。

 

「この人はシャナ、私はレン!」

「ああ、そういう演技か、ゲームの中だからそうするしかないんだね、実に気の毒だ」

 

 その言葉に、二人は再び頭痛を覚えた。

 

「いくら素人でも、こういう匿名の場で、

本名を連呼する事の危険性くらいは分かりますよね?」

「ん?何か問題が?人として当たり前の事だろう?それとも君は人じゃないのかい?」

 

 シャナはイラッとし、思わずアハトXを抜きそうになったが、すんでの所で我慢した。

 

「……分かりました、この話し合いが終わって、このゲームからログアウトした後に、

ネットなりなんなりで調べるか、貴方にレンが小比類巻香蓮だと教えた人に、

その事を尋ねてみて下さい、今はそれだけ約束してもらえればいいです」

「分かった、必ず尋ねるし、君の無礼にもここは目を瞑ろう」

 

 どうやらファイヤは、一言多い性格のようである。

 

「それはどうも」

「………殺す」

 

 今度はその言葉を聞いたレンが、小さな声でそう呟いてPちゃんを抜こうとしたが、

シャナはレンの肩に手を置き、それを制した。

 

 そしてファイヤは、笑顔でレンにこう言った。

 

「それにしても香蓮さん、また会えて嬉しいよ、

こんなくだらない場所だってのは、残念だけどね」

「私は別に嬉しくないです」

「ん、お父さんから何も聞いてないのかい?先日確かに申し入れをしたんだけどね。

なのでこのサプライズには、喜んでもらえると思っていたんだけどね」

 

 レンはその言葉に眩暈がしたが、言うべき事は言うべきだと思い、こう言った。

 

「聞いてますよ、でも返事はノーです、明日お父さんの前でも言いますが、返事はノーです」

「そうなのかい?お父さんの様子だと、まんざらでも無さそうだったけどね。

もちろんうちの親は大賛成さ、君の友人達も、多分大賛成なんじゃないかな?」

「私とお父さんは違いますから」

「う~ん、でも僕は諦めないよ、必ず君と結婚する。

その上でこんな野蛮なゲームも必ずやめさせる」

「やっぱりさっきから一言多い!」

 

 レンはそう言って、ファイヤを指差した。

 

「人を指差すとはマナーが良くないね、まあ大丈夫、僕が先生を雇って、

香蓮さんが立派な淑女になれるように手伝いをするからね」

「………殺す」

 

 レンはそう呟き、再びPちゃんを抜こうとしたが、シャナがそれを制し、一歩前に出た。

 

「ファイヤさんは、このゲームを野蛮だと?」

「ああ、誰でも自由に人を撃ち殺せるなんて、正直怖いと思ったね、まったく理解出来ない。

だから将来俺の妻になる香蓮さんには、こんなゲームは……

いや、VRゲームそのものをやめてもらって、

香蓮さんが望むような立派な淑女になってもらいたいと思う。

まったくソードアート・オンラインの教訓を何故生かせないのか、

こんなものは直ぐにでも法規制するべきだよね。君達もそう思うだろう?」

「ほうほう、それは過激な意見ですね」

 

 シャナは辛抱強くそう言った。

 

「過激かい?普通だろう?名無し君」

「名無し君ね……まああなたにとっては普通なんでしょうね」

 

 シャナも、さすがにここまで独善的な男に会うのは初めてだった為、閉口していた。

 

「ところで香蓮さん、明後日なんだが、デートを申し込んでもいいかい?」

「嫌だと言ったら?」

「それじゃあその次の日はどうだろう?」

「それも嫌だと言ったら?」

「そしたら更にその次の日という事になるんだろうね」

「はぁ……」

 

 レンもそのファイヤの独善的なやり方に閉口した。

シャナは、ファイヤは基本こういったやり方でのし上がってきたんだろうなと思い、

このままだともうすぐ行き詰るなと、ファイヤの評価を下方修正した。

 

「何か用事でもあるのかい?もちろん無いよね?」

「用事が無かったら、デートするのが普通だと?」

「時間は有意義に使うものだろう?

用事が無いんだったら、俺と一緒にいる事は君の利益になるじゃないか」

「私にとっての利益は、この人と一緒にいる事だけだよ」

 

 ついに我慢しきれなくなったのか、レンはシャナを指差してそう言った。

 

「そして私達は、二人でスクワッド・ジャムに出場するので、

その為に一緒に訓練をしないといけないの、

だから貴方と無駄な時間を過ごしている暇はまったく無いの」

「スクワッド・ジャム?何だいそれは?」

「チームごとに戦って優勝者を競う大会だよ」

 

 そのレンの言葉で、シャナはスクワッド・ジャムがどういうイベントなのか理解した。

 

「そうか、香蓮さんは勝負ごとが好きなんだね。

まあそういう事なら、結婚後も趣味程度なら認めてもいいかもしれないな」

「だから一言多いの、そうね、少なくとも負けるのは大嫌いだよ」

「そうか、つまり君に言う事をきかせる為には、何らかの勝負に勝つ必要があると。

それならこうしよう、もしそのスクワッド・ジャムという大会で、

君達二人が優勝出来たら、俺は香蓮さんの事は諦める、

だがもし優勝出来なかったら、俺とデートしてもらおう、

ただし一つ条件を付ける、どうだい?」

「条件次第だね」

「何、簡単な事さ、君達には多分他にも仲間なり知り合いがここにいるだろう?

その人達と組んで八百長みたいな事をされたらたまらないから、

そういうのは一切禁止、必ず二人だけで勝ち抜く、条件ってのはそれだけさ」

「分かった、それでいいよ」

 

 シャナは、レンの敗北条件が、結婚する事だったら介入するつもりでいたが、

デートする事だった為、それなら負けても大してリスクは無いと考え、

ここは黙って黙認する事にした。

 

(しかしこいつなら、条件を結婚に設定すると思ったが、

デートさえ出来れば満足なのか、それとも一度のデートで、

結婚まで持っていける自信があるのか、そのどちらかなんだろうかな)

 

 ちなみに答えは後者である。

 

(まあこいつにとってはただの遊びなんだろうが、

ここは香蓮を褒めておかないといけないな、最高の条件だ。

まあ本人は頭に血がのぼってカッとなって言っただけなんだろうけどな)

 

 シャナは賞賛する気持ちで怒りに震えるレンの肩に手を置き、

レンを泣かせない為にも、もう一押しする事にした。

 

(さて、ファイヤにとっては随分と利が少ない賭けに乗ったもんだ、

という事は勝てる自信があるって事なんだろうが、

他のプレイヤーを買収でもして、全員味方に付けるくらいはやるかもしれないな)

 

 そう考えながら、シャナは一歩前に出た。

 

「なぁファイヤさん、他のプレイヤーが勝手に味方してくれる場合はどうなるんだ?

もしそうなったら俺達に、それを防ぐのは不可能だし、

繋がりが無い事を証明する事もまた不可能なんだが」

「確かにね、さすがに悪魔の証明を求めるのは卑怯だしね」

 

 ファイヤはその事には同意し、何か考え込んでいたが、やがて顔を上げ、シャナに言った。

 

「その辺りは不問という事にするよ、こちらでもそれなりに調査は出来ると思うし。

まあ俺は二人がそんな事はしないと信じてるしね」

「それなりに、ね」

 

(仲間を動員するのは禁止と言いながら信じてるか、やはりこいつの言葉は軽いな)

 

 シャナはそう思いつつも、黙ってそれに頷いた。

レンも同じ事を考えたようだが、レンはずっとファイヤに対して怒っていたので、

今更一つ理由が加わったところで大差無いだろう。

 

「それじゃあ俺はこれで失礼するよ、香蓮さん、当日は楽しみにしているよ」

 

 そしてファイヤはレンの答えも待たずにその場を立ち去った。

残された二人は、とても疲れた顔で、レンタルスペースの床にへたりこんだ。

 

「何だあの馬鹿は……」

「うん……」

「まあいい、とりあえずそのスクワッド・ジャムとやらに申し込みに行くか」

「うん…………って、ああっ!?」

 

 そこでレンは、自分が何をしてしまったのか今更ながら気が付いた。

 

「ふ、二人……私、二人って言っちゃった?」

「ああ、そうだが、何か問題があったか?」

「えっと、実はスクワッド・ジャムの参加人数は、最大六人なの……」

「ああ、そういう事か、まあ何とかなるだろ、こうなったらもうどうしようもないしな」

「ご、ごめんなさい………」

「誰か他の奴もチームに入れる予定だったのか?」

「あ、うん、師匠とか?」

「ああ、確かにそれが妥当だよな……

とりあえず今日は落ちて、明日奈と美優にも意見を聞いてみるか」

「うん………」

 

 そして二人はログアウトし、明日奈と美優が戻るのを待った。

幸い二人も直ぐに戻ってきた為、八幡と香蓮は今あった出来事を二人に語って聞かせた。

 

「………何そのおかしな生き物は………」

「ファイヤ君はバイヤ君だったのか……」

「バイヤって何だよ」

「ヤバイからバイヤ!」

「美優、お前も昭和の生まれか?」

「失礼な!バリバリ平成だよ!」

「そのバリバリってのもどうかと思うんだが……」

「細かい事は気にしない!意味が分かればいいのだよ!

で、お前もって、他に誰か昭和を愛する女子がいるの?」

「詩乃だな」

「なるほど、さすがは我が友だね!」

「まあとりあえずそれは置いておいて、ちょっと真面目に考えてみよう」

 

 そして四人は、何かいい手は無いか考え始めた。最初に顔を上げたのは美優だった。

 

「ねぇリーダー、私、いい手を思いついちゃった」

「ん?何だ美優」

「かわいいかわいいフカ次郎ちゃんを、GGOにコンバートするの」

「コンバートか……おい美優、お前三日あれば銃の扱いに習熟出来るか?」

「うん、無理!」

「まあ普通はそうなんだよな……優里奈はまだレベルが足りないし、

ヴァルハラのメンバーもちょっとな……」

「駄目なの?」

「ああ、理由は後で説明する」

「もう銃の腕には目を瞑って、かわいいフカちゃんに頼るしかないのでは?」

「いや、それなんだがな……」

 

 そして八幡は、真顔でこう言った。

 

「相手はレンの事をかなり調べているだろ?

という事は、お前の存在も知られていると思った方がいい」

「ああ、それは確かにそうかも……」

「つ、つまり私がヴァルハラ期待のルーキーであるフカちゃんだという事もバレていると?」

「期待のルーキーなんて存在しないが、その可能性は高いと思う。

その上で、コンバ-トしても名前はフカ次郎のままだから、

おそらく仲間扱いされてしまう可能性が否定出来ない」

「リ、リーダー、フカちゃんは期待の大型新人ですよね?ね?」

「あ~はいはい、大型な、大型。

で、さっきのヴァルハラの話なんだがな、相手はおそらく、俺の名前ももう知っている。

香蓮の親父さんから話がいってると思うからな。

そしてあいつはヴァルハラの情報に触れ、ハチマンという名前にたどり着いた時、

俺と同一人物なんじゃないかと考えるんじゃないか?フカ次郎もメンバーにいる訳だしな」

「「「ああ~!」」」

 

 三人はその説明に納得した。

 

「という訳で、ヴァルハラのメンバーをコンバートさせるのもリスクが伴う。

条件的には負けても問題ないんだが、それは俺が嫌だしな」

「香蓮ちゃんを犠牲にするみたいになっちゃうしね」

「私は最悪それでもいいですけど」

「香蓮ちゃん、八幡君は、そういうのは大嫌いだから、何を言っても無駄だよ」

 

 香蓮は明日奈にそう言われ、八幡の顔を見た。

八幡はそれに対し、少し怖い顔をして頷いた。

 

「論外だ」

「う、うん、ありがとう」

「まあ大丈夫だ、手が無い訳じゃない」

「どんな手が?」

「ゼクシードを味方に引き込む」

 

 そのまさかのシャナの言葉に、明日奈は自分の耳を疑った。

 

「ええっ!?」

「あっ、この前ご一緒した人ですね」

「あいつは公式には俺の宿敵扱いだから、あいつが仲間だとは絶対に認定されないはずだ」

「確かに……」

「香蓮とも面識があるしな、という訳で、早速あいつに頭を下げてくるわ。

三人は先に寝ててくれていいからな」

「あっ、ちょ、ちょっと八幡君!」

 

 八幡は速攻でアミュスフィアをかぶり、再びGGOへとログインしていった。

 

「行っちゃったね」

「リーダー早っ!」

「ねぇ明日奈さん、シャナとゼクシードさんって仲が悪いの?」

「う~ん、今はそうでもないと思うよ」

「だよね、この前一緒に遊んでたし」

「えっ、そうなの?」

「うん」

 

 そして香蓮は、先日あった出来事を、二人に説明した。

 

「そんな事があったんだ」

「うん、だから普通に仲良しだと思ってたの」

「まあ悪くはないから大丈夫だよ、ゼクシードさんなら腕も確かだし、

味方になってくれるなら心強いと思う」

「そっかぁ、ゼクシードさん、私の事を覚えててくれるといいなぁ……」

 

 

 

 その頃シャナは、首尾よくゼクシードを捕まえる事に成功していた。

 

「よぉ」

「あっ、シャナさん」

「お久しぶりです」

「シャナか、珍しいな、僕に何か用事でも?」

「おう、内密の話があるんだが、今ちょっといいか?」

「内密の話?分かった、話くらいは聞くよ」

「悪いな」

 

 そしてシャナはレンタルスペースを借り、

ゼクシードとユッコとハルカと共に、そこへ移動したのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。