ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第462話 世の中って理不尽なんだね……

 次の日の朝、八幡と香蓮と美優は、

香蓮の父親である小比類巻蓮一との約束の場所へと向かっていた。

 

「服装とかはどうしよう?」

「今のままで十分かわいいから問題ない、むしろもっと地味でもいい、

あんな馬鹿に見せるのはもったいない」

「そ、それはもしかして、フカちゃんを褒めてますか!?」

「あ?今のは香蓮に言ったんだ、お前には何も言ってない」

「もう、リーダーったら照れ屋さんなんだからぁ」

「お前は本当にメンタルが強いよな……」

 

 そして三人は、ホテルのロビーで蓮一と面会した。

 

「どうもどうも、小比類巻蓮一です、今日はわざわざご足労頂いてすみません」

「こんな若輩にご丁寧な挨拶痛み入ります、でもさすがに居心地が悪くなってしまうので、

僕に対してはもっと普通に話して下さって結構ですから」

 

 その八幡の言葉に蓮一は鷹揚に笑った。どうやら第一印象は良いようだ。

ちなみに八幡の一人称も、今は強化外骨格全開の為、僕なのであった。

 

「美優ちゃんもわざわざこんな遠くまですまなかったね」

「いえいえおじ様、観光のつもりで楽しんでますから全然問題ないですよ」

「これからも香蓮と仲良くしてやってくれ、

私が言うのもなんだが、この子はどうも内にこもる所があるからね」

「はい、色々と連れまわしますね、もちろん健全な所に限りますけど」

「お願いね、美優ちゃん」

 

 その蓮一の言葉に、香蓮は不満そうに口を尖らせた。

 

「もう、お父さん、私だってもう子供じゃないんだからね」

「ははっ、比企谷君に頼んだ方が良かったかな?」

「も、もう、お父さん、そういう事を言わないで!」

 

 香蓮は恥ずかしそうに八幡の方をちらっと見た後、そう言った。

それを見た八幡と美優は、ひそひそと囁きあった。

 

「おい美優、香蓮の親父さん、随分フレンドリーじゃないか?」

「そうだねぇ、普通は娘が好きな男を連れてきたら、

もっと頑固親父みたいな態度をとるものだと思うんだけど」

「香蓮の親父さんってどういう人なんだ?」

「普通の商売人かな、やり手だと思う」

「なら俺の事を調べたのかもしれないな」

「かもしれないね」

 

 こういう時は息がピッタリな二人である。

普段は上下関係がキッチリしているように感じられるが、

それは美優がわざとそうしている部分もあるのだろう。

 

「それじゃあ比企谷君、香蓮のエスコートを頼んでもいいかな?

西山田君が、先に部屋で待っているからね」

 

 八幡は、こういう場合のエスコートは普通蓮一がするものではないかと思い、

かまをかけるつもりで、蓮一にこう尋ねた。

 

「エスコートですか?それは別に構いませんが、仮にも企業の社長を待たせているのに、

一介の社員であり、学生でもある僕が香蓮さんをエスコートするのは、

少々こちらへの肩入れが過ぎる気もしますが」

 

 その問いに、蓮一は、笑顔を崩さずに微妙に違う答えを返した。

 

「美優ちゃんからは、将来性が西山田君よりも圧倒的に上の若者だと聞いているんだけどね」

「その言葉を鵜呑みにする程、社長は甘い経営者じゃないですよね?」

「ははっ、ハッキリ言うね、実に心地よいよ、

まあその通りだね、実は君の事は、雪ノ下さんから聞いたんだよね」

「雪ノ下さん………ですか、僕には該当する知り合いが三人いるんですが」

「ふむ、さしずめ雪ノ下ご夫妻と、長女さんかな」

「はい、まあそうですね」

「正解は、奥さんだよ」

「理事長ですか、なるほど」

 

 八幡は、同じ建設業なのだし、面識くらいはあるかと納得した。

 

「一応ね、僕も君の事は調べたんだよ、でも出てくる情報が荒唐無稽なものばかりでね、

君が学生にしてあのソレイユの部長だとか、まったく他人のはずなのに、

結城家の次期当主に指名されているとか、色々となんだけどね」

「それは確かに荒唐無稽な話にしか聞こえませんよね」

「なので、ソレイユの社長さんのご母堂であり、面識もある雪ノ下さんに直接尋ねたと、

まあそういう訳かな」

「なるほど、それであの人は何と?」

「あまり大きな声じゃ言えないんだけどね、雪ノ下さんはこう言ったよ、

それは全て事実ですとね、その上でこう言ったかな、

『あら、それじゃあうちの娘のライバルになるつもりですのね?

最悪私自身が離婚して彼の所に嫁ぐ事も想定しているので、

私のライバルという事になるのかもしれませんけど』ってね」

「あ、あの馬鹿理事長め……」

 

 八幡は思わずそう言い、直後にしまったという顔で口を塞いだ。

それを見た蓮一は、我慢出来ないという風に大笑いした。

 

「あはっ、あははははは、あの人を馬鹿呼ばわり出来るなんて凄いね、

最近は丸くなったけど、昔のあの人は、それはそれは怖い人だったんだよ?」

「それは知ってます、でも今ではもう、すっかりかわいいおばさんって感じですね、

ちょっと色気が過剰なのが困りものですが……」

「かわいいおばさんね、君は凄いな……でも香蓮の結婚相手としては、

そうなったらなったで嬉しいんだけど、実現性が乏しいとも聞いているよ」

「はぁ、それはまあそうですね」

「なので今日はまあ、じっくりと見させてもらうよ、君だけじゃなく、香蓮の態度もね」

 

 蓮一はそう言いながら、ちらりと香蓮の方を見た。

 

「俺がこう言うのは筋が通らないかもしれませんが、

彼女を悲しませる事だけはやめて下さいね」

「もしそうなったらどうするんだい?」

「そうですね、香蓮をうちの養子にもらって、うちから嫁に出します」

 

 その八幡の言葉に蓮一は絶句した。

 

「そ、それはまた、凄い発想をするね君は。てっきり駆け落ちでもするのかと思ったんだが」

「まあ僕も、色々としがらみがあるんで、駆け落ちとかは出来ないですからね。

でもすみません、友人を守る事となると、ちょっと昔からやりすぎちゃう所があるんですよ」

「そうか、まあそれだけ香蓮の事を、大事に思ってくれているんだね」

「はい、それだけは確かですね」

 

 蓮一は、それを聞いてうんうんと頷いた。そして蓮一は、香蓮に言った。

 

「香蓮、やっぱり香蓮は私がエスコートする事にするよ、

中立の状態からどうなるか見てみたいからね」

「えっ?………そ、そう」

 

 そのとても残念そうな香蓮の顔を見て、蓮一は困った顔をした。

 

「これは……早速香蓮を泣かせてしまったかな?」

「香蓮、西山田さんの手前もあるし、やはり僕がエスコートするのは順番が違うと思う、

帰りで良かったら僕がエスコートするから、それで何とか納得してくれないか?」

「う、うん、まあそういう事なら……」

 

 それで香蓮は納得したのか、大人しく蓮一の隣に並んだ。

 

「………ねぇ美優ちゃん、今日のセッティング、する必要があったのかな?」

「おじ様がリ……八幡君の事を知ったのは、昨日くらいなんでしょう?

それなら西山田さんが候補に上がるのもまあ仕方ないですよ、

条件としては、一見悪くないように見えちゃいますしね」

「美優ちゃんも意外とハッキリ言うよね」

 

 蓮一はその美優の言葉に苦笑した。

 

「まあ私が思うに、これは多分通過儀礼みたいなものです、八幡君の事を知る為の」

「そうか、それじゃあ今日はそう思って、大人しく傍観させてもらうとするかな」

「本当に仕方ないですよ、こんな規格外な人が存在している事自体、普通ありえませんから」

「人をおかしな人間扱いしないで下さいよ、美優さん」

 

 笑顔でそう言う八幡に、何故か美優は背筋がゾクッとした。

面会終了後に美優にお仕置きがされるかどうかは、この後の美優次第である。

 

「それじゃあ行きましょうか、西山田さんをあまり待たせるのも悪いですしね」

「そうだね、それじゃあ行こうか」

 

 そして歩きながら、八幡と美優はひそひそと会話をしていた。

 

「リーダー、コヒーの事、くれぐれもお願いね」

「まあ今日は無難に終わらせるさ、本番はあくまでスクワッド・ジャムだ。

条件が交わされた以上、何があってももうそれは覆らないからな」

「ついでにかわいいフカちゃんの事もちょっとは考えてくれてもいいよ?」

「わざわざこっちまで来てもらったんだ、それなりに何か考えておくわ」

「そ、それなら神崎エルザのコンサートチケットとか……」

 

 美優は駄目元でそう言った。エルザのチケットは、今やかなり入手困難であり、

コネが一切きかないと噂になるくらい、入手難易度が高いのだ。

そしてその言葉に、八幡は一瞬変な顔をしたが、それなら簡単だと思ったのか、

軽い調子で美優に頷いた。まあ八幡の立場なら、実際容易なのは間違いない。

 

「別にいいぞ、多分簡単だと思うから、任せておけ。香蓮の分と二枚でいいか?」

「えっ、リ、リーダー、まじで言ってる?」

「おう、それとも何か他の物の方が良かったか?」

「是非それでお願いします!」

「おう、分かった、手配しておくわ」

 

 そして八幡は、失礼と断った上で、エレベーターの中で素早くどこかに電話をかけた。

 

「忙しいとこ悪いな、ちょっと頼みがある、

神崎エルザのライブチケット、二枚確保出来ないか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、蓮一と香蓮はぎょっとした顔で八幡の方を見た。

蓮一は、以前香蓮にその事を頼まれて、どうしようもなかった経験があり、

香蓮は香蓮で、同じ経験から、その困難さをよく知っていたからだ。

ちなみに今は、香蓮も美優も、完全に抽選頼みになっており、

しかもいまだに抽選に当たった事は無い。

 

「え?それって本気で言ってるのか?

まあ多分大丈夫だと思うけど、一応確認しておく」

 

 その言葉に、一体何があったんだろうと三人は思ったが、

次の八幡の言葉を聞いた瞬間に、三人はぽかんと口を開けて固まった。

 

「悪い、今日の分の最前列でいいかって言われたんだけど、

香蓮、美優、この後は何か予定が入ったりしてるか?」

 

 ちなみに二人は、今日の分のチケット申し込みをして、見事に抽選で外れていた。

それが何と取れた上に、その席はまさかの最前列である。

 

「よ、世の中って、思ったよりも理不尽なものなんだね……」

 

 香蓮はそう言ってうな垂れ、さすがの蓮一も苦笑する事しか出来なかった。

 

「か、香蓮、もしかして嬉しくなかったか?」

 

 そうおろおろする八幡に、ハッと顔を上げた香蓮は、迷わず八幡の胸に飛び込んだ。

 

「う、嬉しいに決まってるよ、ありがとう八幡君!」

「お、おい香蓮、親父さんが見てるから、嬉しいのは分かったから、な?」

「あっ……」

 

 八幡は真っ赤な顔で焦りながらそう言い、香蓮は慌てて八幡から離れた。

その隙に、美優が代わりに八幡に抱きついた。

 

「うわ~ん嬉しいですリーダー、一生ついていきますぅぅううぅ!」

「あ~、分かった、分かったから、二人で楽しんでこいよ、行き帰りは送ってやるから」

「ありがとうございます、愛してますぅぅぅぅぅ!」

「とにかく落ち着け、今は切り替えて、とにかく僕から離れてくれ」

「は、はひ……」

 

 そして美優が離れた後、八幡は蓮一に頭を下げた。

 

「すみません、お騒がせしました……」

「い、いや、いきなりでびっくりしただけだから気にしなくていいよ。

それにしても、あの美優ちゃんでもあんな態度をとる事があるんだねぇ」

 

 そして蓮一は、二人で盛り上がっている香蓮と美優を尻目に、八幡にそっと尋ねた。

 

「でもすごいね、一体どうやってあのレアチケットをとったんだい?」

「あんまり大きな声じゃ言えませんが、本人と知り合いなんで、

今はうちの秘書経由で直接本人に聞いてもらいました」

「そ、そうなのかい?」

「はい、でもエルザにはあんまり借りを作りたくないんで、

この事は極力秘密にしてるんですよ、今回はまあ、美優へのお礼って事で特別です」

「なるほどねぇ」

 

(彼は本当に規格外なんだなぁ……)

 

 蓮一はそう思いながらも、経営者としては、

出来れば香蓮には、多少晩婚になってもいいから八幡と結婚してほしいものだと、

期待のこもった目で香蓮を見つめた。

 

(やっぱり今日の会のセッティングは無駄だったかなぁ、

別に香蓮が直ぐに結婚しないといけない理由なんて無いものなぁ……)

 

 どうやらこの時点で、蓮一の心はかなり八幡寄りになってしまったらしい。

そして蓮一は、気を取り直して部屋への案内を再開した。


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