ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第464話 やはり理事長には敵わない

「二人とも、どうだった?」

「凄く楽しめた!」

「大迫力だった!」

「そうか、それは良かったな」

 

 二人が本当に楽しそうだった為、八幡は満足そうに頷いた。

 

「やっぱり神崎エルザって、天使かも」

「すっごくかわいかったよ!」

「お、おう、そうか……」

 

(あいつはなぁ……外見と性癖は関係無いしな……)

 

 突然八幡が、その言葉に困っているような表情を見せた為、

香蓮と美優は、何故だろうと首を傾げた。エルザを知る者と知らない者の差であろう。 

そしてその日も八幡のマンションに泊まる事にした二人は、

前日の洗濯物が、綺麗に収納されているのを見て驚いた。

 

「はっ、八幡君、この部屋、幽霊がいる!」

「しかも女子力が高い幽霊!」

「ああん?二人とも、何を言ってるんだ?」

 

 そして事情を聞いた八幡は、この機会に優里奈を二人に紹介しておく事にした。

 

「それは優里奈の仕事だな、待っててくれ、今呼んでくるから」

 

 そう言って八幡は外に出ていき、すぐに一人の少女を伴って戻ってきた。

 

「櫛稲田優里奈だ、この部屋の管理を頼んでいる」

「初めまして、櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

 

 そう頭を下げる優里奈を見て、美優は興奮したように言った。

 

「むっはぁ、優里奈ちゃんかわいい!お持ち帰りしたい!」

「言っておくが、そんな事をしたら拳骨くらいじゃ済まないからな」

「もう、冗談だってば、ささ、優里奈ちゃん、今日はお姉さんと一緒に寝よっか」

「お前な……」

「な、仲良くなりたいだけだから!特に性的な事は考えてないから!」

「当たり前だ、香蓮、こいつが暴走しないように頼むな」

「うん、いざとなったら殴って止めるね」

 

 それを聞いた美優は、愕然とした顔で香蓮に尋ねた。

 

「コ、コヒーは親友とリーダー、どっちの味方なの!?」

「え、ハッキリ言った方がいい?」

「こ、怖いからやっぱりいい……ささ、優里奈ちゃんこっちこっち」

「あ、はい」

 

 こんな訳で、今寝室では、三人が楽しそうに会話をしていた。

 

「まあ楽しそうで何よりだ、香蓮も前よりも身長の事は気にしなくなってきたみたいだしな」

 

 八幡はそう呟くと、ソファーベッドに横になった。

いつしか隣の部屋からの声も聞こえなくなり、八幡もそのまま眠りについた。

 

 

 

「八幡君、起きて、八幡君」

「ん……もう朝か、おはよう香蓮」

「着替え、ここに置いておくから、着替えたら朝ごはんを食べちゃってね」

「ありがとな、香蓮」

 

 そして立ち上がろうとする八幡の視界に、洗濯物を干している優里奈の姿が目に入った。

それを見た八幡は、反射的に優里奈に声をかけた。

 

「おはよう優里奈、俺も手伝おうか?」

「えっ?あ、おはようございます八幡さん、手伝いはその……えっと……」

 

 そこにキッチンにいたらしい、美優が走ってきて、八幡に言った。

 

「リ、リーダーがフカちゃんのぱんつを干してくれるんですね!

フカちゃんに興味津々ですか!?やっと惚れちゃいましたか!?」

「朝っぱらからうぜえ……」

 

 そして八幡は、目を覚まそうと頭を振りながら、優里奈に言った。

 

「悪い優里奈、今のは間違いだ、そっちは任せた」

「は、はい!」

 

 そして八幡は、部屋の隅に用意された衝立の中で着替えを済ませ、

洗面所で顔を洗った後、キッチンへと向かった。

ちなみに美優がその着替えを覗こうと頑張っていたが、

八幡がまったく隙を見せなかった為、それは失敗に終わっていた。

 

「さて、食べたら羽田空港に行くか」

「コヒー、しばらくお別れだけど、私がいない間にリーダーに手を出すんじゃないぞ!」

「もう、美優ったら、そんな事無い……よね?」

「何でこっちを見ながら言うんだ香蓮、そんな事あるわけないだろ」

「そ、そうだよね、な、無いんだ……」

 

 そう言ってあからさまに落ち込む香蓮を見て、八幡は困り果てた。

だがおかしな事も言えない為、八幡は慎重に言葉を選びながら香蓮に言った。

 

「まあ今日からしばらくはずっと一緒なんだ、特訓しないといけないしな。

そんな訳で、頑張ろうな、香蓮」

「そ、そうだね、頑張ろうね!」

 

 それで香蓮はいつもの調子に戻ったのか、元気な声でそう言った。

そして朝食が終わった後、三人は羽田空港に行く前に、優里奈の学校へと向かっていた。

 

「八幡さん、わざわざすみません」

「気にするなって、せっかくうちに泊まった時くらい、送ってやるさ」

「ありがとうございます」

「この辺りでいいか?」

「あっ、はい!」

 

 そして学校から少し離れた所で、八幡はキットを停車させ、ドアを開いた。

だが今は登校時間であり、その場所にもそれなりに登校中の生徒の数が多い。

その上キットのドアはガルウィングであり、恐ろしく目立つ。

その為優里奈はこの後、優里奈が八幡にエスコートされ、

キットを降りるシーンを目撃したクラスメート達から、

激しい質問攻めにあう事になる。その質問に、優里奈が頬を染めながら、

いつもお世話になっている大切な人だと説明した為、それが校内で憶測を生み、

その日から、優里奈に告白してくる男子の数が激減したのは、

優里奈にとっては嬉しい副産物だった。

 

 

 

「美優、また来てね」

「何言ってるの、お盆にまた来るよ?」

 

 その美優の言葉で香蓮は、ソレイユの企業ブースに、

バイトとして参加する予定になっている事を思い出した。どうやら完全に忘れていたらしい。

 

「あ、そ、そうだったね」

 

 そんな香蓮に、美優はニヤニヤしながらこう言った。

 

「いやぁ、リーダーが本当にコヒーを口説き落としてくれるとはね、

コヒーのコスプレ姿、楽しみだなぁ」

「わ、私は後ろの方に立ってるだけでいいって、八幡君が言ってくれたもん」

「でもコヒー、そこでコヒーのかわいいコスプレ姿を見せたらさ、

もしかしたらリーダーもドキッとしてくれるかもよ?」

「え?あっ……そ、そうかな?」

「コヒーはスタイルいいから、効果は抜群だろうね!」

「抜群………なのかな?」

「うんうん、まあとりあえず、そろそろ時間だから行くね、

またね、コヒー!リーダーも、そのうち帯広に来てね!」

「美優、またね!」

 

 そして二人の会話にどう突っ込んでいいか分からず、知らんぷりをしていた八幡も、

笑顔で美優に挨拶を返した。

 

「おう、機会があったらな、またな、美優」

 

 そして美優の姿が見えなくなると、二人はそのままキットに乗り込み、

香蓮の部屋へと向かった。

 

 

 

「送ってくれてありがとう、八幡君」

「おう、気にするなって、それじゃあまた夜にな、香蓮」

「うん、また夜にね」

 

 そして八幡が去った後、香蓮は嬉しそうに呟いた。

 

「しばらく一緒かぁ、この点だけはファイヤさんに感謝かな、まあ絶対に負けないけどね」

 

 

 

 学校に着いた後、八幡は時間ギリギリで教室に滑り込んだ。

 

「危ねえ、何とか間に合った」

 

 そんな八幡を見て、和人が呆れたように言った。

 

「全然間に合ってないけどな……」

 

 ちなみに今は、三時限目の開始直前である。

そもそも羽田空港まで往復して、一時限目に間に合うはずがない。

 

「八幡君、昨日はどうだった?」

「う~ん、多分上手くいったと思うぞ」

「そっかぁ、それなら良かったね」

 

 明日奈はほっと胸をなでおろしながら言った。

 

「あ、そういえば朝に理事長が、教室まで八幡君を探しにきたよ?」

「理事長が俺を?ああそうか、多分それ絡みの話だな」

「理事長に何の関係が?」

 

 首を傾げる明日奈に、八幡は香蓮の父と理事長の関係を説明した。

 

「香蓮の親父さん、うちの理事長と知り合いだったんだよ、まあ同じ建設関係だしな」

「あ、そうなんだ!」

「で、俺の事を理事長に尋ねたらしくてな、多分それ絡みの話でもあったんだろ」

「なるほどね」

「とりあえず昼休みにでも顔を出してくるわ」

「うん」

 

 

 

 そして昼食をとった後、八幡は理事長室に向かい、コンコンコン、とノックをした。

 

「はい、どうぞ」

 

 そう声が聞こえ、八幡は部屋の扉を開けた。

 

「あら八幡君、今日は重役出勤だったみたいね」

「すみません、ちょっと知り合いを空港に送っていたので」

「ああ、小比類巻さんの娘さんのお友達ね?」

「あ、はい、そうですね」

「あなた、随分小比類巻さんに気に入られたのね、昨日の夜に電話がかかってきて、

ベタ褒めだったわよ?それこそ私を敵に回しても、娘さんをあなたに嫁がせたい勢いでね」

「あっ」

 

 その言葉で、八幡は昨日の蓮一の言葉を思い出した。

 

「だからあんたは人妻なんだから、冗談でもああいう事を他人に言うなっての!」

「あら、早速怒られちゃったわ、

でも私を面と向かって叱ってくれるのは八幡君だけなのよね、

これはもう愛されていると理解するのが自然の流れなんじゃないかしら?」

 

 八幡は何か言いかけたが、途中でそれをやめ、深呼吸した後にこう言った。

 

「もちろん愛してますよ、さあ、二人でどこかに逃げましょうか」

 

 もちろんそう言う事で、八幡は、理事長が本気じゃないと証明しようとしたのだが、

理事長がそんな手に引っかかる訳がなかった。

理事長は八幡にそう言われた瞬間、デスクの下から大きなバッグを取り出し、

顔を隠すように大きめのサングラスをかけながら言った。

 

「きっとそう言ってくれると思って、既に荷物をまとめておいたわ、

きっと陽乃も雪乃も分かってくれるわ、さあ、今すぐ高飛びしましょう!」

「今のは冗談です勘弁して下さい本当にすみませんでした」

 

 その瞬間に、八幡はフライング土下座をし、理事長に謝った。

 

「えっ……そ、そうなの?ご、ごめんなさい、私ったら一人で舞い上がっちゃって……」

 

 そう言って理事長は、すすり泣きながら手で顔を覆った。

 

「さすがにその手には乗らないぞ、どう考えてもそこまでいったら演技だろ!」

 

 八幡はそう言いながら、理事長の顔をこちらに向けさせた。

だが理事長は本当に涙を流しており、八幡は再び土下座をするはめになった。

 

「す、すみませんでした!」

「あらやだ、こんなの演技に決まってるじゃない、

いい?八幡君、世間には、自分の意思で簡単に涙を流せる女が沢山いるのよ?

だから演技かどうか、見極める目をこれから養っていきなさい」

「ははっ、仰せの通りに!」

 

 八幡は、こういう部分はさすが理事長だと素直に感心し、そう返事をした。

それを理事長は、満足そうに見つめていた。

 

「素直でよろしい」

「ありがとうございます!」

「まあとりあえず、座って座って、これからは朝出来なかった話をしましょう」

「はい」

 

 そして理事長は、珍しく真面目な顔で、八幡にこう尋ねてきた。

 

「で、小比類巻さんに何を仕掛けたの?」

「雪ノ下建設には設計とかで色々とお世話になっていますとだけ言いました」

「なるほど……で、八幡君は、小比類巻さんの事をどう思ったのかしら」

「はい、先の事をよく考えているなと、メディキュボイドにも興味津々のようでしたしね」

「で、試しに雪ノ下建設の名前を出したと」

「はい、小比類巻社長は、その場では表立って何か言ったりはしませんでしたが、

やっぱり何か打診がありましたか?」

「業務提携を求められたわ」

「なるほど、妥当ですね」

「だから私はこう答えたわ、うちはいずれ、ソレイユの傘下に入る可能性が高いのだけれど、

あなたにその覚悟はあるのかしら?とね」

「そこまで踏み込みましたか……」

 

 八幡は、その返事にううむと唸った。

さすがに理事長が、そこまでするとは予想外だったからだ。

 

「で、小比類巻社長は何と?」

「少し沈黙した後、そういう未来も選択肢として持っておくべきですね、と言っていたわ」

「なるほど、さすがですね」

 

 この時点で、蓮一は何も言質をとらせておらず、

経営者はこうあるべきだなと八幡は感心した。

 

「でもその後に、『そうなったら、うちの社長は比企谷君にやってもらえませんかね?』

って、かなり本気で言ってたわよ、だから私はこう言ってやったわ、

八幡君なら今私の隣で寝てるから、諦めなさいとね!」

「最後で台無しにしやがったのか!あんたは自重を覚えろ自重を!」

「まあ話はそれだけよ、さあ、もうすぐ授業の時間になるから、

今度来る時はお土産を持って遊びに来なさいな、出来ればアイスとかがいいわね、

もう最近暑くて暑くてたまらないのよ」

 

 そう言いながら、理事長が和服の前をパタパタさせたので、

八幡は慌てて理事長の胸元から目を背け、悔しそうに言った。

 

「くそ、色気ばかりアピールしやがって……

分かりました、また何かあったらいつでも声をかけて下さい」

「え?呼ばないと来てくれないの?それじゃあお土産を用意している時間が無いじゃない」

「そんなにアイスが食べたいのかよ!仕方ないから放課後に持ってきてやるよ!

っと、失礼しました、では後ほど」

「まったく何だかんだ優しいんだから、それじゃあまたね、八幡君」

「はい、貴重なお話をありがとうございました」

 

 そして八幡が部屋を出ていこうとした瞬間、理事長は八幡の背中にこう声をかけた。

 

「提携はするわよ」

「………分かりました、覚えておきます」

 

 

 

 そして八幡は、無事に授業を終えた後、近くにあるスーパーでアイスを買い、

再び理事長室を訪問し、そのアイスを差し入れした。

ちなみにわたあめ味のアイスだったのだが、理事長がまるで子供のように喜んだ為、

八幡は、改めてこの人には敵わないなと痛感した。

そして八幡は、今日は自宅へと戻り、久しぶりにナーヴギアを装着した。

 

「さて、香蓮を鍛えるとするか」


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