その頃Narrowの立て篭もる建物周辺では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
「くそっ、こいつら手ごわい」
「まだ入り口は突破出来ないのか?」
「バレットラインがほとんど見えないぞ、どうなってるんだ!」
ファイヤ軍の五チーム連合軍は、かなり苦戦しているようで、そんな声が飛び交っていた。
「このままじゃらちが明かない、俺達が裏に回って突入する、
正面に攻撃を集中して、そちらに敵を引き付けてくれないか?」
そんな中、MMTMからそんな提案が成され、そのまま実行に移される事となった。
「分かった、頼むぜ!」
「突入までは俺達がフォローするぜ」
「T-Sか、頼む」
「おう!」
残る三チームは、ここが勝負どころだとばかりに、派手に正面を攻撃し始めた。
その甲斐もあったのか、MMTMとT-Sは、
あっけない程簡単に裏門へと到着する事が出来た。
一応罠の存在も確認したが、罠は仕掛けられていないように見えた。
「こんなに簡単でいいのか?おかしくないか?」
「陽動作戦がきいてるんじゃないのか?」
「それにしてもな、罠の一つも無いとか……
「だがもうここまで来てしまったんだ、やるしかないだろ」
「だな、何とかここで、悪い流れを止めてみせるぜ」
デヴィッドも彼なりに、このままだと負けるかもしれないと感じていたのだろう、
この時既に、居残っていたファイヤ軍の本隊は壊滅していたのだが、
彼はその事をまだ知らず、ここで何とかNarrowを叩ければ、
まだ勝ち目はあると認識していた。だがその頃、本隊だけではなく、
表門に残っていた別働隊の三チームも、壊滅の危機に瀕していた。
「おらおら、撃て、撃て!」
「敵の目をこっちに向けるんだ!」
そう叫びながら、張り切って攻撃中のプレイヤー達を、
背後から忍び寄ったシャナ達がじっと観察していた。
「全部で十三人か?少し減ってるな」
「うん、そのくらいだと思う」
「三チームかな?」
「って事は、残りの二チームは裏にでも回ったか?」
「敵の目をこっちに向けるんだ、とか叫んでるしね」
「だな、あいつらは馬鹿なんだろうか……」
そう言いつつもシャナは、Narrowの様子もチェックしておこうと思い、
建物の方へと単眼鏡を向けた。建物の中には、ぱっと見では分からないが、
単眼鏡で目の前の敵を観察するコミケの姿がチラリと見え、
シャナは懐かしさで胸を熱くした。丁度その時、たまたまコミケがシャナの方を見た。
コミケは驚いて単眼鏡を一度下ろし、もう一度見直したので、
こちらに気付いた事は間違いないだろう。
それを確認したシャナは、試しにハンドサインでのコミュニケーションを試みてみた。
『お久しぶりです』
『久しぶり、元気か?』
この短いやりとりで、会話が可能だと判断したシャナは、
引き続きハンドサインでの会話を試みた。
『敵の二チームが背後に向かっているみたいですよ』
『知ってる、今どうしようか検討中』
『正面の三チームは、こちらで処理しておきましょうか?背後から襲えるチャンスですし』
『助かる、頼む』
『了解』
シャナは会話の結果を仲間達に伝え、三本の輝光剣を取り出した。
「アハトライトはユッコに、アハトレフトはハルカに、
そしてこのエリュシデータはレンが使うんだ、俺は短剣を使うから」
前回のBoBの後、キリトがALOに戻る時、その装備はシャナに返却されていた。
「これ……いいの?」
「この方が、人を斬るのに精神的に楽だろうからな、ゲーム感覚でいける」
「あ、なるほど」
「そういう事ね」
「レンには一応短剣の使い方はレクチャーしたが、
今回必要になるのは、ファンタジー的運用だから、こっちの方が適していると思う」
「じゃあシャナはどうするの?」
「俺か?俺は普通の短剣を二本使うさ、第一回BoBの時みたいにな」
「あ、その動画なら見たわ、何か懐かしい」
そして四人は、森の中でバラけながら銃を乱射していたプレイヤー達にこっそり近付き、
一人、また一人と、静かに葬っていった。
「どうやら大将が正面の敵を倒してくれるらしい、
という訳で、俺達は背後の敵を殲滅するぞ」
「ええっ、ここに来てるの?敵の本隊を迂回でもしてきたの?」
「そういえばそうだよな……」
「大将ですもん、きっと軽く一捻りしてきたっすよ!」
「あはははは、そうだったらいいね」
「いや、でも分からんぞ、あいつらはそこそこ出来る奴らばかりだったが、
何せトップがアレだからな」
そんな会話をしながらも、Narrowのメンバー達は、着実に迎撃準備を整えていた。
そして準備が整い、一同は配置に付くと、MMTMを待ち伏せした。
「おいコミケ、正面の銃声が、どんどん少なくなってないか?」
「きっと大将の仕業ですよ、閣下」
「それなら普通、銃声が増えるもんなんじゃないのか?」
「普通ならそうですけど、多分銃を使ってないんじゃないですかね」
「あ、輝光剣か……なるほどな」
丁度その時、MMTMのメンバーが、室内に滑り込んできた。
「おお、中々スムーズだな、よく訓練されてるみたいだな」
「ですね、素人さんも中々やる」
「でもこういう侵入経路がバレバレな状況だと、
待ち伏せされたらもう終わりなんです………よっと」
MMTMが、逃げ場の無いやや長い通路に侵入した瞬間、
隠れていた者達が一斉に射撃を開始し、それによって一瞬にして三人が倒された。
これは結果を早く出そうと焦ったデヴィッドのミスである。
「まずい、一旦退却!」
「でもそう上手くはいかないんだよねぇ、ごめんねぇ」
そう指示を出したデヴィッドの背後からそんな声がし、
デヴィッドが慌てて振り向くと、いつの間に回りこんだのか、
その目の前にはクリンがいた。クリンはデヴィッドの心臓を銃剣で一突きし、
そのままデヴィッドを蹴り倒すと、そのまま銃を乱射し、その後ろにいた二人を葬った。
あまりにもあっけない決着である。ここぞとばかりにプロとアマチュアの差が出た格好だ。
表門の三チームが健在で、そちらに何人か人手が割かれていれば、
もう少しいい勝負が出来たかもしれないが、
後顧の憂い無く全戦力を投入され、その上地の利までとられたら、もうどうしようもない。
「クリア」
「クリア」
「クリア」
「さて、残る一チームだが、表門の方はどうなった?」
そのままNarrowのメンバーは、トミーとクリンを見張りに残しつつ、
二階から表門の様子を伺った。その直後に銃声が聞こえ、
それ以降、急に表門が静かになった。
「まさか三チームもいたのに、もう終わったのか?」
「そのまさかのようだな」
「スネークさん、どうでした?」
「最初に五人だった、右側に陣取っていたチームが急に沈黙してな、
そいつら以外の銃声は聞こえなかったから、てっきりリロード中だとでも思ったんだろうな、
中央と左側の奴らは気にせずそのまま攻撃を続けていたんだが、
次に左の奴らが静かになって、最後はそのまま中央を背後からズドン!で終わったぞ、
ほれ、シャナのお出ましだ、見てみろ」
そうスネークに説明されたコミケは、渡された単眼鏡を覗いた。
そこには輝光剣を構える三人の女性を従えたシャナがおり、
コミケは、相変わらず大将は女性に囲まれてるなと思いつつも、
いつ見ても輝光剣の威力はえぐいなと嘆息した。そしてコミケは平然と姿を晒し、
ハンドサインでシャナに回り込んで裏門に向かうように頼んだ。
『裏門挟撃頼む、残りは一チーム』
『了解』
その頃急に戦場が静かになって、不安に思いつつも、
どうすればいいのか判断に迷っていたT-Sは、
そのまま二チームに包囲され、これまたあっさりと、全滅する事となった。
銃での戦いは、どんな強い者でもこうやって一方的にやられる事がある。
今回この戦闘に参加した者達は、その事をこれでもかと思い知らされる結果となった。
まあ今回は相手が悪かった上に、状況が彼らには不利すぎた、
要は本隊があっさりと壊滅したのが敗因であり、それは決して彼らのせいではない。
「コミケさん、お久しぶりです」
「よぉ大将、とんだ再会になったな、でも助かったよ」
「いえいえ、気にしないで下さい、こっちこそ助かりました。で、何でスネークがここに?」
シャナはスネークの方をちらりと見てそう尋ねた。
「あ~、実はな……この人、俺達の知り合いだったんだよ」
「そうなんですか?」
「ちゃんと話すのは初めてだな、スネークだ、宜しくな」
そうスネークに挨拶されたシャナは、とても驚きながら言った。
「お、お前、喋れたんだ……」
「まあ普段は極力喋らないようにしてるからな」
そう言いながらスネークはシャナに右手を差し出し、シャナもその手を握った。
そしてスネークはシャナの耳元でこう言った。
「今度呼び出すから、その時は宜しくな」
「えっ……?あ、はい」
シャナはこの言葉で、相手がそれなりの地位にいる人物だと確信し、素直にそう答えた。
「それじゃあ俺は、疲れたから先にリタイアしとくわ、
あとは若い者同士で好きにしてくれ」
「お疲れ様でした」
そう言ってスネークは、あっさりと大会からリタイアした。実にフリーダムである。
「相変わらず自由な人だなぁ……」
「トミーさんとケモナーさんもお久しぶりです、えっと、そちらのお二人は……」
「クリンです、君、強いねぇ」
「え?あ、どうも」
クリンに獰猛な笑顔を向けられ、シャナは困ってしまったのだが、
そんなクリンを制してブラックキャットが前に出た。
「お久しぶりね、シャナ君」
「えっ?あの、どちら様ですか?」
「嫌ね、先日会ったばかりじゃない」
「えっと……俺にそっち系の女性の知り合いは、確かに二人いますけど……」
そう言われたブラックキャットは、満面の笑顔で言った。
「美人な方が私よ」
「うわ……間違えたら死ぬ選択肢だこれ」
「大将、頑張れ……」
ケモナーとコミケがそう言い、シャナは必死な顔で考え込んだ。
そしてブラックキャットの顔をチラチラ見ながら、
シャナはブラックキャットの耳元でこう言った。
「えっと………黒川さん?」
「正解よ、やっぱり私の方が美人だと思ってくれているのね」
「あ、えっと………も、もちろんですよ、はは……」
シャナはそう答える他なく、そんなシャナに、黒川は笑顔で言った。
「まあ今日はお仕事だから、後日また連絡するわね」
「え?あ、分かりました」
ここへ来てからシャナは、ずっとこんな感じで戸惑ってばかりである。
その姿を気の毒そうに見つめていたコミケに、シャナは言った。
「で、この後はどうするんですか?俺達は残る敵に攻撃を仕掛けに行きますけど」
「この後なぁ……もう十分にサンプルはとれたから、
俺達もこのままリタイアしてもいいんだけどなぁ」
その言葉で、シャナは今回のお仕事とやらの内容を、なんとなく理解した。
「なるほど、サンプルですか」
「ああ、まあそういう事なんだよね」
そう頷くコミケに、シャナはこう尋ねた。
「俺達もサンプルにしますか?」
「俺は正直気が乗らないんだけど、こいつがなぁ……」
「隊長、私、この人達とやりあってみたいです!
それとは別にシャナ君と、近接戦闘でタイマンしてみたいです!」
コミケに視線を向けられたクリンは、勢い込んでそう言った。
「だそうだ……優勝は譲るから、相手をしてもらってもいいかな?
もしこっちが勝ちそうになったら、即チームとしてリタイアするから」
「分かりました、それじゃあファイヤ達を倒した後でもいいですか?」
「ああ、それでいいよ、せっかくだし手伝おうか?」
「う~ん、それじゃあフォローだけお願いしてもいいですか?」
「決着は自分の手で付けるってか」
「まあそうしないとあいつは納得しなさそうですしね」
「分かった、それじゃあここで次のスキャンを待とうか」
「あ、それじゃあそれまでクリンさんの相手をしましょうか?」
「いいの?」
「はい、まだ多少時間がありますからね」
「よっしゃあ!」
こうしてシャナは、スキャン結果を待つ間、クリンと戦う事になった。