ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第476話 最後にしておまけの戦い

 次のスキャン時間が訪れ、Narrowのメンバーは、シャナ達の位置の確認を終えた。

もっともチームを示す光点は二つしかないのだから、簡単な作業である。

 

「お、大将達、無事に敵の殲滅を終えたみたいだな」

「あれ、でもセクシードも消えてない?」

「本当だ、あのお姉ちゃん達、やられちゃったんすかね?」

「さすがにマシンガン相手じゃきつかったか……」

 

 実際は、二人とも戦闘ではやられていないのだが、

そこまではさすがに分からない、分かるはずもない。

 

「激しい戦いだったのかもしれないですね」

「しかしそうすると、五対二か……さすがにこれはハンデが大きすぎるかねぇ」

「そんな訳ないでしょ、相手はあのシャナなのよ!」

 

 シャナにやられたクリンは、そう熱弁を振るった。

 

「そうだな、相手はあの大将だ、全力で行くぞ」

「「「「了解」」」」

「目標は、ここの近くの廃墟になった市街地だ、出発!」

 

 そしてNarrowは、スキャン結果に映ったシャナ達の居場所へと向かった。

 

 

 

「………いない?」

「まさか逃げたのか?」

「いやいや、大将に限って……って、いたぁ!?」

「どこどこ?」

「あのビルの上だ」

「ビルって………一キロくらい離れてない?」

「だが大将にとっては射程距離だ、気を付けろ!」

 

 だがシャナはまったく狙撃体制をとらず、ただそこに立っているだけだった。

 

「一体どういう事……?それにレンちゃんは?」

「あそこに一緒にいるんじゃないか?」

「でも移動時間を考えると、さすがにあそこに行けるとは思えないのだけれど」

「って事は、レンちゃんだけはこの近くに?」

 

 五人のうち、コミケだけはシャナから目を離さずに、

そして残りの四人はレンの襲撃を警戒しつつ、ゆっくりと前に進んでいった。

 

「隊長、そこは段差があるから気を付けて下さい」

「了解」

「もう三歩先には倒れたゴミ箱、その一歩先には旅行カバンが」

「まったく、街を汚しやがって……って、ゲームの中で言っても仕方ないか」

「ふざけてないで足元に注意して下さいね」

「すみません………って、シャナの隣にレンちゃんがいるぞ」

 

 コミケはシャナの隣に見慣れたピンクのうさ耳帽子を見付け、そう報告した。

 

「二人ともあそこか……」

「勝負はビルでの攻防になるか」

「とりあえず狙撃の死角に全員で移動して、先を急ぎましょう」

「だな」

 

 この五人はシャナの事はよく知っているが、レンの事はあまり知らない。

それ故に、レンがシャナの近くにいると聞いて、それが普通だと思い込んでしまっていた。

強さから考えると、それが妥当だからだ。

その為、レンの帽子の動きを詳しく観察する事も無かった。

実際はシャナが、自作自演で帽子を見える位置に置いただけであったが、

五人はそれを、完全に本人なのだと信じてしまい、

それ故に相手が二人とも近くにいないと聞いて、気が抜けてしまった。

そんな心の隙を突くように、シャナがゆっくりと、

横に立てかけてあったM82に手を掛けた。

 

「大将が銃を手に持った、注意しろ!」

 

 その瞬間に、バンッという音と共に銃声が聞こえ、そこにあった旅行カバンが弾けた。

そしてその一番近くにいたケモナーとトミーが、どこから飛来したのだろうか、

いきなり銃弾で蜂の巣にされた。

 

「ぐあっ……」

「ま、まさか、そん………」

 

 トミーは死ぬ前に何かを言おうとしたが、それは果たされなかった。

口の高さに銃弾を受けた為、上手く口が動かなかったのだ。

トミーが言いかけたセリフはこうだった。

 

『まさかそんな所に、敵は旅行カバンの中』

 

 加えて旅行カバンの跳ね上がり方が、

まるでどこからか狙撃を受けたような動きに見えた為、

残る三人が、その事実に気付くのが遅れたという事情もある。

こうしてケモナーとトミーは死体となった。

 

「な、何?」

「きゃっ……」

 

 そして次に、ブラックキャットが蜂の巣にされ、死体となった。

 

「まさかレンちゃん?どこにいたっていうの!?」

 

 それを見たクリンが、遅ればせながら迎撃体制に入った。

だがクリンは戦う事は出来なかった。レンが飛び出した瞬間に、

自分への注意が外れたのを確認したシャナが、すぐに狙撃体制をとり、

一番手強いと思われるクリンに向かって狙撃を行ったからだ。

その弾は寸分違わずにクリンの心臓を貫き、クリンも四人目の死体となった。

 

「くそっ……」

 

 コミケはシャナに撃たれるのを覚悟で、レンに銃口を向けようとしたが、

その瞬間にレンの姿が視界から消えた。

 

「なっ……」

 

 レンを見付けようと、慌ててスコープを上下させたコミケの太ももに衝撃が走り、

コミケはその場に倒れ伏した。見ると自分の右足が無くなっており、

どうやらレンに切断されたのだろうと思われた。つまりレンが今いるのは……

 

「後ろか!」

 

 そう言って振り向こうとしたコミケの頬に衝撃が走った。

レンが回転しながら強烈な蹴りを放ったのだ。

その衝撃によってコミケは銃も手放してしまい、両手を上げてこう言った。

 

「参った、降参!」

 

 その言葉でレンはその場で停止し、タタッとコミケの方へと走ってきた。

 

「やっぱりレンちゃんだったのか、レンちゃんは凄く速いんだな、

まるで人間じゃないみたいだ、あ、これ悪口じゃないからね?」

「分かってます、あ、でも師匠はもっと速いですよ、コミケさん」

「師匠って………誰?」

「闇風師匠です」

「ああ~、闇風君か、そうかそうか、それならレンちゃんが速い訳だよな」

「えっへん!」

 

 そう得意げに胸を張るレンを見ながら、コミケは別の事を考えていた。

 

(というか、あの速さで動きながらこっちの位置とかも全部把握してたのが凄えな、

一体どんな目をしてるんだよ……)

 

 それはレンが自分の視界にほとんど入らなかった故の言葉であった。

それはつまり、レンが敵の動きに対応してほとんどの時間、死角にいた事を意味するからだ。

 

「それにしてもレンちゃんは、一体どこにいたんだい?」

「あ、それはですね」

 

 レンはそう言うと、転がっていた力バンを持ってきて、コミケに見せた。

 

「この中です!」

「え、本当に?こんな所に入れるの?」

「やってみせましょうか?」

「うん、見てみたい」

「分かりました!」

 

 そしてレンは、くにゃっと体を折り曲げ、器用に旅行カバンの中に入り、

自分でその蓋を閉めた。

 

「うわっ、レンちゃんって、体が柔らかすぎない?」

「あ、これはシャナに教わったんですよ」

「大将に?でも教わるって何を?」

「えっとですね、コミケさんって体は硬い方ですか?」

「う~ん、そこそこかな、硬すぎると怪我をしやすいから、

一応柔軟はいつもやらされてるよ」

「それじゃあこれを見て下さい」

 

 レンはそう言って、コミケの目の前に人差し指を出し、くるくると回し始めた。

 

「あなたの体はなまら柔らかい、あなたの体はなまら柔らかい……」

 

 そうずっと言われているうちに、コミケは若干の眠気に襲われ、

それと同時に自分の体が柔らかいように思えてきた。

その瞬間にレンがジャンプしてコミケの背中側に回り、コミケの背中をゆっくりと押した。

それによってコミケは、胸が地面に完全につくほど前屈した。

 

「はい、出来ました!」

 

 その言葉で覚醒したコミケは、自分の姿に気付いて驚いた。

 

「うおっ、俺の体ってこんなに柔らかかったっけ?」

「さあ?でもどうですか?いつもよりも柔らかいですか?」

「うん、間違いなくね、でもこれってどんな魔法?」

「シャナが言うには、この世界では本当はどこまでだって前屈出来るはずなんですって。

何故ならここは現実じゃないから。でも人によっては、まったく曲がらない人もいる、

それは何故か。本人がそこまでしか曲がらないとそう思い込んでいるから。

だからその思い込みを外せば……」

「そうか、それさえ出来ればこんな事も出来るんだ!」

「はい、その通りです!」

 

 コミケはその言葉で嬉しくなり、何度も前屈して地面にペタッと張り付いた。

 

「どうだ!」

「なまら凄いです!」

「そ~れ、ペタッ」

「もうバッチリですね!」

 

 そう無邪気に喜ぶ二人の所に、やっとシャナが到着した。

 

「………二人とも、何やってんの?」

「シャナ!」

「よぉ大将、見てくれよ、俺の体がこんなに柔らかいんだぜ!」

「え?ああ、レンに教えてもらったんですね」

「そうそう、いや~、大将の教えって凄いんだな、目から鱗だったよ」

「まあそうですね、思い込みってのは結構やっかいなものですからね」

「だな!」

 

 そしてコミケがリザイン(降参)しようとした時、シャナがコミケにこう尋ねた。

 

「コミケさん、今日ここに来たのって……」

「おう、詳しくは言えないが、お仕事なんだよね」

「つまりあれですか、GGOで戦闘シミュレーションが出来ないかとか、そういう?」

「その質問に対する答えはノーコメントだけど、

仮にそうだとしたら、結果は思わしくないって結論になるんだろうね」

「まあそうですよね、GGOは、リアルなようで実はゲーム的要素が少し強すぎますから」

「だな」

 

 そしてシャナは、次にコミケにこう言った。

 

「まあ本当にリアルな環境をお望みなら、

協力する準備がありますとスネークにお伝え下さい」

 

 その言葉にコミケは、目をパチクリしながら生返事をした。

 

「あ、う、うん」

 

 そんなコミケに、続けてシャナはこう言った。

 

「コミケさん、夏コミは行きますか?」

 

 その質問に対しては、コミケはパッと顔を明るくしてこう答えた。

 

「おう、もう既に休暇申請は済ませたぜ!」

「それじゃあソレイユの企業ブースでお待ちしてますね」

 

 その言葉にコミケは再び目をパチクリさせた後、今度は納得したように言った。

 

「なるほどそういう事か、分かった、必ずお邪魔するよ」

「それじゃあ受付で、大将はいるかって尋ねてもらえれば、

俺の所に案内してもらえるように手配しておきますね」

「おお、了解だ!これは楽しみになってきたねぇ」

「それじゃあ再会を楽しみにしていますね、コミケさん」

「おう、またな大将、レンちゃんも、またどこかで会えたらいいな」

「コミケさん、またです!」

 

 そしてコミケはリザインし、その瞬間に、宙に文字が表示された。

 

『CONGRATULATIONS WINNER SL』

 

 同時に大音量のアナウンスが流れ出した。

 

『おめでとうございます、第一回スクワッド・ジャム、優勝は……

何と二人組で参加したチーム、SLが勝利しました!』

 

 こうして第一回スクワッド・ジャムは、

それぞれに色々な思いを抱かせながらも、シャナとレンの優勝で幕を閉じた。


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