ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第484話 大臣室にて

「香蓮、いきなりおかしな事を頼んでごめんな、

こっちから大丈夫な時間を連絡したら、可能なら香蓮にも会いたいって頼まれちまってな」

「ううん、丁度大丈夫な時間だったから問題ないよ八幡君、

でもこんな格好で大丈夫かな?」

「問題ないさ、まるでお姫様みたいに見えるぞ」

「もう、それは言いすぎだよ、まあでも一応持ってる中で、

一番高くてフォーマルな服装を選んだつもりなんだけどね」

「ただこういう服装って、夏には暑いのが難点だよな……」

「だね……」

 

 そう言いながらも、クーラーの効いた車内で二人はそんな会話をかわしていた。

そして守衛にパスを見せ、議事堂の指定された駐車場に車を停めると、

そこでは嘉納大臣の秘書が、既に二人の事を待っていた。

 

「比企谷八幡様と、小比類巻香蓮様ですね」

「はい」

「そうです」

「ではこちらへ、大臣がお待ちです」

「宜しくお願いします」

 

 こうして二人は、防衛大臣嘉納太郎と面会する事となった。

 

 

 

「失礼します、お二人をお連れしました」

「入りたまえ」

 

 秘書がノックをしてそう声をかけ、二人はそのまま中へと通された。

そこには少し緩めの表情をした自衛官と、テレビでよく見る嘉納太郎その人がおり、

二人は緊張しながら指示に従い、そのままソファーに腰を下ろした。

そして秘書が出ていくと、途端に嘉納は態度を崩し、ざっくばらんな口調でこう言った。

 

「さて、お固いのはここまでだ、初めましてだな、シャナ、それにレンちゃん」

「初めまして、大臣」

「は、初めまして」

「そう固くなるなって、こっちはコミケこと伊丹だ」

「伊丹です、やっと会えたな、大将」

「まさかこんな会い方をするとは思ってなかったですけどね」

「予定が狂っちまったな」

 

 そう苦笑し合う二人を見て、嘉納がこう尋ねてきた。

 

「何だ、俺に内緒で二人で会う予定を立ててたのか?一体どこで会う予定だったんだ?」

「ええと、コミケのソレイユのブースでという話だったんですよ」

「そうなんですよ閣下、本当はそこで劇的な出会いをする予定だったんです」

「コミケで劇的って、なるほど、お前らしいな、よし、俺も見にいってみるか」

 

 その意外な言葉に八幡と香蓮は目を剥いた。

 

「……ええと、大臣もコミケに行ったりするんですか?」

「おう、俺はほぼ毎年行ってるぞ、行けない年でも、カタログだけは毎年買ってるな」

「そうだったんですか……」

 

 それで八幡は、嘉納の事を、思った以上に話せる人物だと感じていた。

 

「まあとりあえず雑談の前に、お仕事だけは済ませちまおうか」

「あ、はい、そうですね」

「で、伊丹から報告を受けて、こちらから昨日連絡した件、実際どうなんだ?」

「はい、問題ありません、ALOの仕様を銃対応に変更するだけで済むので、

今年中にはご満足頂ける商品をご提供出来ると思います」

「今年か、早いな」

 

 その返事に満足そうに頷いた嘉納は、次にこう尋ねてきた。

 

「さすが仕事が早い、で、アップグレードとかその辺りはどうなんだ?」

「例えば銃ですが、これは現物が手に入ればおそらくすぐに再現出来ます、

さすがに他の兵器類の再現は、可能なものとそうじゃない物がありますが、

仕様書さえあれば、大体の物は再現出来ると思います」

「設計図とかは必要ないのか?」

「はい、VRだと、ここを動かせばこう動く、とか、

この兵器はどれくらいの射程と威力がある、というような部分だけ分かれば問題ないので、

機密に該当する細かい部分の設計図とかは必要ありません。

ほとんどが公開情報だけでいけると思います。

後は自衛官の方に細かく指定してもらって微調整ですね」

「なるほど、凄いもんだなぁ、なぁ伊丹」

「ですね、まあVRゲームは俺達の夢を体現した物ですからね」

 

 その言葉に頷きつつ、嘉納は更にこう言った。

 

「それにしてもな、まあザ・シードのおかげって事か、なぁシャナ、いや、ハチマン君かな」

「………はい」

「正直あれが公開された時は、こっちも右へ左への大騒ぎだったからな、

まあ主に総務省がだがね」

「何かすみません………」

「いや、いいんだ。あれによって、人類の進歩は数十年は早まったと思うしな。

それにメディキュボイドも、よく日本に留めてくれたね、

管轄外なんだが、その事は本当に感謝する」

「いえ、全ては成り行きというか、偶然の産物なんで……」

「ちょ、ちょっと待って下さい大臣、俺がこんな会話を聞いちゃっていいんですか?」

 

 そこで伊丹がそう突っ込んできた。そんな伊丹に嘉納は笑いながら言った。

 

「良くないに決まってるだろ、だから誰にも言うなよ、伊丹」

「まじですか……」

「おう、ここでの話はオフレコでな、レンちゃんも宜しく頼むよ」

「は、はい」

 

 そして嘉納は、伊丹に説明を始めた。

 

「という訳で、さっきも言ったと思うが、

SAOをクリアして数千人の命を救ったのが、ここにいる比企谷君だ、

まあ他にも三人功労者がいるんだがな。

ちなみにその後、須郷ってのが逮捕された事件の功労者も彼だ」

「いやいや、その話は初耳なんですけど?」

「ん、そうだったか?まあ細かい事は気にするな。

で、茅場晶彦からザ・シードを託され、安全性を確認した上で世の中に広めたのも彼であり、

つい最近メディキュボイドの技術者を発見し、その技術の海外への流出を防いだのも彼だ」

「まじか、大将は凄い人だったんだな」

「あ、いや、必ずしも俺だけの手柄って訳じゃ……」

「謙遜するなって、ねぇ、閣下」

「だな、だから国民栄誉賞を授与しようって話が出た訳だが」

「あっ」

 

 八幡はその言葉を聞いて、嘉納にこう尋ねた。

 

「それって本当の事だったんですか?」

「おう、本当だぞ」

「あの、もし授与するって話になったら、絶対に止めて下さいね、大臣」

「……やっぱりもらうのは嫌か?」

「はい、さすがに身バレするのは避けたいですし、

マスコミとかに嗅ぎ付けられるのはもっと嫌ですから」

「まあそうだよな、だから授与しない事になったんだしな」

「是非そのまま無しでお願いします」

「ははっ、分かった分かった、ところでシャナ、レンちゃんが固まってるみたいだが……」

「えっ?」

 

 八幡はそう言われ、慌てて香蓮の方を見た。

そこでは香蓮が焦点の合っていない目をしており、八幡は慌てて香蓮の頬を叩いた。

 

「おい香蓮、おい!」

「……あ、八幡君、うん、どうしたの?」

「いや、お前が固まってたみたいだったから……」

「あ…………ご、ごめんね、ちょっとあまりにも予想外の展開に、頭が付いていかなくて」

「悪い、隠すつもりは無かったんだが、あえて言う程の事でもないと思ってな」

「ううん、気にしないで、八幡君がどんな人だろうと、私には関係ないから」

「……そうか、ありがとな、香蓮」

「ううん」

 

 そんな二人を生暖かく見ていた嘉納と伊丹は、二人で咳払いをした。

 

「あっ、す、すみません」

「ごめんなさい、私、びっくりしちゃって……」

「いやいや気にしなくていい、仲良き事は美しきかな、だ」

「そうそう、気にしなくていいって、

でも羨ましいぜ大将、香蓮ちゃんは本当に美人さんだしな」

「そ、そんな、私なんか、背もこんなだし、別に美人なんかじゃ……」

「ん、背?ああ、言われてみれば確かにそうかもだけど、

別に気にするような事じゃないだろ、実際言われてから気付いたしな」

「えっ?」

「そうそう、レンちゃんは美人だと思うぞ、まあうちのかみさんの次にだけどな」

「あ、ありがとうございます」

 

 そう恥じらう香蓮に、三人はずっと笑顔を向けていた。

そして嘉納が、思い出したように八幡に言った。

 

「そういえばシャナには、もう一つ言っておかないといけない事があるんだった」

「何ですか?大臣」

「いやな、前回のBoBの事なんだが……」

「あっ……まさか、お礼参りですか?」

 

 その言葉に嘉納は噴き出し、笑いはじめた。

 

「はっはっは、そんな訳無いだろ、あの時俺も大会に参加していたのに、

知らなかったとはいえ、目の前でプレイヤーを殺されちまったからな、

あの事件を解決してくれて、本当にありがとうな、シャナ」

「あ、そういう事ですか、それは俺の仲間の命もかかってたんで、

突き詰めれば自分の為ですから、気にしないで下さい大臣」

「それでもあのままだと、犠牲者の数はもっともっと増えたはずだからな、

本当に感謝する、シャナ」

「………はい、お役にたてて何よりです」

 

 その会話を聞いて、伊丹と香蓮が八幡に言った。

 

「殺人事件って、あのGGOのか?大将はそんな事もしてたんだな」

「八幡君、殺人事件って、この前報道されたあれだよね?

もしかして、危ない事をしたの?」

「お、おう、そうだがもうしない、約束する」

 

 その、もう、という部分に反応し、香蓮は目にうっすらと涙を溜めた。

それを見た八幡は、慌てて香蓮に謝った。

 

「す、すまん、もう危ない事は二度としないから許してくれ」

「うん、うん……」

 

 その姿を見た嘉納も、香蓮に謝った。

 

「これは俺が軽率だったな、すまないレンちゃん」

「いえ、私こそごめんなさい」

「いやいや、ちょっとレンちゃんには刺激が強すぎる話だった、勘弁な」

「はい、もう大丈夫です、八幡君もこう言ってくれましたから」

 

 香蓮はそう言って涙を拭くと、気丈にも顔を上げた。

そして話は雑談に移り、先日の大会の話になった。

 

「しかしシャナとレンちゃんは、何故二人で大会に参加を?明らかに不利だよな?

シャナには他にも有名な仲間がたくさんいるはずだし、そこが疑問だったんだよな」

「有名……ですか?」

「そりゃなぁ、十狼の名は、GGOでは知らぬ者がいないくらいだしな。

最強のシャナ、戦姫シズカ、氷の死神シノン、神職人イコマ等、

メジャーなタレント揃いじゃないか」

「シズとシノンの二つ名は初めて聞きましたが……」

「まあそんなもんだろ、二つ名なんて」

「はぁ、まあそうですね」

「で、何でだ?」

「そうですね………」

 

 そんなシャナの代わりに、その問いには香蓮が答えはじめた。

 

「八幡君、私が話すから」

「ん、そうか?」

「うん、そもそもの発端は私のプライベートな問題だしね」

 

 そのプライベートという言葉を聞いて、嘉納は慌てて言った。

 

「いや、無理に話さなくてもいいからな、あくまでただの雑談だから」

「はい、話せない部分は省きますね。

ええと、うちは北海道で建設会社を営んでいるんですが、

先日父のお供でパーティーに出席したんです、その席で、とある会社の社長に見初められて、

その、プロポーズっぽい申し込みをされたんですよ」

「ほうほう、そんな事が」

「香蓮ちゃんは美人だからなぁ」

「で、私は断ったんですけど、会社の関係で、やはり断りづらい部分もありまして、

そこで八幡君に話してもらって、今回のスクワッド・ジャムで、

もし私達が優勝出来たら、もう二度と私に近付かない、

もし優勝出来なかったら、先方と一度デートをする、っていう賭けをする事になったんです」

 

 そのあまりにも不公平な内容に、二人は呆れたように言った。

 

「何だそりゃ……」

「随分不利な条件の賭けを飲んだもんだなぁ、その男は」

「どうやら自信があったみたいです、今回も大人数で組んでましたし」

 

 その言葉で、二人はそれが誰なのか思いついたようだ。

 

「って、まさかそれがファイヤなのか?」

「あ、え~と………はい」

 

 その言葉を聞いた嘉納と伊丹は顔を見合わせた。

 

「だからシャナとゼクシード、それにうち以外の全チームが組んでたのか……」

「うお、危なくレンちゃんを悲しませちまう事に加担するところだったぜ」

「あは、大丈夫ですよ、その時は大臣を、この手で倒してあげましたから」

 

 そう言われた嘉納は、とても楽しそうに笑った。

 

「はっはっは、確かにレンちゃんの実力ならそうなったかもしれねえな、実に愉快な話だ」

「それでまあ、賭けは伊丹さん達の協力もあって、私達の勝ちになったんですけど、

ファイヤさんはどうやら、まだ諦めていないみたいで……」

「そうなのか、何だあいつ、往生際の悪い野郎だな、完敗した癖によ」

「まあ仕事関係で圧力がかかる可能性も無きにしもあらずですが、

大丈夫です、手は打ちましたから」

「それって犯罪じゃないよな?」

 

 八幡のその言葉に、嘉納がそう問いかけてきた。

 

「はい、至極真っ当な方法をとっただけです、

具体的には雪ノ下建設と小比類巻建設の業務提携ですね、

それに伴い、定期的にメディキュボイドを設置する病院の建設の仕事を、

北海道に回していくつもりです」

「待て待て、レンちゃんの実家は小比類巻建設なのか?」

 

 そこで嘉納が、意外な所に食いついてきた。

 

「はい、そうですが……」

「それ絡みでうちの派閥の奴から、それっぽい話を聞いたような……」

「そうなんですか?」

「おう、ちょっと待っててくれな」

 

 そして嘉納はデスクに戻り、何やらがさがさと探し始めた。

 

「お、これだこれだ、ファイヤ&ロータス社から、

遠まわしに小比類巻建設へ回す仕事の量を減らせないかとの申し入れあり、

違法性が無いか調査中、注意されたし」

「なるほど、早速動いてきましたか」

「八幡君、私、どうすれば……」

 

 そう不安そうに尋ねてくる香蓮に、八幡は力強く言った。

 

「大丈夫だ、うちの会社は強いからな」

「ソレイユ……だよね?うん、分かった、八幡君を信じるよ」

「潰すつもりか?」

 

 嘉納にそう尋ねられた八幡は、首を横に振った。

 

「そんな必要は無いですよ、普通に小比類巻建設に、

雪ノ下建設からの仕事を優先的に回すだけです、向こうは向こうで勝手にやってもらいます、

あとは他の社がどんな対応をするかですが、そこは好きにさせるつもりです、

もしこっちの邪魔をしてくるようなら、その会社を買って、こっちの味方に引き入れます」

 

 その言葉に嘉納や伊丹だけじゃなく、香蓮も目を見張った。

 

「は、八幡君、そこまでしてもらう訳には……」

「大丈夫だ香蓮、ちゃんと利益は出すからな。

ついでに言うと、香蓮の親父さんは、ちゃんと先が見える立派な経営者だ。

だから何があろうとも、うちが損をする事は無い。これで安心したか?」

「う、うん、分かった、私は八幡君を信じるよ」

「おう、任せろ、誰も不幸にせず、丸く収めてやるさ。

もっともファイヤ&ロータスの成長は鈍くなるかもしれないけどな」

 

 そんな八幡に、嘉納がこう言った。

 

「なるほど、誰も不幸にならないようにか」

「はい、それは絶対です、例えファイヤだろうとですね」

「そうか、なら俺も協力させてもらうとするか」

「いいんですか?」

「何、別にそっちに肩入れする訳じゃない、何があってもどちらも公平に扱うようにと、

うちの派閥の議員に連絡を入れるだけだ」

 

 その言葉に八幡は、さすがは閣下だと一人頷いた。

 

「ありがとうございます、大臣」

「なぁに、公正中立こそが正義だからな、俺は自分の正義を果たしただけさ」

「俺は公正中立には振舞いませんけどね」

「それはそちらの自由だから、まったく問題ない。

そもそも提携先に仕事を任せるのは、至極当たり前の事じゃないか」

「ですね」

 

 そして二人は握手をし、香蓮は嘉納に頭を下げた。

 

「大臣、本当にありがとうございます」

「おう、中立を保つ事がレンちゃんの役にたつなら、これほど楽な事は無いぜ」

「ですね」

 

 伊丹もそう言って笑い、これによってこの件で、ファイヤが出来る事は何も無くなった。

 

「さて、そろそろ時間か、今日は楽しかったぜ、二人とも」

「はい大臣、是非またいつかお会いしましょう」

「大臣、今日はありがとうございました」

「二人とも、元気でな」

「伊丹さんも、またです」

「おう、またコミケでな!」

「ですね」

 

 そして帰りかけた八幡に、嘉納が思い出したように声をかけた。

 

「あ~ところでシャナよ」

「あ、はい、何ですか?」

「今度黒川や栗林と合コンをするんだってな」

「はい、その予定ですが……」

 

 八幡は、いきなりそんな話を振られて戸惑った。

 

「くれぐれも栗林に襲われないようにな、あいつに力でこられたらやばいからな」

 

 そう言って嘉納は楽しそうに笑った。

 

「は、はい、気を付けます。仕事に関しては、

ソレイユの担当者からこちらに連絡を入れさせますので」

「おう、頼むな」

 

 そして嘉納の下を辞し、外に出た二人は、ふ~っと息を吐いた。

 

「面白い人だったな、香蓮」

「面白い人だったね、八幡君」

「まあ閣下の協力も得られたし、これで全て解決か?」

「そうだね、そうなるといいね」

 

 こうしてこの日の実り多き会談は終わった。

明日はゆっこと遥との食事会、明後日は黒川達との合コンである。

八幡はまだしばらくは、のんびりとは出来ないようである。


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