ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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今日はお盆休みの最終日なので、18時にもう1話投稿します!


第485話 乗り込む女傑

 ファイヤはその日の午前中、議員への陳情という名の一方的な要請を終え、

まあこれは、遠まわしに小比類巻建設に回す仕事を減らしてくれとの要請だったのだが、

それに同じく遠回しに了承の返事をもらうと、

会社に帰って関係各所へ連絡を入れた後、小比類巻建設への道を急いでいた。

 

「これで小比類巻建設は、いずれその日の仕事にも困る事になるはずだ、

そうすれば俺はきっと香蓮さんと……」

 

 ファイヤの香蓮への執着は、もはや病的レベルへと達していた。

今回の挫折はファイヤにとっては初めての経験であり、

彼はその挫折を乗り越えるだけの心の強さを持たなかったのだ。

どうやら彼のメンタルの強さは、自分が有利だと確信している時のみ発揮されるようだ。

つまり現在彼のその強さが失われているという事は、

今が窮地だと、彼が無意識のうちに感じているという事なのだ。

それほど東京で会った八幡の存在は、彼にプレッシャーを与えていた。

彼にとっては初めて会う自分より強いオス、それが八幡なのであった。

もっとも彼より強い者はそれこそ星の数ほどおり、

彼が井の中の蛙だという事実は動かしがたいものである。

だが彼はその事実を見ようとせず、地元に戻った事で、ここから巻き返そうとあがいていた。

 

 

 

「やぁファイヤ君、よく来たね、今日は何か話があるという事だったが」

「はい社長、今日はお願いと、状況の説明に参りました」

「そうか、こちらからも話があったから丁度良かったよ、まあ入ってくれたまえ」

「はい、お邪魔します」

 

 その言葉を、自分に都合良く解釈したファイヤは、得意顔でこう考えていた。

 

(これは先方から改めて話があるパターンかな?それなら話が早くて助かるんだけどね)

 

 そして応接室に通されたファイヤは、蓮一から、

まったく予想外な先制パンチをくらう事となった。

 

「は………?今何と?」

「誠に申し訳ないとは思うんだが、残念ながら、

君の所の仕事を請けられる余裕がほとんど無くなりそうだと言ったんだよ、ファイヤ君」

「そ、それはどういう……」

「どういうも何も、言葉通りの意味なんだが……

秋口から仕事が増えそうでね、こちらも人手の確保にてんやわんやなんだよ。

あ、もちろん今請けている仕事に関しては、きっちりやらせてもらうから、

その点に関しては心配しないでくれ」

「し、失礼ですが、どこからそんな仕事を……?」

「うん、まあいずれ分かる事だから、これは話してもいいのかな、

実は今度、うちは千葉の雪ノ下建設と業務提携する事になったんだよ」

「雪ノ下建設……ですか?」

 

 ファイヤはもちろんその名前は知っていたが、

雪ノ下建設は大手ゼネコンという訳でもなく、ましてや千葉の会社が、

北海道に多くの仕事を持つ意味が分からなかった。

 

「千葉の会社が、何故北海道に?」

「それは私から話しましょうか、ねぇ、小比類巻さん」

「雪ノ下さん」

 

 突然そんな声が聞こえ、部屋の中に一人の美しい女性が入ってきた。

年齢は不詳だが、三十台前半くらいだろうか、少なくともファイヤはそう感じた。

実際は四十台後半なのだが、若いファイヤには、

まだそこまで女性を見る目は養われていないのだった。

そしてその女性、雪ノ下朱乃に見蕩れていたファイヤは、慌てて朱乃に右手を差し出した。

 

「に、西山田ファイヤです、初めてお目にかかります」

「ええ、あなたのお名前はよく耳にしてますわ、ファイヤさん、ええ、よ~くね」

「はっ、おそれいります」

 

 その、よ~くの意味を理解しないまま、ファイヤはそう朱乃に頭を下げた。

そして朱乃は笑顔を絶やさないままファイヤに言った。

 

「何故北海道に、千葉の会社である私達が出張ってきているのか、

実は真相はそうではなく、私達にしか出来ない仕事だからというのが正しいわ」

「雪ノ下建設さんじゃないと出来ない仕事……ですか?」

「ええそうよ、あなた、メディキュボイドの事はご存知かしら?」

「はっ、耳にはしております、VR環境下で運用される医療機器ですよね?」

「そのメディキュボイドの権利を持っている会社がどこかはご存知かしら?」

「………ソレイユ・コーポレーションですよね?」

「そう、そしてこれはまだ公にはされていないのだけれど、

我が雪ノ下建設は、その傘下に入る事が、もう内定しているのよ」

「そ、それは………」

 

 ファイヤはそう言われ、何が何だか分からなかった。

ファイヤの認識では、ソレイユはゲーム会社であり、建設業に手を出す理由に、

皆目検討がつかなかった為だ。

 

「あら、知らなかったのね、あそこの今の社長は、私の娘なのよ」

「そ、そうだったんですか?」

 

 さすがに異業種の社長の名前までは、ファイヤは知らなかったようだ。

 

「うちの娘ったら、次の社長に引き継ぐまでに、

もっと会社を大きくするんだって張り切っていてね、

その手始めに、うちの会社と関西の結城病院をグループ企業化する事にしたみたいなの。

その最初の仕事が、この全国展開という訳」

「ぜ、全国展開ですか……」

 

 ファイヤは、随分簡単に言ってくれるものだなと逆に感心した。

他の会社がいわゆる縄張りにしている地域に、そう簡単に入っていけるはずがない、

ましてや病院の展開などはそう簡単にはいかないはずだ、

ファイヤはそう思ったが、次の朱乃の言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 

「うちが予定しているのは、東京、名古屋、大阪、新潟、仙台、札幌、帯広、福岡、広島、

松山へのメディキュボイド科の設置よ、競合する科も存在しないし、

どの地域でも、是非進出して下さいと、

地元の病院や議員さんに全面的に協力してもらっているわ、もちろんこの帯広でもね」

「ぜ、全面的に協力ですか!?」

 

 ファイヤは驚き、思わず大きな声でそう言った。

 

「ええそうよ、これがいわゆる総合病院なら反対の声も上がったでしょうけど、

他の病院へは簡易メディキュボイド以外の導入は不可能だという事が分かったの、

現状ではコストがかかりすぎるのよ、なので専門施設を作るしかないの。

そしてその本格的な施設が必要なのは、どの地域も一緒ですものね、

で、話を戻すと、その北海道における仕事の管理を、

こちらの小比類巻建設さんにお願いする事にしたのよ。

だから今日は、その話に来たという訳。どう?理解したかしら?」

「あっ、は、はい……」

「その為には既存の施設を一部壊したり、修繕したりという事も必要になるし、

簡易でいいから欲しいと、色々な総合病院からオファーも多くて順番待ちだから、

しばらくうちは、他に回す余力が無くなってしまうと、まあそういう訳なんだ」

「そうですか、それは……大仕事ですね」

 

 ここに至ってファイヤはまだ、事の深刻さに気付いてはいなかった。

自分が普段請けている仕事とは、まったく別系統の仕事だと感じたからだ。

新たな仕事が増える事は、地域の活性化にとっては有益だ、

ファイヤはまだ、そこまで考える余裕があった。

 

「そうなんだよ、政府からも、事の重要性を鑑みて、最優先でと言われているから、

これは北海道全体での一大プロジェクトになるかもしれないね」

「さ、最優先でですか?」

「ああ、なので申し訳ないが、他の仕事については宜しく頼むよ、

協力出来なくて本当に済まないと思っている」

 

 最優先、それは要するに、ファイヤが持ち込む仕事を、

他にも何社かは請けられないであろうという事を意味する。

幸い今の仕事については契約があるので問題ないだろうが、

今後新規で発生する仕事に関しては、こなしたくても他社の協力はほとんど得られず、

ファイヤ&ロータスの成長は、確実に鈍くなるのは間違いない。

潰れたりする心配はまったく無いのだが、

少なくとも今後、業界内でのファイヤの発言権は、相当下がるであろうと思われた。

 

「い、いえ、気になさらないで下さい、別の需要に関しては、

顧客に迷惑をかけないように、頑張って回していきますので」

「さすがはファイヤ君だ、頼りにしているからね」

 

 その言葉は、ファイヤにはもう皮肉以外の何物にも聞こえなかった。

そんなファイヤに追い討ちをかけるように、朱乃がこう言った。

 

「しかし縁とは分からないものね、本来北海道での展開は、

他の社に任せるつもりだったのだけれど」

「そうですね、うちの香蓮がいい仕事をしてくれました、

本当にあの子には頭が上がりませんよ」

「か、香蓮さんが何か……?あ、そうだ社長、実は……」

 

 ファイヤは香蓮の名前が出た為、最初の目論見は破綻したが、

雪ノ下系の仕事が無くなった後の事も考え、

その頃にはまた自分が優位に立てるだろうと確信し、

この機会に香蓮との話を認めてもらおうと思い、その事を蓮一に伝えようとした。

だが蓮一はそのファイヤの言葉が聞こえなかったのか、

実際は香蓮から話を聞いており、故意に無視したのだが、

朗らかな顔でファイヤに語りかけた。

 

「いやぁファイヤ君、今回の事が無かったら、

私は香蓮の意思を無視してしまう形になり、あの子に嫌われてしまったと思うから、

この提携話そのものが無くなってしまう所だったよ、

その点では結果的にまあ、君のおかげだと言えるかもしれないね」

 

 その言葉を受け、朱乃が蓮一にこう言った。

 

「小比類巻社長、うちも昔そうだったから分かるけど、

娘に嫌われるというのは本当に辛いわよね」

「雪ノ下さんもそうだったんですか?」

「ええ、四年くらい前までは、私も娘達に色々と強制してしまって、

それで特に下の娘には、色々と不自由な思いをさせてしまっていたのよ」

「今はもう大丈夫なんですか?」

「ええ、あの子達の将来を託せる子に出会えたから、もううるさくするのはやめたのよ、

むしろ私達の将来もその子に託しているような状態ね、

もう私もあの子にはメロメロで、既成事実を作ろうか迷っているくらいなの」

 

 その朱乃の言葉に蓮一は驚きつつも、さもありなんと朗らかに笑った。

 

「あはははは、そこまでですか」

「まあ本気でやるとまた娘達に嫌われちゃうからやらないのだけれどね。

だから今の私は娘達とはもう円満状態ね、ラブラブと言ってもいいくらいよ」

「なるほど、では娘さん達も彼の事を?」

「ええそうね、なので小比類巻社長の娘さんとはライバルという事になるのかしら」

 

 呆気にとられながら二人の会話を聞いていたファイヤは、

その部分に過敏に反応し、咄嗟にこう口に出した。

 

「そっ、その娘さんというのはまさか……」

 

 その時朱乃の携帯に着信が入った。

 

「あらごめんなさい、ちょっと失礼するわ」

 

 そして朱乃は、携帯に表示された名前を見た瞬間にとても嬉しそうな表情をし、

その姿はまるで十歳くらいは若返ったように見えた。

 

「あらあら、噂をすればあの子からだわ、ふふ、ソレイユの次期社長よ」

 

それで蓮一は、朱乃がさっき冗談めかせて言っていた言葉が若干本気だったのだと悟り、

尚且つ電話の相手が誰なのかを理解した。

 

「私よ、どうしたの?私がいなくて寂しくなっちゃったの?

あらやだ、またまた照れちゃってそんな憎まれ口を……

え?ああ、大丈夫よ、こっちの話は全て問題ないわ、当然でしょ?

この私が直々に来てるのよ、問題がある訳無いじゃない。

え?そこは信頼してるって?あらあら、それじゃあ帰ったら、

私へのご褒美としてもっと私に優しくするのよ。

え?いつも優しくしてるって?嫌だわもう、恥ずかしいじゃない」

 

 くねくねと嬉しそうに電話をする、その朱乃のあまりの豹変っぷりに、

ファイヤはあんぐりと口を開け、蓮一は笑いを堪えるのに必死になった。

 

「それじゃあ明日帰るけど、お土産は何がいいの?

え?何それ?まあいいわ、小比類巻社長に聞いてみるから。

それじゃあ楽しみに待っててね、八幡君」

 

 その名前が出た瞬間に、ファイヤは思わず叫んでいた。

 

「なっ……何故その名前が!」

 

 そんなファイヤをチラリと見た朱乃は、ファイヤに向かって言った。

 

「西山田社長、ソレイユの次期社長の八幡君から伝言よ、

『一時的に負担をかける事になってすまない、

政府からも頼まれているから、色々と落ち着いたら仕事の半分は受け持つから、

それまで頑張って耐えてくれ』だそうよ」

「そ、それは……」

「あらやだ聞いてないの?うちの八幡君は、先日嘉納さんとお友達になったみたいでね、

ほら、ここの選出議員って嘉納さんの所の人じゃない?

なので、仕事を公平に回す観点から、

うちもある程度の仕事をこなすように頼まれているのよ。

小比類巻さんも、休む暇も無くて大変よねぇ、もちろんうちも全面的に協力しますからね」

「ありがとうございます、雪ノ下さん」

 

 それに釣られ、ファイヤは敗北感に打ちひしがれながら、弱々しい声でこう答えた。

 

「は、はい、彼にも宜しくお伝え下さい……」

 

 そしてファイヤはよろよろとその場を後にし、その場に残った二人は、肩を竦めた。

 

「ちょっと薬が効きすぎちゃったかしら」

「仕事は出来る男なんですけどね……」

「喧嘩を売る相手が悪かったわね、まあ彼自身にはそんな意識は無かったかもだけど」

「彼は権力というものを、少し勘違いしているところがありますからね」

「まあ今回広い世界を知った事で、少しは成長してくれるのではないかしら」

「ですね、ここから巻き返してほしいものです、彼も大事な仕事仲間には違いないですから」

 

 その言葉に頷きつつ、朱乃は途端に表情を変え、

再び恋する少女のような表情で言った。

 

「ところで社長、ちょっとお願いがあるのだけれど……

実は八幡君に頼まれたお土産が、何の事かよく分からなくて、

どこで買えるか教えて欲しいの」

「ああ、さっき言ってましたね、で、何です?」

「ええと、『ドラキュラの葡萄』『ソフトカツゲン』『リボンナポリン』だそうよ」

「ええと、ドラキュラの葡萄は知り合いに頼んでおきます、

他の二つはスーパーに売ってると思いますよ、全部飲み物ですね」

「あらそうなのね、ああ、これで彼に褒めてもらえるわ、うふふ」

 

 そんな朱乃の嬉しそうな顔を見て、蓮一も何故か嬉しくなった。

 

「本当に彼の事が好きなんですね」

「ええ、もちろんよ、あ、でもそうしたら、私も娘さんのライバルという事になるのかしら」

「ははっ、お手柔らかにお願いしますよ、でも香蓮も、

随分と高嶺の花を好きになったもんですね」

「あら、その表現は普通逆なのではなくて?」

「いや、まあそうなんですが、どうも話を聞いていると、そんなイメージが沸くんですよね。

まあ香蓮が泣く事にならなければいいんですが……」

 

 そう心配する蓮一に、朱乃は笑顔で言った。

 

「大丈夫よ、どんな結果になろうと、彼が娘さんを泣かせるような事は無いわ。

あ、でも一つアドバイスをしておくわ、凄く大事な事よ」

 

 そう朱乃に言われた蓮一は、真面目な顔で朱乃に言った。

 

「はい、お願いします」

 

 そして朱乃は、いたずらめいた表情でこう言った。

 

「あなたの上二人の娘さんを、八幡君に会わせちゃ駄目よ、

もしそうなったら、いずれ会社の跡継ぎをどうすればいいか、

凄く困る事になると思うわ」

「そ、それはどういう……」

「だってほら、三人とも結婚しないで彼の傍にいるとか言い出したら、困るでしょう?」

「あ、ああ!」

 

 蓮一はそれで納得したのか、大きな声で笑い出した。

 

「あはははは、た、確かにそうですね、まあでも親としては、

あの子達がもしそう望むなら叶えてやりたいですし、

その時は八幡君に、うちの社も継いでもらう事にしますよ」

「あら、蓮一さんも意外と言うわね」

「まあ会社よりも、娘達の幸せが一番ですからね」

 

 この後朱乃は地元の選出議員の下に乗り込み、

理由も聞かされないまま謝罪され、それを黙って受け入れる事となった。

どうやらこれにより、彼の首は繋がったようだ。

そしてファイヤはその後、拍子抜けするくらい大人しくなり、

二度と蓮一の前で、香蓮の名を出す事は無かった。

これにより香蓮は、何の憂いも無く八幡の傍に居続けられる事となったのだった。




今日はお盆休みの最終日なので、18時にもう1話投稿します!
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