キリトから誘いを受けたシリカは、二つ返事でオーケーした。
知らない人の家に泊まる事に対して不安が無かったわけではないが、
キリトへの信頼の方が上回ったのだ。
案内されたのは、何もない二十二層の主街区の外れにある塔だった。
シリカは、ここに何があるんだろうかと少し不安になったが、
塔の中から人が出てきたので、とても驚いた。
「ハチマン、連れてきたぞ」
「はじめまして!シリカです!」
「おう、この前は大変だったな。使い魔、ピナだっけ?蘇生できて良かったな」
「はい!」
(ぶっきらぼうだけど、優しい人なのかな……)
「ハチマンさんにもご協力頂いたそうで、ありがとうございます」
「ああーあれはほとんどキリトのおかげだろ。俺は大した事はしてねえよ」
「それでもです!」
「お、おう、そうか」
シリカはハチマンに案内されて家の中に入ると、
すごいすごいといって、あちこちをうろうろし始めた。
ハチマンは、自分の家が褒められた事を嬉しく思ったようだ。
自分からシリカに短剣の使い方をレクチャーし始めた。
レクチャーも終わり、シリカを風呂に案内した後、
三人は、明日に備えて寝る事になった。明日は五人での狩りになるようだ。
シリカは、こんなに狩りが楽しみなのは初めてだなと、リラックスして眠る事が出来た。
次の日シリカは、集まったメンバーを見て、心臓が止まる思いをした。
「よぉ、ヒースクリフ」
「私の参加を認めてくれて、感謝する」
「まあ戦力は多い方がいいしな」
「でも、どういう経緯でこうなったんだ?」
「うん。休みの申請をしようと思って話をしたら、団長も是非って」
「ヒースクリフがこういうのに参加するなんて、珍しいというか初めてだな」
「なぁに、私もたまには組織と関係ない所で羽根を伸ばしたくなってね」
「ああ、そういうのたまにあるよな」
「お前はいつもだろ、ハチマン」
そこには、よく噂で耳にする攻略組のトップが顔を揃えていた。
当然シリカは、キリト以外との面識は無い。それどころか遠くから見た事すら無かった。
血盟騎士団の団長、神聖剣のヒースクリフ。
副団長の、攻略の鬼、閃光アスナ。
そして黒の剣士キリト。
ハチマンの名前は昨日まで聞いた事が無かったが、
このメンバーの中で自然に振舞えて、昨日の短剣の使い方を見る限り、
きっとこの人もすごい人なんだな、とシリカは思った。
「今日はどこへ行く予定だったんだい?」
「最初は五十五層くらいかなって思ってたんだけどな」
(ええっ、そんなの私にはとても無理ですキリトさん!)
「このメンバーなら最前線でいいんじゃないのか?
確か街から少し遠いが、まだ未踏破のダンジョンがあっただろ」
「そうだな、私もそこで問題ないと思う」
「まあ、そうだな」
「それじゃ、そこにしよう」
(えええええええええええ)
「シリカ、それじゃ最前線のダンジョンに行くけど、問題無いから気楽にな」
「は、はい……」
もちろんシリカには、それを断る事は出来なかった。
キリトがタイタンズハンドの連中と戦う所を見ていたシリカだったが、
正確にはあれは戦いと呼べるものでは無かっただろう。
シリカは今日、本当のトップクラスの戦いというものを、目の当たりにした。
「奥から牛人タイプが三匹くる」
「分かった。私が最初に全部の相手の足を止める」
「アスナは右から一匹を殲滅」
「了解」
「キリトは一撃与えたらシリカにスイッチ。シリカは最大威力の攻撃を叩きこめ。
そしたらすぐキリトにスイッチだ。キリト、下がってもシリカから目を離すなよ」
「分かった。シリカ、来るぞ!」
「は、はいっ」
「それじゃ俺は次の敵を持ってくる」
目まぐるしい高速戦闘が続き、シリカのレベルはどんどん上がっていった。
時々敵が枯れて時間が空くと、そういった時間にハチマンが、
積極的にシリカに短剣術のレクチャーをしてくれた。
他の三人も、立ち回りや、探索のコツなどを教えてくれた。
「しかし初めて体験したが、使い魔というのはすごいものだな」
「ピナのおかげで連戦できてるってのもあるよね!」
シリカはピナに指示を出して、HP回復の効果があるブレスを上手く使っていた。
「ああ。シリカの指示が的確なんだよな」
「私なんて、必死でやってるだけで……」
「謙遜すんなって。ピナの力も含めて、それは全部シリカの力なんだからな」
「はい、ありがとうございます!」
「レベルはいくつ上がったんだ?」
「もう四つも上がりました!」
「まじかよ、早いな」
その言葉を受けてヒースクリフが、この方法なら底上げが、
いやしかしこのメンバーじゃないと、とぶつぶつ言い出した。
「ヒースクリフ、気持ちは分かるが、今日くらいは仕事の事は忘れろよ」
「あ、ああ、すまない。つい癖でな」
「それじゃ次いくぞ。お前ら準備はいいか?」
「いつでもいいよ!」
「それじゃ次持ってくるわ」
その後もシリカは、ひたすら戦い続けた。
忙しくはあったが、それは今まで自分が経験してきた戦闘とは全然違い、
それぞれが自分の役割をしっかり理解してお互いをフォローし、
何があっても対応できるぞという、安心感すら感じられるものだった。
そして気がつけば、また二つレベルが上がっていた。
「一日で六つもレベルがあがるなんて初めてです!」
「まあ、シリカの適正レベルよりかなり上の狩場だしな……」
「メンバーのせいでペースもすごいしね」
「それでは、そろそろ終わりにするかね?」
「どうやらボス部屋っぽい部屋を見つけたんだが。せっかくだから最後に行くか?」
「ふむ、まあ、それで問題無いのではないかな」
「団長がそう言うなら大丈夫なんじゃないかな?」
(ええええええええええええええ)
結局特に何も問題は無くボスは倒され、
シリカは、ボスって何だっけ……と頭を抱えるのであった。
その後キリトが見つけたという、ラーメンぽい料理を出す店に全員で行ったのだが、
その味は、醤油抜き東京風しょうゆラーメンというべきものであり、
全員とても微妙な表情で麺をすする事になった。
ちなみにこの時アスナは、いつか自分の手で味噌と醤油を作ってやると決意した。
「今日は久しぶりにいい気分転換になったよ、ありがとう」
「おう、あんま根をつめるなよ、ヒースクリフ」
「色々教えて頂きありがとうございました、ヒースクリフさん!」
「ああ。君も元気でな」
「それじゃ俺は家に帰るが、お前達はどうするんだ?」
「俺はちょっと用事があるんだよな」
「そうか。アスナとシリカはどうする?」
「もし良かったら、シリカちゃんと二人でハチマン君の家に行ってもいいかな?」
「別にまあ構わねえけど、随分と仲良くなったもんだな」
「だって、女の子のプレイヤーと知り合う機会って滅多にないんだもん」
「私もアスナさんくらいの年齢の方の知り合いは初めてなので、仲良くしたいです!」
「それじゃまあ、俺は部屋でゆっくりしてるから、二人は好きにしてくれ」
キリトはそこで別れ、三人は二十二層に転移した。
家に着くと、ハチマンは予告通り部屋に入ってのんびりしていた。
アスナとシリカはお風呂に一緒に入り、その後色々と話をしていた。
「そっか、最初はやっぱり苦労したんだね」
「はい。もうどうしていいかわからなくて、最初はずっと始まりの街にいたんですよ」
「私には最初からハチマン君がいたから、その点は恵まれてたのかな」
「元々知り合いだったんですか?」
「ううん。最初はね……」
アスナは、差し障りの無い程度に、ハチマンとの出会いを語って聞かせた。
シリカは、とても興味深そうに聞いていたが、羨ましくなったらしい。
「私にも最初からキリトさんみたいな人がいればなぁ……」
と、ぼそっと呟いた。
「シリカちゃんは、キリト君が好きなの?」
「どうなんですかね……もし私にお兄ちゃんがいたらあんな感じかなとは思いますけど」
シリカはあわあわしていたが、その顔は少し赤かった。
「まあキリト君もハチマン君も、確かにそんなとこあるよね」
「あ、はい。ハチマンさんもぶっきらぼうだけど、なんかそんな感じがします!」
「私も最初は頼ってばかりだったんだけど、
このままじゃ駄目だって思って、血盟騎士団に入ったんだよね。
でもなんだかんだ今でも色々と頼っちゃうんだけど」
アスナの嬉しそうな顔を見て、シリカは、やっぱり少し羨ましいなと思った。
そして、私もいつかキリトさんの役にたてればいいな、と思った。
次の日の朝、二人が帰ろうとした時ハチマンは、
少し迷ったそぶりをみせたが、シリカに家の鍵を渡した。
「あー、何かあった時、ここに逃げ込めばしのげるだろ。まあ保険だ保険」
「あ、ありがとうございます!」
「その上でキリトを呼べば、高見の見物をしながら安全を確保できる」
「ハチマン君……」
「あ、あは……」
「それじゃ、気をつけてな」
二人はハチマンの家を辞し、転移門の方へと向かっていったが、
歩きながらアスナが、面白そうに言った。
「シリカちゃん、鍵貰えたね。
あれって多分、ハチマン君の中で、身内認定されたって事なんだよ」
「そうなんですか!」
「あそこの鍵を持ってるのって、私とキリト君と、リズっていう私の友達と、
あと、シリカちゃんの四人だけなんだよ。私達は、秘密基地って呼んでるけどね」
「なんか、すごい嬉しいです」
「まあ緊急時以外で尋ねる時は、事前に連絡してあげてね。
いきなりとかは、やっぱりちょっと慣れないみたいだから」
「はい!」
「それじゃシリカちゃん、また狩りにでも行こうね」
「はい、ありがとうございましたアスナさん!」
アスナはそのまま血盟騎士団本部に戻ろうとしたが、
その前に、昨日の収穫をエギルの所に売ってしまおうと思いついた。
エギルの店に着くと、そこにはキリトがいた。
「ようアスナ。アスナも昨日の戦利品を売りにきたのか?」
「うん。意外と量が多くて、ストレージがちょっとね」
「何だ何だ、昨日どこかに行ったのか?」
エギルはその話を聞き、メンバーの豪華さに呆れ気味で言った。
「お前らそれ、少し下の方の階層ボスなら楽勝で勝てそうだよな……」
「違いない」
無事取引も終わり、店を出た時、キリトが思いついたように言った。
「そういえばアスナ、この後ちょっと暇か?」
「多少なら平気だけど、何かあるの?」
「実はな……アルゴ情報なんだが、五十七層にあるNPCレストランが、
醤油っぽい調味料を使ってるらしいんだよ。で、アスナの意見も聞きたくてな」
「あー、キリト君ももしかして、昨日のラーメンもどきを食べて思った?」
「ああ。味噌、醤油、ここらへんがやはり欲しい。ハチマンも呼ぶか?」
「うーん、ちょっと疲れてるようにも見えたし、
内緒で作ってびっくりさせてあげたいから、今日はいいかな」
「なるほどな。それじゃ行くか」
二人は五十七層に転移し、店に向かおうとした。
その時、街中に悲鳴が沸き起こった。俗に言う、圏内事件の発生である。