ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第488話 明日奈さんお気を確かに

 そして始まった腕相撲、先鋒の風太は、案の定志乃に瞬殺された。

 

「くっそ、速度重視の俺にはやっぱりきつかったか……」

「ふふん、まだまだだね」

「相手が相手だからまあ仕方ないんだが、

お前ももうちょっと鍛えておけよ、体が資本だからな」

「返す言葉も無いわ……」

 

 次鋒の大善は、思ったより粘ったが、それでも風太とは数秒の差しかなかった。

 

「うう、強え……」

「もうちょっと歯ごたえが欲しいわね」

「大善、一緒に少しでもトレーニングしようぜ」

「そうするか……」

 

 最後の戸部は、さすがは運動部だけあり、それなりにいい勝負をした。

 

「くっ、女の子に負けたのは初めてっしょ」

「でもいい線いってたよ、戸部君って何かやってるの?」

「俺ってばサッカー部だから、やっぱり腕よりは足の方が得意なんだよね」

「なるほどね」

 

 そう言いながら志乃は、飲みかけのビールを飲み干し、力こぶを作った。

 

「まあ腕力ならそうそう負けないわよ」

「おお」

「ちょ、ちょっと触ってみていいですか?」

「うん、いいよぉ」

 

 三人は志乃に許可をもらい、志乃の腕をさすった。

 

「く、くすぐったい」

「凄い筋肉だなぁ……」

「おう、これは負けるわ」

「俺もそれなりに上半身も鍛えてるんだけどなぁ」

「も、もう無理……」

 

 志乃はくすぐったさに耐えられず、そこで力を抜いた。

その瞬間に志乃の腕が、女性らしい柔らかさを取り戻し、三人は仰天した。

 

「うおっ……」

「こ、これは……」

「凄えっしょ……」

「ん、三人ともどうした?」

 

 その三人の様子を見て、八幡がそう尋ねた。

 

「どうしたもこうしたもないっしょ、ヒキタニ君も触らせてもらいなって」

「ん、よく分からないが、分かった」

 

 三人はそのまま後ろに下がり、入れ替わるように八幡が前に出た。

 

「栗林さん、俺も確認させてもらっていいですか?」

「うん、もちろんいいよ」

 

 そして栗林の腕を触った八幡も、その柔らかさに驚いた。

 

「うわ、栗林さん、明日奈とほとんど変わらないくらい、柔らかいですね」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう、ところがこうすると?」

 

 栗林はそう言って腕に力を込め、さすがの八幡も、その違いに驚いた。

 

「うわ、何だこれ、まさに人体の神秘ってやつですか」

「分かる分かる、本当に不思議だよねぇ」

「たまに志乃と一緒に寝ると、その柔らかさに驚くのよね」

 

 ナツキと茉莉もそう同意し、八幡は志乃にお礼を言って、その手を離した。

 

「ありがとうございます、本当に驚きました」

「それじゃあついでに、私と腕相撲、やってみる?」

「え?あ、そうですね、胸を借りさせてもらいます」

 

 その八幡の言葉を聞いた瞬間に、志乃は自分の胸をアピールするように前に突き出し、

ニヤニヤしながら八幡に言った。

 

「え?八幡君は、この私の胸を貸してほしいと、そう言うのね?」

「い、いや、今のはただの言葉の使い方のせいですって、

腕、そう、腕を借りさせてもらいます!」

 

 八幡はそう言いながら、少し心配そうな顔で明日奈の方を見た。

だが明日奈は特に怒っているようには見えず、逆に大笑いしていた。

 

「あはははは、八幡君の弱点って、やっぱりそういうところだよね」

「おい明日奈、そのくらいで……」

「あ、八幡君って、やっぱりこういうお色気攻撃に弱いんだ?」

「ふ~ん、そうなのね」

「でもいざとなったら平気でクリンちゃんの胸に顔を埋めたり出来るよな?」

「あ、それ分かるわ、八幡って普段は本当に女性の色気に弱いけど、

いざ戦いの時とかになると、平気で胸に触ったり出来るよな」

「ヒキタニ君、男らしいっしょ!」

「あ~、聞こえない聞こえない、何も聞こえないわあ」

 

 八幡は棒読みでそう言うと、平然とした様子で志乃と向かいあった。

志乃も不敵に笑い、その手をとったが、そんな八幡の手が羞恥でぷるぷると震えていた為、

志乃は思わず噴き出し、その隙を突いて、八幡は腕に力をこめ、

志乃の手の甲を一気にテーブルに触れさせた。

 

「わっ」

「はい、俺の勝ちっと」

「ず、ずるい!今のなし!」

「挑戦は受けない事にしてるんで」

「だ、だったら私の腹筋を八幡君にだけ触らせてあげるから!」

「それがどうして交渉材料になると思ったんですかね……」

 

 八幡は呆れた声でそう言ったが、そんな八幡に明日奈が言った。

 

「そ、それなら私が代わりに……」

 

 どうやら明日奈は、志乃の腕にも興味津々だったらしく、

この機会にと思い切ってそう言ってみたようだ。

 

「そうか、それじゃあ明日奈に任せるわ」

 

 その八幡の言葉を聞いてすぐに、明日奈は興味津々で志乃の腹筋を撫で始めた。

 

「ふわっ……固い、そして柔らかい!八幡君、これ、凄いよ!」

「そ、そうか、良かったな明日奈」

「ほら、八幡君も早く触って触って」

「ちょ、明日奈、何を……おわっ」

 

 明日奈に強引に引っ張られ、八幡は志乃の腹筋に手を押し当てる格好となった。

そんな八幡の手を志乃が掴み、自慢げに自分の腹筋を撫でさせた。

 

「どう?力強さの中に、女らしさの残る、ナイスな腹筋でしょ?」

「は、はぁ、結構なお手前で……」

「だよね、結構なお手前だよね、八幡君!」

 

 この時点で八幡は、明日奈の変化に気付くべきだったのだろうが、

まさかの八幡も、ハッキリした口調で話している明日奈の記憶が既に飛んでいるなどとは、

想像する事だに出来なかった。先ほどの笑いも、実はそのせいであった。

そして明日奈の願いを叶えた為、八幡は負けが確実の勝負に挑む事になった。

 

「さて、レディー……ゴー!」

 

 そのまま明日奈が勝負開始の合図を出し、八幡は今度こそ本気で勝負に挑んだ。

八幡は今でもそれなりに鍛えており、実は脱ぐといい体をしているのだが、

そんな八幡でも、志乃のミラクルマッスルには敵わなかったようだ。

 

「おっ……これは中々……」

「余裕……あります……ねっ」

「いや、実はそこまで余裕は無いよ、気を抜くと持っていかれそうになるし」

「そう……です……かっ!」

 

 ここで八幡は勝負に出た。その甲斐あってか、徐々に志乃の手が押されていく。

だがここで志乃も本気を出した。

 

「負けないわよ!」

 

 そして徐々に八幡が押されていき、遂に八幡の手の甲がテーブルに付いた。

 

「くっ……」

「よっしゃ、私勝利!でも八幡君、かなり鍛えてるんだね、必要ない気もするけど、何で?」

「あ、それはですね、え~と……聞いてるかもしれませんけど、

俺ってSAOサバイバーだったんで、こっちに戻ってきた直後はガリガリだったんですよ、

で、そんな自分の体を見て怖くなっちゃって、

それから鍛えてないと不安で仕方なくなっちゃったんですよ」

「あ、そっか、そういう事だったんだ……」

 

 その説明を聞いて、ナツキがこう言った。

 

「若干PTSDぎみになっているのかもしれないわね」

「ですね、まあでもこの程度で済んでるんで、健康の為にもまあいい事ですし、

これはこれでいいかなって思います。でもそれだけ鍛えてても、敵いませんでしたね」

「まあ八幡君もいい線いってたわよ、

うん、私を幸せにしてくれそうだし、結婚してもいいくらいにね」

「え?あ、いや、冗談はそのくらいで……」

「別に冗談じゃないんだけどなぁ」

「それは許しません」

 

 その時横からそんな声が聞こえ、突然志乃の目の前に、箸が突き出され、

志乃はそれに驚き、思わずしりもちをついた。

そこには威厳たっぷりの表情で志乃を見下ろす明日奈の姿があり、

志乃はその気迫に飲まれ、少し後じさった。

 

「や、やだなぁ、冗談だってば」

「いいえ、今のは六十六パーセントの割合で本気が混じっていたはず」

「こ、細かっ!そして読みが正確すぎる!」

「お、おい明日奈、冗談に決まってるだろ、とりあえず落ち着け、な?」

「八幡君は黙ってて」

 

 明日奈は八幡にそう言い放つと、一歩前に出た。

後ろからは他の者達が、必死に志乃に、誤魔化すようにゼスチャーを送っていた。

そして志乃は、駄目元のつもりでこう言った。

 

「あ……」

「あ?」

「あ、愛人で我慢するので勘弁して下さい!」

 

 その言い訳を聞いた他の五人は、志乃のポンコツっぷりに天を仰いだが、

明日奈はその言葉を聞いた瞬間、天使のような笑顔になり、志乃に言った。

 

「なんだぁ、それならいいんだよ、早速志乃さんの着替えを、

八幡君のマンションに置いておかないとね。今は二十二人分の着替えが置いてあるんだけど、

ちゃんと志乃さんの分のスペースは空いてるから、安心してね!」

「あ…………」

「あ?」

「あ、ありがとうございます………」

「ううん、そういうのの管理は私の仕事だから、これからも何かあったら気軽に相談してね」

「あ、うん、分かった……」

 

 この展開には、八幡を含めて誰もついていけなかった。

その直後に明日奈は、元の席に戻り、何もなかったかのように平然とした顔をしていた。

 

「ん、みんなどうしたの?」

「い、いや……」

「明日奈さんまじぱねえっしょ!」

「え?そ、そう?」

「実は八幡より強いんじゃねえの?」

「いや、まあ力関係はそうかもしれないが……」

 

 一方志乃は、ナツキと茉莉に慰められていた。

 

「ふえええん、怖かった……」

「もう、調子に乗るからよ」

「明日奈さん、恐ろしい子……」

 

 

 

 その個室の様子をこっそり伺う者達がいた。

 

「いやぁ、まさかあいつがあんな事になるとはなぁ……」

「あの栗林を怖がらせるとは……」

「いやぁ、俺も一瞬びびりましたもん、あれはやばいっすよ!」

「まああれなら栗林の事は放っておいても大丈夫……ですかね?」

 

 その四人組は、そう言って、隣の個室へと入っていった。

 

「でも何かおかしな話になってませんでしたか?」

「愛人とか何とか言ってたな、しかも二十二人の着替えって、どういう事だ?」

「事情を知ってる人に聞いてみるべきじゃないっすかね」

「よし、トイレに行くのを見計らって、こっちに引き込もうぜ」

「顔を出すつもりは無かったですけど仕方ない、そうしますか」

 

 

 

「すまん、ちょっとトイレに行ってくる」

「あ、行ってらっしゃい、八幡君」

 

 場の雰囲気も元に戻り、八幡達一行は、和気藹々とした雰囲気に戻っていた。

先ほどの明日奈の件については、後で事情を聞く事にしようと、

明日奈以外の六人の中では意見が一致しており、その事は一時的に棚上げされていた。

そして八幡が席を立った事で、六人に好機が訪れた。

最初に口を開いたのは、もちろん志乃だった。

他ならぬ彼女自身の今後に関する事でもあり、残り五人からのプレッシャーもあり、

志乃は勇気を出して、明日奈に話しかけた。

 

「ね、ねぇ明日奈ちゃん」

「どうしたんですか?志乃さん」

 

 その明日奈の顔は、先ほどの迫力をまったく感じさせないほど穏やかであり、

志乃は安心しつつも、言葉を選びながら先ほどの件について明日奈に質問した。

 

「えっと、ちょっと確認しておきたい事があるんだけど……」

「はい、何ですか?」

「さっき言ってたマンションとか、二十二人とかいうのの詳しい説明がまだだったから、

この機会に勉強しておきたいな、なんて……」

「ああ、その説明がまだでしたね、マンションっていうのは、

八幡君がソレイユの近くに借りている、帰れなくなった時用のマンションですね、

まあほとんど利用されていなかったんですけど、

今度部屋の管理人をしてくれる仲間が出来たんで、

この機会に他の子も気軽に泊まれるようにしようって、みんなで色々手を入れたんですよ、

その女の子の総数が、全部で二十二人いるんですよね」

「あ、それじゃあ簡易宿泊施設みたいなもの?」

「そうですね、八幡君と二人きりで泊まるのは禁止ですし、

もしそうなっても、隣の部屋に住んでいるその管理人の子が一緒に泊まってくれますし、

女の子が泊まる時は八幡君はリビングのソファーベッドで寝るから倫理的にもセーフだし、

まあ無料で気軽に使えるホテルみたいなものですね」

 

 その説明を受け、ナツキと茉莉は、その異常性に驚きつつも、

八幡ならさもありなんと、ある意味納得した。ちなみに風太と大善は、血の涙を流していた。

 

「な、何だそのハーレムは……」

「でも寝る時の部屋は別々なんだよな?」

「ばっかお前、それまでは一緒って事じゃないかよ!

しかもプライベートスペースだから、女の子達も相当無防備な格好をしてるだろ!」

「そ、そうか……そう言われると確かに……」

「何故俺達の間にここまでの差が……」

「くぅ……俺もいつかそんなマンションを持ってみてえええええええ」

 

 そして戸部は、一人うんうんと頷いていた。

 

「ヒキタニ君はもう、ヒキタニさんとかそういうレベルを軽くぶっちぎってるっしょ、

これはヒキタニ神と言ってもいいレベルだべ」

 

 ちなみにこの反応の差は、女性経験の差である事は言うまでもない。

 

 

 

「うわっ、な、何だ?」

「大人しくこちらに来てくれ、大声を出さないようにな」

 

 そしてトイレからの帰り、八幡は、屈強な男達に隣の部屋へと押し込まれた。

 

「くっ……油断した、まさかジョニーブラックか?」

 

 八幡はそう言うと、懐に忍ばせてあった警棒を抜き、シャコッとそれを伸ばした。

 

「待った待った大将、俺だよ、俺」

「あれ、伊丹さん?それに……え?閣下!?」

 

 そこには伊丹と共に、先日会った嘉納の姿があり、八幡は目を見開いた。


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