「ねぇ、ちょっと気になってたんだけど、最近詩乃の成績が急に上がってない?」
「あ、それ私も思ってた」
「私も私も」
夏休み直前のとある日、いわゆるABCの三人は、そんな会話を交わしていた。
あれから詩乃は、何度か紅莉栖達にしごかれ、急激にその成績を上げていたのだ。
私生活が充実し、色々な事に打ち込める環境を手に入れた事も大きいが、
少なくとも勉強に関しては、学校よりも紅莉栖達の影響の方が大きいのは確かである。
「この前の試験なんか、学年十五位だよ?」
「えっ?気が付くと映子の背中が見えてる……?」
「もしかして、八幡さんに手取り足取り腰取り勉強を教えてもらってるとか?」
「いや、腰はともかく八幡さんは成績はそこそこらしいから、
多分もっととんでもない人が背後に控えてるはず」
「これは調査の必要がありますな」
「だねぇ」
こうして三人は、詩乃の事を尾行する事にしたのだった。
「何か友達を尾行するのってドキドキするね」
「見つかったら絶対怒られるんだろうなぁ」
「その時は三人で土下座しようね」
だが初日は空振りだった。いくつか先の駅で電車を降り、
詩乃はコンビニで飲み物を買った後、それを美味しそうに飲みながら、ソレイユに到着した。
「あっ、ここってソレイユ?」
「ああ~、バイトかあ」
「そういや最近バイトしまくってるって言ってたっけ」
「夏休み用の資金を稼ぐって言ってたもんね」
二日目は、詩乃は真っ直ぐ自宅に帰り、そのまま出てこなかった。
途中一度だけコンビニに行って弁当を買ったが、外に出たのはその一度だけだった。
ちなみにその間、三時間ほどであったが、三人はずっと詩乃の部屋を見張っていた。
実にご苦労な事である。
「平日だと楽しくないね……」
「詩乃のあられもない姿が見れると思ったのに……」
「とはいえやっぱり毎日だときついから、次の日曜日を最後の尾行にしない?
それで収穫が無かったら諦めるって事で」
「そうだね、そうしよっか」
「詩乃っちのいつもと違う一面が見れたらいいんだけどね」
どうやら既に主旨が変わってしまっているようだが、
とにかく三人は、日曜日の朝、詩乃の部屋近くに集合した。
ちなみにこの三人は、前の日に詩乃にかまをかけていた。
「詩乃、明日はどこか行くの?」
「うん、ちょっと友達と買い物かな」
「へぇ~、朝から?」
「うん、九時くらいに家を出るつもり」
「ほえ~、結構早いんだねぇ」
自分達も参加したいとは言わず、
あくまで淡々と、日常会話を装って得た情報がこれである。
そして朝九時、三人は見守る中、部屋から詩乃が出てきた。
「出てきた出てきた」
「さてどこに行くのかな」
「それじゃあ見つからないように気をつけてレッツゴー!」
こうして三人は、わくわくしながら詩乃の後を付いていった。
「電車か」
「どこまで行くんだろ」
「このままだと千葉?」
「まさか八幡さんの家に通い妻!?」
「詩乃にそんな度胸あるかなぁ?」
「いやいや、詩乃っちは本気になったらぐいぐいいくでしょ」
「あれ、降りるみたい」
「ここは……」
「「「秋葉原!?」」」
詩乃は予想に反して秋葉原で下車した。
「え、詩乃が秋葉原って……」
「心当たりはメイクイーンくらいしか」
「方向はそうだよね」
「付いてってみよう」
三人は不審者丸出しの様子で詩乃を尾行していった。
途中で警官に職務質問されなかったのは幸いであった。
「あ、やっぱりそうっぽい」
「でもそれなら、『メイクイーンに用事がある』って言うよね。
でも友達に会うって言ってたって事は……」
「あ、フェイリスさんだ!」
「って事は、フェイリスさんと一緒にどこかにお出かけか」
メイクイーンの前では、フェイリスがメイド服で待っていた。
買い物に行くと言っていたにも関わらずメイド服である。
「フェイリスさん、あの格好のまま行くんだ……」
「さすがフェイリスさんはブレないなぁ」
詩乃とフェイリスは、そのまま連れ立って歩いていった。
どちらかかというとフェイリスが前にいるという事は、
フェイリスが案内役なのだろう。
という事は、詩乃がフェイリスに何かを頼んだのだろう、
そう会話しながら分析しつつ、三人がたどり着いたのは、
大人びたきわどいデザインが売りの、下着メーカーの店であった。
「えっ……?」
「こ、ここって……」
「ま、まさか勝負下着を買いに来たとか!?」
「でもこのブランドってそれなりにお高いよね?」
「まさかその為にバイトを!?」
「と、とにかく入ってみよう、見つからないように注意ね」
そして三人は、下着を選んでいるようなフリをしつつ、二人の様子を伺った。
「キョーマに聞いた感じだと、八幡はどちらかというと、
清楚に見えて実は大胆な感じの下着が好きみたいニャ」
「男同士だと、やっぱりそういう話もするんだね」
「意外ニャよね、いつもは『俺は興味ありませ~ん』みたいな顔をしている癖に、
やっぱり八幡も男の子ニャね」
そしてフェイリスは、ニヤニヤしながら詩乃に言った。
「しっかし詩乃にゃんも、八幡の好きそうな下着が欲しいとか、
今年の夏は何かを狙っているのかニャ?」
「そういう訳じゃないんだけど、ほら、夏休みだから、
八幡のマンションに行く機会がそれなりにありそうじゃない、
で、うっかり下着姿を見られちゃうかもしれないし、
そういう時に子供っぽい格好だと、ちょっと嫌じゃない?」
「確かに……よし、フェイリスも買う事にするニャ!」
「それじゃあお互いに似合いそうなのを選びっこしよっか」
そんな二人の会話を聞いていた三人は、完全に固まっていた。
「マ、マンション!?今マンションって言った!?」
「というか、下着姿を見られる事が前提みたいに言ってなかった……!?」
「し、しかも今の会話だと、フェイリスさんも一緒に行くっぽくない?」
「し、詩乃っちがいつの間にか凄く大人に……」
「いきなり戦闘力が上がりすぎじゃない?もしかして死にかけた?」
「と、とにかく詩乃がどんな下着を選ぶかを確認しないと」
「私、行ってくる!」
「あ、ちょっと椎奈!」
「一体どうするつもりなんだろ」
そして詩乃とフェイリスが更衣室に入った瞬間、椎奈がその隣の更衣室に駆け込んだ。
見ると椎奈は、下から腕を伸ばし、詩乃の入っている更衣室の中を盗撮しているようだ。
音がしないのは、動画を撮影しているからのようだ。
「うわ、あれって完全に犯罪だよね……」
「まあ詩乃は私達を訴えるような事はしないだろうけど、
もし見つかったら、ただの土下座じゃなく、フライング土下座をしないといけないね」
「あ、詩乃が顔を出して、フェイリスさんに何か話してる」
「くう、下着姿を見せ合いっこしてるみたいだけど、ここからじゃ見えない……」
「あ、顔を引っ込めた、椎奈、今よ!」
その声が聞こえた訳ではないだろうが、椎奈は音で脱出するタイミングを計ったのか、
素早くこちらに戻ってきた。
「多分上手く撮れたと思う」
「早く確認しよう」
「どれどれ……」
そして三人は、急いでその動画を見た。
「黒……?」
「紐……?」
「つまりフェイリスさんは、これが詩乃に似合うと思ったと……」
「確かに似合ってるけど、似合ってるけど!」
「これは十八禁すぎるだろおおおおおお!」
丁度その時詩乃とフェイリスが、更衣室から出てきた。
二人はお互いのチョイスに満足したらしく、そのままレジの方へと向かい、
それぞれ会計を済ませた。
「…………買いおった」
「え、嘘でしょ?あれを八幡さんに見せるつもり?」
「やる気まんまんじゃない!」
「ちょっと映子、言い方が!」
「え?あ、そうだね、えっと、やられる気まんまんじゃない!」
「そういう意味で言ったんじゃないから!」
そして店を出た二人は、次にお高いスイーツを出す事で有名な店に入っていった。
「えっ……ここって……」
「どうする?私達も入る?」
「女子高生のお財布には優しくない店だよね……」
「う~……仕方ない、これは行くしか!」
「や、安い品を頼めばなんとか……」
三人は財布の中身を気にしながらも、首尾よく詩乃達の近くの席を確保し、
二人の会話に耳をすませた。
「本当にここで良かったのニャ?」
「うん、任せて!今は懐が暖かいから全然平気」
「ま、まさか詩乃にゃん、何か犯罪行為を……」
「いやいやいや、バイトを頑張っただけだから」
「そうなのニャ?」
そして詩乃は、懐が暖かい理由をフェイリスに説明した。
「うん、ソレイユのバイトって、通常はあまり長く出来ない事になっているんだけど、
この前ちょっと急ぎの事案が色々あったらしくて、
何日か連続で、かなり長い時間頑張ったの。その給料日が丁度昨日だったって訳」
「なるほど、そういうからくりだったのニャね」
「働いている最中は意識してなかったんだけど、
給与明細を見て、思わず金額が間違ってますよって言いそうになったもの」
「だから下着も新調しようと」
「フェイリスさんっていい下着を着てそうだから、そういうのに詳しいかなって思って」
「健気ニャね、そんなに見て欲しいのニャ?」
「べ、別にそういうんじゃないけど、やっぱり備えておくのは必要だと思うから」
その詩乃の言葉を聞いていた三人はというと……
「詩乃ってこんなにリア充だったっけ……?」
「恋人がいる訳じゃないけど、好きな人とそれなりに一緒にいられて、
お金もとんでもない贅沢をしなければまあ問題ない程度に余裕はあって、
最近成績が急上昇して、趣味のゲームも楽しんでいて、
こんなにいい友達にも恵まれて……」
「うん、私が言うのもアレだけど、いい友達は、尾行なんかしないと思う」
「いやいや、これは詩乃を心配しての行動だから!愛だから!」
その間、なおも詩乃達の会話は続いていた。
「最近八幡とはどうなのニャ?」
「う~ん、なんとか現状維持してる感じ」
「フェイリスもそんな感じなのニャ、
まあライバルが増えている状態で、現状を維持出来ているのなら、御の字かニャ」
「相手の負担にはなりたくないからまあ、このくらいの距離感がいいのかしらね」
「でもたまには飴が欲しいのニャ」
「分かる分かる、私も一緒にいる時くらいは、よりドキドキしたいって思うもの」
その時詩乃達が注文したらしい品が運ばれてきた。
夏らしくアイスケーキである。ちなみにお高い。
「美味しそうね」
「この前雑誌で紹介されてて、一度食べてみたかったのニャ」
「それじゃあ半分こね」
「ご馳走様なのニャ!」
その二人の様子はいかにも楽しそうであり、
詩乃はやっと、自分の人生の激変ぶりに順応してきているように見えた。
「詩乃っちかわいいなぁ」
「学校での姫って呼び名に、やっと中身が追いついてきたみたいな」
「オーラというか、雰囲気出てきたよね」
「私達ももうちょっと頑張らないとだね」
「せめてここで普通にアイスケーキを並べられるようにしよう!」
三人は詩乃の姿を見て、そう固く心に誓ったのだった。