ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第496話 目指すは一点突破

「そういえば、まゆりさんってコスプレの衣装を作るのが得意なんだよね?」

「うん、まゆしいは、着るより作る方が好きなのです」

「って事は、今度のコミケにも行くの?」

「うん、ダル君はソレイユのブースに駆り出されちゃうから無理だけど、

オカリンや他のお友達と一緒に行くつもり」

「あ、そういえばこの前まで、ソレイユのブースでコスプレバイトを募集してたよね」

 

 その美衣の言葉に、詩乃はこう答えた。

 

「そうね、でも今回は、高校生以下は不可って事になってるのよね」

「え?何で?」

「服装の露出がそれなりに多いからって事で、八幡がそう決めたみたい」

「あ~……それならまあ仕方ないかもしれないね」

「せっかくのアピールのチャンスだったのに……」

 

 そう詩乃は呟き、ABCの三人は目を丸くした。

 

「えっ、詩乃、もしかしてコスプレしたかったの?」

「そういうの、平気なんだっけ?」

「だってGGOでもALOでも普段からコスプレしてるようなものじゃない、

だから偏見も躊躇いもまったく無いわよ」

「確かに……」

「いつも自慢げに、肌を露出してるものね、特に足」

「そ、そんな事してないわよ!」

 

 そう反論する詩乃に、椎奈がスマホをいじり、一枚の画像を見せてきた。

それはゲーム内の詩乃の格好を保存したものであり、

そこには露出過多な詩乃の姿がバッチリと写っていた。

 

「はい、これ」

「い、いつの間にこんなものを……」

「これでも露出が少ないと?」

「そ、それは……」

 

 その写真を横からチラリと見たまゆりは、目を輝かせた。

 

「うわぁ、うわぁ、凄くかわいい、これって詩乃ちゃんの普段の服装?」

「普段というかまあ、うん、ゲームの街中で普段着ている服装だけど、

で、でも、戦闘中はこうじゃないのよ、本当なの!」

「まゆしいはそういうのは分からないけど、この格好はとてもかわいいと思うのです」

「あ、ありがとう……」

 

 詩乃は毒気を抜かれたようにそう言った。

そしてまゆりは、突然詩乃にこんな提案をした。

 

「まゆしい、この服なら作れると思うから、

良かったら詩乃ちゃん、コミケでこの服、着てみる?」

「えっ?そ、そうなの?」

「うん、大丈夫大丈夫、任せて!」

「ねぇまゆしい、こっちはどうかニャ?」

 

 横からフェイリスがそう言いながら、別の写真を見せてきた。

そこにはALOでの詩乃、紅莉栖、フェイリスが仲良く写った写真だった。

 

「うわぁ、こっちもかわいい、フェリスちゃん、これは?」

「私達三人の、街での格好ニャ、本当は制服があるんだけど、

それとは別に、簡単なチームのロゴマ-クだけ入った服も用意したのニャ」

「そうなんだ、うん、こっちも問題なく作れるよ、うわぁ、凄く創作意欲が沸いてきたよ」

「なら決まりニャね、材料費はフェイリスが出すから、まゆしいに作って欲しいニャ」

「分かった、任せて!」

「ちょ、ちょっとフェイリスさん、私は……」

 

 その会話を聞いていた紅莉栖が、困ったような顔でそう言った。

 

「クーニャンは、今回のイベントではぶられて、悔しくはないのかニャ?」

「え?べ、別に悔しくはないけど……」

「八幡に、お前達の体なんか見る価値もないって言われたようなものなのニャよ、

それでも悔しくないのかニャ?」

「フェイリスたん、それは……」

 

 横から口を挟もうとしたダルを、フェイリスは視線で制した。

ダルはそれを見て押し黙り、尚もぐいぐいと紅莉栖に迫った。

 

「このまま負けっぱなしで本当にいいのかニャ?ニャ?」

「そ、それは……良くはないけど……」

「詩乃にゃんはどうかニャ?」

「絶対に見返してやるわ」

「映にゃんと美衣にゃんと椎にゃんはどうかニャ?」

 

 突然そう話を振られた三人は、逆にこう聞き返してきた。

 

「その前に、コミケっていつなの?」

「うん、それ次第かも」

「ええと、お盆の週の金曜から日曜までニャね」

「あ~……ごめん、私はそこは田舎のおばあちゃん家に帰省中だわ」

「私も田舎のおじいちゃんの家だなぁ」

「私は大丈夫、そもそも田舎が無いから!」

 

 三人の中で、空いているのは椎奈だけだった。

そして椎奈はキリッとした顔で、フェイリスに言った。

 

「という訳で、私も参戦するわ!」

「さすが椎にゃんニャ、やる時はやる子なのニャ!」

「椎奈、私達の分も頑張って」

「写真だけは撮っておいてね、詩乃っちの恥ずかしがる顔が見たいから」

「任せて!」

 

 椎奈はそうドンと胸を叩き、ダルは思わずその、ぶ厚い胸部装甲に目を奪われたが、

そんなダルに、紅莉栖は冷たい視線を向けながらこう言った。

 

「橋田、目を潰すわよ」

「ひ、ひいっ……」

 

 ダルは悲鳴を上げ、慌ててフェイリスの後ろに隠れた。

そのついでにダルは、フェイリスにそっと耳打ちした。

 

「フェイリスたん、八幡は別にそんな理由で高校生の参加をNGにした訳じゃ……」

「そんな理由って、見る価値も無い云々かニャ?」

「う、うん」

「そんなのただの煽りに決まってるニャ、面白ければそれでいいのニャ!」

「そ、そう……」

 

 そしてフェイリスが、更に一同を煽った。

 

「これは八幡を見返す為の聖戦なのニャ、狙うは八幡の首一つ、

ちょっとでも照れたような顔をさせたらこっちの勝ちニャ!」

「そうね、ぎゃふんと言わせてやりましょう!」

「ぎゃふんって、今日び聞かない言い方だお……だから牧瀬氏は浮くと思われ」

「橋田、何か言った?」

「い、いえ、何でもないです……」

 

 紅莉栖の剣幕に押され、ダルは再び押し黙った。

そんなダルに、フェイリスは猫なで声でこう言った。

 

「ところでダルにゃん、彼を知り己を知れば百戦殆からずって言葉を知ってるかニャ?」

「それって孫子だっけ?」

「そうニャ、ちなみにダルにゃんは、

ソレイユのブースにスタッフとして参加するニャよね?」

「う、うん、そうだけど……」

「それじゃあ……」

「軍曹、さっさと敵のデータをこちらに渡しなさい、命令よ、今すぐ!」

 

 突然詩乃がそう言い、途端にダルは背筋を伸ばした。

 

「イ、イエ………い、いや、さすがにそれは……」

「あら、軍曹は私の命令が聞けないというの?」

「い、いや、そんな事はないのでありますが、しかし……」

「大丈夫よ、八幡には私が説明するから」

「そ、そうでありますか?で、でもですね……」

 

 ダルは尚も渋っていた。個人情報の取り扱いは、当然リスクを伴うからだ。

そんなダルに、椎奈が突然こんな事を言い出した。

 

「ねぇダルさん、今ちょっとソレイユの公式サイトを見てたんだけど、

見て、このスペシャルサンクスのページ、今はカミングスーン状態だけど、

もしかしてここって、参加してくれたレイヤーさん達の写真が載るんじゃないの?」

「えっ?そっちは僕の担当じゃなかったから分からないけど、

ちょっと見せてもらってもいい?」

「これ、ここなんだけど」

 

 そしてダルは、そのページを確認し、あっと声を上げた。

 

「ほ、本当だ、その通りだお、夜野氏」

「それじゃあここに載る予定の情報なら、漏らしても問題ないって事になるんじゃない?」

「確かに……」

 

 そして一同の期待に満ちた視線を受けたダルは、渋々頷き、自分のPCを操作し始めた。

 

「分かったお、あくまで一部の情報だけだお」

「やった、椎奈、ナイス!」

「ファインプレーね!」

「この前写真撮影をしてたのは知ってるから、

多分その時の写真がここに収まる事になるんだと思うお、とりあえずソレイユのデータの、

僕の権限で行ける部分にアクセスしてみるからちょっと待っててお」

「もしそこにそのデータが無かったらどうなるの?」

「それは諦めてもらうしかないお、

あそこのセキュリティは固すぎるから、僕にもどうしようもないんだお」

 

 そう言いながらもダルは、慣れた手つきでPCの操作を続けていた。

そしてとあるデータに行きつき、ダルはそのデータを確認し、こう言った。

 

「あったお、今プリントアウトするお」

「やった!」

「どれどれ……」

 

 プリントされた一枚目のデータは、一色いろはのものだった。

 

「うわ……いろはさんだ」

「かわいい……」

「この自分の見せ方は、プロの仕事ね」

「いつも戦闘中に見せる二面性が、影も形も無いわね」

 

 ちなみにその二面性とは、こういう事である。

 

『え~?こんなに沢山の敵に囲まれちゃうなんて、怖いですぅ』

 

 そう言いながら呪文を詠唱し、

いかにも守ってあげたくなるように見えるいろはであったが、

いざ呪文が発動すると、こう態度を豹変させる。

 

『チッ、しつこいハエどもですね、さっさと消えて下さい』

 

 そんな場面を何度も見てきたヴァルハラ組は、

猫を被ったいろはの力量の凄まじさを、嫌というほど熟知しているのだった。

 

「次は……あ、香蓮さん」

「えっ?まさかあのおしとやかな香蓮さんが?」

「嘘ニャ……これはまずいニャ……」

「小比類巻氏は、八幡が直々に説得したらしいお」

「あ、それは出るわ……」

「そうね、それなら仕方ないわね」

 

 詩乃達は、八幡のマンションで何度か香蓮に遭遇し、そのスペックを熟知していた。

まるでスーパーモデル並の高身長に加え、その笑顔は魅力的であり、

自信さえ付けば、世界をも取れる器だと囁かれていたのだ。

 

「次はえっと……誰?」

「それは八幡の学校の理事長だお、うちのボスのお母さんで、もうすぐ五十になるお」

 

 その言葉に一同は、きょとんとした後に悲鳴にも似た声を上げた。

 

「う、嘘……この写真って、もしかして加工されてない?」

「いや、してないはずだお、まさに現代に生きる美魔女だお……」

「五、五十?悪くて三十、良くて二十代じゃない?」

「しかもこのスタイルは何?とても信じられないんだけど……」

 

 参加予定の四人は、そう言いながら頭を抱えた。

そして四枚目に出てきたのは、どこかで見たような女性だった。

だがその正体は、誰も分からなかった。

 

「この人は……?」

「どこかで見たような……」

「ああ、それは薔薇氏だお」

「え……?」

「いやいや、さすがにこれは……えっ?」

「この時薔薇氏は、最初はいつも通りの化粧をしてたんだけど、

八幡の鶴の一声でこうなったんだお」

「鶴の一声……?」

 

 そしてダルは、つたないながらも八幡の真似をするように、演技を始めた。

 

「『おい薔薇、お前ちょっとその化粧はまずいんじゃないか?子供が怖がるだろ』

『なっ……し、失礼ね、ちょっと大人びた化粧ってだけじゃない』

『こういうのが得意な奴は誰かいたっけかな、よし、誰か折本をここへ』

ってな感じで、受付の折本氏に柔らかなメイクをしてもらったんだお」

「そう、かおりさんに……」

「まあでも薔薇さんは司会のはずだし、私達の戦いとは微妙に無関係かもね」

 

 五枚目は、コスプレをしていない通常の立ち姿の人物の写真だった。

 

「あれ、フカちゃん?」

「フカ氏も八幡に呼び出されて参加するんだお」

「あ、そうだったっけ、そういえば聞いてたかもしれない」

「どうなるかはまだ未知数ね」

「眼鏡を取ったら化けそうニャ」

 

 六枚目は、クルスだった。

 

「あっ……これもまずい」

「クルスさんも参加するの?」

「この細さにこのルックス、更にこの胸は……」

「ここにいる全員を合わせたようなハイスペックね」

「ど、どうしよう……」

「まあでも、あくまで私達の相手は八幡ニャ」

「そ、そうよね、何も直接対決する訳じゃないんだし」

 

 そして最後の七枚目は、誰も知らない人物だった。

 

「これは?」

「それはただ一人の一般公募の人だお、名前は阿万音由季、

競争率激高の中を勝ち抜いた、つわものだお」

「ねぇ橋田、どうして顔を赤らめているの?」

「怪しい……」

「き、気のせいだお、ちょっと話した事があるだけだお」

「ダルにゃんにもついに春が……」

「そ、それにはまだ早いお!」

「『まだ』?」

「これはとっちめる必要がありそうね」

 

 こうしてダルは、由季に連絡先を教えてもらった事を白状し、

場は桃色な雰囲気に包まれた。

 

「まさか橋田に連絡先を教えてくれる聖女がいたなんて……」

「本当に春の到来ニャ?」

「やったねダル君!」

「ダル君、おめでとう!」

「あ、ありがとだお」

 

 そうお礼を言うダルに、だが紅莉栖は続けてこう言った。

 

「敵は想像以上に強大よ、だから私達が目指すのは、八幡目がけての一点突破、

そのためにも橋田は、バイトに手を出していた事をバラされたくなかったら、

本番までしっかりと私達の為に働くのよ」

「え……い、今の感動的なシーンは一体……」

「それはそれ、これはこれよ」

 

 こうして女子高生達は、険しい戦いの道のりを歩み始めたのだった。


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