ここで話は少し前へと遡る。一色いろはは、久しぶりに八幡から誘われ、
かなり気合を入れてメイクをし、服装にも気を遣っていた。
「まったくもう、先輩ったら、急に呼び出したりなんかして、
最近あんまり接する機会が無かったから、寂しくなったのかな、なんて」
いろははそうぶつぶつと呟きつつも、満面の笑顔で家を出た。
待ち合わせの場所にはもう既に八幡が来ており、
八幡は特にきょろきょろする訳でもなく、悠然とキットに背をもたせかけていた。
通りかかる女性達が、ちらりちらりと八幡の方を見ており、
それだけでいろはは、優越感にも似た喜びを感じる事となった。
自分が待ち合わせている男が他の女性から注目を浴びるのは、存外気分がいい、
いろははそう考えつつ、八幡に声をかけた。
「せ~んぱいっ、待ちました?」
「おう、待った待った、もう来ないかと思ったわ」
「ま、まだ待ち合わせ時間より前じゃないですか、
ってか何でそういう事を言うんですか!
そこはどう考えても、足でタバコの吸殻の山をもみ消しながら、
『いや、今来たところだ』って言う場面じゃないですかぁ!」
「お前、さすがにそれはテレビの見すぎだろ、ってか今時そんな奴がいる訳ないだろ、
待ってる間、スマホでもいじってるに決まってる」
「まあそれもそうですね」
そしていろはは、八幡の腕に抱きつき、満面の笑顔で言った。
「で、今日はどこに連れてってくれるんですかぁ?」
そんないろはをさりげなく振りほどきながら、八幡はこう返した。
「いや、俺はただ、お前に頼みがあったから、
話を聞いてもらおうと思って呼び出しただけなんだが……」
いろはは頼みと聞き、特に深く考えずにオーケーしようとした。
「頼みですか?どんな内容でも、先輩の頼みなら別に構いませ……いえ、えっと、
あ~、最近私も忙しいしなぁ、ストレス解消しないと何か頼まれても無理かなぁ、
どこかに私を遊びに連れてってくれるような、甲斐性のある八幡先輩はいないかなぁ」
「お前、今、もろに俺の名前を言ったよね?」
「え~?何の事ですかぁ?自意識過剰なんじゃないですかぁ?」
「自分で名指ししておいて、何言ってるんだお前は……
まあいいや、それじゃあちょっとぶらぶらしてみるか?」
そう軽い調子で言った八幡に、いろははこう言った。
「今私の事誘いました?すみません、私はそんな安い女じゃないんで、
ほいほい付いていくなんて思ってくれていいです、それじゃあ行きましょっか」
「……そういえば昔はこういう時、ごめんなさいとか言ってなかったか?」
「あっ……はぁ、あの時に逆の答えを返していれば、もしかしたら今頃先輩は私の物に……」
いろはは突然そう呟いて、落ち込んだようなそぶりを見せた。
「わ、悪い、何かまずい事を言っちまったか?」
八幡は慌てていろはにそう謝ったのだが、いろははすぐに顔を上げ、笑顔で言った。
「いえいえ、こっちの事です、それじゃあ適当にぶらぶらしましょっか」
「おう、それじゃあキット、どこかの駐車場で待っててくれ」
『分かりました』
そしてキットは走り去っていき、それを見ながらいろはは感慨深げに言った。
「やっぱりキットって凄いんですねぇ」
「だろ?ちなみに今、二号機を作ってるぞ」
「そうなんですか?それには誰が乗るんですか?」
「防衛大臣だ」
「ぼっ……」
いろははそう言いかけて絶句した。
「ど、どうしてそんな事に?」
「この前ちょっと会う機会があってな、どうしてもって言うからオーケーした」
「軽く言ってくれますね……」
そう言われた八幡は、頭をかき、それを見ていろはは、諦めたような口調で言った。
「もう今の先輩は、そういう立場だって分かってますから何も言いませんけど、
博打みたいな事だけはしちゃだめですよ?」
「おう、俺は堅実に生きるつもりだから問題ない」
そして二人は、連れ立って歩き始めた。
「そういえば前から思ってたんだが、お前、高校の時から少し背が伸びたよな?」
「あ、分かります?この靴と合わせて、今なら普通に先輩とキス出来ますよ」
「その例えはどうなんだ?」
そう言われたいろはは、話を逸らすように正面の建物を指差しながらこう言った。
「あ、先輩先輩、卓球場がありますよ、少しやってきません?」
「おいおい唐突だな……別にいいけど、
こういう時は普通、ビリヤードかボウリングじゃないのか?」
「ボウリングはともかく、先輩ビリヤードなんて出来るんですかぁ?」
「ん?別に普通に出来るが……」
「えっ?」
いろはが本当に驚いたような顔をした為、八幡は凄く情けなさそうな顔で言った。
「お前は俺を何だと思ってるんだ……」
「そ、それじゃあビリヤードで勝負です!私が勝ったらご飯を奢って下さい!」
「いいぞ、それじゃあやるか」
最初は八幡のブレイクからスタートする事になり、
八幡は最初という事もあり、少し気合を入れてキューを玉目がけて突き出した。
『ガコン!』
「うわ、さすが先輩、鍛えてるだけあって力強いですね」
いろはは感心したようにそう言い、八幡はいろはの方に振り返り、自慢げに言った。
「まあこれくらいはな」
『コ~ン!』
そして玉がポケットに落ちた音がして、二人は台の方を見た。
「お、九番が落ちたな」
「い、いきなりエース!?何なんですかそれ!」
「まあそういう事もあるだろ、とりあえず俺の一勝な」
「ぐぬぬ……」
この後いろはも中々器用なところを見せ、善戦したのだが、
結局勝負は八幡の勝利で幕を閉じた。
「ま、負けた……」
「それじゃあ勝負は俺の勝ちだな」
「せ、先輩待って下さい、もう一度、もう一度私にチャンスを……」
「ん?まあ別に構わないが、どうするつもりだ?」
「た、卓球で勝負です!」
「卓球か、さすがに卓球は何年ぶりになるか分からないくらいだが、別に構わないぞ」
「それじゃあ行きましょう!」
「お、おう」
そして卓球の受付で、八幡はちらっといろはの足元を見た後に言った。
「卓球台を一時間貸し出しで、ついでに靴も一つお願いします。サイズは……」
そう言って八幡が口に出したのは、いろはの足のサイズだった。
その靴を受け取りながら、いろはは驚いた顔で八幡に言った。
「先輩、いつ私の足のサイズを調べたんですか?ま、まさか寝ている私の足に、
ガラスの靴をはかせようとした事が!?」
「ん、そんなの見れば分かるだろ?」
「普通分かりませんよ!っていうか、私の渾身のボケに突っ込んで下さいよぉ!」
「あ~はいはい、はかせたはかせた、
でも入らなかったから、お前はシンデレラじゃなかった」
「そ、そんなぁ……」
そんな会話を交わしながら、二人は卓球台を挟んで対峙した。
「行きますよ!」
「あ~ちょっと待て、おいいろは、ちょっとそこで跳ねてみろ」
「えっ?は、はい」
そしていろははその場で軽く跳ねた。それを見た八幡は、満足したように言った。
「よし、ちょっと心配だったが、どうやら卓球台に隠れて、
多少激しく動いても、いろはのスカートの中が見える事は無さそうだ」
「えっ、見えないんですか?」
「おう、大丈夫だ、だから安心していいぞ」
「……せっかく勝負ぱんつをはいてきたのに」
「お前は冗談でもそういう事を言うんじゃねえよ………」
「本当ですよ?見てみますか?」
そう言っていろはは自分のスカートをたくしあげようとした。
それを見た八幡は、慌てて目を逸らしたのだが、その瞬間にいろはがサーブを放った。
「隙あり!」
「ねえよ」
八幡はそのサーブをあっさりと返した。
「くっ……」
「ほれ、次いくぞ次」
その後もいろはは、『死ねぇ!』と叫びながら特大のホームランを放ったり、
落語の時そばを駆使して何とか抵抗しようとしたが、結局大差で敗北した。
「うぅ……負けました」
「よし、それじゃあ飯に行くか」
「うぅ……仕方ない、それじゃあ私の奢り……と言うとでも思ったか!」
「ん、お前、何を言ってるんだ?」
「確かに先輩が負けたら奢ってもらうと言いましたが、私が負けたらご飯を奢るとは……」
「ほれ、奢ってやるから早く来いって」
「言ってない……って、あれ!?」
「俺がお前に奢らせる訳ないだろ、ほれ、こっちだこっち」
「あ、ま、待って下さいよぉ!」
そしていろはは、八幡の後を追いかけながらぼそりと呟いた。
「もう、そういうとこ、ずるくなったなぁ……」
そう言いながらもいろはの頬は、終始緩みっぱなしなのであった。
「こ、ここですか?」
「おう、たまにはこういうのもいいだろ?」
「は、はぁ……」
八幡がいろはを案内したのは、とあるラーメン屋だった。
「ここは昔よく来てたんだよ、あ、でもここに誰かを連れてくるのは初めてだな」
「先輩、早く入りましょう今すぐ入りましょうさっさと入りましょう」
「お、おう……」
そしていろはは、再びぼそっと呟いた。
「先輩の初めて………ふふっ」
そして中に入り、注文したラーメンが目の前に置かれ、それを見たいろはは絶句した。
「何ですかこれ、油ですか、まじですか……」
「いただきます」
八幡はいろはの隣でそれを平然と食べ始め、いろははかなり逡巡した後、それを口にした。
その瞬間にいろはは、ハッとしたような顔をした後、大人しくラーメンを口に運び始めた。
どうやらお気に召したらしい。八幡はそれを見て、一瞬笑顔を見せた後、食事を再開した。
「先輩、悔しいけど美味しかったです」
「それは良かった」
「私、こういう店に来たのは初めてです」
「まあ女の子一人だと入りづらいからな」
「そうなんですよ、なのでまた、ここに連れてきて下さいね」
「ん?ああ、そうだな、別に構わないぞ」
「よし!」
いろはは小さな声でそう言うと、密かにガッツポーズをした。
実質次のデートの約束をしたようなものだと考えたのだろう。
そして外に出て、適当に店をまわった後に、いろはがこう言い出した。
「先輩、この辺りに昔よく通ってたお店があるんですけど、そこで甘い物が食べたいです!」
「そうだな、それじゃあ休憩がてら、ちょっと寄ってくか」
そしていろはの案内で、店が見える位置まで来た二人は、遠くに意外な人物を見つけた。
高校時代、いろはの下で働いていた、副会長と書記の女の子である。
「ん、あの二人には見覚えが……」
「あ、あれって副会長と書記ちゃんですよ、先輩、覚えてないですか?」
「ああ、思い出した、そうだそうだ、確かあんな顔だったな」
「せっかくですし、追いかけて挨拶しますか?
ついでに私の彼氏面してくれてもいいんですよ?」
「いや、しないから……まあそこまでする事もないだろ、
元気そうだったし、それを確認出来ただけで十分だ」
「ですね」
そして二人は、そのまま店に入った。
注文の品が来ると、いろはが急にもじもじし出し、八幡は何事かと思い、いろはに尋ねた。
「どうした?トイレか?」
「っ……せ、先輩、もう少しデリカシーというものを持って下さいよ!」
「す、すまん」
「まあ別にいいですけど……で、先輩、あのですね、良かったら一緒に写真を撮りません?」
「え、写真?正直面倒臭……」
いろははその言葉を最後まで聞かず、
注文の品を持ってきてくれた店員に向かってこう言った。
「すみませ~ん、写真を撮ってもらっていいですか?」
「俺に選択権が無いなら最初から聞くなよ……」
「てへっ」
八幡はそのいろはの笑顔を見て、仕方ないなと苦笑しながら、
大人しくファインダーに収まった。
「それじゃあ頂きましょっか」
「そうだな」
「そういえば先輩って甘党ですよね?」
「おう、そうだぞ」
そう言いながら美味しそうにデザートを頬張る八幡を見ながら、
いろはが嬉しそうに言った。
「ふふっ、美味しそうに食べますよね」
「それが甘い物に対する礼儀だからな」
「それじゃあ私も敬意を持って食べる事にします」
「そうしろそうしろ」
「あ、先輩、それで私に頼みというのは……」
「あ、すっかり忘れてたわ」
それで思い出したのか、八幡はいろはにコミケでコスプレをしてくれないかと依頼した。
「コミケって、私行った事ないんですよね」
「まあ普通はそうだろうな」
「ソレイユのブースが出てて、そこで愛想を振りまけばいいんですね?」
「身も蓋もない言い方だが、まあそうだな。それにお前、こういうのが得意そうだからさ」
「む~、何ですかそれ」
「別に悪い意味じゃないけどな」
「まあそうかもですけど……」
そしていろはは、考え込んだ後に言った。
「ちなみにどんな格好をする事になるんですか?」
「ティターニアだ」
「えっ?本当ですか!?」
「おう、本当だぞ」
「でもティターニアだったら、明日奈さんがやった方が……」
「分かるだろ、俺達が顔出しするのはリスクが高すぎる」
「あっ、確かにそうかもですね……」
そしていろはは、真剣な顔で再び八幡にこう尋ねた。
「先輩、一つ教えて下さい、他にも色々なキャラのコスプレがある中で、
どうして私がティターニアなんですか?」
「お前なら出来ると俺が判断したからだ」
「そうですか……」
いろははそう言って下を向いたが、その顔は真っ赤に染まっていた。
どうやら嬉しかったのだろう。そしていろはは顔を上げ、笑顔で八幡に言った。
「分かりました、やります」
「そうか、悪いな」
「ちなみに先輩もそのブースに参加するんですよね?
「おう、もちろんだ」
「それじゃあ、ちゃんと私の事、見てて下さいね」
「ああ、ちゃんと出来るか心配だから、しっかりと見てるさ」
八幡はニヤニヤしながらそう言い、いろはは愕然とした顔で抗議した。
「ええっ!?もう、さっきと言ってる事が違うじゃないですか!」
「ははっ、まあ気にするな、それじゃあ詳しい事が決まったら連絡するわ」
「もう……」
こうしていろはは、今回のイベントでの大事な役を任される事になったのだった。
この作品の開始時期のせいで、幻と消えたデートイベントでした!
関係性が違うせいで、反応もまったく違う感じになりましたね!