その後、キットの位置を確認した二人は、そのままキットに乗り込み、
八幡はいろはを家まで送り届けた。
「先輩、今日はありがとうございました」
「こちらこそ引き受けてくれてありがとうな、いろは」
「ティターニアに関する設定資料、忘れずに送って下さいね」
「おう、すぐにまとめさせるわ」
そしていろはは、名残惜しそうに家に入っていった。
「さてと、一度ソレイユに向かうか」
八幡は、あらためて自分もティタ-ニアに関する設定資料を確認しようと、
そのままソレイユへと向かった。
「アルゴ、資料は用意出来てるか?」
「ああ、といっても、ゲーム独自の設定とかは特に残ってなくてな、
どうやら妖精の女王っていうイメージだけで、キャラを採用したっぽいんだよナ」
アルゴにそう言われ、八幡は一応予想はしていたのか、納得したようにこう言った。
「やっぱりか、確かに北欧神話の要素が多い割りには、
ティターニアは元はシェークスピアだし、そういう事もあるかとは思ってたよ」
「まあ須郷の事だ、元々とんずらするつもりだったはずだし、
メインシナリオの細かい部分の設定を決める気なんか、最初から無かったんだろうヨ」
「って事は、シェークスピアの夏の夜の夢を読むか見るかした方がいいのか?」
「あれはオベイロンとティターニアが養子を巡って争ってるような話だし、
まったく参考にならないんじゃないカ?」
「そうか……それならもう、こっちで設定を作りこんじまった方がいいのかもしれないな」
「そういうのが好きな中二病患者は、うちの会社には沢山いるから、
本気でそうするなら案外簡単に出来るかもしれないナ」
「よし、それじゃあチームを編成して、早速設定を固めてくれ」
「あいヨ」
ソレイユのブースでは、既存のキャラを紹介風に出すという事は決まっていたが、
各種族はともかく、イベントキャラであるティターニアについては、
どういう見せ方をすればいいのか、まだハッキリとは決まっていなかった。
その為、この設定作りは急ピッチで進められ、
八幡もそこに参加し、わずか三日でその設定は完成する事となった。
「やっと完成か……」
「ハー坊、最近あんまり寝てないんだろ、今日はもう遅いし、
とりあえずマンションで寝てきた方がいいぞ、顔色も悪いしナ」
「ああ、そうさせてもらうわ、いろはへの資料の送付だけ、宜しく頼むわ」
「任せとケ」
そして八幡は、重い足を引きずるように、自分のマンションへとたどり着いた。
心なしか熱もあるように感じ、八幡は、とりあえず薬を飲もうと常備薬を探したが、
どこにあるのかが分からない。
「これは優里奈に頼った方が良さそうだ……」
そう考えながら八幡は、電話をかける手間を惜しみ、自分の足で隣の部屋へと向かった。
電話で呼びつけるのも、何かえらそうで申し訳ないという気持ちも働いたのは確かだった。
だがその判断は失敗だった。八幡は足をもつれさせ、優里奈の部屋の扉にぶつかり、
そのまま意識を失う事となった。
気がつくと、八幡はベッドに寝かされていた。
「ここは……」
そんな八幡の額には、濡れたタオルが乗せられていた。
周りを見回すと、どうやらここは、八幡のマンションの寝室らしく、
クローゼットには、『八幡以外の男性が開けるのを禁ず』と書いてあり、
八幡は、それを見てぼそっと呟いた。
「いつこんな張り紙を作ったんだよ、っていうか、俺も開けねえから……」
その時八幡は、眩暈がした為、再びベッドへと横たわった。
「参ったな、ちょっと無理をしすぎたか」
そして八幡は、せめて起きた今のうちに薬でも飲もうと、扉の向こうに声をかけた。
「優里奈、いるのか?」
その声が聞こえたのか、扉の向こうからパタパタとスリッパの音がし、
優里奈がひょこっと顔を覗かせた。
「あっ、八幡さん、気がつきましたか?」
「おう、ここまで運んでくれたのか?悪かったな、苦労しただろ」
「いえいえ、こちらこそ発見が遅れちゃって、本当にごめんなさい」
「ん、そうなのか?」
「はい、実は……」
優里奈が言うには、ドアに何かぶつかる音がして、
覗き穴から外を覗いたが誰も姿も見えず、どうしたものかとしばらく悩んだ末に、
ビルのセキュリティを信頼してドアを開けてみる事にし、
そこでやっと八幡を見つけたそうだ。
「私の力じゃ八幡さんは運べないはずなんですけど、
何故か運べちゃいました、火事場の馬鹿力ってやつですかね、ふふっ」
そう得意げに笑う優里奈を、八幡は素直に賞賛した。
そして八幡は、常備薬がどこにあるのか優里奈に尋ねた。
「実はこの部屋、常備薬って置いてないんですよ、
でもとりあえずこれ、空腹時でも飲めるお薬を家から持ってきました」
「ああ、そうだったのか、それじゃあ今度買いに行かないとな」
「それじゃあ一緒に買いに行きましょうか、あっ、ついでに薬箱も揃えないとですね」
「そうするか、絶対に必要なものだしな」
こうして八幡と二人で出かける権利を自然体で手に入れた優里奈は、
邪気の無い顔で、いかにも嬉しそうにこう言った。
「やった!それじゃあおめかししないとですね」
「えっ?いや、あ、お、おう」
八幡は、ちょっとスーパーに買い物に行くようなノリでそう言ったのだが、
優里奈がとても楽しみにしているようなので、それ以上何か言うのはやめた。
(まあいいか、せっかくの夏休みだし、保護者としては、被保護者に何かしてやらないとな)
その時八幡は、再び眩暈を覚え、頭をおさえて再びベッドに横たわった。
「あっ、だ、大丈夫ですか?」
「おう、大丈夫だ、とりあえず薬をくれ、それを飲んで、少し眠る事にするわ」
「分かりました、それじゃあこれを」
八幡は薬を受け取り、それを口にすると、ベッドに横たわって目をつぶった。
薬の効果なのか、八幡はすぐに眠気を感じ、そのまま八幡の意識は暗転した。
次に目を覚ましたのは明け方だった。まだ少しだるいが、
体調はかなり良くなっており、額に乗せられたタオルの温度からして、
どうやら優里奈も適当な時間に寝たようで、八幡はほっとした。
「優里奈が徹夜してたらどうしようかと思ったが、杞憂だったか」
八幡はそう呟き、優里奈に感謝しつつ、額からタオルをどけ、再び横になってこう呟いた。
「まったく、優しいし気立てはいいし、家事は出来るし気が利くし、
その上美人でスタイルがいいとか、優里奈と結婚する奴は幸せだよなぁ、
まあ正直手放したくはない気もするが……」
その瞬間に、誰かが息を呑むような気配がし、
八幡は慌てて起き上がり、横で驚いたような顔をしていた優里奈と目が合った。
「…………」
「…………」
「え、えっと………」
「は、はい」
「隣で寝てたのか?」
「はい、何かあったらいけないので、床に布団を敷いてここで……」
「そ、そうか」
八幡はそう言って、気まずそうに押し黙った。
優里奈は優里奈で、今の言葉は多分聞いていたと思うのだが、
いつも通りの笑顔のまま、静かにその場で佇んでいた。
「あ~………」
「はい」
「ま、まだそれなりに熱があるみたいだな、もう少し寝ておくとするか」
「あ、それならタオルを濡らしてきますね」
「いや、まあそこまでじゃないさ」
「本当ですか?」
そう言って優里奈は、八幡の額に自分の額を押し付けてきた。
その顔の近さに八幡は硬直し、まったく動く事が出来なかった。
優里奈はすぐに顔を上げ、ほっとしたような顔で言った。
「大丈夫みたいですね、でもぶり返したらいけないし、
私ももう少し、ここで一緒に寝るとしますね」
「そ、そうか、悪いな」
そして二人は再び横になり、八幡はすぐに寝息をたて始めた。
だが優里奈は、平然としていたようで、そうではなかったらしい。
布団の中で顔を真っ赤にして、自分の心臓の鼓動をひたすら聞いていた。
「手放したくないだって、手放したくないだって」
優里奈は嬉しそうにそう呟くと、それでも寝ようと試みたのだが、
まったく眠くならなかった。
そして優里奈はどうしようかと思い、そっと立ち上がった。
その時優里奈は、カーテンがちゃんとしまっていなかったのだろう、
その隙間から差し込んでくる光が、
もうすぐ八幡の顔の上にかかろうとしている事に気がつき、カーテンを直そうとした。
そしてカーテンの前で、チラリと八幡の方を振り返った優里奈は、
自分の頭の影が、八幡の顔のすぐ横にある事に気がついた。
「…………これくらいなら」
そして優里奈は、八幡を横目で見ながら、そっと唇を前に突き出し、
その影の唇を、八幡の頬にそっと触れさせた。
「いつか本当に、出来ればいいなぁ……」
そう言いながらも優里奈は、カーテンをきちんと閉め、
そのまま再び布団に横になった。いつの間には動悸は収まっており、
優里奈は幸せな気分に包まれながら、そっと呟いた。
「これが幸せって事なのかな、これが好きって事なのかな……」
そしてしばらく後に、優里奈もスゥスゥと寝息をたて始めた。