ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第499話 優里奈、池袋へ

「ん………」

 

 それから数時間後、八幡は目を覚ました。

体感だと今は朝の九時くらいなのだろうか、日の高さからそう判断し、

八幡はゆっくりと体を起こした。幸い熱はもう下がっており、

八幡は激しい空腹感を覚え、リビングに通じるドアを開けた。

 

「あっ、八幡さん、おはようございます」

「おう、おはよう、昨日は迷惑かけたな」

「いえいえ、こういう時の為に私がいるんですよ?」

 

 優里奈は台所で料理をしながら、八幡にそう答えた。

 

「熱は……もう大丈夫そうですね」

 

 優里奈は八幡に質問しかけ、顔色を見て安心したようにそう言った。

 

「おう、風邪じゃなかったみたいで幸いだったな、多分過労だったんじゃないか」

「高校生が過労とか簡単に言わないで下さい、休む時はちゃんと休んで下さいね」

「悪いな、返す言葉も無い」

 

 八幡は優里奈にそう言われ、申し訳なさそうにそう答えた。

 

「とりあえずおかゆを作っておきました、お昼からは様子見ですね」

「だな、これで普通の物を食べてまた寝込んじまったら、優里奈に申し訳ないからな」

「………私、八幡さんのお世話を焼くのは別に嫌いじゃないですけど」

「嫌いじゃないのと好きとの間には、高い壁があるんだよ、

だからやっぱり迷惑はかけられん」

「私、八幡さんのお世話を焼くのは別に好きですけど」

「……………そ、そうか」

「はい!」

 

 八幡は、優里奈がすぐにそう言いなおしたのを聞き、そう答える事しか出来なかった。

昔から、ストレートな好意には弱い八幡である。

そして二人は仲良く朝食をとりはじめた。

 

「そういえば優里奈、今日は学校は……」

「うちは今日から夏休みですよ、八幡さん」

 

 八幡は優里奈にそう言われ、ちらりとカレンダーを見た。

 

「そうか、そういえばもう八月か」

「はい、八幡さんの方の学校は、夏休みの期間が少し短いんでしたっけ?」

「ああ、その代わり、ゴールデンウィークとシルバーウィークが少し長いんだよ、

日本中から希望者が集められているから、帰省しやすいようにという配慮だろうな」

「なるほど、そういう理由だったんですね」

 

 納得したように頷く優里奈に、八幡は言った。

 

「まあ優里奈が休みなんだったら、薬を買いがてら、どこかに出かけるか」

「えっ?八幡さん、学校はいいんですか?」

「うちは普通の学校じゃないからな、出席日数よりは成績重視なんだよ」

「ず、ずるい……」

 

 優里奈は羨ましそうにそう言いつつも、やはり楽しみなのだろう、

嬉しそうに席を立ち、隣の部屋へ向かった。

 

「それじゃあ私、着替えてきますね、八幡さんはのんびりしてて下さい」

「あ、それじゃあ俺もちょっとシャワーを浴びちまうわ」

「あっ、そうですね、それじゃあ私も……一時間後くらいでいいですかね?」

「そうだな、それくらいで頼む」

「分かりました、それじゃあ八幡さん、また後で」

「おう、また後でな」

 

 八幡は優里奈を見送ると、シャワーを浴び、外出用の服に着替え、

自分でコーヒーを入れると、ソファーに腰かけのんびりと優里奈の到着を待った。

そしてしばらくして、入り口の方で扉が開く音がした。

 

「お、優里奈、準備は出来たか?」

「はい、お待たせしました」

 

 そして優里奈の方へ振り向いた八幡は、一瞬目を見張ると、すぐに優里奈から目を背けた。

優里奈は白のノースリーブに黄色のミニスカートという夏らしい格好をしており、

八幡は直視し続けるのはまずいと直感した。

 

「八幡さん?」

「あ、ああ、それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 そして二人はキットに乗り込み、そこではたと止まった。

 

「……そういえばどこに行くか決めてなかったな」

「あっ!」

 

 二人は顔を見合わせ、苦笑した。

 

「優里奈はどこか行きたい所とかないのか?」

「そうですね、あっ、それじゃあ池袋に……」

「池袋?」

「はい、出来ればサンシャイン水族館に……」

「何か見たいものでもあるのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど、実は私、水族館って行った事ないんですよ、

ついでに展望台にも上ってみたいですし、あの周辺なら薬局もありそうですしね」

「確かにそうだな、それじゃあ行ってみるか」

「はい!」

 

 そして二人は池袋に向かい、駐車場に車を停め、最初に水族館へと向かった。

 

「うわぁ、八幡さん、あれって……」

「カワウソだな」

「あれが……私、初めて見ました!」

「まあこういう所に来ない限り、見る機会は無いだろうしな」

「あっ、向こうにいるのはアシカみたいですね、私、初めて見ました!」

 

 八幡は、優里奈の初めて見ました攻撃に苦笑しつつも、

優里奈が子供のようにはしゃぎながら、とても嬉しそうにしているのを見て、

優里奈にもこういう部分があったんだなと意外に思った。

 

「八幡さん、こっちこっち、ペンギンを見たいです!」

「はしゃぎすぎて、転ばないように気をつけるんだぞ、優里奈」

「もう、私そんなに子供じゃ……あっ」

 

 優里奈はそう言われ、反論しかけたが、何かに気づいたようにハッとし、

そして次に、八幡の手をしっかりと握った。

 

「これなら転びませんね」

「え、あ、いや、まあ確かにそうだが」

「それじゃあ行きましょう」

「お、おう」

 

 

 

 二人はその後もサメやエイ、マンボウなどを見て回り、

途中からは八幡も一緒にはしゃいでいた。

 

「俺もこういう所にはあまり来た事は無いけど、中々いいもんだな」

「ですね、一通り回れましたし、展望台に行ってみましょうか」

「そうだな、あっちのビルに行くか」

「下からじゃないと行けないんですね」

「まあ散歩には丁度いいさ」

「ですね」

 

 そして展望台に着いた二人は、その様子を見て、目を見開いた。

 

「スカイサーカス?」

「遊べる展望台ですって」

「そういえばそんなニュースを昔見た気もするな」

 

 展望台は様々な装飾が施されており、二人は興味深げに色々と見て回った。

 

「そろそろ昼だし、ついでに食事にするか」

「はい!」

 

 二人はそのままカフェに入り、朝食が遅かった事もあり、軽めの昼食をとった。

 

「そういえば、こういうのは久しぶりだな」

「明日奈さんとは出かけたりしないんですか?」

「確かに最近、こういう風に出かけたりはしていないな」

「もう、駄目ですよ」

「面目次第もない、この休みの間に、どこかに行く事にするわ」

「それがいいですね」

 

 優里奈は笑顔でそう言い、注文の品が来ると、美味しそうにそれを頬張った。

見ると優里奈の口の周りにソースがついている。

 

「優里奈、口の……ここにソースがついてるぞ」

「あっ……」

 

 優里奈は恥らいながら、そのソースを拭いた。

それを見た八幡は、今日は優里奈のいつもと違う姿がたくさん見れるなと思いながら、

もっとこういう年相応な部分を普段から見せてもらえるように、

自分自身も努力せねばと、保護者的観点からそう考えた。

そして食事も済み、他のフロアもいくつか回った所で、時刻はもう四時を過ぎていた。

 

「ふう、ここだけでも回るのに結構時間がかかりますね」

「こんなに広かったんだな、ここ」

「もっと簡単に回りきれるイメージでしたね」

「だな」

「それじゃあそろそろ薬局を探しましょうか」

「あそこに薬って文字が見えるな」

「あっ、それじゃあ行ってみましょうか」

 

 そして八幡は、そこに行く途中に、不穏な気配を感じた。

 

「ここは……乙女ロードって奴か」

「えっ?ここってそんな名前なんですか?どんな道なんですか?」

「そうだな……まあ優里奈には基本縁が無い場所だな、

一言で説明するのは難しいが、ううむ……」

「ちょっと見てきます」

「あ、おい」

 

 そう言われた優里奈は、きょろきょろと辺りを見回し、たたっと近くの店に近寄って、

その中をひょいっと覗いた。それで理解したのか、

優里奈は少し困ったような顔で、八幡の所に戻ってきた。

 

「私はそういうのには詳しくはないですけど、それなりに理解しました」

「そ、そうか、まあそういう事だ」

「もしかして、何か嫌な思い出でも?」

「知り合いに、こういうのを趣味にしている人がいて、まあちょっとな」

 

 そう言われた優里奈は、驚いたような表情でこう尋ねてきた。

 

「それじゃあ、もしかして八幡さんが出てる本とかもあるんですか?」

「おい、怖い事言うなよ!」

「あは、ご、ごめんなさい」

 

 そして二人はドラッグストアにたどり着き、中に入った。

 

「さて、必要なものを順番に揃えるか」

「解熱剤、鎮痛薬、これは女性用のものも別にあった方がいいですね、

後は胃薬と腸の薬と薬箱……あっ、あれの予備も常備しないと……」

 

 優里奈は何かに気づいたようにそう言い、八幡にこう言った。

 

「八幡さん、買い物カゴは私が持ちます、お会計も私がしますので」

「ん、どうかしたのか?」

「ここから先は私に任せて下さい」

「ん、何かあったか?」

「ええと……」

 

 優里奈はそう言いよどみ、気まずそうにチラリととある棚を見た。

そこには生理用品が並んでおり、八幡はすぐに理由を理解し、財布を優里奈に渡した。

 

「なるほど……それじゃあ支払いはこれでな」

「はい、お預かりしますね」

 

 そして八幡は、栄養ドリンクやサプリのある棚に移動し、

優里奈が買い物を終えるのを待った。

そんな八幡に、突然後ろから声がかけられた。

 

「あっれ~?もしかして比企谷君?」

 

 その声を聞いた八幡は、ビクッとした。

その声は、こういう場所では一番会いたくない人の声であった。

 

「お、おう……ひ、久しぶり……」

 

 八幡がそう言いながら振り向くと、

そこには腐海のプリンセスこと、海老名姫菜の笑顔があったのだった。




どうやら500話を飾るのは、彼女のようです!

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