「ん………」
それから数時間後、八幡は目を覚ました。
体感だと今は朝の九時くらいなのだろうか、日の高さからそう判断し、
八幡はゆっくりと体を起こした。幸い熱はもう下がっており、
八幡は激しい空腹感を覚え、リビングに通じるドアを開けた。
「あっ、八幡さん、おはようございます」
「おう、おはよう、昨日は迷惑かけたな」
「いえいえ、こういう時の為に私がいるんですよ?」
優里奈は台所で料理をしながら、八幡にそう答えた。
「熱は……もう大丈夫そうですね」
優里奈は八幡に質問しかけ、顔色を見て安心したようにそう言った。
「おう、風邪じゃなかったみたいで幸いだったな、多分過労だったんじゃないか」
「高校生が過労とか簡単に言わないで下さい、休む時はちゃんと休んで下さいね」
「悪いな、返す言葉も無い」
八幡は優里奈にそう言われ、申し訳なさそうにそう答えた。
「とりあえずおかゆを作っておきました、お昼からは様子見ですね」
「だな、これで普通の物を食べてまた寝込んじまったら、優里奈に申し訳ないからな」
「………私、八幡さんのお世話を焼くのは別に嫌いじゃないですけど」
「嫌いじゃないのと好きとの間には、高い壁があるんだよ、
だからやっぱり迷惑はかけられん」
「私、八幡さんのお世話を焼くのは別に好きですけど」
「……………そ、そうか」
「はい!」
八幡は、優里奈がすぐにそう言いなおしたのを聞き、そう答える事しか出来なかった。
昔から、ストレートな好意には弱い八幡である。
そして二人は仲良く朝食をとりはじめた。
「そういえば優里奈、今日は学校は……」
「うちは今日から夏休みですよ、八幡さん」
八幡は優里奈にそう言われ、ちらりとカレンダーを見た。
「そうか、そういえばもう八月か」
「はい、八幡さんの方の学校は、夏休みの期間が少し短いんでしたっけ?」
「ああ、その代わり、ゴールデンウィークとシルバーウィークが少し長いんだよ、
日本中から希望者が集められているから、帰省しやすいようにという配慮だろうな」
「なるほど、そういう理由だったんですね」
納得したように頷く優里奈に、八幡は言った。
「まあ優里奈が休みなんだったら、薬を買いがてら、どこかに出かけるか」
「えっ?八幡さん、学校はいいんですか?」
「うちは普通の学校じゃないからな、出席日数よりは成績重視なんだよ」
「ず、ずるい……」
優里奈は羨ましそうにそう言いつつも、やはり楽しみなのだろう、
嬉しそうに席を立ち、隣の部屋へ向かった。
「それじゃあ私、着替えてきますね、八幡さんはのんびりしてて下さい」
「あ、それじゃあ俺もちょっとシャワーを浴びちまうわ」
「あっ、そうですね、それじゃあ私も……一時間後くらいでいいですかね?」
「そうだな、それくらいで頼む」
「分かりました、それじゃあ八幡さん、また後で」
「おう、また後でな」
八幡は優里奈を見送ると、シャワーを浴び、外出用の服に着替え、
自分でコーヒーを入れると、ソファーに腰かけのんびりと優里奈の到着を待った。
そしてしばらくして、入り口の方で扉が開く音がした。
「お、優里奈、準備は出来たか?」
「はい、お待たせしました」
そして優里奈の方へ振り向いた八幡は、一瞬目を見張ると、すぐに優里奈から目を背けた。
優里奈は白のノースリーブに黄色のミニスカートという夏らしい格好をしており、
八幡は直視し続けるのはまずいと直感した。
「八幡さん?」
「あ、ああ、それじゃあ行くか」
「はい!」
そして二人はキットに乗り込み、そこではたと止まった。
「……そういえばどこに行くか決めてなかったな」
「あっ!」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
「優里奈はどこか行きたい所とかないのか?」
「そうですね、あっ、それじゃあ池袋に……」
「池袋?」
「はい、出来ればサンシャイン水族館に……」
「何か見たいものでもあるのか?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど、実は私、水族館って行った事ないんですよ、
ついでに展望台にも上ってみたいですし、あの周辺なら薬局もありそうですしね」
「確かにそうだな、それじゃあ行ってみるか」
「はい!」
そして二人は池袋に向かい、駐車場に車を停め、最初に水族館へと向かった。
「うわぁ、八幡さん、あれって……」
「カワウソだな」
「あれが……私、初めて見ました!」
「まあこういう所に来ない限り、見る機会は無いだろうしな」
「あっ、向こうにいるのはアシカみたいですね、私、初めて見ました!」
八幡は、優里奈の初めて見ました攻撃に苦笑しつつも、
優里奈が子供のようにはしゃぎながら、とても嬉しそうにしているのを見て、
優里奈にもこういう部分があったんだなと意外に思った。
「八幡さん、こっちこっち、ペンギンを見たいです!」
「はしゃぎすぎて、転ばないように気をつけるんだぞ、優里奈」
「もう、私そんなに子供じゃ……あっ」
優里奈はそう言われ、反論しかけたが、何かに気づいたようにハッとし、
そして次に、八幡の手をしっかりと握った。
「これなら転びませんね」
「え、あ、いや、まあ確かにそうだが」
「それじゃあ行きましょう」
「お、おう」
二人はその後もサメやエイ、マンボウなどを見て回り、
途中からは八幡も一緒にはしゃいでいた。
「俺もこういう所にはあまり来た事は無いけど、中々いいもんだな」
「ですね、一通り回れましたし、展望台に行ってみましょうか」
「そうだな、あっちのビルに行くか」
「下からじゃないと行けないんですね」
「まあ散歩には丁度いいさ」
「ですね」
そして展望台に着いた二人は、その様子を見て、目を見開いた。
「スカイサーカス?」
「遊べる展望台ですって」
「そういえばそんなニュースを昔見た気もするな」
展望台は様々な装飾が施されており、二人は興味深げに色々と見て回った。
「そろそろ昼だし、ついでに食事にするか」
「はい!」
二人はそのままカフェに入り、朝食が遅かった事もあり、軽めの昼食をとった。
「そういえば、こういうのは久しぶりだな」
「明日奈さんとは出かけたりしないんですか?」
「確かに最近、こういう風に出かけたりはしていないな」
「もう、駄目ですよ」
「面目次第もない、この休みの間に、どこかに行く事にするわ」
「それがいいですね」
優里奈は笑顔でそう言い、注文の品が来ると、美味しそうにそれを頬張った。
見ると優里奈の口の周りにソースがついている。
「優里奈、口の……ここにソースがついてるぞ」
「あっ……」
優里奈は恥らいながら、そのソースを拭いた。
それを見た八幡は、今日は優里奈のいつもと違う姿がたくさん見れるなと思いながら、
もっとこういう年相応な部分を普段から見せてもらえるように、
自分自身も努力せねばと、保護者的観点からそう考えた。
そして食事も済み、他のフロアもいくつか回った所で、時刻はもう四時を過ぎていた。
「ふう、ここだけでも回るのに結構時間がかかりますね」
「こんなに広かったんだな、ここ」
「もっと簡単に回りきれるイメージでしたね」
「だな」
「それじゃあそろそろ薬局を探しましょうか」
「あそこに薬って文字が見えるな」
「あっ、それじゃあ行ってみましょうか」
そして八幡は、そこに行く途中に、不穏な気配を感じた。
「ここは……乙女ロードって奴か」
「えっ?ここってそんな名前なんですか?どんな道なんですか?」
「そうだな……まあ優里奈には基本縁が無い場所だな、
一言で説明するのは難しいが、ううむ……」
「ちょっと見てきます」
「あ、おい」
そう言われた優里奈は、きょろきょろと辺りを見回し、たたっと近くの店に近寄って、
その中をひょいっと覗いた。それで理解したのか、
優里奈は少し困ったような顔で、八幡の所に戻ってきた。
「私はそういうのには詳しくはないですけど、それなりに理解しました」
「そ、そうか、まあそういう事だ」
「もしかして、何か嫌な思い出でも?」
「知り合いに、こういうのを趣味にしている人がいて、まあちょっとな」
そう言われた優里奈は、驚いたような表情でこう尋ねてきた。
「それじゃあ、もしかして八幡さんが出てる本とかもあるんですか?」
「おい、怖い事言うなよ!」
「あは、ご、ごめんなさい」
そして二人はドラッグストアにたどり着き、中に入った。
「さて、必要なものを順番に揃えるか」
「解熱剤、鎮痛薬、これは女性用のものも別にあった方がいいですね、
後は胃薬と腸の薬と薬箱……あっ、あれの予備も常備しないと……」
優里奈は何かに気づいたようにそう言い、八幡にこう言った。
「八幡さん、買い物カゴは私が持ちます、お会計も私がしますので」
「ん、どうかしたのか?」
「ここから先は私に任せて下さい」
「ん、何かあったか?」
「ええと……」
優里奈はそう言いよどみ、気まずそうにチラリととある棚を見た。
そこには生理用品が並んでおり、八幡はすぐに理由を理解し、財布を優里奈に渡した。
「なるほど……それじゃあ支払いはこれでな」
「はい、お預かりしますね」
そして八幡は、栄養ドリンクやサプリのある棚に移動し、
優里奈が買い物を終えるのを待った。
そんな八幡に、突然後ろから声がかけられた。
「あっれ~?もしかして比企谷君?」
その声を聞いた八幡は、ビクッとした。
その声は、こういう場所では一番会いたくない人の声であった。
「お、おう……ひ、久しぶり……」
八幡がそう言いながら振り向くと、
そこには腐海のプリンセスこと、海老名姫菜の笑顔があったのだった。
どうやら500話を飾るのは、彼女のようです!